8.0-21 国産飛行艇21
閲覧注意なのじゃ。
そして、昼時よりも少し前。
王都を取り囲むように建造されていた市壁の外にある平坦な草原には、ルシアやシラヌイ、それにミッドエデンの職人たちの手だけで作り上げられた、素材の色そのものの色で黒く輝く飛行艇の姿があった。
そんな飛行艇の形状は、隣国エンデルシアの飛行艇のように、魔導重力制御機関を搭載していないため、独特な形状をしていたようだ。
細長い動体の内、半分より少し前の部分に、全長よりも長い翼が付いていて、後ろ側には水平尾翼と垂直尾翼が備え付けられている……。
要するに、現代世界における、旅客機のような形状であった。
実際、飛行するメカニズムは、現代世界の航空工学や、それに流体力学を応用して造られているので、紛うこと無く航空機である。
ただ現代世界の航空機と大きく異る点は、機首に搭載された、巨大なエンジンの存在だった。
それは、ワルツがやって来た元の世界おいて、プロペラによる推進機関が、既に骨董品扱いの形式だったから……というわけではない。
一般的に全長30mを越えるような大型機の場合、その動力は、空気抵抗を嫌って、翼の下に装着されるか、あるいは、機体から少し離された上部に設置されている場合がほとんどなのである。
だが、ミッドエデンの人々が作り出した国産飛行艇は、まるで小型軽飛行機のように、動体の前部にエンジンが搭載され、そこに直結する形でプロペラが設置されていたのだ。
それには、まだ技術の進んでいなかったミッドエデン特有の事情が、深く関係していた。
現代世界なら、電気信号や光信号によってパイロットからの操縦指令を伝達する『フライバイワイヤ』という機構が存在するので、遠隔制御や、2つ以上のエンジンの協調制御が、コンピュータなどを経由することで容易に実現可能なのである。
しかし、ミッドエデンの技術だけでは、コンピュータどころか、電気信号や光信号すらも扱うことができなかった上、例え扱えたとしても、それをエンジンの燃料である魔力の制御に変える術が無かったので、必然的にエンジンは1つだけしか搭載できなかったのだ。
そして、それを搭載する場所は、魔力的な操作が可能な位置でなければならなかったこともあって、魔力を操作することの出来るパイロットがいるコックピットのすぐ近くでなければならなかったのである。
ゆえに、前述の通り、プロペラが後ろへと吹き飛ばした空気を機体本体が受け止めてしまうことで生じる、大きな空気抵抗による推力の低下のことを承知した上で、1機の大出力のエンジンを機首に搭載するという、現代世界ではあまり選択されることのない設計になっていたのだ。
……まぁ、エンジンの内部機構について、無駄に拘りすぎたために、制御の部分が疎かになってしまった、とも言えなくもないのだが……。
「時間ですよ〜?妾〜。エンジンをスタートしてください」
コックピット内に設置されていた副操縦士席に座ったコルテックスが、様々な機器のチェックを終え、窓の外に見える王都の人々に対して小さく手を振りながら、テレサに対してそう告げた。
「……うむ。では、ゆくかのう」
自分とそっくりのホムンクルスから掛けられた言葉を聞いて、重々しく返答を返す、主操縦席のテレサ。
それから彼女は、目の前に大量に設置された機器の隙間から生えていたクランクにゆっくりと手を掛けると、そのクランクの先に存在するだろうエンジン内の重いフライホイールに回転エネルギーを蓄えるために、それをゆっくりと回し始めたのである。
「……クラッチの接続は、コルに任せるのじゃ?」
「良いのですか〜?初めてのテスト飛行ですよ〜?」
「……緊張のあまり、間違えて、別のレバーを操作してしまいそうなのじゃ。その代わり操縦桿は、妾が引くのじゃ?」
「分かりました〜」
そして、エンジン内部で、フォォォォン、という何かが高速で回るような音が聞こえ始めた時だった。
「行きますよ〜?」
その音を聞いたコルテックスが、レシプロエンジンの爆発エネルギーを回転エネルギーとして貯める役割をもつフライホイール……すなわち、テレサが回したエンジン内部の金属製の円板と、その先にあって今はどこにも接続されていない18個のピストンに繋がったクランクを……ついに接続したのである。
その瞬間、
ドドドドドド……!
連続的な爆発音を上げ始めるエンジン。
最初は、比較的遅い周期で響いていたその爆発音も、数秒後には、
ブォォォォォ!!
最近、王都の中を騒がせている、大きな音色へと変化していった。
「イグニッション完了なのじゃ!」
「さすがは妾たちの造ったエンジンですね〜?」
「ターボがない故、妾みたいに非力じゃがのう?」
と、エンジン関連の様々な計器を確認しながら、そんな冗談を口にするテレサ。
それから彼女はコックピットから外に見える景色に眼を向けて、進路上に誰もいないことを確認して……そして、
「……良いか?コルよ」
最後の確認を口にした。
「はい。妾こそ良いですか〜?覚悟は出来てますか〜?トイレは行きましたか〜?好きなものはちゃんと食べてきましたか〜?」
「……いや、別に死にに逝くわけではないからの?」
「はい。もちろん分かっていますよ〜?私は何時でも大丈夫です!」
「うむ。なら行くのじゃ!……ていくおふなのじゃ!」
そしてテレサは、魔導スロットルレバーと、エンジンに取り付けられていたプロペラの角度を調整するためのレバーを、同時に一番奥まで倒したのである。
するとエンジンの音色が変わり、キャノピーの外を流れていく風の音も変わる。
そして何より……
「……!?う、動いたのじゃ!」
小さくではあったが、テレサたちが腰掛けていた座席が、彼女たちのことを後ろから前へと押し始めたのだ。
「そりゃ〜……動かなかったら、大恥ですよね〜。でも問題はこれからですよ〜?」
「う、うむ!」
ゴム製タイヤではなく『ソリ』によって地面を滑っていく飛行艇の滑走可能な距離は、実験場サイズの関係から、5kmとなっていた。
それ以上は、丘陵や森、岩などがあって、滑走できないので、今回はこの5kmの間に、地面から浮くことを目標として、飛行実験をすることになっていたのである。
そのため、高度を上げて、森や山を越えていくのは……まだずっと先の話である。
とはいえ、それも、最初の飛行に成功してしまえば、あとは時間の問題なのだが。
ゴゴゴゴゴ!!
