8.0-22 人生の終わりと始まり1
閲覧注意なのじゃ。
その日、王都の人々の心は揺れに揺れた。
大勢のオーディエンスの前で青白い爆炎を上げながら、融解していく航空機を目の当たりにして、動揺しない方がおかしかったのである。
そんな中には、特に酷く顔色を変えていた人物がいたようだ。
「…………!?」
両脇から長い刀を下げた鬼人の少女、シラヌイである。
彼女にとってもその飛行艇は、特別な意味を持っていた。
それは、ミッドエデンで初めての飛行艇で、興味があったから……というわけではなく、自身も部品の制作に大きく関与していたからだったようだ。
最初は、完成した、という報告を受けて、シラヌイは大いに喜んでいたが……この瞬間、彼女の心の中がどのような感情に埋め尽くされていたのかについては……おそらく正確に説明することは出来ないだろう。
責任感、罪悪感、悲しみ、焦り……。
それらが、まるで、パレット上でかき混ぜた絵の具のようになっていたはずだ。
「て、テレサ様っ!」
立ち上がる真っ青な炎から容赦なく吹き出してくるその熱気を気に留めることもなく、長い黒髪をチリチリと焦がす火の粉が飛ぶ灼熱の中を、シラヌイは必死になって、テレサたちを救いに行くために、駆け出そうとした。
すると、そんな彼女の事を、後ろからギュッと抱きしめて止めようとする腕が、脇の下から不意に現れる。
「止めろ!止めるんだ!シラヌイ!お前が行っても、ただ巻き込まれるだけだ!」
彼女と共に、飛行艇の停止予定地点で、初飛行に成功したテレサたちのことを出迎えるつもりで待機していたアトラスの腕である。
「止めないでください!アトラス様!いま行かなきゃ、テレサ様が死んでしまいます!」
「お前が行っても仕方ないだろ!あとは一緒に乗ってるコルテックスに任せろ!」
「…………ぐうっ!」
どんなに足掻いても振りほどけないアトラスの腕の中で、出血するのも構わず、悔しそうに下唇を噛みしめるシラヌイ。
一方、その惨事を目の当たりにして、爆炎を上げる飛行艇に向かって走り出そうとしていた人物は、彼女だけではなかったようだ。
「テレサ様!」
つい先程、宗廟の中で、テレサと取り留めのない会話を交わしたばかりのユリアである。
彼女も、シラヌイと同じように、必死になって飛行艇へと駆け寄ろうとするのだが……
グイッ!
手を急に引っ張られたことで、その行動は阻止されてしまう。
「……?!」
誰が自分の手を引いて妨害しようとするのか……。
ユリアは、怒りと悲しみと焦りが混じったその視線を、自身の事を止めたその人物へと、振り向きざまに向けようとした。
だが、そこにいた人物の姿を見て……彼女は自身の行動を止めることにしたようである。
「……狩人……様」
「行くなユリア!……行くな……」
「…………はい」
握られている手から伝わってくる狩人の冷たい手が、小さく震えていることに気づくユリア。
それ以上、狩人は何も言わなかったが、ユリアは彼女の言葉に辛そうに従うと、歪む視界を、炎上する飛行艇へと、静かに向けた。
そんな時である。
ドゴォンッ!!
飛行艇の操縦席あると思しき場所の外壁が、不意に横方向へと吹き飛ぶと……そこから1人の影が飛び出してきたのである。
その者は、一切の躊躇なく、
ドゴォォォォッ!!
と地面へと土煙を上げながら着地すると、特殊な材質で作られた自身の普段着で包んだ真っ赤な『何か』を腕の中に大切そうに抱えながら、周囲に向かって声を上げた。
「カタリナ様はどこです!」
その声を上げたのは、普段とはまるで様子が異なっていたコルテックスであった。
彼女は飛行艇に乗った際に着ていたはずのパイロット服ではなく、顔の半分から上を除いて、身体の全て覆い尽くすような、特殊な甲冑を身に着けていたのである。
現代世界の装備に例えるなら……スマートな見た目の対爆スーツに近いと言えるかも知れない。
そんなネズミ色の重そうなミスリル合金製のスーツを身に纏っていたコルテックスは、周囲の人物から、すぐに声が返ってこなかった事を認識すると、自らその場にカタリナが居ないことを確認して、飛行艇で飛んできた方向とは逆の方向へと、猛烈な速度で走り始めた。
その際、彼女は、無線をブロードキャストモードに設定し、無線機を持っているすべての者に対して、声を投げかける。
「カタリナ様!直ちにオペの準備をお願いします!症状は……」
音速に近い速度で地面を駆けていた彼女がその足を止めることはなかったが、言葉を一旦そこで中断させると……数秒の後に、およそ症状を述べているとは思えないような、絶望的な現状を説明し始めた。
「……魔力中毒と重度の火傷、四肢の損傷……それに、頭部の損傷と、心肺停止状態です。患者の名は、妾……テレサ=H=アップルフォールです」
その瞬間、カタリナから間髪入れずに返答が戻ってくる。
『……手術室に直接連れてきてください。テンポ、ユキ?準備を』
そう淡々と答えると、通信を切るカタリナ。
そして次に無線機から返ってきた言葉は……
『……コルテックス。貴女、責任を取りなさい』
普段のワルツからは想像できない、ひたすらに冷淡な言葉であった。
ピッ、ピッ、ピッ……
そんな一定のリズムを刻む、機械音が響いていた手術室では、
「グスッ……うぅ……」
泣きじゃくりながらも手伝うユキと、
「……本当に救いようがありませんね」
呆れたようなテンポのため息、それに、
