8.0-20 国産飛行艇20
ミッドエデンの王都に古来からある石造りの大きな建物『宗廟』。
そこは、歴代のミッドエデン王家や、その家臣たちが眠る、巨大な墓である。
扉が無かったために風通しの良かった建物の内部には、小さなピラミッドのような祭壇があって、その頂点には献花台があり、そこから見上げられる場所に、大きな石櫃が祀られていた。
この世を去った王たちが眠る、巨大な棺である。
テレサは事あるごとに、この棺が見える祭壇へとやって来て、献花をしたり、ぼんやりと見上げたり、最近の報告などをしたりしていたわけだが……今日に限っては少しだけ違ったようだ。
「…………〜♪」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、旧ミッドエデン王国の国歌を口にしていたのである。
その様子を傍から見たなら、余程敬虔の念が深い僧侶か、精神を病んだ少女のように見えなくもなかったが、彼女は今や、この国を代表する国家議会の議長。
本来なら、この国の王、なのである。
故に、その国歌は、特別な意味を持っていた。
そして、国歌が一通り終わった後で、大きなため息を吐いたテレサは、棺に向かってこんなことを呟いた。
「今日、この日……ミッドエデンは大きく変わるのじゃ。つい数ヶ月前も同じような報告をしたような気がしなくもないのじゃが……それに匹敵するくらいの大きな変化が、今日起るのじゃ。じゃから……父上、母上。どうか空の上から妾のことを見守っておってほしいのじゃ」
それから眼をつぶって祈りを捧げるテレサ。
すると、そんな彼女の所に……
「……テレサ様?大丈夫ですか?」
情報局局長をしているサキュバスのユリアが現れた。
彼女がここへとやって来たのは、何もテレサのことが心配だったから……というわけではく、別に、れっきとした理由があったためである。
テレサにはその理由が分かっていたらしく、彼女は階段下にいたユリアに対して返答する。
「……お主、また一人で、報告に来おったのじゃな?父上らが亡くなったのは、主のせいではないとあれほど言ったのに……」
「まぁ、私の日課みたいなものですから、気にしないでください。空気の読めないサキュバスが一匹、迷い込んできた、と捉えてもらえると幸いです」
呆れを含んだテレサの質問に対して、自身のことを、まるで人間扱いしないかのように、『匹』という単位で表現するユリア。
どうやら彼女は、自分の元上司で、この国の王たちを殺害した同族のサキュバスの行動について、未だ責任を感じていたようだ。
あの時、上司の異変に気付いていれば、この国の王たち……すなわち、テレサの両親が死なずに済んだのではないか……。
そしてテレサも、この国も、今ごろ本来あるべき道を歩んでいたのではないか……。
そんな負い目があるためか、ユリアは本国にも帰らず、そればかりか、ミッドエデンにやって来た元魔王のユキや、現魔王ヌルの麾下にも戻らずに、テレサとコルテックスの直属の部下として、罪滅ぼしのように働いていたのである。
もちろん、彼女が謎の好意を寄せているワルツから頼み事が降ってくるなら、彼女は基本的にそれを断るようなことはしないはずだが、仕事を受ける優先順位的には、テレサたちの方が上だったのだ。
まぁ、それは、ユリアが誰かに明かしたことではなく、彼女の内に秘める決意のようなものだったようだが。
「お主……ここへと偶然、紛れ込んだ割には、妾なんかよりも、ずっと頻繁に来ておるじゃろ?」
「いえ、そんなことはないですよ?まだ、通算、191回しか来てないです」
「数えておったのか……」
「はい。こういう機会での話のネタにと思いまして」
「……律儀じゃのう」
まるでおどけるように話すユリアの言葉が……しかし、決してふざけているものではないことが分かっていたためか、テレサは彼女の発言を聞いても、不機嫌になること無く、その代わりに苦笑を浮かべた。
それからテレサは、祭壇の上へとユリアを手招きすると、棺の方を振り返って、おもむろに口を開く。
