8.1-04 北への旅路4
ガラガラガラ……ガッコン……
それからさらに1日ほど進んだところで、ようやく経由する予定の村……の手前、2kmにあった草原地帯に到着したワルツたち。
空を飛んでいたエネルギアとポテンティアは、村から見えない位置に停泊して、作戦の準備万端、といった様子である。
今日はこの場所が、大隊の野営地点だ。
「じゃぁ、みんな?それぞれ頑張ってね?村人を脅したりしたらダメよ?」
「「「えっ……」」」
「いや、ダメだからね?」
どうやら、ワルツの言葉に納得いかなかったのか、そこにいたおよそ半数程度の者たちが首を傾げる。
そんな中。
今日は朝から馬車の中にいたとある一人の人物が、怒ったように頬を膨らませながら、ワルツへと問いかけた。
「ワルツ様、何?一体、何の話かもなの?」
昨日は、尻尾と腰の治療をするために、エネルギアに乗って移動していたイブである。
彼女は、自分がいない間に決まったイベントについて、まったく知らなかったようだ。
「あー……ごめん。リアル小学生を忘れてたわ……」
「しょーがく……?」
「ううん、気にしないで。まぁ、今回は仕方ないから……補欠のアトラスと組んで、何か適当にミッションを進めてもらえないかしら?」
「え?アトラス様?っていうか、ミッションて何?」
「……ユリア。後は任せたわよ?」
「おまかせ下さい!」
そして、不満そうなイブを尻目に、テレサとともに村へと向かうワルツ。
その後で、イブが、真っ青な表情を浮かべながら、震え上がっていたのは……いったい、どんなミッションを与えられたからだろうか……。
そして、テクテクと、街道を進んでいくテレサとワルツ。
特にテレサは、ご機嫌らしい。
まぁ、数キロも歩けば、疲れてヘトヘトになっているはずだが。
「なんと言えばよいのじゃろうか……この気分。満身創痍?」
「感無量、じゃなくて?」
「おっと、そうだったのじゃ。感無量なのじゃ!」
「……なんか、どっちにしても、今の貴女が言うと、あんまりポジティブには聞こえないわね……」
と、3本の尻尾をブンブンと振り回しているテレサの後ろ姿に対し、疲れたような表情を向けつつ、呟くワルツ。
どうやら、一度死んでしまったテレサの言葉は、ワルツにとって、特別な意味に聞こえたようだ。
それから2km近く街道を歩いて、防風林の中に作られた、大きくも小さくもない、村らしい村へと到着する2人。
間もなくして彼女たちは、酒場を見つけることに成功したようだ。
……だが、ここで大問題が生じる。
「……ねぇ、テレサ?」
「む?何じゃ?ワルツ」
「この訓練は貴女のために用意したのよ?」
「ふむ。確かに、そう言っておったのう?」
「だからさ……私の影に隠れてないで、貴女が最初に酒場に入るべきじゃないかな、って思って」
「……うっ!急に足腰の動きが渋くなってきたのじゃ……。これはアクチュエータの異常かも知れぬ……!」うぃーん
「そんなわけないじゃない……」
急に動きがぎこちなくなったテレサに対して、怪訝な表情を向けるワルツ。
もちろん、モーターやシリンダー等によって動いているわけではないテレサの人工筋肉の動きが、突然、全身に渡って渋くなるわけがないので、彼女が意図的にそういった動きをしているのは明らかであった。
つまり……
「……貴女、実は人見知りが激しかったのね……」
ということである。
「いやの?これからこの酒場に入って、妾たちが何をするのかと考えると……どうしても、足が重くなってしまうのじゃ。心は常に前を向いておることを考えるなら、これはもう、アクチュエータの故障としか考えられぬじゃろう?」うぃーん
「いや、それ、故障じゃないからね?」
そして、頭を抱えるワルツ。
その結果。
ルシアの時とは異なり、どうしても食事を確保しなければならない、と感じていなかったワルツは、テレサの肩を、
グイッ……
と手でつかむと、
「仕方ないわねー。私がアシストしてあげるわよ。無理矢理にだけどね」
自ら彼女のことを前に押し出したのである。
……しかし、それに対して、テレサは一切の拒否反応を見せなかったようである。
それどころか、ワルツから見えない角度でニンマリと笑みを浮かべていたのは……つまり、こうしてワルツに背中を押される流れになることを、最初から狙っていたから、なのかもしれない……。
そして、2人は酒場の中へと入る。
カランコロン……
「……頼もう!」ドン
「いや……うん……。テレサの喋り方だと、そうなるわよね……」
「む?何かおかしかったかのう?」
「ううん。ほら、ちゃんと前を向いて、ひもじい様子を演出しなきゃダメよ?」
「う、うむ……」げっそり
「……やるじゃない」げっそり
そして、酒場の奥から店主がやってくるのを待つ2人。
……と、そんな時である。
酒場の奥から……ではなく、今しがた、彼女たちが通ったばかりの、酒場の入り口の方から、
