8.0-30 人生の終わりと始まり9
「わ、ワルツ女史の放置プレイが、想像していたものと、かなり違っていた……」
と、傷だらけになりながらも猿轡をイブに外してもらったエンデルシア国王。
その結果、彼の言葉の意味を知っていたらしいイブは、
「……やっぱり、変態かも……」
それだけ言ってから、面倒事に巻き込まれる前に、そそくさとその場を立ち去ることにしたようだ。
そして、彼女が180度、回れ右をしてから、部屋の外へと歩き始めた……そんな時である。
「そこなる少女よ……。私を救ってくれたお礼に、褒美を授けよう」
ガリガリに痩せたエンデルシア国王が、イブに対してそんなことを口にしたのだ。
「いや、要らないかもだし」
「なに、遠慮することはない。あとは、この両手足のこの拘束具さえ外してくれれば……」ジャラッ
「あんねー……もう何も言わなくて良いかもだよ?大抵の変態さんは、みんなそう言うかもって、私、分かってるかもなんだから。代わりに、衛兵さんたち……はここに入れないから、ワルツ様か、アトラス様に声を掛けておくから安心してほしいかも?(それとも、テンポ様の方がいいかな?)」
そんなイブの素っ気ない言葉を聞いてエンデルシア国王は、
「……なるほど。お前が、ロリコンの言っていた犬の少女か……」
と、イブには聞こえないほどの小さな呟きを口にした。
その後で、彼女が先程から『変態』という言葉を連呼している理由を察した国王は、
「フッ……」
と意味ありげな笑みを浮かべてから、再び話し始める。
「……私は何を隠そう、このミッドエデン共和国の西隣に位置する、大国エンデルシア王国の国王様だ。もしも私のことを開放してくれると言うなら、お前の願いを何でも1つ叶えてやろう」
その言葉を聞いて……
「……無理だよ」
と、1秒経たず、即答するイブ。
その見た目の年齢からすると、あまりにも冷たく、そして感情の籠もっていないその言葉は、さすがのエンデルシア国王であっても、心に、グサッ、と来るものがあったようだ。
「……なにゆえ、そう思う?」
国王の自分が、施すのだから、大抵のことなら本当に何でも出来るはず……。
彼がそう思っていると、8歳の幼いメイド(?)が返答した言葉は……色々な意味で、受け取り難い言葉だったようである。
「……とーちゃんを生き返らせてほしいかもだけど……国王様には無理かもだよね。だって、カタリナ様にも、ワルツ様にもできないんだから。2人にできないことが、国王様に出来るわけないかもじゃん!」
そして怒ったような表情を浮かべて、スタスタと来た道を戻り始めるイブ。
その際、彼女が、
「ホントは分かってるかもなんだから……。とーちゃんがもう帰ってこないことくらい……」
と呟いたのだが、その言葉がエンデルシア国王に届くことは無かったようだ。
それは何も、彼女の声が小さすぎたから……というわけではない。
エンデルシア国王が何やら考え事をしていたようなのである。
もちろんそれは、イブに対して、なんでも願い事を叶えてやるといった手前、彼女の父親のことをどうやって蘇らせるかを考えていたから……というわけでもなく、実はその他に、イブの言動について、彼には頭を悩ませなくてはならない複雑な事情があったのだ。
「ロリコンのやつ……もしかして、何も言っておらんのか?それともソレを知っていて……あの少女は突っぱねておるのか?」
しかし、彼がそれを考え込んでいる間に……
「……あ」
イブは部屋から姿を消してしまっていたようである。
「ちょっ……!」
そして悶え始めるエンデルシア国王。
なお、どうして彼が、磔にされたまま、内股になって震えていたのかについては……
「だ、誰ぞぉぉぉ!!厠……厠に行かせてくれぇぇぇ!!」
……そんな国王の叫びを聞けば、分かってもらえるのではないだろうか……。
「……?今、何か聞こえたかもだけど……まぁ、いっか」
部屋から出たイブは、国王と話した結果、言いたいことを言ってスッキリしたのか、晴れやかな表情を浮かべていた。
そのせいか彼女は、国王のことなどすっかりと忘れて、一旦、自室へと戻ろうとしていたようである。
そしてエレベータホールまでやってきた彼女は……とある人物と鉢合わせすることになる。
イブがエレベータを呼ぶためのボタンを押して、
キンコーン……
と音が鳴ってエレベーターが到着し、そのドアが開いた瞬間、そこから……
「あら、こんにちは?イブちゃん」
真っ白いマントのような白衣を靡かせた、少し赤みの入った金色の髪と、ふっくらとした立派な尻尾が特徴的なカタリナであった。
「……?!」
「……あれ?何か怖いことでもあったのですか?そんな怯えた顔をして……」