「……この宗廟は、ミッドエデンが建国されるよりもずっと前から存在しておるという話なのじゃ?とは言っても、地下に迷宮があったり、どこかに隠された転移魔法陣があって、その先に財宝が隠されておる……というわけではないようじゃがのう」
「ミッドエデンくらいの国なら、そのくらいあってもおかしくなさそうですけどね……。ちなみに、この国が建国されて、お墓として使われるようになる前は……一体何のための施設だったんですか?」
そんなユリアの言葉に、テレサはニヤリと笑みを浮かべると、自分が聞いたことのある言い伝えを口にし始めた。
「女神を降ろすための祭壇だったらしいのじゃ?今となっては……もしかすると、本当に、言い伝え通りだったかも知れぬのう?」
「……そうですね」
テレサの言葉を聞いて納得げな表情を浮かべるユリア。
どうやら2人共、その脳裏に、とある人物の顔が浮かび上がってきていたようである。
「そう言えば、ここにはワルツ様もよく来ているみたいですけど……テレサ様は見たことってあります?」
「見たことは…………いや、そう言えば、1度だけあるのじゃ。あの時、ワルツは、人の姿ではなく、本来の姿の方で、ここで膝をついて、何かをしておったのう。死者たちのために祈ってくれておったのじゃろうか……」
「そうですか……。実は私も、ここでワルツ様が機動装甲の姿で佇んでおられる姿を、何度か見たことがあります。大抵そんな時って……ワルツ様、呼びかけても、反応が無いんですよね……。一体何やってるんでしょう?」
「さぁの。妾も分からぬ。今度、思い切って聞いてみるかのう?」
「でも、単に祈ってるだけだったら……なんか失礼じゃないですか?祈っている間に呼びかけて、どうして返事しないのか……なんて、当たり前のことを聞くことになりますよね?」
「うむ……言われてみればそうじゃのう……」
「なら今度、そっと影から観察してみましょうか?」
「うむ。お互いに何か分かったら、ちゃんと報告するのじゃぞ?……もちろん、写真と一緒にの?」ニヤリ
「……心得ております」ニヤリ
そして墓の前で……『淑やか』という言葉とは程遠い、怪しげな笑みを浮かべるテレサとユリア。
もしも亡くなった王たちが、そんな娘とサキュバスの表情を見ることが出来たなら……おそらく彼らは、悲しみに満ちあふれた表情を浮かべるに違いない……。
それから間もなくして、テレサは気付いた。
「おっと、10分以上経っておるのじゃ。妾は、そろそろ行かねばならぬ」
すると、祭壇上で手を合わせていたユリアが、テレサの方を振り返って、口を開いた。
「そうそう、テレサ様?みんな言ってますけど……テレサ様は少し気を張り過ぎではないですか?」
「……ルシア嬢にも言われたのじゃ。じゃが、すべては今日のため……。ミッドエデンが新しい時代を迎える今日この日のために、頑張ってきたのじゃ!じゃから、案ずるでない。明日になれば……いや、あと数時間も経てば、妾は迷うこと無く、ベッドに鋭角で突入する予定なのじゃ?」
「……事故だけは絶対に起さないでくださいよ?」
「うむ。コルも一緒に乗る故、問題は無いのじゃ。ユリアも成功を祈っておるのじゃぞ?これが終われば……妾も、主らと共に、空を飛べるようになるはずじゃからのう」
「……分かりました」
「……では、行ってくるのじゃ!」
そして祭壇を降りていくテレサ。
そんな彼女の背中に対して、ユリアはそれ以上、何も言うこと無く、ただ頭を下げて、彼女の背中を見送ったようだ。
思ったよりも帰ってくるのに時間がかかってしまったのじゃ。
とりあえず今週の地獄は……どうにか乗り切った気がするのじゃ。
ストックが3から2に減ってしまうが……流石に今日これから新しい話を書くというのは、難しいと思うのじゃ。
とはいえ、来週も地獄がある故、サボるわけにはいかないのじゃがの……。
……それにしても、いま妾は困っておるのじゃ。
何が困ったって、これから3話後の話をどう書けばよいか……それを悩んでおるのじゃ。
まぁ、余計なことは言わずに、黙って適当に書くかのう……。
そんなことは置いておいて……。
……のどが痛いのじゃ。
これは、ま、まさか……!?




