8.0-27 人生の終わりと始まり6
そして、ソファーに顔の形をしたシミを作ったアトラスが、清々しい顔をしながら再び上体を起こしたところで……。
コルテックスが彼へと話しかけた。
「……この度は私が原因で、妾が大変なことになってしまって、深く反省しております、お兄様〜……」
その言葉を聞いて、アトラスは険しい中にも少しだけ安堵したような表情を浮かべながら、彼女に対して返答する。
「……まぁ、今回はコルだけが原因じゃないのは分かってるよ。妾にも問題はあったからな」
すると、その発言の意図がよく分からなかったためか、テレサは首を傾げながら問いかけた。
「妾にも問題があったとは……一体どういうことなのじゃ?」
「それはですね〜……お姉さまからテストパイロットをするのを反対されていたにもかかわらず、無理やり強行したことですよ〜?」
「まったく覚えておらぬが……うむ。それはそれで、妾らしいかもしれぬのう……」
そう口にして、机の引き出しの中にあった銀色の塊に視線を落としながら、苦笑を浮かべるテレサ。
死ぬ前と復活した後とで、彼女の空を飛びたいという気持ちは、おそらくまったく変わっていないのだろう。
すると、そんな彼女の発言を聞いていたアトラスが、今度は違うことに対して眉を顰めながら、こんな疑問を口にする。
「……もしかして、妾は記憶が無いのか?」
それに答えたのは、記憶を手放してしまった本人ではなく、そのことに最初に気付いたコルテックスであった。
「はい。失われてしまっていたニューロンの構造を、私のニューロチップから補完したので〜……基本的な性格は妾のままですが、大部分の記憶は私たちと共通したものになってしまったようです。ただし、まったく同じ、というわけではないようですけどね〜」
「……そうか。でも、それなら、これまでと大きくは変わらないか……(コルテックスの性格で、記憶が妾……とかじゃなくてよかったぜ……)」
「……今、何か、余計なことを考えませんでしたか〜?」
「いや、そんなことはないぞ?」
と、至って冷静に、コルテックスの追求を躱すアトラス。
だが、それ以上、コルテックスが根掘り葉掘り聞こうとしなかったのは、アトラスとの関係がようやく修復できたから、だろうか。
それを知ってか知らずかアトラスは、何に対して安堵したのか不明だが、深くため息を吐くと、誰に向けるでもなく、こう呟いた。
「しかし……これで俺は、ようやく、議長代理から開放されるんだな……」
だが……
「いえいえ〜。お兄様には、まだまだ働いてもらわなくてはなりません」
アトラスの安堵の表情を、いつも通りにコルテックスが吹き飛ばす。
「実は妾は〜……この世界の、特にミッドエデンで王姫をしていた頃の記憶がごっそりと抜け落ちているのですよ〜。そんな妾に、いきなり議長をしろ〜、と、お兄様は言えますか〜?」
「でも、お前がいるだろ。優秀な秘書様がよ?」
「はぁ〜……。それが残念なことに、私は妾が生活に慣れるまで、付きっきりにならなくてはならないのですよ〜。どちらかと言えば、秘書というより、介護者ですかね〜。一応、命を奪ってしまった者として責任は取らなくてはいけませんから〜」
「それ、責任逃れ……いや、違うな。なんて言えば良いんだ……」
『責任』を口実に、議長職に戻ろうとしないコルテックスに対して、どう反応して良いのか分からず混乱している様子のアトラス。
そんな彼に対して、コルテックスは追加の言い訳を口にした。
「それに、もう葬儀は上げてしまいましたし〜……。今更、無かったことには出来ませんよね〜……」
「はぁ……そういえば、そんなこともあったな……」
それを聞いて、再び大きなため息を吐いてしまうアトラス。
彼がテレサと交代して、議長代理の職を降りるためには、テレサが生きていることを国民たちへと発表しなくてはならないのだが……。
国葬まで上げた彼女のことを、『まだ生きている』とそう簡単に国民たちへと発表できなかったこともあって、アトラスの頭は急に重くなってきてしまったようである。
すると、アトラスを中心に、いつも通りに疲れた空気が漂っていた、そんな部屋の中へと、
