8.0-19 国産飛行艇19
視点は変わり、そして時間も遡る。
ワルツとカタリナが造ったホムンクルスたちの中で、唯一、睡眠を摂るとはいえ、普通の人間よりもずっと短い時間で十分だったコルテックスの朝は、今日も早かった。
「〜〜〜♪」
姉たちが暗い内に、工房を飛び立っていった様子を、王城の屋上部分にある中庭……通称『空中庭園』から眺めながら、鼻歌のリズムに合わせて身体を大きく動かすコルテックス。
所謂、朝のラジ○体操である。
ただし、普通のラ○オ体操と違って、彼女特有のメニューが追加されていたようだが。
その様子を彼女の後ろから眺めていた兄のアトラスが、どこかの勇者と魔王が破壊してしまった花壇を修復しつつ、呆れたような表情を見せながら、その口を開いた。
「俺は、尻尾生えてないから分からないが……別に、尻尾を動かす運動まで取り入れなくてもいいだろ……」
ブンブンとまるでプロペラか何かのように、尻尾を回していた妹に対して、呆れたような視線を向けるアトラス。
すると、体操の途中で鼻歌を中断したコルテックスは、尻尾を振り回したまま、兄の方を振り返り、こう返答した。
「アトラスは眠らないから分からないかもしれませんが、人というものは、眠ると身体中の筋や関節が強張って、すぐに100%の出力を発揮できないものなのですよ〜?」
「そりゃそうだろうけど……尻尾は人の運動には関係ないだろ?尻尾で立って歩くわけじゃないんだし……。っていうか、そもそも、お前のその尻尾、筋肉で動いてないだろ……」
「分かってない……まるで、分かってないですね〜。これだからアトラスは〜」
するとコルテックスは何かを考えたのか、尻尾を更に勢い良くブンブンと回し始めると、
「……私の尻尾は、妾のモノと違って、飾りではないんですよ〜?」
そんなことを口にして、ニヤリと笑みを浮かべて……。
そして、市壁の上部に設置してあった王都防衛用のガトリングガンを遠隔操作し、一発の弾丸を自身に向かって発射した。
そして直径20mmの弾丸が、音よりも早く飛翔してきた瞬間、
パァンッ!
コルテックスは眼にも留まらない速さで身体を回転させ、遠心力で振り回した尻尾を使って、飛んできた弾丸を、アトラスの方へと弾き返したのである。
ドゴォォォォン!!
「おがっ?!」
完全に油断していたために、跳ね返ってきた弾丸を、額で受け止めることになったアトラス。
それでも彼の額に穴が開かなかったのは……やはり、色々な意味で頭が硬かったからだろうか。
「い、今の跳弾、俺じゃなきゃ死んでたぞ?!」
「いえいえ〜。そんなことはありませんよ〜?多分、エンデルシアの変態国王様とか、カタリナ様なら、何もなかったかのように受け止めるに違いありません!」
「……あの2人の場合、一旦吹き飛んでから、再生するって流れだろ……」
何事も無いわけではなく、筆舌に尽くし難い凄惨な状況になってから、その後で再生するだろう2人のことを想像して、コルテックスに怪訝な表情を向けるアトラス。
対して妹のコルテックスの方は、説明してもまるで分かってくれない、と言わんばかりに、兄の言葉に対してため息を吐くと、再び○ジオ体操へと戻ることにしたようである。
すると、そんな2人の所に、1人の人物が現れた。
この空中庭園は、9時から17時までの王城の営業時間にならなければ、一般市民は入ることが出来ないので、まだ薄暗い内にここへとやって来れる者がいるとすれば……必然的にそれは王城関係者か、あるいはワルツの仲間たちの誰か、ということになるのである。
そしてやって来た人物は、その例に漏れること無く……
「朝から元気じゃのう?2人とも」
王城関係者でありながら、ワルツの仲間の一人でもあった、テレサであった。
「おやおや〜。今日は妾も随分とお早い起床ですね〜?遠足の日が楽しみで、眠れなかった小学生的な感じですか〜?」
「……そのショーガクセーというものが、どういうものかは知らぬが……楽しみで寝られなかったという点は、正解なのじゃ。…………ふぁ〜」
「いつも眠そうなのに、今日は輪を掛けるようにして眠そうですね〜?」
「うむ……。じゃが、寝ようと思っても寝られぬのじゃ……。2人に、そういう経験はあるかのう?」