「め、メチャクチャ揺れるのじゃぁぁぁぁ?!」
「そりゃ、平らな道路を滑走しているわけではないですからね〜」
「ぬおぉぉぉぉぉ?!壊れないか心配なのじゃぁぁぁ?!」
「私は妾が興奮しすぎて壊れないか、そっちのほうが心配ですよ〜……」
ついに滑走が始まって、異様なテンションになってきたテレサが、そのままその違う世界へと旅立ってしまいそうな気がして、苦笑を浮かべるコルテックス。
だがそれも一瞬のこと。
「……それじゃぁ、妾〜?操縦桿をそっと引いてください。良いですか〜?そっとですよ〜?」
コルテックスは真面目な表情を浮かべると、操縦桿を引くジェスチャーをしながら、テレサにそんな言葉を掛けた。
彼女は、エンジンが奏でる爆音のせいで、自身の声がしっかり聞こえているか少し心配していたようだが……
「行くのじゃ……!い、今まで見上げるだけだった……あの青い空の向こう側へ……!」
その言葉はしっかりと届いていたようで、テレサはゆっくりと操縦桿を手前に引き始めたのである。
すると……
「……なんじゃ?急に静かになったような気がするのじゃが……」
地面を擦っていたソリから機体を伝って響いてきていた振動が、不意に消え去ったのだ。
「よかったですね〜?妾。私たち、今、飛んでますよ〜?」
「……えっ?」
「あ、そうそう。早く、操縦桿を戻してください。このままだと、森に突入することになるので〜」
「う、うむ。分かったのじゃ!」
コルテックスに指摘された結果、喜ぶ間もなく、ゆっくりと操縦桿を戻すテレサ。
その際、しっかりとエンジンのスロットルを手前に戻したのは、ここまで何度も予行練習を繰り返してきたためだろうか。
すると、間もなくして
ドゴゴゴゴゴ!!
再び身体を突き抜けるような振動が、機体の下部から伝わってくる。
すなわち……無事に着陸できたのだ。
その振動を感じて、
「や、やったのじゃぁぁぁぁ!!」ガタガタガタ
「良かったですね〜?妾〜」
予定していた5km以内でどうにか停止しそうな飛行艇のコックピットで、まだ停止してはいなかったものの、喜びを分かち合う二人。
ミッドエデンはこの瞬間、大きく変わった……。
テレサもコルテックスも、そんな予感を抱いていた。
……そんな時であった。
ドゴォォォォォン!!
不意にエンジンの稼働音とは異なる爆発音が、船体の前方から聞こえてきたのである。
「……?!わ、妾!急いで脱出を!」
キャノピーの向こう側から、立ち上る黒い煙と、魔力特有の青白い光を目の当たりにして、叫ぶコルテックス。
議長の職を兼任しながら、時間を見つけて、魔力について研究を進めていた彼女には、エンジン内部で何が起ったのか、すぐに分かったようだ。
魔力の暴走……。
要するに、軽量とは言え、数トンにも及ぶ巨大な機体を、時速200キロメートル近くまで短時間で加速させるほどの出力を生み出す魔力という名の燃料が、本来爆発すべきエンジンの内部ではなく、その外部で爆発してしまったのである。
……いや、正確には爆発しそうになっている、と言うべきか。
物理学で言うエネルギー保存則を考えた時、現代世界の旅客機に搭載されるジェット燃料に秘められたエネルギーと、この飛行艇の魔力タンクにチャージされた魔力のエネルギーが総量が同じだとするなら、魔力漏れの爆発が、単に黒い煙と炎を上げただけで終わり……そんな訳は無かったのである。
ドゴォォォォォン!!
そして、テレサとコルテックスを乗せたまま、爆発炎上するミッドエデン初の国産旅客機。
この瞬間、ミッドエデンに残された最後の王族の生き残りは、この世界から旅立つことになったのである……。
……妾という名の航空燃料が爆発したのじゃ!
……え?お前は誰じゃ、じゃと?
いや、妾は妾。
テレサなのじゃ?
それ以上でもそれ以下でもない、狐の類なのじゃ。
まぁ、その話は……次と、その次で、詳しく書くはずなのじゃ?
それにしても、なのじゃ。
この話を書くのに、一体どれだけの時間が掛かったことか……。
思い返せば、1年や2年の話ではなかったような気がするのじゃ。
じゃが、その話をするにしても、まだピースが足りないのじゃ。
それまでは……余計なことは書かないでおこうかのう。




