8.0-31 人生の終わりと始まり10
それからイブは、目を真っ赤にしながら、何事も無かったかのようにユキから離れると、カタリナに対して頭を下げながら、短くこう口にした。
「ごめんなさいかも……カタリナ様……」
するとカタリナは、その言葉の意味が分からなかったのか、イブに対してその事情を問いかける。
「謝ることは何も無いと思うのですが……何か悪いと思ったことでもあったのですか?」
「んとね……なんか、ワガママみたいなことを言っちゃったかもだから……」
「(いえ、まだ何も言ってないと思いますけど……)」
確かに自分の父親のことについて口にしたものの、しかし、彼を生き返らせてほしいなどとは一言も口にしていなかったイブが、まるでそれを実際に言ってしまったかのような発言をしたことで、カタリナは再び困ってしまったようだ。
8歳児なら、8歳児らしい反応を見せてワガママを言えば、どれだけ関わりやすいだろう……。
彼女は、王都へと回診に行った際に相手をする、自分に素直な子どもたちのことを思い出して、そんな事を考えていたようである。
だが、そこは、アダルトチルドレンの模範のようなイブ。
カタリナがそんなことを考えて頭を悩ませていることは気づかず、自身の中で答えを見つけて、晴れやかな表情を浮かべたイブは、どこからともなく愛用の箒を取り出すと、エレベーターとは真逆の方向へと歩き出そうとしていた。
「さてとー。ユキちゃんのお陰でスッキリしたし、賄いが出る時間になるまで、午後のお掃除も頑張ろっと!(……ん?何か色々と忘れているような気がするかもだけど……まぁ、良いかもだね!)」
イブがそう言って、2歩3歩と、テレサたちがいるだろう王城の方へと歩き出した……そんな時である。
彼女の手を……
ギュッ……
何故かカタリナが、握りしめたのだ。
それが誰の手なのかイブが気付いた瞬間、
「…………?!」
彼女は獣耳の先から尻尾の先端まで、全身の毛を逆立てた。
やはり彼女は、カタリナのことが、苦手だったらしい。
「ち、注射?!」
「いえ、いきなり注射をするようなことはしませんよ」
と首を振りながら否定するカタリナ。
イブとしては、そんな彼女の言葉はまったく信じられなかったようだが……その後でカタリナが口にしたこんな言葉を聞いて、とりあえずは落ち着きを取り戻したようである。
「これから食事に行くのですが……どうでしょう?イブちゃんも一緒に行きませんか?」
「……食事?」
「はい。メイドさんの賄いは、もう少し遅い時間だと思いますが、イブちゃんはメイドさんじゃないですよね?だったら、一緒に昼食でもいかがかな、って思いまして」
「か、カタリナ様と昼食……」
イブは、反射的に、その提案をどうやって断ろうかと考えたようだが……流石に食事中はカタリナも注射器を振りかざしてくることは無いはず、と思ったらしく、大人しく彼女の提案を受け入れることにしたようである。
「え、えっと…………うん。じゃぁ、せっかくだし、お言葉に甘えるかも?」
その際、彼女は、近くにいた、血のつながっていない姉に対しても、声を掛けた。
「ユキちゃん?あのね……ユキちゃんも一緒に行かない?」
すると……
「えっ?!えっと……はい……」
一応、首肯はするものの、不承不承といった様子のユキ。
彼女がそんな反応を見せた理由を知っていたカタリナは、イブに対し事情を説明した。
「ユキさんは今日も辛い物を食べたかったようですよ?」
と、実は辛いものが嫌いなカタリナ。
昼食を食べに行くというのに、彼女とユキが同時に診察室を出なかったのには、そんな理由があったからだった。
ちなみに。
彼女が辛いものを嫌うようになった原因は、ワルツが以前作った料理(?)にあったのだが……それについては、イブもユキも、まだ知らなかったようである。
おそらくカタリナは、辛くて熱い食べ物をこよなく愛するユキに対し、真っ向から対立するような内容の発言を口にするのは避けたくて、誰にも打ち明けていなかったのだろう。
これから長い間、衣(食)住を共にしていかなければならないルームメイトであるということも、その一因だったのかもしれない。
だが……そんなカタリナとユキのバランスを揺るがしかねない人物がそこにいた。
ここには3人しか居ないので、必然的にそれは……
「えっ……イブも辛いものを食べたいかも!」
イブ、ということになるだろう。
「…………」ぴくっ
その言葉を聞いて、まったく表情を変えずに、一瞬だけ眉を動かすカタリナ。
一方、ユキは、その小さな変化に気づかなかったのか、
「えっ……イブちゃんも、辛いものが大好きなんですか?熱いものが大好きなんですか?!」
まるで仲間を見つけたかのように、どこまでも明るい表情を浮かべたようだ。
……そしてその結果。
王都まで辛い料理を食べに行く時間の無かったカタリナに配慮して、イブが狩人に頼み込んだ結果、