と、今日も眼の下に薄っすらと隈を作りながら、ホムンクルスたち2人に対して問いかけたテレサ。
その際、コルテックスが素直に首を振っていたところを見ると、どうやら彼女は、翌日の出来事を思い、興奮して寝られなくなるという経験はまだ無かったようである。
生後半年(?)の彼女にとっては、まだ楽しみで仕方がないイベントというものが無かったのかもかもしれない。
一方、アトラスの方は、
「すまんな。俺は寝られん体質だから、そういうのは分からないんだ」
他のホムンクルスたちと同じく、寝ることが出来ないので、そういった経験とは無縁だったようだ。
「ふむ。そうじゃったのう……。まぁ、アトラスの場合は、毎日がコルと、ウキウキワクワクじゃろうから、常に興奮しておるようなものじゃろう?よく分からぬがの……」
「ちょっ、妾!それ、人聞きが悪すぎだろ……。確かに、何かされるんじゃないかって、ビクビクしているって意味では、気を張ってるって言えるかもしれないけどよ……」
「……アトラス〜?それ、一体どういうことなのか、詳しく聞かせてもらえますか〜?」
「……自分の心に聞いてくれ」
そして、コルテックスから視線を逸して、花壇の修復に集中するアトラス。
その後、3発ほど、タングステンの跳弾が連続して飛んできたようだが……それによって彼が大破してしまうようなことは、とりあえず無かったようである。
その後、テレサもコルテックスの朝の体操に参加して……。
それが終わったあとで、議長室に移動して、軽く仕事を片付けて……。
そしていつも通り、書類に眼を通しながら、議長専属メイド(?)のイブが寝起きで作った、無残な形状のサンドイッチを平らげた後。
「さて〜……そろそろ行きましょうか〜?」
まるで専用の機械のように、書類のチェックと印鑑の押印を高速で繰り返していたコルテックスが、隣で……何故か頭を抱えていたテレサに対して声を掛けた。
すると、
「う、うむ……」
と、キレの悪い返答を口にするテレサ。
どうやらここに来て、彼女には何やら問題が生じてしまったようだ。
「どうしたのですか〜?イブちゃんの作ったサンドイッチに、危険な添加物でも含まれていましたか〜?」
冗談交じりにコルテックスが問いかけると、テレサは、頭を抱えたままで、ゆっくりと説明を始めた。
「いや、そういうわけではないのじゃ……。恥ずかしいことに……興奮の度合いが、限界を越えて……何となく、気分が沈み込んできてしまったのじゃ……。一周回った、とは、このことを言うのじゃろうのう……」
「……本当に、小学生みたいですね〜」
実年年齢や喋り方とは相反して、未だ何もしていないのに気が動転しているテレサを見て、呆れたような表情を浮かべるコルテックス。
だが、それは、テレサも承知していたようで、
「……気分を落ち着かせるために、少し時間が欲しいのじゃ。いや、なに、そんなに時間は掛からぬ。10分ほどいいじゃろうか?」
自らを落ち着かせるための時間が欲しいと、彼女はコルテックスに提案した。
大きな出来事を前に、テレサがいつもしていること……。
すなわち、
「……宗廟ですか〜?」
亡くなった家族や先祖たちの墓参りである。
「うむ。重要な時に限って、どうしても心が弱くなってしまってのう……」
「それ普通のことですよ〜?重要じゃない時に、心が弱くなる方が、病気だと思いますね〜」
「……それもそうじゃのう。……では、すまぬが行ってくるのじゃ」
「はい〜。でも早く戻ってこないと、私一人だけで、テスト飛行を済ませてしまいますからね〜?」
「…………!?」シュタッ!
そして急いで議長室を出て行くテレサ。
そんな彼女の姿を見て、コルテックスが安心したような表情を浮かべていたのだが……その理由については、最早、説明するまでもないだろう。
新しい話を追記すべきか……それとも明日の用事に向けて、準備を進めるべきか……。
それが悩ましい故……今日のあとがきは省略させてもらうのじゃ?
特に補足すべきことも、無かったはずじゃからのう。
本当は、今日くらい、新しい話を書くのをサボって、明日の準備を進めたいのじゃ。
じゃが……過酷な3週間の初日が始まったばかり故、ここは必死になって書くしか無いじゃろうのう……。




