8.0-16 国産飛行艇16
そしてミーティングを終えた後。
「……というわけなのじゃー、コルよ……。妾はこれからどうやって生きていけば良いのじゃろうか……」
議長室へと真っ直ぐに戻ってきたテレサは、先程のやり取りを、早速コルテックスに打ち明けた。
そんな彼女の表情は、まるで決壊する寸前のダムのような様子だったようである。
そのせいもあってか、彼女の憂いを打ち払うかのように、コルテックスは冗談を口にしてから、話を切り込んでいくことにしたようだ。
「そうでしたか〜。お姉さまは、私に爆弾を仕掛けたいのですね〜?」
「……お主、さては、妾の悩みに耳を傾けるつもりはないのじゃな?」ゴゴゴゴ
「い、いえいえ〜。そんなことはないですよ〜?」
冗談で済まそうと思っていたら、真剣だったテレサの怒りを買うところだったことに気づき、慌てていつも通りの柔和な笑みを浮かべ、どうにか誤魔化そうとするコルテックス。
それから彼女は、ジト目を向けてくるテレサに対して、ダメージコントロールを兼ねて、こう口にした。
「でも、その様子だと、最後の最後まで乗ることを諦めるつもりは無いんですよね〜?もしかして、私が乗り込んでも、無理矢理に乗り込んでくるのではないですか〜?」
すると、図星だったのか、
「よ、よく分かったのう……」
と怒りを引っ込めて、動揺した表情を見せるテレサ。
「はい。よく分かってますからね〜」
そんな彼女に対して、まったく同じ顔をしたコルテックスは、ニッコリと笑みを浮かべると、その後でこんな提案をする。
「では〜……最初から、2人で乗り込むというのはどうでしょうか〜?」
「2人で……じゃと?」
「はい。何かあった時は、私が妾のことを守る、というわけです」
「なるほどのう……。それなら、ワルツも首を縦に振ってくれそうなのじゃ」
と満面の笑みを浮かべるテレサ。
すると、そんな彼女の言葉を聞いた後で、コルテックスは何故か首を傾げると、テレサにとって思いがけない一言を口にした。
「いえいえ〜。お姉さまに確認を取る必要は、無いのではないですか〜?2日後の月曜日は、新しく作ったマイクロマシンを、サウスフォートレスにばら撒きに行く、って言ったましたし〜」
「えっ……じゃ、じゃぁ、墜落したら、本当に最後なのじゃな?道理でワルツは……」
「はい。ちなみにルシアちゃんも、お姉さまのマイクロマシンの散布に付き合うって言ったましたので、初飛行の日は、重力を制御できる人間が王都に誰も居ないんですよ〜。エネルギアちゃんか、ゴキb……ポテンティアちゃんはいるかもしれませんが、2人とも自分以外のものを浮かべることは出来ませんからね〜」
そう口にしてから、議長室の窓から見えていた、時折太陽を覆い隠す大きな影に対して眼を向けるコルテックス。
そこに浮かんでいたエネルギアの場合、自身と船内にあるものなら浮かべることは出来たのだが、外にあるものは、重力制御システムの原理的に、浮かべられなかったのである。
対してマイクロマシンが作り上げた、ポテンティアの船体の方は……まったくもって未知の原理で浮かんでいたので、そもそも重力制御という概念が当て嵌まるかどうかすら分からなかったこともあって、もしもの出来事が起った時に、墜落しそうな飛行艇を浮かべるような器用なことが出来るかどうかも不明であった。
その上、ワルツもルシアも居ないとなると、事故が起るような状況に陥った際、パイロットの命の安全は保証できなかったので、ワルツはテレサの搭乗を反対したのである。
まぁ、テンポの尊い犠牲(?)による脱出装置の完成や、コルテックスが側に付くという保険、そして今回は、低速で低いところを飛ぶので、最悪エンジンが止まるようながあっても、流石に死に至るような大事にはならないはずだが……。
「それでも〜……妾は乗るんですよね〜?」
「うむ。コルがいるなら、妾は安心なのじゃ。お主になら、妾の命を預けられるのじゃ?」
「……買いかぶりすぎですね〜。死ぬ時は死にますよ〜?」
「えっ……」
そして再び固まるテレサ。
とは言え、そんな彼女の表情に、この部屋へと帰ってきたときにあったような鬱屈した色はすっかりと無くなっていたようである。
彼女たちが、そんなやり取りをしていた場所のずっと上の階層では……
「もう……無理ぃ……」ドゴォォォォ
ワルツが超高速で、マイクロマシンの生産を行っていた。
