8.1-06 北への旅路6
『それで……もう一つの質問は何ですか〜?お兄様〜』
と、考え込んでいたアトラスに対して、水を向けるコルテックス。
するとアトラスは、少しだけ言い難そうな表情を浮かべながら、妹に対して問いかけた。
『ストレラは……本当なら、ここで話をしているはずの彼女はどうした?』
と、新人(?)のテレサにも分かるように、回りくどく問いかけるアトラス。
その言葉を聞いた瞬間、彼の隣にいたワルツが、眉を顰めてしまったのは……おそらく、この時まで、妹の存在をすっかり忘れていたからなのだろう……。
そんなワルツの様子は、電波の向こう側にいたコルテックスにも伝わっていたようだが、彼女はそのことについては何も言わずに、アトラスに対して返答した。
『さぁ〜?生きてはいるようですが、呼びかけても応答は返ってこないですね〜。情報局員を通して、カノープス様もストレラお姉さまも元気にしているという話は聞いているので〜……恐らくは、お姉さまに放置され過ぎて、頭に来ているのではないでしょうか〜?ね〜?お姉さま〜?』
『……いや、分かってる……分かってるわよ……』
と、数ヶ月に渡って妹を隣国に放置しているのに、分かっていると言い張るワルツ。
ともあれ、ワルツ自身が妹のことを気にしていることに間違いは無いので、近々、彼女からも、何らかの動きがあるのではないだろうか。
そんなやり取りが終わった後で……今度はテレサが、コルテックスへと問いかけた。
『……コルよ?王城の様子はどうじゃ?狩人殿は、元気でやっておるかのう?』
『はい。今日もお姉さまが好きなステーキだと言って、テンタクルエレファントの足の肉を使って、マンガ肉みたいな丸焼肉を作っていたみたいですよ〜?食べてくれる人がいないって、泣きながらですけど〜』
『ふむふむ。いつも通りなのじゃ』
『いや、どうかと思うわよ?それ……』
そう言って溜息を吐き……そして狩人の姿を想像して、苦笑を浮かべるワルツ。
それから簡単な王都の情勢の確認や、引き継ぎ事項の共有を追えて、その日の会議は終了する運びになったようだ。
その後で、アトラス麾下(?)の騎士たちからも、近隣地帯に少数の偵察部隊を出す運びになって……。
そして、アトラスがその場から姿を消した後の話である。
「……やはり、今の妾は、幸せな気分なのじゃ。きっと、命を落とす前よりも、幸せなのではなかろうかのう?」
先に寝てしまった仲間たちのところへと行こうとしていたテレサが、不意に立ち止まって、そんなことを口にしたのである。
「そう……。別に何も変わったことは無いと思うけど?」
「なんかこう……ワルツの家族になれたような気がしてのう……」ニヤリ
「……さっさと寝なさいよ!」
と言って、手の甲で、テレサを追い払うような仕草を見せるワルツ
しかしテレサは、彼女の言葉には従わず、不意に難しそうな表情を浮かべると、こんな問いかけを口にした。
「のう、ワルツ?主は……この響いてくる音が、誰かの争う音だったとしても……やはり、介入するつもりは無いのじゃろうか?」
その言葉を聞いて、ワルツは焚き火を見ていた眼を細めると……硬い表情のままで返答した。
「……えぇ。残酷と思われるかもしれないけど、可能な限り、直接介入する事は無いわね。前に、カタリナにも言ったことがあるけど、一人を救い始めたら、皆を救わなければいけないじゃない?それっていつか、私たちも、そして救われる側も、大変なことになると思うのよ。この両手は、無限にあるわけじゃないし、私にもやらなきゃならないことがあるし……(それにいつかは……)」
と言って、焚き火を見ていた眼を瞑るワルツ。
彼女が見ていたその炎は、ただ静かに身体を温めてくれる、優しげな光のはずだった。
だが、今、彼女が思い浮かべているだろう景色には、恐らく『優しげ』という言葉は、一切含まれていないのではないだろうか。
実際、眼を瞑ったワルツの表情は、決して冴えたものではなかったようである。
そんな彼女の反応を前にして……テレサは何故か、ベッドが用意されているだろうエネルギアの所と向かうことを止めて、先程立ち上がったばかりの焚き火の側へと戻ると、そこに腰を下ろし、そして漆黒に染まりつつあった空を見上げながら、ワルツに対してこう言った。
「こんな機会でも無いと言えぬ故、今のうちに、主に言っておきたいことがあるのじゃ」
「……誹謗中傷はやめてよね?一応これでも、傷つきやすい方なんだから」
「うむ。安心するのじゃ。まさか妾が、ワルツに対して、そんなことは言うわけなかろう?」
そしてテレサは黒い空からワルツへと視線を向け直して……その口を開いた。
