8.0-35 人生の終わりと始まり14
「よかった……。テレサ様、生きてて……」
「……お主、少しばかし、反応が遅くはないかのう?」
安堵の溜息を吐いたブレーズと代わるように、口を挟んできた妹のシルビアに対して、テレサは怪訝な視線を向けた。
「いえ、そんなことはないですよ?お兄ちゃんとテレサ様の会話を邪魔できなかっただけです」
そう言って、苦笑を浮かべるシルビア。
そんな彼女の目尻に、小さく水滴のようなものがついている所を見ると……
「お主……さては、ブレーズと妾の会話に入れなくて、悔しくて、泣いておったじゃな?」
「悔しいって……そんなことに、悔しさなんて感じませんよ……」
……まぁ、順当に考えると、彼女もテレサのことを心配していた1人なのだろう。
すると、テレサのその質問を聞いていたコルテックスが、どこか申し訳無さそうな表情を浮かべながら、2人の会話に口を挟む。
「申し訳ありません、シルビア様〜。どうやら妾の頭は、私の記憶と混ざりあうことで、少しおかしくなってしまったみたいなのですよ〜」
「……お主、今、何か、余計な事を考えなかったかのう?」
「いえいえ〜。そんな『元からだ〜』なんて思ってないですよ〜?」
「そう口にしておる時点で、肯定しておるのと同じなのじゃ……」
と、頭を抱えて、小さく溜息を吐くテレサ。
すると、その様子を見ていたシルビアが、首を小さく傾げながら、コルテックスへと質問した。
「記憶が混ざり合うって……どういうことですか?見た目も発言も、いつも通りのテレサ様と同じだと思うんですけど……」
「……つまり、主も、元から妾の頭がおかしいと思って……」
「まぁ、そんな事は、今更いいじゃないですか」
「…………」
「えーとですね〜……コレはすごく難しい話なのですよ〜。妾は〜……見た感じ、生きているように見えますが、実は、しっかりと死んでいまして〜」
「えっ……?」
「死んだことで、まるで欠けたパズルのように穴だらけになっていた妾の記憶を、私の記憶で補完したのです。ですから、見た目も話し方も妾かもしれませんが、実のところ中身は私〜……」
「えっ……?!」
「……いや、確かに、一部、コルの記憶が混じっておるかも知れぬが、妾は妾じゃからのう?このワルツへの想いも、エンジンと空に対する想いも、死ぬ前から何一つ、変わっておらぬのじゃ!……多分の」
「……なるほど。確かに、紛れもなくテレサ様ですね」
と、テレサの言葉に何か思うことでもあったのか、直前まで受け入れがたい様子を見せていたものの、急に納得げな表情を見せるシルビア。
そんな折、パジャマ姿で無精髭が目立っていたブレーズが……不意にこんな言葉を口にした。
「……で、お前ェら。ここに何をしに来たんだァ?」
その質問に対して、難しそうな表情を浮かべたコルテックスが返答する。
それは……ここに彼女が来た理由であると同時に、どうやらそれ以上の意味を持っていたようだ。
「……また、あなたに、飛行艇の建造の手伝いをお願いしたいと思いまして……」
その瞬間だった。
「あァ?お前、馬鹿か?!手前ぇの身勝手で、人ひとり殺してんだぞ?確かに、そこに、テレサの皮を被った化け狐がいるかも知んねぇが、どこの口からそんな言葉が出てくんだァ?あァ?」
ブレーズは額に青筋を立て、激怒した様子で、コルテックスを怒鳴りつけたのである。
ただ、その際、彼の手が小さく震えていたのは、何も激高したから、という理由だけではないだろう。
その言葉を聞いてコルテックスは……まるで、自分の役割が終えたかのように、小さく息を吐いて……そしてそれっきり、黙り込んでしまった。
その代わり口を開いたのは……
「……この口じゃが?」
死んだ本人であるテレサだった。
そして彼女は、激怒するブレーズに対して、怯む様子もなく、面と向かってこう口にしたのである。
