8.0-18 国産飛行艇18
そしてその日は訪れた。
今日この日は、ミッドエデン初の飛行艇が離陸する日であると同時に……サウスフォートレス以南の地方にマイクロマシンを散布する日である。
それを実行するため、大量のマイクロマシンが入った直径1m、長さ2m程度のステンレス製のタンクを宙に浮かべたワルツは、別の同じようなタンクに跨っていたルシアと共に、工房の上部にあったエネルギアとポテンティア用の発着場から、徐々に明るくなりつつあった空へと飛び立った。
彼女たちの行き先は、言うまでもなく、サウスフォートレスだ。
「超速でバラ撒いて、さっさとこの世界から、ネズミたちを絶滅させるわよ!」
「うん、そうだね……」
「えーと……ルシア?もしかして、私の話、あまり聞いてなかったりする?」
冗談交じりで全世界のネズミを駆除する、という趣旨の発言をしたにもかかわらず、それに対して首肯したルシアの反応を見て、ワルツは怪訝な表情を浮かべながら妹に対して問いかけた。
だが、どういうわけか、その質問に対しても、
「うん……」
と再び頷くルシア。
どうやら彼女は、正真正銘、ワルツの話を聞いていなかったようだ。
「……ねぇ、ルシア?大丈夫?」
そう言いながら、今度はルシアの前へと移動して、彼女の表情を覗き込むワルツ。
そこにあった妹の表情は、朝が早くて眠そう……というわけではなく、何処か思い詰めている様子であった。
ただ流石に、視界のなか一杯に姉の顔は無視できなかったようで、ルシアは、ようやくこちらの世界に戻ってきたのか、ハッとした表情を浮かべながら、ワルツに視線を向けて、驚いたように口を開く。
「えっ?なんかあったの?お姉ちゃん」
「……ううん。なんでもないけど……なんかルシア、落ち込んでるみたいだから……」
「ううん、そんなこと無いよ?」
「でもさっき、私が、話を聞いてないでしょ、って聞いたら、うん、って答えてたし……」
「えっ……ぜ、全然記憶に無い……」
「でしょうね……」
ルシアが思った通りの反応を見せたためか、呆れたような表情を浮かべると、妹から離れて、再び前を向いて飛び始めるワルツ。
それから彼女は、前を向いたままでルシアに対して理由を問いかけた。
「どう見ても、落ち込んでるか、思い詰めてるみたいに見えるけど……何か悩み事でもあるの?(アトラスが原因……ではないわね)」
「……うん。多分、大丈夫だとは思うんだけど……テレサちゃんのことが心配なんだよね……」
「……なんで?」
「だって……テレサちゃん、目の下に隈が出来るくらいに、疲労困憊な感じなのに、問題ない、って言い張ってるから……。心配にするなって方が難しいよ……」
「……そういうことね」
ルシアの言葉を聞いて、自身もテレサのことを同じように考えていたのか、遠くの景色を見ながらワルツは眼を細めた。
そんな彼女の脳裏には、嬉しそうに作業に励む……疲れきったテレサの姿が浮かび上がってきているに違いない。
「……別にいいんじゃない?」
そのためか、ワルツは考え始めてからおよそ2秒で、そんな結論を口にした。
彼女の脳裏にあったテレサの姿と、最近の自分の行動が、どこか重なって見えたのだろう。
「お姉ちゃん……ちょっと、薄情じゃない?」
「だってさ……全力で頑張ってる人に、頑張り過ぎだから休め、だなんて言えないじゃない?例えば、ルシアが、美味しい稲荷寿司を作ろうとして、不眠不休で頑張ってるとするでしょ?ルシアはそれを苦痛だとおm」
「ううん!たとえ、この世界から油揚げと豆腐とご飯が全部なくなっても、絶対に休まない!そう、絶対に!」
「そ、そう……。ま、そういうことなのよ。ルシアにとっての稲荷寿司は、テレサにとっての航空機みたいなものなのよ。……多分だけどね」
「テレサちゃん……やっぱりおかしくなっちゃったんだ。流石に飛行艇は食べられないよ……」
「…………」
ルシアに対して、ワルツは猛烈に何か言いたげな様子だったが……彼女がその言葉を口に出す事は無かったようだ。
落ち込んでいたような表情を浮かべていたルシアが、明るい表情(?)を取り戻したようなので、とりあえずは良しとしたのだろう。
ドゴォォォォ!!