グツグツグツ……
と煮えたぎる真っ赤な鍋が、王城の食堂に用意されたようである。
鍋の調理人は狩人なので、どこかの誰が作った毒物とは違って、まともな食べ物であることは間違いないだろう。
まぁ、カタリナにとっては、誰が作っても同じだったようだが。
「……これ、食べられるんですか?」
「お前は、何を言ってるんだ?これ、ワルツの好物だぞ?」
「いや、狩人さん……。私、鍋が好きだなんて、一言も言ったこと無いんですけど……」
食堂に現れた3人のところへは、いつの間にかワルツと狩人他数名が集まり、その真っ赤な鍋を、興味深そうに眺めてようだ。
それでも、皆が、3人と一緒に食べようとしなかったのは……その鍋の見た目が、どこからどう見ても、上級者向けの料理のようにしか見えなかったからだろうか。
そんな人だかりの中には、テレサとコルテックスもいたようである。
「む?何やら刺激臭が漂ってくるのじゃが……」
「人聞きが悪いですよ〜?妾〜。ユキ様が、いつも通りにフードファイトするだけですよ〜?」
「フードファイトというか……いつも通りに食べるだけではなかろうかのう?」
「……その辺は、ちゃんと覚えているのですね〜?」
と、煮えたぎったマグマのような液体が入った鍋に目を向けながら、そんなやり取りを交わすテレサとコルテックス。
そんな鍋へと、一番最初に手を伸ばしたのは……
「では早速頂きましょう!鍋のアクセントになっているこのヘルチェリーは、私が頂きです!」
やはり、辛いものが大好きなユキであった。
「パクッ……モグモグ…………辛っ!」ブオッ
そして顔を真っ赤にする雪女……。
その後で、彼女が一切水を飲まず、ひたすらに箸を動かし続けたことについては、最早言うまでもないことだろう。
続いてその後、鍋に箸を入れたのは……
「いっただっきますかも〜?」
メイド服のエプロンの上から、更に別のエプロンを身に付けた、イブであった。
どうやら彼女は、メイド服のエプロンを汚したくなかったらしい。
「パクッ……辛っ?!水っ、水ぅぅぅ!!」ゴクゴク
彼女は口にした白菜のような野菜を、辛そうな反応を見せながら水と共に飲み込むも……
「はむっ……辛っ?!」
そこで箸を止めるのではなく、ユキに習うかのようにして、汗を流しながら食べ続けたようである。
一方で、である。
「…………」
その鍋を、忌々しげに眺めている人物がいた。
かつてヘルチェリーに辛い思いをさせられたカタリナである。
「…………いただきます」
しかし、ここで逃げるという選択肢が無かった彼女は……覚悟を決めると、その真っ赤な鍋へ箸を入れた。
ここで少し話は脱線するのだが、辛さというものは、正確には味覚ではなく、舌が感じる痛みなのだという。
カタリナは、身体が傷付いて痛みを感じることに、ある程度耐性があったはずだが……どうやら彼女にとって、辛さと痛みとの間に、あまり関係は無いようだ。
結果、彼女は、できるだけ辛く無さそうなネギのような形状をした小さな野菜を小皿によそいで、そしてその一部を口の中へと放り込むのだが……
「…………」うるうる
それを口に入れた瞬間、彼女が今にも泣きそうな表情を見せながら、無言で咀嚼していたところを見ると……どうやら鍋は、彼女の予想通りに、酷く辛いものだったようである。
どうしてこんな辛い思いをしながら、食事を摂らなくてはならないのか……。
ただ、そう考えていても、彼女がその手を止めようとしなかったのは……隣に居たイブが、真っ赤にした顔に浮かべていたその表情と、何か関係があったから、なのかも知れない。
あと1〜2話くらいで次の話に進めようと思うのじゃ。
一応、王城におる全員の反応を書いておかねばー、と思う故、もう暫し、お付き合いくださいなのじゃ。
なお、随分と前に言ったのじゃが、水竜だけは王城におらぬのじゃ?
何をしておるのかは言わぬが……まぁ、とりあえず生きておる、ということだけは言っておこうかのう。
というわけで……現実世界における長い死闘パート2が無事(?)終わったのじゃ。
次は……パート3が妾を待ち受けておるのじゃ……!
まぁ、主戦力として戦うのは、今週で最後じゃったがのう。
来週は、後衛でサポートなのじゃ。
じゃから、それほど大きな負担は無いと思うのじゃが……もしやすると、先週のように、投稿予約を使うことになるかもしれぬのじゃ。
……これ、ボカして物語にすれば、面白……いや、やめておくのじゃ。
さて。
次は、年末年始に向けたストックを貯める作業に入らねばならぬのじゃ。
恐らく、問題なく書けるとは思うのじゃが……もしかすると、酔っ払った狩人の奴とか、JLの奴とかが、妾の執筆活動を妨害してくるやも知れぬからのう……。
それに対して、もしもの備えが必要なのじゃ?
というわけで……今日も、これから徹夜でキーボードを叩く苦行が始まるのじゃ……!