「一度死んだ妾が言うのもどうかと思うのじゃが……空を飛ぶためなら、妾は死んでも良いと思っておるのじゃ。いや、正確には、思っておった、というべきじゃろうかのう?例えそれが、誰かを心配させたり、そして悲しませたりするとしても……この想いを止めることは出来ぬのじゃ。それは死ぬ前も、そして死んだ後も、変わらぬことなのじゃ?」
「ホント、正真正銘の馬鹿だな?お前ェ」
「うむ。それは重々承知しておるのじゃ。じゃから、その上でお主に頼みたかったのじゃ。恐らく……妾の想いを理解できる者は、お主しかおらんと思ってのう?」
「何で俺なんだよ……。何で、お前を救えなかった俺に、そんなことを言うんだよ!嫌がらせか手前ェ!」
そんなブレーズの暴言に対し、テレサは眼を細めながら、思い出すように口を開いた。
「あの時……テスト飛行の数日前、お主は、妾の代わりに飛びたい、と言っておったじゃろう?その発言は、まさか……半端な気持ちで言ったものではあるまい?」
「…………」
「それとも、妾の買いかぶりすぎじゃろうかのう?」
「…………違う」
「なれば、話は簡単なのじゃ。自分の好きなものに対して真剣になって、自らの命を賭そうと思う者にこそ……妾は、新しく得たこの身を託せる……ただそれだけのことなのじゃ。じゃから主は、それ以上、自分を責めなくともよいのじゃ」
「……馬鹿が。……いや……」
そして、ブレーズは、ベッドに腰を下ろしたままで宙を見上げると……その向こう側に、青い何かが見えているかのように、眼を細めて……
「……本当の馬鹿は……俺か……」
そんな小さな呟きと共に、大きなため息を吐くのであった。
こうして。
王城の中に、テレサが生き返った、という噂が半日にして広まったわけだが、その結果、少なくない混乱が生じてしまったことについては、言うまでもないだろう。
テレサの後釜を狙っていた者……がいるかどうか定かではないが、古くからいる豪族や貴族たち、それに議員たちや各種ギルドなど、政治を司る立場にある者たちが、一度葬儀を上げた後で現れたテレサに対し、小さくない警戒感を抱いていたようである。
まぁ、それも、コルテックスたちの暗躍のお陰で、全体の半分の半分以下だったようだが。
それを知ったワルツたちは、とある行動に出ることにしたようである。
具体的には、勇者ルシア(仮)を巡る混乱が生じた際と同じような対処法で、ほとぼりが冷めるまでの間、王都からテレサを連れ出す、というものだった。
要するに、この世界についての記憶の大部分失ってしまっていたテレサのリハビリを兼ねて、小さな旅(?)を企画したのである。
そしてその旅の目的は……
「……ぐすっ……。あまりにも悲しかったせいで、お金を持ってくるのを忘れました……」げっそり
一人、王都を抜け出して、実家への帰路についたシラヌイのところ……ではなく、その前に、
「えっ……?私を強制送還……?」
ボレアスから抜け出してきていたヌルを、支援物資とともに、母国へと送り届けるというミッションになったようだ。
それも強制的に……。
ストックが無いのじゃ〜。
鼻水が止まらないのじゃ〜。
寒気は止まったのじゃ〜。
……頭はいつも通り回らないのじゃ……。
もうダメかも知れぬ……。
まぁ、そんな事は置いておいて。
テンポとストレラと水竜とヌル殿以外の話は全員分取り上げた故、次回からは話を進めようと思うのじゃ。
……なんとか、来年中に完結させるためにも、のう。
このままじゃと、本当に、エンドレスな話になってしまうのじゃ。
……と、2度目の師走を迎えて思った今日このごろなのじゃ?
とは言っても、話はこれからも1年以上、続くと思うがのう……。
次回からは、最近、影の薄かったワルツを中心にした話を進めていこうと思うのじゃ。
そしてヒロインは……妾なのじゃ!
……多分の。