「主は……今や、一人ではないのじゃ。この世界に来た当時は、ルシア嬢くらいしか、気が許せる者はおらんかったかも知れぬが、今は妾がいて、カタリナ殿がいて、狩人殿やユリアたちがいて……数え切れないくらい、たくさんの仲間たちがおるじゃろう?そして、その仲間たちにも、色々な知り合いがいて、その先には、王城の騎士たちや、王都の人々も繋がっていて……。今やワルツは、一千万人にも上るミッドエデンの国民たちを、味方につけておるのじゃ。もちろん、そこには、反発する者もおるやも知れぬ。じゃが、彼らが極少数であることは、妾が保証するのじゃ。じゃから主は……もっと、自分に素直に生きても良いのではなかろうかのう?主は既に、自分の考えを無理矢理に通して、この国を変えるくらいの力は、身に付けておるのじゃ」
「…………」
「あ……ただし、素直に生きようとすると、真っ先に妾たちが邪魔になるとか、思っていても言わないでほしいのじゃ?」
「そりゃ無いわよ」
そう言って苦笑を浮かべるワルツ。
そのテレサの言葉が、ワルツにとって、単なる厄介な説教だったのかどうかは定かではないが……ワルツがその言葉に対して、反論するようなことは、無かったようである。
次の日になり、そして皆が眼を覚まして……。
それから毎日恒例の、騎士たちによる必死な朝食の奪い合いが始まった頃。
そんな彼らの姿を眺めながら、解凍稲荷寿司を美味しそうに頬張っていたルシアが、最後の1個を口にしたようとした……そんな時である。
シュタッ!
騎士を束ねる立場にあるアトラスのところへ、全身黒ずくめ男たちが現れたのだ。
彼らがアトラスの前に跪いているところを見ると……どうやら彼らは、アトラスが斥候として放った騎士たちらしい。
それから彼らは、特に何も言わないまま、巻物をアトラスへと渡して、そしてその場から、
シュタッ!
と消えていくのだが……。
その際、彼らの姿を見たイブが、これまでにないくらいに、何故か興奮していたようである。
「ルシア様!見た?!今の!」
「えっ?黒い服の騎士さんたち?」
「そうそうそうそう!あれきっと、『にんじゃー』かもだよ?!」
「にんじゃー?」
「なんかねー……強きをくじき、弱きを助ける、黒ずくめの5人組ユニット『にんじゃー』?」
「ふ、ふーん……(何でかなぁ……絶対、イブちゃん、何か勘違いしてる気がする……)」
とルシアが首を傾げていると。
アトラスが受け取った巻物を持って、彼女たちが食事を摂っていた簡易机の方へと近寄ってきた。
そして、こんなことを口にする。
「よく知ってるな、イブ。偵察班には、5人ごとに小隊を組むように言ってあるからな」
「えっ?それ『にんじゃー』じゃないかm」
「イブがよく勉強しているようで、兄ちゃん嬉しいぞ?」ワシワシ
「もがぁぁぁぁ!」
と、いつも通りのスキンシップをはかるイブとアトラス。
ルシアも、そんな2人のやり取りが微笑ましく見えていたのか、微笑を浮かべていたようだ。
まぁ、イブにとっては、単なる災難だったのかもしれないが……。
それからアトラスは、手を使わずに朝食を食べていたワルツのところへとやってきて、そして姉のところへと着くや否や、巻物を開き……そして、その中身に目を通してから……
「…………」
……何も言わずに難しそうな表情を浮かべた。
そんな彼の様子を見て、ワルツが問いかける。
「……何?朝食が美味しくなくなる、無言のプレッシャー?」
「いや……ちょっと、面倒なことになってな……」
「アトラス……。私が面倒事が嫌いだってこと、貴方、知っt」
「この先の町で、内乱が起ってるらしい……」
「……この上なく、面倒ね……」
聞くことを拒否しようとしたら、拒否する前に告げられてしまい、事後でもいいから耳を塞いで聞かなかったことにしようかどうかを悩むワルツ。
だが、結局、彼女が耳を塞ぐ仕草を見せることはなく……ただ、これから進んで行くだろう街道の先に向かって、鋭い視線を向けるのであった。
うーむ……。
これからどう書いていこうか悩むところなのじゃ……。
幾つかプランはあるのじゃが、どれもこれも、あまりしっくり来なくてのう……。
まぁ、しっくり来る場合も、気のせい、であることがほとんどなのじゃがのう?
それはそうと……今日、妾は悟ったのじゃ。
忙しい日々はーーー未だ終わっておらぬ、と。
今日も帰ってくる時間が相当遅かったのじゃが、明日はもっと遅い気しかしないのじゃ……。
じゃから……これから、箱ティッシュを買ってきて、鼻水と格闘しながら、夜遅くまで執筆することにするのじゃ!
……もう、いい加減、限界なのじゃ……。
どうにかならぬかのう……。




