8.0-11 国産飛行艇11
……チン!
「……うん。いい感じに焼けたな!」
「狩人姉……本当にクッキー焼いてたのかよ……」
議長室の壁に開いた穴を突貫工事で塞いだ後、狩人との約束通り、食堂へとやって来たアトラス。
そんな彼を待ち受けていたのは、香ばしく甘い匂いと、嬉しそうな笑みを浮かべた狩人の表情だった。
「相談に乗ってもらうんだ。菓子くらい準備するのは当然だろ?」
「そ……そうか……(案外、マメだよな……狩人姉……)」
いつもの狩人装備ではなく、カジュアルドレスを身に着けていた狩人の姿を見て、話し方を除けば、彼女が本当に令嬢なのだと改めて感じるアトラス。
それから、魔導オーブンの中から取り出した熱々のクッキーを小皿によそって、誰もいない食堂にあった大きな机を陣取ると、そこに小皿と2人分の茶を置いて、アトラスと狩人は椅子へと腰を下ろした。
「クッキーに緑茶か……。紅茶のほうが良かったんじゃないか?」
「紅茶か……。実はアレの味が、いまいち分からないんだ……」
「意外だな?」
「確かに香りはいいんだが、それだけというか……。個人的な好みになってしまうが、緑茶が好きなんだよ(飲もうと思えば、森の中でも調達できるからな)」
「そっか。まぁ、俺はどっちでもいいけどな」
そう言って、一口サイズのクッキーを、ひとつだけ口の中に放り込み、そして一頻り噛み砕いた後で、緑茶と共に喉の奥へと流し込むアトラス。
そんな彼の姿を見ていた狩人は、小さく笑みを浮かべた後で……今度は不意に険しい表情になると、本題の悩みをおもむろに切り出した。
「実はな。相談に乗ってほしいことっていうのは……私の兄のことなんだ」
「ん?狩人姉の兄貴って、確か4人くらいいたよな?その内のどれだ?」
「一番上だ」
「一番上……長男か」
狩人のその言葉を聞いて、ニューロチップ上にあるデータベースへとアクセスするアトラス。
すると浮かび上がってきた結果は、
「……前王の死去後、王城勤務を辞めて、王都に住んでいる剣豪の下で剣術の修行をしている……か」
というものだった。
「あぁ、その通りだ。よく覚えてるな……アトラス」
「まぁな。で、なんだ?俺たちに国を乗っ取られて……王城にいるのが嫌になったのか?」
アトラスは、少々、嫌な予感がしながらも、そんな疑問を狩人へと問いかけた。
もしかすると、自分たちが狩人の兄の職を奪ってしまったかもしれない……そう思ったらしい。
しかし狩人から返ってきた言葉は、彼の予想とは異なるものであった。
「これは父様から聞いた話だが、ワルツやアトラスたちのことが嫌いで辞めたわけではないようだぞ?王を守れなかったことで、自分の未熟を感じて……居ても立ってもいられなくなったらしい」
「それで、修行に出たってわけか」
「あぁ。わざわざ外に出なくても、何だったら私が特訓してやったのに……」
「…………」
狩人のその一言を聞いて、事の次第を大体把握したアトラス。
要するに、アレクサンドロス家では、兄弟の中で一番、狩人が強いのだろう。
それが兄にとって、どのように感じられるのか……。
「(そりゃ、王城から出たくもなるわな……)」
現在進行形で、妹に虐げられているアトラスにとっては、痛いほどに理解できたようである。
それから彼は、脱線した話を戻すかのように、狩人に対して再び問いかけた。
「それで、その兄貴がどうしたんだ?王城勤務に戻りたいって話か?」
すると狩人は、一旦眼を瞑ると、自身もクッキーを口の中に入れて、それを茶で流し込んでから口を開いた。
「……失踪したんだ」
「……え?」
「昨日、その剣豪とやらが住んでいる建物に、様子を伺いに行ったんだが……実は、虚偽の住所だったんだ」
「ん?どういうことだ?」
「さぁ。私にも分からない……。どうして兄が、嘘をついてまで、行方をくらましたかったのか……」
「…………確かに、それは悩ましいな」
狩人の言葉を聞いて、自身の手の中にあった茶飲みの中に、視線を落とすアトラス。
その際、そこに、1ヶ月ほど連絡を取っていない、ひとつ下の妹の姿が浮かんできていたようだが……あまり考えたくなかったようで、彼は顔を上げて狩人に言った。
「しっかし……どうして急に兄に会おうだなんて思ったんだ?いや、兄弟に会うのに、理由なんて要らないかもしれないけど……」
「それがなぁ……実は見かけたんだ」
「見かけた?なら良かったじゃないか。無事に元気で生きてるってことだろ?」
「いや、そりゃそうなんだが……見かけたのが、王都じゃなくて……」
そして、狩人は言い難そうにしながら、悩みの原因を、アトラスへと打ち明けた。
「……ドラゴンを使ってサウスフォートレスを襲いに来た男……。仮面を被っていて分からなかったが、奴の喋り方と体格と声が、どう考えても兄さんだったんだ……。こう、にゃぁにゃぁ、と……」
