8.0-09 国産飛行艇9
いつもなら、カンカン、カンカンと、金属を叩くけたたましい音が鳴り響いているはずの部屋の中は、今日に限って、静寂が支配していた。
ただし、その場は、単にシーンと静まり返っているわけではなく、言い知れない重い雰囲気を漂わせていたようだが……。
「勇者を辞めたい……だと?」
「はい」
磔にされていた『裸の王様』から問いかけられたその言葉へと、迷うこと無く即座に肯定の意思を示す勇者。
問いかけられた彼の決意が強固で、揺るぎないものであることは、疑う余地もなく明白なことだった。
もちろんそれは、エンデルシア国王の視点からも、同じように見えていたようだが……彼はすぐに、はいそうですか、とは答えられなかったようである。
相手が自国を代表する勇者だったこともあって、簡単には辞意を受け入れられなかったのだろう。
「……そなたの決意、偽りでは無さそうであるな。……なら、聞かせてくれ。なぜ、そなたは『勇者』を辞めようと思ったのだ?」
辞意の理由を聞けば、もしかするとその中に、勇者を思い止まらせる材料があるかもしれない……。
エンデルシア国王がそう思ったかどうかは定かではないが、彼は少し前とは打って変わって、冷静な表情で勇者へと問いかけた。
すると勇者は、跪いた状態から顔を起こして立ち上がると、国王に対し、真っ直ぐに視線を向けながら……失礼を覚悟で、逆に質問する。
「……国王陛下。勇者とは、何者なのでございましょう?この数ヶ月の間、私はそのことばかりを考えていました。討伐の対象として命じられた魔族は、見た目も肉体も心もすべて……人と同じにしか見えないのです。そんな魔族たちの王を暗殺し、民を蹂躙し、そして領土を奪っていく……。果たしてそれが、人の模範たる立場にある勇者がすべき行為なのか……それが私の中で、寝ても覚めても、まるで呪われているかのように渦巻いているのです。本当に、勇者とは、なんなのでしょう……」
そう言って、眼を細め、どこか悔しそうに眼を伏せるメイド勇者。
その言葉に対して、エンデルシア国王は、
「…………」
すぐに返答することができなかったようだ。
ただそれは、答えが分かっていなくて悩んでいる勇者とは、すこし色合いが異なるものであった。
むしろ、答えが分かっていて……しかし、それを表現するための的確な言葉が見つからない……そんな様子である。
こうして、2人ともが口を噤む無言の時間が訪れた。
ゴゥン……ゴゥン……ゴゥン……
定期的に低音を響かせる、溶鉱炉を浮かべるための巨大な重力制御装置。
それが設置された部屋の中を、ただ時間と重苦しい空気だけが流れていく……。
そんな部屋の中には、2人のやり取りを彼らの間近で眺めながら、無言で佇んていた者が、もう1人いた。
勇者がこの部屋に入って、一言二言と会話しただけで、完全に放置されていたシラヌイである。
2人のやり取りに興味があったからなのか、あるいは単に空気が読めなかったからなのかは定かではないが、彼女は部屋から出ていこうとはせずに、その場に留まっていたようである。
まぁ、この部屋は、本来彼女のためにあるような部屋なので、本来出ていくべきは、勇者とエンデルシア国王の方なのだが……。
とはいえシラヌイは、勝手に重苦しいやり取りを始めた彼らのことを、追い出すような真似はしなかった。
そればかりか彼女は、エンデルシアの未来を決める話し合いと言っても過言ではない2人の会話へと、まるで世間話でもするかのように、口を挟み始めたのである。
「勇者様。それを知らないで『勇者』になったのですか?魔族なら、子どもでも知っていることですよ?」
そんな彼女の言葉に、
「それは……どういった話ですか?」
と積極的に耳を傾けようとする勇者。
魔族から『勇者』がどう見られているのか……。
それについて、彼は興味があったようだ。
「簡単な話です。……憎まれる存在です。あなたがどのような勇者様なのかは、私には分かりませんが、これまでの勇者様方が魔族にしてきた仕打ちを考えれば、当然ではないでしょうか?」
と、眉を顰めながら、口にするシラヌイ。
