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8.1-02 北への旅路2

ガラガラガラ……


「うむ。最初から馬車に乗ればよかったのじゃ。……しかし、何じゃ?この馬車。妙に臭うのじゃ……。カビ臭い……とも違うのう……」


運動不足のせいか、あるいはまだ新しい身体に慣れていなかったせいか……。

足腰に限界を感じたテレサは、ボレアスまで歩くことを早々に諦め、馬車に乗って移動することにしたようである。

それに共なって、ワルツとその後ろにいたヌルたち3人も、馬車に乗り込むことにしたようだ。

まぁ、その更に後ろにいた勇者たち、それにアトラスほか騎士たちは、今なお、歩くことを強いられていたようだが。


「す、すみません……。さきほど、馬車の中で、凄惨な事件が起こり……うっぷ……」


「いや、もう話すでない。ユリアよ。主は、シルビアたちと共に、端の方で寝ておるのじゃ……」


「も、申し訳ありません……」


そう口にすると、馬車の端の方でグッタリとして眠っていたシルビアとリサの隣に移動して、そして彼女たちと同じように、床に力なく突っ伏すユリア。

もしかすると3人とも、今日この日のために前日の夜遅くまで準備をしていて、少々寝不足気味になっていたのかもしれない。


そんな彼女たちを横目に見ながら、ワルツはテレサに対して話し始めた。


「ねぇ、テレサ?もう少し貴女の身体の制御ゲインを上げましょうか?」


とワルツが口にした制御ゲインというのは、すなわち、機械化されたテレサの筋力である。

今まで、意図に対して1:1の比率で身体のアクチュエータを動かすように設定していたわけだが、これを1:2や1:3に上げることで、飛躍的に筋力の向上が図れるのである。

ただ、その反作用によって人間離れしていくのは、最早、言うまでもないことだろう。


それが分かっていたためか……


「いや、今のままで十分なのじゃ。運動を重ねれば、その内、体力もついてくるのじゃろう?」


と返答するテレサ。


「えぇ、そうよ?そこは今までの身体と同じように、ね」


「うむ。なら、問題は無いのじゃ」


「それにしても、随分と体力が無い……いえ。なんでもないわ」


「……もう、そこまで出かかっておるんじゃったら、最後まで言えば良いのじゃ……。まぁ、運動不足なのは認めるがの」


そしてテレサが、ワルツの言葉を聞いて、深くため息を吐いた……そんな時。

今度は馬車の御者台に座っていた人物から、言葉が飛んでくる。


「取り込み中の所、申し訳ないんだが……今日はどこまで進めば良いんだ?」


そう話したのは……身体を取り戻したロリコンだった。

彼も色々と記憶を失っていた人物の一人だったが、この世界の道案内くらいは出来る、とのことで、今回、何かと大変な作業がある馬車の御者に選ばれたのだ。


そして彼と共に、


「……おい、ロリコン。せめて前を見ながら話せ……」


元川渡しのカペラも、身体を取り戻して、御者台に座っていた。

彼の場合は、記憶を失っていなかったものの、特に重要な知識は持っておらず、ボレアスでの迷宮騒動の際は、(もっぱ)らロリコンの口車に乗せられて行動していただけなのだという。

例えるなら、『面白い道具が有るから、試しに使ってみないか』と悪魔のささやきを受けて、軽いノリで使ってしまったかのように……。


とはいえ、イブを始めとする子どもたちを誘拐したことには変わりなかったため、彼もロリコンと共に、奴隷扱いされる事になったようだ。


「そうねぇ……じゃぁ、3時頃まで前進して、それから野営の準備に入りましょうか」


その言葉に、


「「えっ……」」


どういうわけか、怪訝そうな表情を見せるロリコンとカペラ。

その理由を、ロリコンが話し始めた。


「あのなぁ、ワルツ。コレだけ大人数の行軍なんだから、最初の日くらいは、少し早めに、野営の準備をすべきだと思うぞ?」


と、妙にワルツに対して馴れ馴れしく話すロリコン。

彼自身には、それほどワルツと縁があったわけではないが、兄貴分のエンデルシア国王から、ワルツについての話を無理矢理に聞かされている内に、一般的には魔神として恐れられているはずの彼女に慣れてしまったようだ。

