8.0-24 人生の終わりと始まり3
「それで、貴女、本当に大丈夫なの?」
眼の下に隈を作っていたルシアとユリアが、テレサに抱きついたままで、泣き疲れて寝てしまった後。
いつも通りのテレサの怪しげな気配を感じたワルツが、彼女から一定の距離とりつつ、そんな質問を問いかけた。
対して、もっと近寄りたいのに、重力制御の力場で突き放され続けていたテレサは、
「大丈夫……とは、どういうことじゃ?」
自身の身に起ったこと自体がまったく理解できていなかったためか、ワルツの言葉の意味も、よく分かっていなかったようである。
それを察したのか、テレサに前もって質問をしていて、ある程度、彼女の事情を把握していたコルテックスが、代わりに返答する。
「妾の身体に問題が無いのは、間違いありません。それは私が保証します。ですが〜、やはり記憶の方には大きな欠損が生じているようです」
その瞬間、眉を顰めるワルツ。
それから彼女は、コルテックスに一旦、鋭い視線を向けた後で……何故か大きなため息を吐くと、彼女に対してこう言った。
「テレサがあんなことになっちゃって、貴女に責任を取りなさい……とは言ったけど、そもそも貴女を作ったのは私だから、大本の責任は私にあるのよね……。貴女のことを無理やりテレサの部品にしようとしたら、アトラスに怒られたし……」
と、今から2週間前のことを思い出すワルツ。
もう死んでいると言っても過言ではなかったテレサのことを、ワルツは妹のコルテックスのニューロチップを犠牲にすることで、どうにか彼女の意識と記憶だけは救おうとしたのである。
しかし、その際、手術室に乱入してきたアトラスが、コルテックスとワルツとの間に入って、姉の考えに猛反対したのだ。
コルテックスを犠牲にするな、と。
その結果、彼は、無責任なワルツに対しても、そして自身の身勝手によってテレサの命を奪ってしまった妹のコルテックスに対しても、激怒したわけだが……この世界で造られてから、今までそんな態度を1度も見せたことがなかった彼に対して、ワルツたちはどう接していいのか分からなかったらしく、2週間経った今でも、関係は改善していなかったようだ。
ちなみに。
ワルツとコルテックスとの間も、アトラスと同じようにギスギスとした関係になっていたのだが……今回、テレサが無事に(?)戻ってきたことで、その関係も改善し始めているようだ。
「……それで、何?テレサの記憶に問題があるって話。テレサの怪しげな気配を感じる限りでは、死ぬ前のテレサとまったく同じみたいだけど?」
「あ、怪しげ、じゃと……?!」がくぜん
「はい。私たちに対する記憶はあるようですが、テレサというファーストネーム以外の本名や両親の名前、そしてこの国の名前……それどころか、ここが異世界であることすらも、分からないみたいですね〜」
「異世界であることも分からないって……ネイティブ異世界人でしょ?テレサって……」
「おそらく、妾の性格はそのままに、相当な領域の記憶が、私の記憶に上書きされてしまったのではないでしょうか〜?そのせいで妾は、自分が地球出身だと思っているのでしょう」
その言葉を聞いて、色々な意味で眉を顰めていたテレサが、2人のやりとりに割り込むようにして口を開く。
「さっきから、お主たちは何を言っておる?妾が死んだとか、記憶がおかしいとか、異世界人とか……」
するとコルテックスが、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、テレサに対してこう言った。
「妾〜?おそらく記憶がないと思うのですが〜……妾は、一度、死んだのですよ〜?……いえ。今、この瞬間も、生きているとは言えないかもしれません」
「……?いや、妾は、こうして生きておるではないか?心臓は動いておるし、息もしておる。それになにより、こうして主らと話を交わしておる事自体が、妾がこの世界に存在しておる紛れもない証拠なのじゃ?」
「そうですね〜……。何をもって生きているのか、死んでいるのかは、本人でしか観測できない事象ですからね〜……。その意味では、妾が生きていると主張する限り、妾は生きているのでしょう〜」
「……一体、どういうことなのじゃ?」
眼を覚ましてからというもの、知っている者たちが自身に見せる不可解な言動や、周囲の景色に対して、既に何度も首を傾げているテレサだったが……あたかも首元と顎に反発する磁石があるかのように、彼女は再び首を傾げた。
まるで、自分だけが、皆に隠し事をされている……。
もしかすると、彼女からは、そう見えているのかもしれない。
そんな自分の……新しい姉妹に対してコルテックスは、彼女の身に何が起ったのか、説明を始めた。
「妾〜?あなたは、ミッドエデン初の飛行艇のテストパイロットとして、2週間前に私と共に飛行艇に乗り込み〜……そして、エンジンの魔力的な大爆発に巻き込まれて、死んでしまったのですよ〜?。それはもう、言葉では表現を躊躇われるような、無残な姿でしたね〜」
「……まったく記憶に無いのじゃ……。そもそも、ミッドエデンという国もそうじゃが、飛行艇という存在自体、よく分からぬのじゃ。ここはゲームの世界じゃろうか?まぁ、空は大好きじゃがの……」
