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8.0-34 人生の終わりと始まり13

場所は剣士の部屋の、隣の隣の隣あたりへと移って……。


「お兄ちゃん、いつまでも引き篭もってないで、食事くらい一緒に食べなさいよ!」ガンガンガン!


黒い翼が特徴的なシルビアが、乱暴に兄の部屋の扉を叩いていた。


ことのすべての始まりは……やはり、テレサの死が原因だった。

プロジェクトを総括をしていたブレーズが、彼女の死に責任を感じてしまい、部屋に引き篭もってしまったのである。

皆をリードする立場にいる者が、その責任感の強さに比例して、失敗した時にダメージを大きく受けてしまうのは、必然のことだと言えるだろう。


そんな兄の行動に、妹のシルビアは、危機感を持ったようである。

このまま兄を放っておいたら、大変なことになってしまう……。

最初の1週間は、彼女自身も悲しみに暮れていた事もあって、兄のことはそっとしておくつもりだったようだが、流石に引きこもりの期間が2週間目に突入して、いよいよ静観していられなくなったようだ。


「お兄ちゃん、いい加減起きてよ!早く、鍵を開けないと……石、投げつけるよ?」


とポシェットから拳大の石を取り出すシルビア。


その石は……彼女がいつも持ち歩いている護身用(?)の武器だった。

一見すると、単なる石のようにしか見えないが、彼女が投げると、特別な意味を持つのである。


元天使の彼女は、かつて天使の力を完全に失ったものの、それでもふとした拍子に、天使に戻ることがあった。

特に石を投げつける瞬間はその確率が高く、彼女が投げた石は凄まじい破壊力を持って飛んで行くのだ。

まぁ、彼女は自身が天使に戻っていることに気付いておらず、破壊力が高いのは、石(ルシア製)のおかげだと思っているようだが……。


「あと、3数える内に出てこないと、投げるからね?」


そしてカウントダウンが始まる。


「3」


ドゴォォォォォン!!


その瞬間、爆ぜる扉と、それと同じ材質の特殊鋼で出来ていた石ころ。

どうやらシルビアにとって、3を数えるというのは、『3』と口にすることだったらしい。


結果、ブレーズの部屋の扉は跡形もなく無くなり、そこからは……


「おまっ……ちゃんと3くらい数えろや……。って、どうやって吹き飛ばしたんだ?あァ?」


今、丁度、扉を開けようとしていたパジャマ姿のブレーズが姿を見せた。

もう少しタイミングがズレていたなら、恐らく彼は間違いなく、テレサの後を追うことになっていたことだろう。


そんな兄の姿を見たシルビアは……しかし、彼の言葉に返答することなく、


「お兄ちゃん、心配したんだからね!」


と、目尻に涙を蓄えながら、乱暴に声を投げつけた。

だが、ゲッソリとして髭の生えていたブレーズの方は、まだ完全には立ち直ってはいなかったようで……


「……帰ってくれ」


それだけ口にすると、シルビアへと背を向けて、薄暗い部屋の中へと、再び姿を消してしまう。


「お兄ちゃん……」


その後ろ姿に、残念そうな視線を向けるシルビア。

兄と直接会えば、問題解決の糸口がつかめるかもしれない、と考えていた彼女だったが……責任を感じて塞ぎ込んでいる兄と実際に対面して、彼女にはどう声をかけて良いのか、ここに来て分からなくなってしまったようだ。


結果、どうしようもなくなった彼女は、考えるよりも産むが易し、と言わんばかりに、


「……もう、ここは……アレしか無い!」


そう口にして、覚悟を決めたようにグッと胸の前で手を握り締めると、その暗い部屋へ……


ズサッ!


迷うこと無く突入した。

そして飛翔し、空中で2、3回身体を捻ったところで、技名(?)を唱える。


「お兄ちゃん!『起きてボディープレス!』」


ドゴォォォォン!


「ぐはぁっ?!」


特攻したシルビアとブレーズとの間には、一応は衝撃を分散させる『布団』という名の防御壁があったものの、位置エネルギーを利用した妹の質量攻撃は、ブレーズの身体に十分なダメージを与えることになったようで、