「自業自得なのか、コルテックスが悪いのか……それとも……」
悩ましげなワルツの言葉が響き渡っていた。
そんな中で、原型を留めないほどの大怪我を負い、一旦は心肺が停止していたものの、今は何とか心臓だけは再び動かし始めていたテレサを前に……しかしカタリナは戸惑っていた。
「……どうやって治せば良いのでしょう……」
四肢が失われただけなら、骨や筋肉、脂肪や皮膚の細胞を培養して、体組織を再構築すればいい……。
あるいは、火傷で皮膚が失われたなら、一旦全部剥がして再生すれば、短時間で元通りに出来るだろう……。
それは首から下のすべての器官について同じことが言え……故にそのすべてを治すことの出来るカタリナは、この国どころか、おそらく世界でトップの医者と言えたのだ。
だが、そんな彼女でもどうにも出来ないものがあった。
千数百億にも上る細胞同士の接続によって知識と記憶を蓄え、人が人の振る舞いを実現するために不可欠な器官……脳の修復である。
飛行艇のエンジンが爆発した際、テレサは爆ぜた部品を頭に受け、頭に深い傷を負っていた。
その上、炎の高温に晒され、過度な魔力に晒され……。
最早、心臓が動いている事自体が奇跡的な状況であると言えるほどに、脳が大きな損傷を受けていたのだ。
故に、カタリナには、緊急的な救命措置を終えたところで……それ以上できることが無かった。
彼女にとっては、この時ほど、自身の無力さを感じたことは無かったのではないだろうか。
そんな彼女のことを察したのか、サウスフォートレスから極超音速の弾道飛行で戻ってきていたワルツは、カタリナの肩に手をおいて、こう口にした。
「カタリナ?後は……私がやるわ」
その言葉がどういった意味を持っていたのか。
カタリナは、それを察して、首を振りながら返答する。
「……いえ。テレサ様の最期には、私も同席させてもらいます」
手の施しようがないなら、あと残るは、最後の瞬間を見届けることだけ……。
救うことができなかった人々を何度も見送ってきたカタリナには、まもなくテレサの最期が訪れることが、否が応でも分かってしまったようである。
すると、ワルツは……不意にこんな言葉を口にした。
「……ねぇ、カタリナ?人って……身体をどこまでを機械に置き換えたら、人じゃなくなると思う?」
「……?何の……話ですか?」
「テレサを助けるための最後の方法」
「……?!」
「でも……それは、ある意味でテレサを救うことにもなるんだけど、同時に殺すことになるのよ。今回、テレサの場合、脳が大きく損傷しちゃったわけだけど、その脳細胞を一個一個機械に……ニューロナノマシンに置き換えて行けば、理論上はテレサを救うことができるわ。でも、脳のすべてが機械になってしまったテレサは、それまでの『テレサ』と同じと言えるのかしら?……っていう話」
「…………」
そんなワルツの言葉遊びのような理論に、すぐに答えることができなかった様子のカタリナ。
僧侶から医者になった彼女は、魂の在り処、精神の在り処が、どこにどういう形で存在しているのか……常日頃から疑問には思っていたようだが、その答えは未だ見つけられていなかったようである。
対してワルツの方にも、他に、大きな悩みがあったようだ。
「それしか、今の私には、テレサを救う手立てが無いんだけど……ホント、これって、大きな問題なのよね……。だって、頭をニューロナノマシンに置き換えるってことは、人でなくなると同時に……寿命も無くなるってことなのよ……。それってさ……」
そこでワルツは一旦、口と眼を閉じると、大きなため息を吐いて、
「……こっち側に来るってことなのよね……」
無残な姿に変貌していたテレサに視線を向けながら、そう口にした。
だが、彼女が悩んでいる時間は、ごく短い時間だったようである。
「……コルテックス。心の準備はいいかしら?」
手術室の壁際で俯いていた妹へと、そんな言葉と共に、真っ青に輝く視線を向けるワルツ。
そして、コルテックスが静かに頷いて……。
その瞬間、ある者の人生が終わりを迎え……そして、とある人物の長い長い物語が始まったのである。
……一つだけ書けなかったのじゃ。
本当は、ワルツがコルに対して、『どうしてテレサを試験飛行に乗せたのよ?!』という発言をする予定だったのじゃ。
コルが、2人乗りでテスト飛行するとワルツに言わんでも良い、と言っておったから、そのつながりとして書くつもりだったのじゃ。
じゃがのう……書くタイミングが無かったのじゃ。
まぁ、コルの無線通信を聞けば、空気の読めないワルツでも、事情くらい分かると思う故、べつに良いかのう……。
……というわけで〜。
妾は死んでしまいました〜。
え〜?私が誰か〜?
名乗らなくても分かりますよね〜?
妾の事をあの世送りにした本人ですよ〜?
って言っても、タイトルから推測できる通り、この話はまだ続くんですけどね〜。
まぁ、詳しいことについては、さておいて〜。
妾はここからの話を書くのに、ものすごく困っているらしいですよ〜?
このままだと、サイドストーリーの方と、一つ矛盾が生じてしまうらしいのですが〜……え〜?何ですか〜?妾〜?
余計なことは喋るな〜、なのじゃ〜?
……まだ話しちゃ駄目みたいですね〜。
それはそうと〜。
今日も妾は、ストックを貯める作業に入るようですよ〜?
何やら来週は、ストックが最低でも4つは必要になるんだとか〜。
大変ですね〜。
……私は関係ないですけど〜。