それを聞いた勇者の方は、予想通りの恨みつらみが返ってきたためか、眼を細めて、残念そうに俯いてしまった。
しかしどうやら、シラヌイの説明は、まだ終わっていなかったようである。
彼女は顰めていた眉をそのままに、小さくため息を吐くと、こんなことを口にした。
「尤もそれは、民の感情として表層に現れる、一般論でしか無いのですけれどね……。おじ……祖父の受け売りですけど」
その瞬間、反応を見せたのは、勇者の方ではなく、エンデルシア国王の方であった。
「シラヌイちゃん。そなたは……もしかして知っているのか?我々、『神』の事を……」
「おそらく国王様は、何らかのグループの名前として『神』という言葉をお使いになっていると思いますが、私はそんな仰々しい名前のグループなど知りません。ただ、知っているのは……世界を一定の不均衡状態に保とうとする人々がいるということだけです。そして『勇者』とは、彼らの駒としてやって来て、私たちに負の感情を植え付けて去っていく存在……。それも、勝利や敗北に関係無く一方的にバラ撒いていくので、本当に、はた迷惑な存在です」
と、自身も『勇者』に対して、何か嫌なことでもあったのか、不機嫌そうに口にするシラヌイ。
とはいえ、その言葉は、そこにいたメイド勇者に向けられたものではなかったようだが。
ただ、その言葉が自身に向けられたものではないことを感じていても、勇者の表情は冴えなかったようである。
その理由は、シラヌイの言葉の中にあったようだ。
「不均衡状態を……保つ……?」
「はい。つまり……本来なら接点の無いはずの人同士を、憎しみ合うように仕向けるということです。魔族と人との領域を隔てる灼熱の『大河』がある以上、本来なら2者が、いがみ合ったり、憎しみ合うなんて、そう簡単には起こり得ないし、できないはずではないですか。それとも勇者様は、何も知らない見ず知らずの他人を、想像だけで恨もうと思いますか?」
「……いえ、そのようなことはしません。つまり……噂が独り歩きしている……いえ、独り歩きするように仕向けられていると?一体、何のためにそんなことを……」
「……戦争による経済発展、政府への不満の捌け口、他国への見栄……。国家を運営する上では、多くの利点が考えられます。とは言っても、おそらく、色々な思惑があると思いますので、一概には目的を説明できないと思いますけど……」
「……そんなものに……私は利用されていたのですか……?」
魔族であるシラヌイのその言葉を聞いて、心底残念そうな表情を見せる勇者。
もしもこれが、故郷の国教会なら、『そんな魔族の言葉など聞いてはいけません!』と言われるのだろうと想像しながら、彼は自国の王に対して、細めた視線を向けた。
するとエンデルシア国王は、苦々しい表情を浮かべながら、絞り出すように、こう口にする。
「違う……。違うのだ……」
「何が違うと言うのですか……陛下。一体、私は……勇者とは、何者なのですか?!」
勇者はまるで助けを乞うような悲痛な面持ちで、エンデルシア国王へと問いかけるのだが……。
残念ながら、国王はそれ以上、『勇者』に関して話そうとはしなかった。
その際、彼が、とても悔しそうな表情を浮かべているところを見ると、どうやら『勇者』という存在については、簡単には説明できない、複雑な事情がありそうである。
あー、もう、ネタを考えるのが大変だったのじゃ。
何故、エンデルシア国王が黙り込んでしまったのか、これまでの話とつながるように、勇者という存在について、その背景を考えてみたのじゃ?
まだ、表面しか出ておらぬが……この8章では、このあたりを基軸に語っていこうと思うのじゃ?
……忘れる可能性も否定はできぬがの。
まぁ、9章のつながりもある故、忘れるわけにはいかぬかのう……。
そんなわけで、ネタを考えるのが大変すぎて、話のストックが0になってしまったのじゃ。
別にサボっておったわけではないのじゃが、背景をじっくり考えようとすると、どうしても時間がかかってしまうからのう。
じゃから、今日もあとがきは軽くで終わらせてもらうのじゃ。
来週、再来週、その次の週と、地獄のような日々が始まるじゃろうからのう……。
もうだめかもしれぬ……。