その日、サウスフォートレスの空には、2つの白い線のような雲が描かれた。
町の人々がそれを見て、地震が来る!、などと騒がなかったのは、やはり地震の少ない土地ゆえに、地震雲という概念が存在しなかったからだろうか。
そればかりか住民(?)の中には、真っ直ぐな雲を見て、その原因が何なのかを正確に察する人物までいたようだ。
「あれって……もしかして、ワルツ様とルシアさんかな?」
マギマウスの件が片付いていなかったために、今もまだアルクの村にある自宅に帰れず、施療院の屋上で洗濯物を乾かしていた魔女のアンバーと、
「多分、そうじゃないかしら?あんな速度で飛べる乗り物を持ってるのなんて、ワルツ様くらいしか居ないでしょ」
彼女と同居していた、同じく魔女のソフィアである。
どうやらソフィアは、エネルギアやポテンティアの印象が強かったためか、ワルツたちが何らかの乗り物で移動していると思っていたらしい。
その言葉を聞いたアンバーが、首を傾げながら、指摘した。
「あれ、乗り物じゃなくて、普通に飛んでるんじゃない?」
「普通に飛んでるって……乗り物を使わずに?確かにワルツ様が飛べるのは知ってるけど、ルシアさんは別でしょ?」
「えっ?ルシアさん、この前、飛んでるの見たけど?」
「…………」
人が魔法で飛ぶということが、一体どれだけ異常なことなのか。
ワルツの周辺にいた者には、背中の翼を使って普通に飛ぶことのできる者が多くいたこともあり、ルシアが魔法で飛べるという事実は、ごく当たり前の事になっていたのだが……。
一般的な(?)知識を持っているソフィアにとっては、どう考えても異常なことにしか思えなかったようだ。
すると言葉を失ってしまった様子のルームメイトに対し、年下のアンバーが問いかける。
「何かあったの?ソフィー?」
するとソフィアは、白い雲が消えていった遠い空に向かって、眼を細めながら口を開いた。
「空を飛ぶ魔法って……アンバーは聞いたことがある?」
「んー……ない!」
「……なんでそんなに自信有りげに答えるのか、理解できないけど……一般的に、空を飛ぶ魔法っていうのは、すごく特殊な魔法なのよ?」
「ふーん……」
「例えば、こんな話があるわ……」
ソフィアはそう口にすると、洗濯カゴの中から、大きな白いシーツを取り出して、それを屋上に張り巡らされていた細いロープに引っ掛けながら、こんなことを語り始めた。
「……かつてこの世界のいたるところで、魔族と人間の戦争が起こっていた時代。人の作り出した魔導兵器と戦うために、魔族は特殊な戦闘民族を、禁断の魔法で作り出していたらしいわ。彼らは身体を改造されて、普通の魔族には使えないような、特別な魔法が使えたという話よ?重力を操る魔法や転移魔法は、その頃の名残で、転移魔法使いは彼らの子孫だっていう説もあるわね……」チラッ
「……空を飛ぶ魔法の話をしてたのに、何で急に転移魔法の話になって、こっちをニヤニヤしながら見るの?!」イラッ
「いや、ふと思い出しただけよ。あまり深い意味はないわ……」にっこり
と言ってからも、アンバーに意味ありげな笑みを向けるソフィア。
そんなルームメイトの反応に慣れていたのか、アンバーはため息を吐いてから、こんなことを口にした。
「でも、それに近い話は、私も聞いたことがあるかも……。でも、私が聞いたのは、人と魔族の立ち位置がまったく逆で、魔族が作り出した凶悪なゴーレムと戦うために、人が特別な騎士たち……最初の勇者を選び出した……って話だったような……」
「……魔族側と人間側の解釈の相違ね……」
「え?なんか言った?ソフィー?」
「ううん。もしかするとその話、両方とも正しいんじゃないかしら?」
「えっ?どういうこと?」
「つまり、魔族側も人間側も、特殊な魔法が使えたり、戦闘に特化した改造人間を作り出して、彼同士をを戦わせた、ってこと」
「……ソフィー、妄想は良くn」
バコンッ!
「あ痛っ?!」
「妄想じゃないわよ。想像よ、想像」
「叩かないで、それだけ言えばいいのに……」
と言いながら、ソフィアがどこからともなく取り出した巨大なロール紙に、心底嫌そうな表情を向けるアンバー。
事あるごとに自分の頭を殴打する、その実際には痛くないが、痛そうな音のする紙の筒のことが、彼女は大嫌いだったようだ。
そんな折、
コォーン、コォーン、コォーン……
と、12回、教会の鐘がなる。
つまり……
「おっと、昼休憩の鐘だよ!ソフィー!」
昼食の時間になったようだ。
その結果、洗濯物を放り出して、昼食を取ろうと、屋上から降りていこうとするアンバー。
そんな彼女に対して、ソフィアは……しかし、彼女のことを止めることはせず、その代わりに、こんな忠告の言葉を口にした。
「アンバー?ちゃんとサーロインにもご飯をあげるのよ?昨日も忘れてたでしょ?」
「な、何で知ってるの?!」
「いや、サーロインがゲッソリしてたから一目瞭然だったわ……」
「……ごめんね……サーロイン……。わざとじゃないんだよ……?すっかり忘れてただけなの……」
「それ、私じゃなくて、サーロインに言いなさいよ……」
果たしてアンバーにミノタウロスのテイムはこれからも務まるのか……。
ミノタウロスをテイムしていたわけではないソフィアでも、いつかサーロインが餓死してしまうような気がして、彼のことが心配になってしまったようである。
それからアンバーが施療院の階段を下っていき、そしてその場に残っている人物が、ソフィーだけになってしまった後。
彼女は年下のルームメイトが残していった残りの洗濯物を、屋上のロープに引っ掛けてから、自身も昼食へと向かおうとするのだが……。
……そんな彼女の頭の上から、不意に、異様な気配が降ってきたようである。
「?!」
その瞬間、思わず空を見上げるソフィー。
そこには……
「……流れ星?」
昼間だと言うのに、真っ赤な尾を引きながら、猛烈な速度で飛翔する一つの光の玉が見えていたようだ。
たまには、夕食を食べる前に、アップロードしてみようと思うのじゃ?
これも、ストックがあるからこそ出来ることなのじゃ。
やはりストックというものは良いものじゃのう。
さて……。
物語は徐々に、進みつつあるのじゃ?
……ただし、この物語ではないがの。
このことが書けるのは何時になるのじゃろうかのう……。
まだ詳しく書けぬというのが歯痒いのじゃ。
このペースじゃと……おそらく10年くらいは掛かりそうじゃのう……。
というわけで……これ以上、余計なことは書かずに、夕食を食べようと思うのじゃ。
もちろん、夕食は稲荷寿司……ではないのじゃぞ?
まぁ……油揚げは入っているかも知れぬがの……。