それも、マイクロマシンが自動的に生産する設備が導入されているはずのクリーンルームの中で、何故かその設備を使わずに、である。
その様子を見て……部屋の外で、姉に頼まれた荷物を魔法で運んでいたルシアが、そんな姉に対して問いかける。
『どうしたの?おねえちゃん。すっごい疲れたような顔をしながら、ものすごい勢いで手を動かしてるけど……』
「いやさー……ファクトリーオートメーションって、大事だと思うのよね……」
『……ちょっと何言ってるか分からないよ?』
聞いた質問と、返ってきた答えの内容が、まるで一致していなかった上、本当に何を言っているのか理解できなかったためか、眉をひそめて首を傾げるルシア。
そんな妹に対して、ワルツはようやくマトモな事情の説明を始めた。
「実はさー……コルテックスが放ったマクロファージとかいう魔法生物だかゴーレムだかよく分からないやつが、虎視眈々とマイクロマシンを壊そうと狙ってるのよ……。それで、彼らがマイクロマシンを食べようとした時に、一々作業を止めて、マイクロマシンを守らなきゃならないんだけど……生産設備の一部を止めるっていうのが簡単には出来なくってさ……。だって、詰まっちゃうじゃない?後ろから次々と部品が来てるわけだし……」
『つまり……コルちゃんの使い魔から、マイクロマシンを守るために、お姉ちゃんが人力でマイクロマシンを作ってる、ってこと?』
「んー、ま、大体そんな感じ」
と窓の向こう側で首を傾げている妹に対して首肯するワルツ。
そんな彼女の足元には、まるで半透明のビニール袋に水を入れて、その表面に眼と口を書いたような姿のマクロファージたちが、ジーっとマイクロマシンの入った容器を凝視していたようである。
カゴの中にいる小鳥を狙う猫……まさに、そんな様子である。
『……なんか、狙われてるね』
「うん。なんかじゃなくて、間違いなく狙ってるわよ?こいつら……」
『(コルちゃん、よっぽど、マイクロマシンのことが嫌いなんだね……)』
マイクロマシンを食べてしまうということを除けば、どこか可愛げな小動物のような姿にも見えていたマクロファージに対してルシアは苦笑を浮かべると、最後の荷物を転移魔法で移動させてから、ワルツに対し、これまでの会話の内容とは異なる趣旨の質問を投げかけた。
「話は変わるんだけど……お姉ちゃん、テレサちゃんのことを放置しておいてもいいの?」
来週の月曜日、姉と2人で再びサウスフォートレスへと向かう事になっていたルシアは、自分たちの見ていないところで、テレサが無理な事をしないかどうか心配になっていたようである。
だが、ワルツの方は、特に心配はしていなかったようだ。
「ま、大丈夫じゃない?テレサにはテストパイロットは止めたほうが良いって言っておいたし、コルテックスもいるし……。最悪、無理やりにパイロットをしようとしても、私が解析する限りは、あの飛行艇が実験中に事故って落ちるなんてことも無いはずだし。……操縦ミスったら別だけどさ?」
「そうなんだ……。お姉ちゃんがそう言うなら、安心だね」
「じゃなきゃ、テレサのことを放置するなんて無謀なことはしないわよ。ま、本当ならなら、私もテレサのことを見守っていたいんだけど……さっさとマギマウスの駆除をしないと、色々と面倒事が溜まっていくのよね……」
と口にしつつも、手を止めることは無く、明後日に迫った伯爵たちとの約束の日に向けて、ひたすらに準備を進めていくワルツ。
マギマウスの件は、自分の行いが根本の原因で生じた問題だったので、彼女は、何よりも優先して解決しなくてはならないという、強迫観念にとらわれていたようである。
まぁ、自業自得なので、至極あたりまえのことなのだが。
「うん……私も手伝うから、あと3日間で全部おわらせよ?お姉ちゃん!」
「……ごめんね、ルシア。本当に、助かるわ……」
そして、次なる手伝いの内容を妹に頼み、触れることの出来ないマクロファージと格闘しながら、マイクロマシンの製造を進めていくワルツ。
こうして彼女たちの休日(?)は、山積みの仕事への対処で、多忙の内に過ぎ去っていくのであった。
多忙……。
TABOU……。
TABOO……。
タブー……。
まぁ、似たようなものなのじゃ。
そんなわけで、多忙を極めておるのは、ワルツたちだけではない故、今日のあとがきは、こんな適当な駄文で終わらせてもらうのじゃ?
……クリームハンダが……もうダメかも知れぬ……。




