8.0-25 人生の終わりと始まり4
「それにしても……解せぬことが幾つかあるのじゃ」
自分の顔をテカテカにコーティングしたルシアとユリアを、ワルツの重力制御の力場に任せてから、和服の袖で顔を拭きつつ、問いかけるテレサ。
そんな彼女の質問に対して、2人を受け取ったワルツが返答する。
「何かしら?」
「どうしても分からぬのじゃが……妾は、何故、ここで寝ておったのじゃ?」
「それは……」
そして、そこで口を噤んでしまうワルツ。
何かとても言い難いことがある……そんな様子である。
すると、姉の代わりに、コルテックスが口を開いた。
「それはですね〜……今日、妾が目覚めなければ、2回目の葬儀を執り行う予定だった〜、と言えば、分かるのではないですか〜?」
「つまり……妾が今、目を覚まさねば、本当にあの世行きになっておった、ということかのう?」
「はい。その通りです。危なかったですね〜?(尤も、元の妾の方は、既にあの世に行っているかもしれませんけどね〜)」
「た、助かったのじゃ……。目を覚まして良かったのじゃ……」
そして、生まれ変わっても、いつも通りに凹凸の無い平らな胸に手を当てて、ホッとしたようなため息を吐くテレサ。
それから彼女は2つ目の疑問を口にした。
それは、自身の身体についてのことだったようである。
「もう一つ聞きたいのじゃが……さっき、コルは、妾の身体が『はいすぺっく』などと言っておったような気がするのじゃが……どう考えても、いつもとあまり変わらないような気しかしないのじゃ……。もしかして妾のこの身体、故意にスペックを落とされて、非力になっておるのじゃろうか?」
その質問に対して答えたのは、テレサのことをコルテックスの身体中へと移植した本人であるワルツであった。
「えぇ、そうよ?非力かどうかは何とも言えないところだけど……少なくとも、テレサが全力で力を出そうとしても、今までとそう大差は無いはずよ?」
「……いつも通り、身体が重かった故、まさかとは思って負ったが……折角、生まれ変わったのじゃから、出来ることなら、すーぱーな狐になりたかったのじゃ」
「んー、止めといたほうがいいんじゃないかしら?余りにも出力が高すぎて、腕で背中を掻こうとしたりなんかしたら、多分、身体がねじ切れるだろうし……」
「えっ……」
「握手しようとして、相手の手を粉砕しても困るじゃない?」
「いや……う、うむ……」
「歩く度に、その反動で、頭から天井に突っ込むとか、地面に穴を開けるとか……」
「も、もう良いのじゃ……」
自身が想像した『スーパーな狐』などよりも、実は遥かにハイスペックな身体を持っていて、しかしそれを簡単に制御できないことを知って、従来通りのままでいいという結論にたどり着いた様子のテレサ。
「ま、その身体なら、そう簡単に死ぬことは無いはずだから、その点は安心してもらっても構わないわ?あ、だけど、内臓とかは今までのテレサと同じだから、変なものを食べたりすると、お腹を壊したり大変なことになったりするから、気を付けてね?ちゃんと運動しないと、太ったりもするわよ?」
「……なんでじゃろう……。決してマイナスなことは無いはずなのに、残念感が拭えないのじゃ……」
と一旦は落ち込むものの、彼女はすぐに表情を戻すと、次の質問を口にした。
「えーと、なのじゃ。これが最後の質問なのじゃ?妾……これからどう生きていけば良いのじゃろうか……」
だが、その質問に対しては、ワルツもコルテックスも、ただただ苦笑を浮かべるだけで、まともに返答することはできなかったようである。
そして……。
眠った2人を連れて姿を消したワルツと別れた後で、自室の場所が分からなかったために、コルテックスに案内されたテレサ。
そんな彼女が、自分の部屋の中の様子を見て……そして、最初に口にした言葉が、コレである。
「なん……なんじゃ?!この豪勢な部屋の中は……!?」
性格以外の記憶の大部分が、コルテックス……引いては、ワルツの知識によって再構成されていたテレサには、元王姫としての暮らしが、別世界の出来事のように思えていたようである。
「え〜?それはもちろん、妾の部屋ですよ〜?」
「そ、そうだったのう……。一体、妾は、どんな豪勢な生活を送っておったのじゃろうか……」
そう口にしながら、円形のテーブルの近くにあった、妙にデザインの凝った椅子に腰掛けるテレサ。
……そして、3秒後。
真っ青な顔色を浮かべた彼女が口にした言葉は……
「お、落ち着かないのじゃ……」
