8.0-05 国産飛行艇5
それから、飛竜が何者なのかを、彼女の師匠的な立場にあったイブが、ヌルへと説明して、
「まさか、お前があの時のドラゴンだったとは……」
「うむ。我も、鏡の向こう側に映る自分の姿が、未だに自分だと信じられないことがあるくらいだ」
ヌルと飛竜のわだかまりは、すっかり解消された(?)ようである。
その後で飛竜は、部屋の中にあった鏡へと、自身の姿を確認するためか視線を向けるのだが、その際、彼女は何を見たのか、急にハッとしたような表情を浮かべると、ヌルに対して問いかけた。
「そ、そうだ。すっかり忘れるところであった。ヌル殿は、なにやら赤い玉を食べておられるとか?」
と、ヌルに対して、何やら期待が込められていそうな視線を向ける飛竜。
するとヌルも、満腹だったことを思い出したように、再び腹部をさすりながら、飛竜の言葉に返答した。
「あぁ。ワルツ様曰く、紅玉がこの城の中にあると、色々と厄介なことが起こるらしい。そこで、かのお方は、紅玉が見える私に、掃除を申し付けられたのだ(美味いには美味いですが……もうお腹いっぱいです……)」
そんな表と裏の顔が180度近く異なるヌルの話を聞いて、
「た、助かった……」
と口しながら、少量のブレスを漏らしつつ、大きなため息を吐く飛竜。
するとその様子を見ていたイブが、飛竜に対して問いかけた。
「もしかして、ドラゴンちゃんが夜に怖い思いをしてる、って言ってたのって、あの赤い珠が原因かもなの?」
自分もかつて、アルクの村で、割れた後の赤い珠を見かけたことがあったためか、一般人には見えないはずの紅玉について、『あの赤い珠』という表現を使って言及するイブ。
その際、ヌルが驚いたような表情を浮かべていたのは、一般人には見えないはずの紅玉が、イブには見えている、と誤解したためだろうか。
「う、うむ。巨体を持つ我が、あの赤い珠ごときに恐れを抱くというもの恥ずかしい話なのだが……主殿が言う通り、我はあの赤い珠が怖くて仕方がないのだ。……想像してみて欲しい。夜中、闇包まれた部屋の中で、薄っすらと浮かぶ無数の赤い物体……。なんというか、睨まれているような……監視されているような……そんな気がして来ぬか?」
「カリーナ……」
「ドラゴンちゃん……」
「…………(見えているなら、クローゼットや箱の中に仕舞い込んでおけばいいのに……)」
身体を両手で抱えて、身を震わせ始めた飛竜に対し、同情するような表情を浮かべる2人と、呆れたような表情を浮かべる1人。
やはり、飛竜とヌルは、相容れない関係にあるのかもしれない……。
だが、そんな魔王の様子に気付いていないのか、飛竜は表情を変えること無く、今まで通りに口を開いた。
「それ故、ヌル殿には、我の部屋の中にある紅玉も、ぜひ片付けてほしいのだ」
と、ヌルに対して懇願する、少女の姿の飛竜。
すると、腹部をさすっていたヌルが、返答を口にした。
「残念だが……無理だ」
「な、何故だ?!」
「知っての通り……今、私は、食べたものを戻してしまいそうなほどに、満腹なのだ」
「ぐぬぅ……。そ、そうであった……」
見た目からして、満腹そうだったヌルに対して、無理矢理に食べさせるわけにもいかず、飛竜は心底残念そうな表情を浮かべるしかなかったようだ。
そんな折、2人の会話を聞いていたアトラスが、おもむろに問いかけた。
「なぁ、ヌル。その紅玉とやらは、俺達には食べることは出来ないのか?手分けして片付ければ、ずっと早く終わると思うんだが……」
その瞬間、
「い、いえ!アトラス様のお手を煩わせるようなことは……」
と、急に態度を変えて、遠慮の態度を見せるヌル。
その直後、彼女の上司に当たるメイド長(?)であるイブも、続けて問いかけた。
「ドラゴンちゃんの日々の生活がかかってるから、遠慮しなくてもいいかもだよ?ヌル様」
「え、えっと……」
2人からの協力の打診を受けたヌルは……しかし、誰かと協力するわけはいかなかったようである。
「(こ、このままでは、独り占めするつもりだった紅玉が減ってしま……あ、そうでした)」
そして、何かを思い出したヌルは、落ち着きを取り戻すと、目の前の3人に対してこう言った。
「……紅玉は誰でも食べられるものではないのです。魔王か……あるいは、その素質を持った者でなければ、コレはまるでガラスのように振る舞い、決して食べられる代物ではありません」
と、手元に見えない紅玉があったのか、何かを掴むような仕草を見せるヌル。
すると……
「そうなんだ……。それなら仕方ないかもだね……」
「確かに、我が掴んだ時は、ガラスのように砕け散ってしまったな……(たとえ柔らかくとも、食べようとは思わんが……)」
「そうだな。ならヌルに任せるしか無いか……(別に、今すぐ食べずに冷蔵庫にでも入れておいて、後で食べたっていいと思うんだが……。きっとヌルには、ヌルなりの考えがあるんだろうな……)」
3人とも残念そうな表情を浮かべて、無理に協力することは諦めたようである。
その様子を見て、
「…………(ふぅ……。一時はどうなることかと思いました……)」
と、申し訳無さそうな顔色を見せながらも、内心では安心していたヌル。
それから彼女は部屋の中を見回してから、3人に対し、
「この部屋にも、紅玉があることを確認しました。流石に今すぐに食べるというのは難しいので、明日辺り、また来ようと思います」
そう口にしてから、王城の持ち場へ戻るためか、入り口の方へと歩いていった。
するとイブもその後ろを追いかけるようにして、
「じゃぁ、イブも一緒に帰るねー」
飛竜とアトラスに手を振りながら、後ろを向いて歩き始めるのだが……。
その際、彼女は、不意に躓くようにして、
「……ふがっ?!」
ドテンッ!