「にゃぁにゃぁ……」
「そう、にゃぁにゃぁ、だ」
「……それ重要なことか?」
「いや、そうでもないが……兄の口癖だからな」
「……そっか」
狩人の言葉に対して、色々と言いたいことがあった様子のアトラスだったが、それを言ってしまうと、身も蓋もなくなるような気がしたらしく、彼は短くそう呟くと、口を閉ざして再び悩み始めたようだ。
「本当に、どうしたらいいんだろうか……。このことを、父様や母様に相談するっていうのも、単なる手違いだったら不安を煽るだけになってしまうような気がして、あまり気乗りがしないんだ……」
「まぁ、もう大の大人なんだから、放って置いても……って、サウスフォートレスを襲ったとなると、そうも言ってられないか……」
「…………」
「…………」
そして、二人の間に、静寂が訪れた。
とはいえ、どこかの勇者と国王が放っていたような、殺伐としたものではなかったが……。
それからしばらくして、茶が冷えてきた頃。
アトラスはソレを一気に口の中へと流し込んでから、こんなことを提案した。
「……ユリアあたりに行方の調査を頼んでみたらどうだ?この大陸内にいるなら、必ず見つけ出してくれると思うぜ?」
「私的な頼みだが……調べてくれる時間はあるんだろうか?」
「なーに。あいつら、なんだかんだ言って暇だから、そのくらい聞いてくれるさ。最悪、コルテックス……おっと、今の話は忘れてくれ。俺からもユリアたちに話を通しておくから、悪いことにはならないだろうさ。……というわけで、シルビア、いるか?」
と、アトラスが、虚空に向かって、最近自分の専属になっている諜報部員の名を口にした瞬間、
ガコンッ!
「すびません……。シルビア先輩は、用事があるので、ご用件は代わりに私が承ります」
床のパネルを押し上げて、秘密の通路から、鼻に真っ赤な綿を詰め込んだサキュバスのリサが現れた。
そんな彼女に対して、アトラスは単刀直入に告げる。
「情報局に人探しを頼みたいんだが……やってくれるか?」
「誰です?」
「狩人姉の一番上のお兄さんだ」
その言葉を聞いて、
「りょーかいです!」
と、2つ返事で頼みを受けるリサ。
すると、狩人が少しだけ嬉しそうな表情を見せながら、アトラスとリサに向かって感謝の言葉を口にした。
「そう言ってもらって助かる、リサ。2人共、恩に着るよ」
「いえいえ、お構いなく。それで……なにかあったんですか?」
リサのその言葉に、
「あぁ……。でも、なんて言ったら……」
今度は言い難そうにして、正直に言い出せない様子の狩人。
自分の兄が、この国にあだなす存在かもしれない……、とは間違っても言えなかったようだ。
アトラスもそのことを考えて、何か適当な言い訳を考えようとするのだが……。
彼が言い訳を考えつく前に、リサの方も、訳ありの要件であることを感じ取ったようで、
「んー……分かりました!じゃぁ、私の方で適当に言い訳を考えておきます!」
彼女はそう口にすると、早速、ユリアに報告するためか、床の隠し扉をそのまま閉じて、立ち去っていった。
ただその際、リサが、
『適当な言い訳、適当な言い訳……。あ、そうだ。アトラス様が、狩人様のお兄さんに、口には出せないようなことで興味がある、って事にしておこうっと!』
「ちょっ?!」
あながち間違ってはいないが、誤解を招きそうな発言をしながら、2人の足元にある隠し通路を去っていったようだが……。
まぁ、相手はアトラスなので、さして大きな問題ではないだろう。
冬が近づいて乾燥してくると、朝起きた時に目がシバシバして……時間を確認するために端末の数字を見るのが、すごく大変なのじゃ……。
……どうでもいい話なのじゃがの。
そうそう。
今日の話で補足すべきことが1つあるのじゃ。
……狩人殿の兄弟構成について。
兄については本文で4人と書いておるのじゃが、姉についてはだいぶ昔に1回だけ(?)書いた限りだと思うのじゃ。
姉の人数は3人なのじゃ?
要するに、8人兄弟、ということなのじゃ。
大家族なのじゃ……。
そんな兄弟がどこにいるのか……。
長男以外の兄たちは、実は王城勤務だったりするのじゃ?
とは言っても、狩人殿の管轄下にある軍部ではなくて、会計や都市管理といった事務方なんじゃがの?
それ故、狩人と直接合う機会があまり無かったこともあって、妹が強すぎて居た堪れなくなる……なんてことは無かったようなのじゃ。
その辺の気持ちは、妾にはよく分からぬがのう……。
で、姉たちの方は、各地の貴族や豪族たちの下へと、嫁入しておるのじゃ?
所謂、政略結婚というやつじゃのう。
まぁ、これに関しては、世界が世界ゆえ、ごく普通のことなのじゃ。
……たぶんの。
そして、末娘の狩人殿は、いい歳だと言うのに、その趣味の影響で未だに結婚できn……ん?
こんな夜更けに誰か来たようじゃ……。