いつも注射を振りかざしてくる自分のことを、イブが無条件に怖がっていることを知って知らずか……。
大きく目を開けて、泣きそうな表情を浮かべ、そしてゆっくりと後ずさりを始めたイブに対して、事情を問いかけるカタリナ。
もしも、イブがテレサの自室で倒してしまったカートのように、何か大きな音を発するモノがここにあれば……おそらくイブは、それを合図にして、一目散に逃げ出してしまうことだろう。
だが、ここには料理を乗せたカートどころか、障害物らしきモノすら無いエレベーターホールだったこともあって、イブはあまりの恐怖を前に、逃げ出すことをすっかり失念してしまっていたようである。
結果、3歩ほど後退したイブは、そこで我を思い出したのか、足を踏ん張って立ち止まると、必死になって表情をごまかしながら、カタリナへと挨拶の言葉を口にした。
「こ、こんにちはかも?か、カタリナ様っ……」
「はい。こんにちは、イブちゃん」
そしてニッコリとした微笑みをイブへと向けて……彼女がやって来た通路とは逆の方向へと、そのまま立ち去っていこうとするカタリナ。
もしもこれが普段のイブなら、注射をされなくてよかった……と胸を撫で下ろして、そして次なる目的地へと行くために、まるで逃げるようにエレベータへと飛び乗るはずだが……
「……カタリナ様」
彼女は何を思ったのか、自動的に閉じるエレベーターを見送って、大嫌いなカタリナのことを、自ら呼び止めたのである。
すると、カタリナは、その足を止めて、白衣を翻しながら振り返ると……
「何ですか?」
先ほどと同じように優しげな笑みを浮かべながら、イブへと問いかけた。
それに対しイブは、先ほどとは違って、真剣な表情をカタリナへと向けながら、こんなことを口にする。
「どうして……どうして、テレサ様は助かったかもなの?」
彼女の言葉は、恐らくその言葉通りの意味を持っていなかった。
カタリナはそれが分かっていたのか、真っ直ぐにその質問へと返答するのではなく、イブが求めているだろう答えに沿うように言葉を紡ぐ。
「……私が救うことの出来る人間には、条件があります。治療ができる環境が整っていることと……そして、患者の脳細胞が正常であることとの2つです。実は……今回テレサ様は、その枠の外側にいて、私が救うことはできませんでした。ただテレサ様の場合は運がよく……まだ『死』に向かって片足だけ踏み出したばかりの所にいたお陰で、ワルツさんとコルテックスが引き止めることに成功したんです。ですから……」
「……うん。分かってる。もう土の中に埋められちゃってるとーちゃんは、もう帰ってこないことくらい……。そのくらいイブだって分かってるもん」
そして俯いてしまったイブに対して、
「……そうですか」
なんと言葉をかけて良いのか分からず、悩んでしまった様子のカタリナ。
するとそんな彼女たちのところへと、もう一人、ある人物が現れた。
キンコーン……
「はぁ……お腹が減りました……。今日も何か辛いものを……おや?」
カタリナとは少し違って、ボレアス帝国の国章である青い雪の華が描かれていた白衣を身にまとっていたユキである。
彼女はそこへとやってくると、困り果てた様子のカタリナと、俯くイブ、という構図から大体の事情を把握したらしく、彼女はすーっとイブへと近づいて、
ポフッ……
と彼女のことを後ろから抱きしめた。
そして何気なくこんなことを問いかける。
「また、カタリナ様にいじめられたのですか?」
「……ユキ、ちゃん?」
「はい。今では、イブちゃんのお姉ちゃんをしている、ユキちゃんです」
「……お姉ちゃん……か」
そしてイブは、ユキの腕の中でぐるっと振り返ると……そこで動かなくなってしまった。
そんな彼女の頭を、ユキが愛おしげに撫でているその様子は……血は繋がっていなくとも、紛うこと無く姉妹であると言えるだろう。
……主らがこの文章を読んでおる頃、妾は新幹線に揺られて、ぐっすりと寝ておることじゃろう。
アイマスクと耳栓……この組み合わせが最高なのじゃ……。
おかげで、いつも、新幹線の駅を通過してしまいそうじゃがのう。
まぁ、そんなことはどうでも良いのじゃ。
あと1日……あと1日で、この修羅場を脱することが出来るのじゃ。
じゃが、そのせいで、ストックを3つも消費してしまったのは……痛かったのじゃ。
まったく書く時間が無いくらいに、忙しいのじゃ……。
本当は、もっとゆっくり書いて、イブ嬢の思い的なものを、細やかに書きたかったのじゃがのう。
じゃが、この環境で書くのは……難しすぎるのじゃ。
もう……ダメかも知れぬ……zzz。