と、何もないところで転んでしまう。
その姿を見て、
「い、イブ?!大丈夫か!」
「め、メイド長?!(ドジメイド属性ですか……さすがメイド長!)」
「……?!」
それぞれに、驚いた表情を浮かべる3人。
ただし、飛竜だけは、少しだけ驚きの意味合いが異なっていたようだが。
対してイブの受難は、まだ終わっていなかったようである。
「も、もがっ……」
彼女はそんな苦しそうな声を上げて……
ゴクリ……
と、何かを飲み込むように、喉を鳴らしたのである。
そんなイブに最初に駆け寄って、介抱しようとしたのは、一部始終を見ていた飛竜であった。
「あ、主殿!?いま、転んだ拍子に、赤い珠を飲み込んでいたようだが……大丈夫か?!」
その言葉を聞いて、ようやく気付いたのか、
『……?!』
と、驚愕の表情を浮かべるヌルとアトラス。
アトラスは純粋に心配していたようだが、ヌルの方は……色々と複雑な心境だったようだ。
一方、転んで何かを飲み込んだイブに、大きなケガや問題は無かったようである。
だが、起き上がった彼女は、ヌルの心境を、更に複雑にしてしまうような言葉を口にした。
「おぇ〜……。なに、あの、ニュルッとした気持ち悪い食感……。苦しいし、美味しくないし……もう二度と食べたくないかも……って、あんな気持ちの悪いものを食べて、イブの身体、大丈夫かな……」
「…………(お、美味しくないって……じゃなくて、紅玉を食べられるのですか?!)」
イブの発言に対して、ヌルは何も口に出すことは無かったが、内心では驚いていたためか、再び眼を丸くしたその瞳を、自身にとってはまさに赤子同然とも言えるような年齢の少女へと向けていたようだ。
その後で、イブの兄役であるアトラスと、師弟関係にある飛竜が、得体のしれないものを食べたイブのことを心配するように、口を開く。
「イブ。念のため、カタリナ姉の所に行くぞ?」
「アトラス殿に賛成だ。今すぐ、カタリナ様のところへ行こう」
……しかし、イブとしては、どうしてもカタリナの部屋へは行きたくなかったらしい。
「い、行きたくないかもだし……!(お腹の中に入ったものを取り出すとか……もう、何されるか分かんないかもじゃん?!)」
彼女はそんな言葉と共に、全力で遠慮の態度を示すのだが……
ガシッ!
「?!」
「ほら、行くぞ?」
「うむ。主殿が行かぬと言うなら、無理やり連れて行くまでだ」
アトラスと飛竜に両腕を押さえられてしまい、イブは強制的に、カタリナ送りになってしまったようである。
その後で、一人部屋の中に取り残されたヌルは、
「あの子……一体、何者なのでしょう……」
どんなに考えても、答えが見つかるわけのない問題について、頭を悩ませていたようだ。
なお、言うまでもないことだが、イブはイブである。
……思ったのじゃ。
ストックに対してあとがきを書くというのは、中々に大変なものであると……。
というのも、ストックの話を考えておった時に、何を考えておったのか思い出せないから書きにくい……というわけではないのじゃぞ?
この話を書き終わった後で、さらなるストックを書き溜める(明日の話を書く)という作業が残っておる故、あとがきにそれほど時間が掛けられぬようになってしまったことが問題なのじゃ。
これまで、ストック0でやってきた頃は、話を書き終わると、後は寝るだけじゃったから、駄文を延々と垂れ流しに出来たのじゃがのう……。
ストックを貯めることによる弊害が、色々と明らかになっていくのじゃ……。
もうこの際、話とは関係なく、寝る前にあとがきを書くようにすべきかのう……。
……え?それ、あとがきとは言わぬ?
う、うむ……。
何か……いい方法を考えねばならぬのう。




