8.1-07 北への旅路7
ガラガラガラ……
デコボコの地面に揺らされて、いつも通りに振動する馬車のタイヤ。
それは馬車に乗る者たちにとって、この数日間の内に、聞き慣れた音のはずだったが……どうやら今日は、いつもと違って、酷く重い音に聞こえていたようである。
その原因は……
「……内乱ねぇ……」
今日通過する予定の町で、住民同士の内乱が起こっていることを、皆が知ってしまったためだった。
アトラスが偵察からの報告をワルツへと伝えた際、その内容を、皆が聞いてしまったのだ。
「どうして……どうして、同じ国の中の人たちが、争わなきゃならないの?」
と、膝を抱えて呟くルシア。
その、ある意味で究極的とも言える疑問に対して返答したのは……ルシアの親しい友人で、そして最近、命を落としてしまったテレサであった。
「そうじゃのう……。詳しいことは知らぬが、ミッドエデンの事を聞いた限りじゃと、恐らくワルツがやってくる前は、こんなことにはならなかったのではなかろうかのう?」
と言いながら、ワルツに対して困ったような視線を向けるテレサ。
それは、ワルツに対し、この先の話をしてもいいか、と問いかける視線で……
「……えぇ。言ってもいいわよ。いつかはどんなことをしても避けられないはずの問題なんだから」
その意味が分かっていたワルツは、苦々しい表情を浮かべながら、首を縦に振った。
結果、テレサは、視線を外に向けて、その先に見えていた小さな集落を眺めながら、ゆっくりと話し始める。
「……喩え話をするのじゃ?ついこの前まで、ミッドエデンのとある辺境の村で、鉄を超高度に精錬して売りさばいておった少女がおったそうな……」
「なんか、どこかで聞いたことのある喩え話ね……」
「いや、なに。話はまだ始まったばかりなのじゃ。……それでのう、彼女はそれを自分で運べなかったせいか、村にやってきたキャラバン隊に対して、売っておったらしいのじゃ?」
「それ、お姉ちゃんじゃん……」
「いやいや。まだ、話はこれからなのじゃ。で、キャラバン隊は、市場価格の数10分の1で、その鉄を買い取っておったようじゃ」
「「…………うん」」
「じゃがのう……残念なことに、その少女は、自分が精錬した鉄が、安く買い取られておることに気づかなかったのじゃ。実はのう……彼女は、高度な技術を持っておるのに、計算ができなくて、情報はあっても適切な販売価格が判断できなかったのじゃ」
「「「…………」」」
そのテレサの言葉に、静かに耳を傾ける一同。
それからも、現代世界の知識を得たテレサの言葉は続いていった。
「そうそう、実はこのキャラバン隊、鉄を売っておった少女だけでなく、畑で野菜を作っておる農家や、魔物の肉を売る狩人からも、暴利で品物を買い取っていたそうじゃ。それが……ワルツが来るまでの、ミッドエデンだったのじゃ?」
「えっ……オチは無いの?」
「うむ。それが従来のミッドエデンじゃったからのう。国民みなが、それを普通のことじゃと受け入れておったのじゃ」
そう言って、一旦、言葉を区切るテレサ。
それから彼女は、馬車の中に視線を移し、ワルツに真っ直ぐに視線を向けながら、再び口を開いた。
「それがのう。ある日、この国に、神様……のような人物が現れたのじゃ。彼女は人々に知識を分け与え、富を作り出し、そして国を豊かにしたのじゃ」
「いや、別にそんな……」
「……いや、ワルツとは言っておらぬぞ?」
「…………」
「まぁ、本を正せば、ワルツなのじゃがのう?それで、彼女はミッドエデンの様々なシステムを再構築して、この国をこの世界で一番の国にしようとしたのじゃ。……資源回収システムの構築、上下水道の設置、初歩的な株式市場の創成、防衛システムの効率化などなど……。中でも彼女が……コルが一番に重きを置いて進めた事業は……何じゃと思う?」
「コルテックスなら航空産業……じゃないわね。その前の段階……かしら?」
「うむ。航空産業を始めとして、高度な産業を国の中に育てるためには……まず、そこにおった者たちの基礎的な知識を養う必要があったのじゃ。その結果、各地の村や街に作ったものが……学び舎だったのじゃ」
「「学び舎?」」
と、問いかけるルシアとイブ。
それに対して、テレサは少しだけ間をおいてから説明を始めた。
「学び舎……それは、ワルツのおった世界では、学校と呼ばれておったものなのじゃ。子どもだけでなく、大人も一緒になって国語や数学を学び、基礎的な学力を向上させる場所なのじゃ」
