8.0-15 国産飛行艇15
そして数日が経って……。
ミッドエデンに『週末』が訪れた。
数ヶ月までミッドエデンには、年や月という括りはあっても、週という概念は存在しなかった。
それが今では、7日で1週間という、週の枠組みが導入されることになっていたわけだが……現代世界にしか無いはずのその枠組が、どうしてミッドエデンでも用いられるようになったのか……まぁ、その詳しい経緯については説明するまでもないだろう。
そんな週末のミッドエデン中部は、まるで今の季節を体現するような、青く深い色の空に覆われていた。
そこにはいつも通り、頭の上に青と黄色の太陽が2つ輝いていて、その手前にあった大きな月が、東から西へと、太陽たちを追いかけていたようである。
そして、その青い空の下にある王都の一角では……
「これより定例ブリーフィングを行うのじゃ!」
大勢の王城関係者を前にして、テレサの声が響いていたようだ。
「マニューバグループ!」
「いつでも大丈夫です!」
「エマージェンシーグループ!」
「テンポ様にしていただいた実験の結果を元に、脱出装置の改良は済ませてあります!」
「センシンググループ!」
「あと1日で何とか……」
と次々と現状報告を促すテレサと、それに答えるグループリーダーたち。
要するに彼女たちは、2日後に迫った国産の飛行艇の初飛行に向け、飛行艇建造というプロジェクトを分割して進めているグループの間で、現状の共有の行っていたのである。
「次は……モーターグループ!」
「あァ?担当はオメェだろ!」
「おっと、そうだったのじゃ」
と、今日も口が汚いブレーズに、容赦のない言葉で指摘されるテレサ。
だが彼女がそれを気にした様子はまったく無く、むしろ嬉しそうな表情を浮かべながら、自分のグループの現状について説明を始めた。
「飛行艇に積む主機の複列星型18気筒エンジンは、既にある程度の耐久試験を済ませてあるのじゃ。ただ、過給器については、軸受の耐久性の問題が解決しておらぬ故、こちらについてはもうしばらく待ってほしいのじゃ?まぁ、今回のテスト飛行では高空を飛ぶわけではない故、ターボが無くても特に問題は無かろう」
すると、それを聞いた現場の実質的な監督者であるブレーズも、テレサが話し終わった後で、満足げに口を開く。
「よし。とりあえずは計画通りってぇとこか。各自、2日後に向けて、準備を怠るんじゃねぇぞ?他、報告あるやついるか?」
『…………』
「じゃぁ、解散!……ほら、もたもたすんじゃねぇ!さっさと持ち場ぁ戻れや!」
そして、その広場にあった……全長30m、全幅50mほどの黒い機体の周囲へと散開していく担当者たち。
一方、何か言いたげな表情を浮かべたテレサだけは、その場に残って、勝手にブリーフィングを解散したブレーズに対して、文句の言葉を口にした
「どうして主が、この場を仕切っておるのじゃ!普通、妾の役割じゃろ?!」
「あァ?何言ってんだ、このボケナス!オメェが、動力班の班長やるつったから、俺が全体の統括をしてんじゃねぇか!」
「うぐっ……そ、そうだったのじゃ……」
「それと、テストパイロットはてめぇがやんだろ?まさか、現場監督がパイロットをやるとか抜かすつもりか?あァ?」
「う、うむ……」
「何だったら、お前の立場と、俺の役割を交換しても良いんだぜ?全然、喜んで代わってやらぁ」
「い、嫌なのじゃ!こればっかりは譲らないのじゃ!」
と、3本の尻尾を、タワシのように膨らませながら、ブレーズの言葉に答えるテレサ。
すると、そんな折……
「……テレサ?」
まるで虚空から姿を現すようにして、不意にワルツが姿を見せた。
「む?よく来たのう、ワルツ。ついに婚約を認めてくれる気になったのじゃな?」
「はいはい。そんなことはどうでもいいんだけど……今の、パイロットをやるって話……それ、本当?」
「はぁ……婚約の話ではないのじゃな……まぁ良いか……。実はのう……体重の軽い妾が、最初のテスト飛行のパイロットを担う予定なのじゃ。ミッドエデン初の飛行艇のパイロットが狐……。それだけで、もう、感無量なのじゃ?」