「ふ、不意打ちは、母さんだけで十分だ!っていうか、お前ェ重ェ……」


彼はそんな苦しそうなうめき声を上げた。

飛び込んだ妹の膝が、ブレーズの鳩尾(みぞおち)にクリーンヒットしたことも、その原因と言えるだろう。


「ほら、起きてよ、お兄ちゃん!」


「退け……!とりあえずなんでも良いから退け……!」げほっげほっ


「お兄ちゃんが起きるまで退けないんだから!」


「いや……お前が退けなきゃ……俺も……起きれねェ……だろ……」


「えっ?今、何か言った?」


「…………」


妹が自分のことを殺しに来ていると悟ったのか、それともそれ以外の何らかの問題が生じたのか……。

布団の下で小さく藻掻くだけで、遂には何も喋らなくなってしまった様子のブレーズ。


と、そんな時。


「む?ブレーズ殿の部屋の扉が破壊されておるようじゃが……まぁ、良いか」


「そうですね〜。自分で直せるでしょうし、放っておいても良いのではないでしょうか〜?」


ブレーズの部屋へと、テレサとコルテックスの2人が現れた。

そんな見た目がほぼ同じな2人が、ブレーズのベッドの方に眼を向けて、そして兄に馬乗りになっているシルビアの姿を見て……


「……シルビア殿?お主たちは一体何をしtもがぁっ?!」


「おっと〜。これはお楽しみの所、お邪魔しました〜」


「な、何をするのじゃ!コルよ!この手を離すのじゃ!前が見えぬ!」


「ダメですよ〜?妾〜。世の中には見て良いものと悪いものがあるのです。妾にはその分別がまだ付いていないようなので、残念ながらこの手は離せません」


と、よく分からないやり取りをしながら、部屋からそっと外へと出ていった。

その姿を見て……


「…………あれ?もしかして、何か勘違いされた?」


それでもシルビアが事態を把握できなかったのは、恐らく彼女の母親(エルメス)に原因があるに違いない。




それから。

シルビアの情報局員としての直感が、テレサたちを追え、と叫んでいたためか……。

彼女は、部屋から出ていったテレサたちを追いかけると、そこで事情を説明して、そして再びブレーズの部屋の中へと戻ってきた。

すると、そこでは……


「……そうか……。俺、さっきので死んだんだな」


何を思ったのか、戻ってきたテレサの姿を見て、ボロボロなっていたブレーズがそんなことを呟いた。


それに対し、コルテックスが、嬉しそうな表情を見せながら、返答する。


「いえいえ〜。残念なことに、あなたはまだ死んでないみたいですよ〜?この際ですから、死んだと思って、私の実験台になるというのはいかがでしょうか〜?」


彼女がそう口にした途端、


「そうか。メカ狐(コルテックス)の言葉に、まだイラつくってこったァ、俺りゃ、まだ生きてるなァ……」


ブレーズは前言を撤回して、生きていることに喜びを感じている様子(?)を見せた。

どうやら、彼の脳裏に、一瞬だけ、本物の地獄が浮かび上がってきたようである。


それから彼は一旦ため息を吐いて、気分をリセットすると、テレサに対して少しだけ嬉しそうな視線を向けながら、こんな言葉を口にした。


「……テレサ。お前ェ生きてたのか?」


それに対して、


「うむ。妾は死んだのじゃ?」


これまで通り、素直に返答するテレサ。

どうやら彼女は、わざと『生き返った』や『生きていた』という言葉を使わないようにしているらしい。


「……じゃぁ、お前ェは何だ?ケツから3本の尻尾を生やした化け狐か?」


「尻尾が生えておるのは、正確には臀部(でんぶ)ではなく腰なのじゃ。じゃがまぁ、化け狐、という意味では、あながち間違いではないやも知れぬがのう」


「ふん…………そうか」


と、恥ずかしげもなく口にするテレサの言葉に対し、どこか納得げに呟くブレーズ。

どんな形であれテレサが戻ってきたことで、彼の心に伸し掛かっていた重石は、今この瞬間、大部分が霧散したようである。

消炎鎮痛剤と、おいしいプリンが、妾を無理矢理に突き動かしておるのじゃ。

それだけだけあれば、例えフラフラとしていても、どうになる気がするのじゃ。

まぁ、実際、どうにかなっておるのじゃがのう。


プリンやゼリーというものは……カロリーが低くて、腹がふくれる、素晴らしい食べ物じゃと思うのじゃ。

例えば、同じ質量のクッキーと比べるなら、カロリーはおよそ4倍も違うのじゃ。

今度から、甘いものはプリンかゼリー、塩辛いものはおしゃぶり昆布というオヤツ体制で執筆環境を整えて行こうかのう。


まぁ、そんなこんなで……極めて体調が悪いのじゃ……。

あとはこの辛さをルシア嬢とイブ嬢にも分け与えるだけなのじゃ。

よく言うじゃろ?『多くを持つのは分け与えるため』、と。


でものう。

あやつら、妾が風邪を引いてからというもの、一切近づかなくなったのじゃ……。

この感じ……風邪をうつそうとしているのを、悟られたかも知れぬのう……。

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