「それって……イブは行かなくてもいい場所かもなの?前に少しだけ、とーちゃんに、イブくらいの年齢のレディーたちが行く場所、って聞いたことがあるかもなんだけど……」
「そうじゃのう……行きたいのなら行っても問題はないと思うのじゃ?まぁ、ワルツの工房におれば、それ以上のことが学べるのは間違いないと思うがの」
「ふーん……」
と半分だけ納得しつつも、学び舎という存在には、興味があった様子のイブ。
ルシアの方も大体似通った表情を浮かべていたところを見ると、彼女も学校については、コルテックスか誰かに聞いていたようである。
それからもテレサの話は続いた。
「で、ここで話は最初に戻るのじゃ。鉄を精錬して生計を立てていた少女や、野菜を売ることを生業としておる農家、それに肉を売ることが家業の狩人が、基礎的な知識を身に着けたとしたら、どうなるじゃろうのう?」
その誰に宛てるでもない質問に対し、今度はユリアが返答する。
「まぁ、『今までよくも騙してくれたなー!』、って怒りますよ。普通……」
「お主が言うと……いや、なんでもないのじゃ。恐らくは、まったくその通りじゃろうのう。じゃから民は、中間業者たるキャラバン隊に抗議するのじゃ。『適正価格で買い取ってほしい』、とのう」
「……そのどこが、内乱に繋がるんですか?キャラバンたちだって、皆からの圧力を受ければ、大人しく適正価格で買い取らざるを得なくなりますよね?」
そんなユリアの言葉に対し、今度は魔王として国を治めていた……というよりも、現在進行形で治めているヌルが口を開いた。
「……小娘。暴利を貪っておるのが、キャラバン隊だと思っているのか?」
「うぐっ……(な、なんで、ヌル様、私に話しかけるときだけ、そんな高圧的なんですか……)」
「キャラバン隊は下っ端も下っ端……。本当に暴利を貪っているのは、その上納金を受け取っている、貴族たちや、それよりも上の者たちだ。知らぬは罪、とよく言ったものだ」
と、まるで実情を知っているかのように、話すヌル。
恐らくは、彼女も搾取していた経験があるのだろう。
「うむ。つまり、どんなにキャラバン隊を叩こうとも、買取金額が高くなることは無いのじゃ。買取金額を決めておるのは、キャラバン隊を通じて品物を買い取っておるギルド……ではのうて、その背後におって税を設定して回収しておる貴族たちや豪族たち、あるいは、それに類する、表に出て来ぬ者たちのはずじゃからのう」
そしてテレサは、核心を口にする。
「そして、キャラバン隊に文句を言っても改善しない買取価格を前にして、民はどう思うのじゃろうか?彼らの中にある不平不満、嫉妬、憤りは、一体どこへと向かうのじゃろうか?」
「それが内乱の原因……」
そう言って、眉を顰めるルシア。
そんな彼女に対してテレサは……
「……多分じゃがのー」
……最後に無責任な一言でお茶を濁した。
「……なんでそこ、真面目に答えないの?」
「いやの?実は、妾、真面目な話があまり得意ではないのじゃ。こう、なんというか、肩が張るというか……。それに、すべての内乱の原因が、今言った事が原因じゃとは限らぬからのう。人が生きておる以上、憤る理由なんて、無数にあるからのう」
そう言って、ワルツに対し、何故かウィンクを飛ばすテレサ。
その先に居たワルツは小さくため息を吐いていたものの、お茶を濁したテレサに、感謝したような表情を浮かべていたようである。
最近、1日に2話を上げては、次の1日は上げずに2話を書いて……を繰り返しておる日々を過ごしておるのじゃ。
要するに、隔日であっぷろーどしておるのじゃ?
それが良い書き方かどうかというのは、なんとも言えぬところじゃが、まぁ、それで成り立っておるのじゃから、悪くは無いのかも知れぬのう。
というわけで、この話は前日に書かれたものなのじゃ。
もちろん、このあとがきも、のう。
じゃから、主らがこの文を見ておる頃、妾は…………と、前に書いたことが何度かあると思うのじゃが、よく考えてみると、アップロードして間もなく読んでおる者はそれほどおらぬはずじゃから、ここに新幹線云々と書いても、仕方ないかも知れぬのう。
まぁ、忙しそうじゃ、程度に思ってもらえれば幸いなのじゃ。
……昼間に、ゆっくりと、温泉に浸かりながら、書きたいものじゃのう……。