「そうですか〜。やはり記憶が無いのですね〜。でも、それはむしろ、妾にとっては幸いなことかもしれません。それで話しを戻しますと〜……死にそうになっていた妾のことを救うために、あなたの身体を元にして作られた私の身体が、材料として利用されることになったのです」
「いつコルが造られたのかは思い出せぬが……お主が妾の細胞を使って作られたアンドロイドだということは分かっておるのじゃ。……記憶が飛び飛びというのは、本当に解せぬのじゃ……」
「まぁ、それは、追々、ゆっくりと思い出すか、新しく覚えていっていただければいいと思います」
「うむ……。ところで……妾のことを救うために、お主が犠牲になったという割には……妾から見るコルの姿は、以前とあまり変わって見えぬのじゃ。いったい、どういうことなのじゃ?」
「簡単な話です。この身体、実は2台目なのですよ〜」
「ふむ……新しく作ってもらったのじゃな……」
「ちなみに、1台目は……妾の今の身体ですよ〜?それもニューロチップの中身以外は、まったく同じです。つまり……超ハイスペックですよ〜?」
「…………?!」
「いや〜、妾の容態が、余りにも切迫した状況だったので、妾専用の身体を作る暇も、そしてすぐに私が乗り換える新しい身体を作る暇もなかったのですよ〜。なので、意識が完全なデジタルの存在である私は、一時的にお姉さまのデータセンターに退避して、空になった私の身体に妾の頭脳だけをコピーしたのです。それでも、妾の死にゆく脳細胞のすべてを救うことはできなかったので、コピーする前に死んでしまった妾の脳細胞については、私のニューロシステムから補完させてもらいました〜。ですから、妾の記憶が、私のものと、ごちゃ混ぜになってしまったのでしょうね〜」
「…………」
今までの彼女なら、おそらく40%も分からないはずのその説明を聞いて、結果、難しそうな表情を浮かべてしまうテレサ。
そんな彼女の表情を見て、ワルツは呆れたように口を挟んだ。
「いや、コルテックス?そんな説明じゃ、テレサ、理解できないんじゃない?」
だが、ワルツのそんな懸念は、テレサ自身の言葉によって払拭される。
「……いや、分かるのじゃ」
「……本当?」
「コルの本体がデジタルな存在であることも……。そして妾の頭の天辺から、尻尾の先端まで、何が詰まっておるのか、大体分かるのじゃ。カタリナ殿ほどには分からぬやも知れぬが、彼女の話を聞いて理解できる程度には知識があるのではなかろうかのう?……髪の毛を構成しておるタンパク質や、それらが形作っておる構造体。その毛を作り出す毛根細胞。それに獣耳……あれ?獣耳って、どんな構造になっておるのじゃ?」さわさわ
「……なんか、どこかの誰を見ている気分ね……」
テレサの言動に、何か既視感でもあったのか、苦笑を浮かべるワルツ。
そんな彼女に対してテレサは、
「まぁ、そんなわけじゃから、妾は無事なのじゃ?少なくとも、死んではおらぬはずなのじゃ!」
そんな言葉を口にすると共に、ワルツの心配を拭い去るかのような満面の笑みを浮かべるのであった。
……なお、それ以外にも、
「……これで、ワルツと一緒なのじゃ?最早、入籍したようなものかのう?」にやり
テレサにとっては、とても重要な一言を口にしたようだが……。
その瞬間、ワルツがまるで聞こえていないかのように目を背けて、輝きを失った視線をあさっての方向へと向けた理由については……まったくもって不明である。
そういえばのう。
先日のあとがきで、コルの真似をして書いたわけじゃが……それについて少し補足しておこうと思うのじゃ?
あとがきに補足とか、本末転倒な気がしなくもないがの……。
前にもコルの真似をしようとしたことがあったのじゃ。
たしか……1年くらい前のあとがきかのう?
その際は、真似をしようとしてできなかったのじゃ。
それは……本当に書けなかったからなのじゃ。
ネタとか、キャラ作りとか、そういうものではなく、素で書けなかったのじゃ?
それが今では書けるようになったわけじゃが……これには一言では語れぬ長い長い背景があったりなかったりするのじゃ。
……いや、やる気の問題かも知れぬがの?
……こうしてあとがきを書くときというのは、誰かと話すように書く必要があるのですよ〜。
その当時、私が誰か知らない人と会話をするという状況が、妾には想像できなくて、書けなかったようですね〜。
でも今では、もう慣れてしまったのか、いくらでも書けるなっているようですけどね〜。
……要約するとそんな理由で、書けるようになったのじゃ?
そこで、今回の話と関連して、一言、言っておかねばならぬ事があるのじゃ。
コルの身体に妾が入ったわけじゃが……妾の中に、コルの意識はおらぬからの?
飽くまでも、妾は妾なのじゃ!
そうそう。
もう一点だけ、補足すべきことがあるのじゃ。
これはサイドストーリーに関係することなのじゃが、何故か妾が電子工学や機械工学に詳しかったりすることがあったのは、これが原因だったりするのじゃ?
まぁ、機械工学について理解があるのは、生前からかも知れぬがの。
そんなわけで……こうして機械狐の人生が始まった、というわけなのじゃ!
……ま、拙いのじゃ。
このままだと、ワルツよりも妾の方が物語の前面に出てしまうのじゃ……。
……今更かのう?