カランコロン……
「す、すみません……もう死にそうです……。少しでいいので食料を分けて……うおっ?!ワルツ様にテレサ様?!」
カランコロン……
「1ヶ月前から何も口にして……って?!ワルツ様とテレサ様?!どうしてこんな所に?!」
カランコロン……
「今何人か、入っていったような気が……って、やっぱり先客いるじゃん?!しかも、ワルツ様とテレサ様!」
何故か落ち武者のような姿になっていた、アトラスの部下(?)の騎士たちが次々と現れた。
どうやら、皆、空腹な様子を、変装で表現しているつもりらしい……。
「ちょっ……あんたたち、何を考えて……」
「い、いえ。シルビア様が、特殊訓練が有ると仰せられて、それに従って物乞いに来ただけです!」
「僕も!」
「俺も!」
「あー、これダメな奴じゃな……」
どうやらシルビアが勇者たちのところへとイベントの仲間集めに行った際、勇者たちにだけ声をかければ良いものの、その後ろにいた騎士たちにも声を掛けてしまったようだ。
恐らく、皆に対して、『ワルツ様が仰せられた、特殊訓練です!』などとでも伝えたのだろう。
「どうすんのよ、コレ……」
「えっ、いや……」
「もう……アレしか無いんじゃないか?」
「この際、皆でどんちゃん騒ぎですね?!」
と、いつも通り、通貨を払って、飲み食いをすることにした様子の騎士たち。
ただし、その姿のままで、酒場側が受け入れてくれるかはどうか定かでないが……。
一方で、先頭に立っていたテレサは、怪訝な表情を浮かべていた。
「店主やー?誰かおらぬかー?」
まだミッションを続けるつもりなのかどうかは分からないが、一向に出て来る気配の無い店主を呼ぶように、彼女は店の奥へと声を送っていたようだ。
これだけ騒がしいのなら、様子を見るために出てきてもおかしくはないはず……。
彼女の脳裏では、そんな疑問が渦巻いていたのだろう。
だが、それからいくら待っても、店の奥から店主がやってくることは無かった。
そして、テレサは、ふと思う。
「もしかして、本当に誰もおらぬのではなかろうか?それに……この店の中、随分と整理されておると思わぬか?」
「そう言えば……そうね」
と、テレサの言葉に、頷くワルツ。
そんな彼女の眼から見えていた店内は、机の上に椅子が逆さに置かれているという、閉店中に有りがちな店内の様子の他にも、本来ならカウンターの奥の棚に収まっているだろうジョッキや食器などの、酒場に必要と思わしき道具が、一つも無くなっていた。
例えるなら、まるで店仕舞いしたかのように……。
「過疎化でもしてるのかしらねぇ……。誰もいないなら仕方ないわ。帰りましょうか」
「「「イエスマム!」」」
そして、蜘蛛の子を散らすように、その場から去っていく……いつの間にか集まった50名にも及ぶ騎士たち。
そんな酒場の他、道具屋や宿屋からも、同じように残念そうな騎士たちと、見知った顔の仲間たちが出てきたところを見ると……どうやら皆、同じような状況になっていたようである。
その姿を、皆よりもずっと身長の高い機動装甲の眼から見下ろしていたワルツは……事の次第を悟ったようだ。
「あー、これ、もしかして、私たちの姿を見て、戦争に巻き込まれるかもしれない、って思った村人たちが、みんな避難しちゃったんじゃないかしら?(やっぱり、騎士たちが来たのは余計よね……)」
そんなホログラムの方のワルツの呟きに、テレサが返答した。
「普通、妾たちの姿を見たなら、逆に喜ぶのではなかろうかのう?中央側からやって来た、国を守る兵士たちなわけじゃし……」
「それはどうかしらねぇ……。血迷った兵士が、集落を襲うっていうのもあるらしいわよ?大体は惨敗兵だと思うけど……(例えばルシアの村とか……)」
「ふむ……。異世界とは、なかなかに難しいそうじゃのう……」
そして、納得げな表情を見せて、溜息を吐くテレサ。
こうして。
テレサの異世界デビュー(?)は、お預けになってしまったのであった。
満身創痍なのは……今のリアルな妾の方なのじゃ……。
不摂生をしておらぬのに、どうして体調が良くならぬのか……。
……と思って、何か足りないものはないか、と考え直してみたのじゃ。
結果……カフェインが足りないことに気付いたのじゃ。
長期間、カフェインを摂取しておって、それが急に摂らなくなったりすると、頭痛や倦怠感が禁断症状となって現れるらしいのじゃ?
中毒、とも言えるかも知れぬのう。
実は妾も、毎日のように、こしーか、茶を飲んで、カフェインブーストしておったのじゃが……今回、風邪を引いて、カフェインを摂取しなくなったせいで、どうやら禁断症状が現れたようなのじゃ。
というわけで、早速、茶を入れて飲んでみようと思うのじゃ?
(注:このあとがきを書いた時刻は、まだ昼間なのじゃ?)
これでどうなるか……。
変わらぬ気しかせぬが……まぁ、飲んでみようと思うのじゃ。