ブゥン……
眠ったルシアとユリアを自室へと送り届けたワルツが、不意にやってきた。
もちろん本体の機動装甲の方ではなく、ホログラムの姿の方である。
「コンコンコン」
「ワルツよ……。それは部屋の中に入る前にやることであって、口で言うものではないのじゃぞ?」
「そんな細かいこと気にしたら、尻尾の毛が抜けるわよ?ほら、見てみなさい!貴女の尻尾」
「んぬっ?!」
常日頃から尻尾の丹念なメンテナンスを心掛けていたためか、尻尾の毛がハゲる、というワルツの話を聞いて、自身の尻尾に急いで眼を向けるテレサ。
すると自身の冗談を聞いて、必死になりながら尻尾の確認を始めたテレサに苦笑を向けながら……ワルツはコルテックスに対して、こんなことを口にする。
「コルテックス?アトラスと議長職を変わりなさい。もちろん、どうにかして、葬儀も無かったことにしてね。最悪……死んだのは、妾ではなくて、どこかの貴族ってことにしてもいいわ(ま、それが出来るかどうか、知らないけど……)」
それを聞いて、
「……何かあったのですか〜?」
特別な事情が生じたことを感じたコルテックスは、ワルツに対して事情を問いかけた。
「実はさ……シラヌイが家出したみたいなのよ。部屋に書き置きがあって、『実家に帰らせていただきます。探さないで下さい』だってさ?」
「それ家出って言わないのでは〜?」
「でもさ、この前までは、シラヌイのお爺さんに、彼女が結婚しなくても良いように説得しにいくはずだったじゃん?それに彼女、今回の一件で、かなり責任を感じていたみたいだったし……」
そして、眼を細めるワルツ。
どうやら今回の件で、責任を感じていたのは、コルテックスだけでは無かったようである。
それを聞いたアトラスが、首を傾げながらワルツに対して質問した。
「なぁ、姉貴?どうして俺が、議長職をコルテックスと変わらなきゃならないんだ?いや、代わってほしいけど、なんか裏に話があるような気しかしないんだが……」
「いいえ?そんなことはないわよ?ただ、シラヌイの場合、実家に帰ると強制的に結婚させられるみたいだから、それを阻止するために、アトラスが代わりにフィアンセを名乗ればいいんじゃないかなー、と思って」
「はぁ……そうだと思ったよ」
と、この部屋に入って何度目になるか分からないため息を吐くアトラス。
だが、シラヌイの人生を自分の行動で変えることが出来るなら、と思ったらしく、
「仕方ないな……」
彼は大人しく、姉の言葉に従うことにしたようである。
「……というわけだ、コルテックス。後は頼んだぜ?……え?葬儀をやっちゃったって?まぁ、頑張れよ?」
「……私が下手に出ているせいか、随分と調子に乗っているようですね〜?アトラス〜」ゴゴゴゴ
「ふん!新しいボディーに代わって、軟弱になった今のお前は怖くも何とも……」
「馬鹿ですね〜。愚か者とは、今のアトラスの事を言うのでしょう。……最新の魔導技術の粋を集めて、カタリナ様に再構築してもらった今の私が、これまでの身体と同じだと思ってもらっては困りますよ〜?まぁ、私が弱体化したと思いたければ、どうぞご勝手に思っていれば良いのではないでしょうか〜?」にっこり
「くっ……カタリナ姉……。また、余計な事をしたな……」
そして、眉間に皺を寄せて、悔しそうに頭を抱えるアトラス。
それから彼は、赤いロープのようなもので、久しぶりに身体をぐるぐる巻きにされるのだが……。
その際の彼に、抵抗しているような素振りが見えなかったのは、やはりコルテックスの性能が、以前とはまるで段違いに向上していたためか、それともあるいは……。
時間がない……。
妾には時間が残されていないのじゃ……。
それはもちろん人生……ではないのじゃ?
……睡眠時間なのじゃ。
いやのー。
明日は凄まじく早い時間に寝覚めねばならぬのじゃ。
色々あってのう……。
その上、明日は書けぬ予定なのじゃ。
じゃから……これから明日の分も書かねばならぬのじゃ……。
……昨日も同じようなことを言ったような……まぁ良いか。
そんなわけで、ここで駄文は切り上げさせてもらうのじゃ。
あでゅ〜、なのじゃ〜!