「パイロットが狐なら、とりあえず満足なのね……」
と、どこか呆れたような……あるいは少し安心したような、複雑な表情を見せるワルツ。
それから彼女はテレサに対して、こんなことを口にした。
「じゃぁ、テレサ。初飛行を貴女が務めるって話……悪いことは言わないから、止めておきなさい」
その言葉を聞いた瞬間、
「えっ……」
テレサは眼を点にして固まってしまう。
それから彼女は、ワルツの言葉を聞き間違えたのかと思ったのか、何度も頭の中でワルツの言葉を繰り返し思い出すのだが……。
幾度思い返しても、『パイロットをするな』としか聞こえなかったようで……結果、彼女は、身体を小刻みに震わせながら、その理由をワルツに対して問いかけることにしたようだ。
「ど、どうしてなのじゃ?」
「みんなで頑張って作ったものに対して、こう言うのもなんだけど……最初は多分、事故ると思うのよ」
「じ、事故……じゃと?!」
「私のいた世界がそうだったから。飛ぶ時はちゃんと飛ぶんだけど、飛ばない時は本当に飛ばないものよ?気象的な影響を考えれば、まず計算通りにはならないし、人が作ってるものだから、そもそも設計自体が間違っている可能性も否定出来ないしね」
「じゃ、じゃぁ、どうすれば良いというのじゃ?!」
「そうね……。万全を期して、最初だけはコルテックスに頼むと良いんじゃないかしら?一応、貴女の分身みたいなものだし、事故っても、爆破しても、彼女なら多分問題無いでしょ。同じ狐だし、誰か別の人に最初のテスト飛行を譲るくらいなら、まだどうにか我慢できると思うんだけど?」
「む、むむむむむ……!」
そんなワルツの言葉を聞いても……やはり承服しがたい様子のテレサ。
それから彼女は、ワルツの提案をひっくり返せるような言葉を、必死になって探そうとするのだが……
「……悪りぃ事は言わねぇ、テレサ。俺も今回は、魔神の言葉に賛成だぜ。最初くらい、エセテレサに任せてもいいんじゃねぇか?」
現場を統括しているブレーズとしては、ワルツの言葉に賛成だったようだ。
彼自身、背中の翼を使って空を飛べるので、空がどのような場所なのか知っていたことも、彼がそう判断した理由の一つなのだろう。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!」
「ほら、1回目はコルテックスに譲ったとしても、2回目以降は、いくらでも好きなだけ飛べるじゃない?」
「おう、そうだぜ。こんなところで駄々こねてちゃ、これから先、思いやられるぜ?」
と、どうにかテレサを思い止まらせようと説得するワルツとブレーズ。
そんな2人の言葉を聞いて、ついに折れたのか、
「……はぁ……。仕方あるまい……。もう今すぐ枕に顔を埋めて泣きたい気分じゃが……我慢してコルに頼むとするのじゃ……」
テレサは、獣耳と尻尾をこれ以上無いくらいに伏せながら、渋々と言った様子で、2人の言葉に同意するのであった。
いつもより、かなり短いのじゃ……。
どうにか長くしようと試みたのじゃが、次の話に切れ目が無かった故、結局、短くなってしまったのじゃ。
……長くしようとする努力はしたのじゃぞ?
まぁ、たまにはそんなことがあってもよいじゃろう。
さて。
全然話は変わるのじゃが、小説の管理画面には、『登録必須キーワード』というものがあって、異世界転移や転生といった設定を行う必要があるのじゃ。
この話は、基本的に、『転移』に該当すると思うのじゃが……その設定項目を見て、ふと思ったのじゃ。
例えば、異世界のような惑星があって、そこに宇宙船などを使って飛んでいったとすれば……それは転移の分類に入るのじゃろうか……。
あるいは、並列世界のように隣り合った世界が、お互いを侵食するような状況で、混じり合った世界となっている場合は、どうなのじゃろう……。
まぁ、この話にも、サイドストーリーにも関係のない話じゃから、どうでもいいんじゃがの。
……たぶん、の。