実はその他にも、彼にはワルツへと気軽に話しかけられる理由があったのだが……それについては、彼自身、気付いていなかったようである。

まぁ、記憶を失っているので、気づかなくて当然なのだが。


対して、ワルツの方も、そのことについて、特に気にはしていなかったようである。

喋り方については、口汚いブレーズの前例もあるので、小さいことでとやかく言うつもりは無いらしい。


「まぁ、アトラスも勇者たちもいるんだし、どうにかなるんじゃない?最悪、行き倒れそうになったら、ルシアの転移魔法で、王都に強制転移させればいいだけだし……」


「……鬼だな」

「さすが魔神……」


「えぇ。よく言われるわ?」


そしてニッコリと笑みを浮かべるワルツ。

どうやら彼女は、騎士団の訓練(?)を、地獄にも等しい難易度に上げていく腹づもりのようだ。


ワルツとロリコン、それにカペラが、そんなやり取りをしていた影では、ロリコンにいい思い出のないイブが、眉を顰めながら、頬を膨らませていた。


「なんで、ロリコンがここにいるかもなの……」


すると、その質問に対して……何故かヌルが返答する。


「それは、ボレアスまでの道順を知っている人物が、彼らしかいなかったからですよ、メイド長。私としても、メイド長が不快だと思われる人物を、この手で葬り去りたいと思っておりますが……彼らには色々と複雑な事情があるようです」


「……複雑な事情?」


「はい。例えば人間共と魔族の領域を隔てる大河。あの場では、すべての魔法が減衰されて、終いには無効化されるので、一般的な転移魔法を使って川を渡ることは出来ません。しかし、カペラは、以前、川渡しを営んでいた様子。我らの旅にも一役買ってくれることでしょう」


「……じゃぁ、ロリコンは?」


「……さぁ?」


「…………」むっ


一番知りたいことが、ヌルから出てこなかったせいか、眉間の皺をより一層深めてしまうイブ。

結局、その後、ロリコンが何故ここにいるのか、誰の口からも語られなかったことで、彼女はその理由を知ることを、遂には諦めてしまったようだ。




それから、馬車に揺られること、数時間。


ガラガラガラ……ガッコン……


不意に馬車が止まった。


「言われた通り3時まで、とりあえず走ったぞ?」


ロリコンのその言葉から推測するに、どうやら今日の野営地点に到着したらしい。


「そう……。そんじゃぁ、まずは、食事の手配ね。……エネルギア?ポテンティア?」


『呼んだ?』

『何でしょうか?』


「2人で合計1000人分の魔物を狩ってこれるかしら?」


『えっ……そんな少なくていいの?』


『見た様子だと、3000人はいるように思うのですが……』


「いいのよ。足りない分は、連中がどうにかするでしょ。きっと」


『うん、分かった。えっと……全部ネズミで、1000匹くらい?』


『いえ、お姉ちゃん。大のおとなが食べるんです。2000匹は必要でしょう』


『そっか……。ネズミさん、2000匹もいるかな?』


「いや、ネズミに限らないで、普通の魔物を狩ってきなさいよ……」


呆れたようにそう口にすると、ハッとした声色を残しながら、馬車の上空から離れていく2隻の空中戦艦。


その後で、


チュンチュン、ドゴォォォォン!!


という、どこかのSF映画のような音声が響き渡っていたせいか、最初は騎士たちの事を心配していたロリコンとカペラや、そして魔物を狩ることが自分たちに課せられた目的だと思っていた勇者たちは、苦笑を浮かべざるを得なかったようだ。

もちろん、最後尾を歩いていた3000人の騎士たちも、その例外では無かったようである。


まぁ、それも……エネルギアとポテンティアが狩ってきた獲物が、絶対的に足りないことに後で気付いて、必死になって自ら夕食の手配を始めるまでの話だったようだが。

ここにあとがきが書かれておらんということは、すなわち、妾は時間までに帰ってこれなかった、ということなのじゃ。

その場合、今日は妾の駄文を読むことを諦めて、眠ってもらいたいのじゃ。

まぁ、いつもの駄文が子守唄になるとは到底思えぬがのう。


……え?これはあとがきじゃないのか、じゃと?

妾の頭の中にある『あとがき』は、残念ながら、妾が命を落とした際に、意味を失ってしまったのじゃ!

……たぶんの。

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