まるで借りてきた猫……ならぬ、狐のような、発言だった。
「まるで、別人みたいですね〜……」
これまでのテレサは、豪華な部屋の中にいても、それらに劣らない品格のようなものがあって、釣り合いが取れていたのである。
だが、生まれ変わった今の彼女は……どうやら、そうではなくなってしまっていたらしい。
「むー……。妾は、これからここで、衣食住を送っていくのじゃな……。が、頑張るのじゃ…………いや、頑張れるかのう……」
「……無理しないでも良いですからね〜?言ってくれれば、小さな部屋を用意しますから〜」
と、新しい妹なのか、それとも姉なのか、そのどちらとも言い難いテレサに対して、優しげな声を掛けるコルテックス。
すると、そんな時、
コンコンコン……
部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
「はいどうぞ〜?」
その音を聞いたコルテックスが返事をして、そして中へと入ったきたのは……
「失礼しますかも……」
メイド服を着ていても、メイドではないのに、しかしメイド長を務めている犬の獣人の少女……イブであった。
彼女が引いてきたカートには、何やら食事が載っていたようだが……
「あ……そう言えばテレサ様、死んじゃったかもなんだよね……」げっそり
彼女が持ってきたそれは、本来、生前のテレサに渡すはずだった昼食で、テレサが死んでしまった今では、本当なら、誰も食べる者がいない食事だったようである。
どうやらイブは、間違えて給仕に来てしまったらしい。
そんな彼女に対して、コルテックスがこんな声を掛ける。
「あ、それ、持って帰らずに、置いておいてください。あとで、妾と一緒に食べますので〜」
その言葉を聞いたイブは……
「えっ……う、うん……いいかもだけど……(コルテックス様、遂に病んじゃったのかな……。イブもいつかそうなっちゃうのかな……)」
などと考え込んでいたせいか、それともコルテックスの影になっていて見えなかったのか、その場にテレサがいることには、気づかなかったようである。
まぁ、それも、昼食をテーブルの上に配膳しようとしたその瞬間までの話だったようだが。
「じゃぁ、ここに置いて…………」ピタッ
……そして固まるイブ。
彼女はそのまま、スーッと視線を、テーブルの横にあった椅子に腰掛けていたテレサへと向けると……そのまま、何も言わずに、そして表情も変えずに、後退を始めた。
その結果、
ガシャン!
と、彼女の後ろにあったカートを倒してしまう。
それが引き金になってしまったようだ。
「……?!」
「……?!」
「あちゃ〜……」
その大きな音が聞こえたために、放心していたテレサもイブの存在に気付いたらしく、尻尾と獣耳の毛を逆立てながら、イブへとその視線を向けた。
そして、テレサが迷惑そうに口を開く。
「ど、どうしたのじゃ、イブ嬢。騒々しいのじゃ?」
しかしその一言は、イブを落ち着かせるどころか、逆に彼女の心を大きく揺さぶってしまったらしく、
「お、お、お、お……お化けっ?!」
ズササササ!
イブはそんな声を上げて、そして一目散に部屋の外へと逃げ出していってしまった。
結果、その姿を見ていたコルテックスが、
「……適当に言い訳を付けて、葬儀なんて上げなければ良かったですね〜……」
イブを始めとして、これからテレサと会うだろう知人たちのことを慮って頭を抱えたのは、言うまでもないことだろう。
もしかすると、銀色の長い髪を持つこの2人の狐娘たちは、常に頭を悩ませなくてはならないという、呪いか運命のようなものに取り憑かれているのかもしれない……。
今日はかなり早い時間にアップロードするのじゃ?
なっていったって、ストックが溜まりに溜まりまくっておるからのう。
これ自体は特に問題はないのじゃが……問題はこのストックを消費した後にあるかも知れぬのう。
要するに、ストックを消費しておる間は、執筆活動から離れるわけで、再び書き始めるまでは、ブランクになってしまうのじゃ。
以前も、2日ほど書かなかった事があるのじゃが……その時は、大変な目に遭ってしまったのじゃ。
……たったの3000文字が、凄まじく長く感じる……。
その感覚は、中々に説明し難いのじゃ。
例えるなら、足が痺れた状態で、10km歩かなければならない……そんな状況に近いやも知れぬのじゃ。
まぁ、そうなると、元の感覚を取り戻すのは大変じゃから、時間がなくても、少しずつ、さらなるストックを貯めることにするかのう。




