8.0-04 国産飛行艇4
「何やってるんだろう、ヌル様……」
「さぁ?雰囲気からすると、食い倒れって感じだけどな……」
「あ、あの……我の話は?」
突然現れて、急に地面へと突っ伏してしまったヌルを前に、三者三様で首を傾げるイブ、アトラス、それに飛竜。
そんな3人の中で、最初にヌルへと近寄って、そして声を掛けたのは……やはり、この国を代表する騎士であるアトラスであった。
「おい、ヌル?大丈夫か?」
と、500歳を越える魔王の肩を揺すりながら、その年齢の差を気にした様子無く、いつも通りに問いかけるアトラス。
すると、満腹のあまり地面へと崩れたものの、死んだわけではなかったヌルが、胃下垂のためか、膨れてしまっていたお腹を擦りながら、上体を起こした。
「は、はい……アトラス様。あなたは……あなただけは、私に優しいのですね……」
アトラスの妹であるコルテックスや、姉のテンポと対比したためか、それとも何か別に特別な理由でもあったのか……。
ヌルはアトラスの顔を見て、何故か顔を赤らめると、襟元を正し始めた。
その様子を見て、
「なんだろう……。何か嫌な予感がするんだが……」
「……奇遇だね。アトラス様」
とそれぞれに声を上げるアトラスとイブ。
しかし、幸いなことに、空気を読んだコルテックスが急に押しかけて、いきなりアトラス争奪戦を開催する、というような、いつも通りの面倒な展開にはならなかったようである。
なお、部屋の中に何か恐ろしいものがあると口にしていた飛竜だけは、そんな最悪な展開について頭が回っていなかったのか、一人だけ置いてけぼりになっていたようだ。
そんな中、ヌルから何やら熱い視線を向けられていたアトラスは、有耶無耶にしたいことでもあったのか、誤魔化すよう彼女に対して問いかける。
「それで、どうしたんだ?ヌル。なんでこんな所で食い倒れたんだ?っていうか、何食べたんだ?」
するとヌルは、ハッ、とした表情を浮かべると、思い出したように胸の下あたりをさすりながら、アトラスへと返答した。
「ワルツ様に……命じられたのです。この建物の中にある紅玉を『すべて食べつくせ』、と」
その言葉に反応したのは、アトラス……ではなく、飛竜であった。
「なんと?!かの赤い玉を掃除なされておったのか!」
と、驚き半分、嬉しさ半分の様子で声を上げる飛竜。
そんな彼女に対してヌルは……
「あぁ、その通りだ。ところで……馴れ馴れしく話しかけてくるお前は、一体誰だ?」
アトラスやその他のものに向けるモノとは違い、話し方と雰囲気を変えて、まるで相手を見下すかのような口調で、問いかけた。
どうやらヌルは、今日まで飛竜と直接のつながりが無かったために、人の姿に変身した彼女が誰なのか、解らなかったようである。
というのもヌルは、工房に自由に出入りできるものの、住まいは王城の外にある上、所属も王城のメイドだったために、工房では人の姿を、そしてそれ以外では本来のドラゴンの姿をしている飛竜の、後者半分の姿しか知らなかったのだ。
まぁ、普段の鱗だらけの巨大な身体とは違い、柔らかそうな白い肌を持っている今の少女の姿では、両者が同一人物であることが連想できるようなつながりは、尻尾と頭から生えている小さな角くらいなものなので、気づけ無くても仕方はないだろう。
ちなみに。
ワルツが、ヌルの工房への出入りを許可したものの、住むことまでは許可しなかったのは、魔王たる彼女に、余計な情報を漏らして、ただでさえ崩れそうになっている世界の均衡を、これ以上崩したくなかったから、という理由があったためであった。
とは言え、ヌルの妹であるユキが、カタリナの下で医療の知識を学んでいる上、自由に工房へと出入りできるので、あまり意味は無いようであったが。
それでも何もしないよりはマシ……文字通り、気休め程度に遠ざけておこう、とワルツは考えていたようである。
あるいはヌル自身が、外で生活したい、と言っていたことも、その一因と言えるだろう。
それはさておいて。
ヌルに誰何を問われた飛竜は、不思議そうに首を傾げながら、返答した。
「何を言っているのだ?ヌル殿。我はカリーナだ」
「カリーナ……?そのような名は聞いたことが無いが……」
と、最近明らかになった飛竜の名前を、会話するタイミングがほとんどなかったために、知らなかった様子のヌル。
だが、そのことをすっかり忘れていた飛竜の方は、異なる解釈をしていたようだ。
「ふむ……。つまり、ヌル殿は、我のことを忘れてしまった、と申すのだな?」
「いや、最初からお前のことなど、私は知らん!」
そしてなぜか……
バチバチッ!
と視線の火花を散らす飛竜とヌル。
世の中には『犬猿の仲』という言葉が存在するわけだが、どうやらその言葉は、飛竜とヌルの関係を言い表すために存在している言葉のようだ。
その様子を見て、頭を抱えながら介入したのは……
「はぁ……まったく。ヌル様もドラゴンちゃんも、そんな短気になったらダメかもなんだからね?」
ヌルに比べて、1/62程度の年齢でしかない、メイド姿のイブだった。
しかし、そんな彼女の言葉を、500歳を越える魔王が聞くはずも無く、
「私は今、こやつと話しているのだ。童は黙っておれ!」
と、当然と言えるような言葉を投げつけるのだが……。
その直後、
「まったく、最近の若い者は…………?!」
そう口にした後で、イブに対するヌルの表情が一変した。
そんな彼女が、眼をまんまるにして凝視していたのは……イブのメイド服の胸元についていた小さな金色のバッチだったようだ。
それからヌルは、どういうわけか、自身の年齢から比べれば赤子にも等しいはずのイブの前に、急いで跪くと、こう言ったのである。
「し、失礼な言葉遣い、申し訳ありません!メイド長!」
そして深々と頭を垂れるヌル。
「いや、その反応はおかしいだろ……」
「ふむ。さすがは主様だ」
その様子を見ていたアトラスと飛竜は、頭を傾げたり、納得げな表情を浮かべたり、と真逆の反応を見せていたようだ。
一方、イブの方は、頭を下げてきたヌルに対して、極めて不機嫌そうな表情を浮かべると、いつも通りの言葉を口にした。
「だから、言ってるじゃん!メイドじゃないって……」
するとヌルの方も、跪いたままで、口を開く。
「はい。承知しております。普通のメイドなど矮小な存在ではなく、ミッドエデン国家を代表するメイド長さまであると……」
「全然、分かってないかもじゃん……」
『長』という文字が付けば、メイドではないと思っているらしいヌルに対して、膨らませた頬を真っ赤にしながら抗議する、癖毛が特徴的なメイドのイブ。
いや、彼女たちのやり取りを加味して表現するなら、メイドなどではなく、限りなくメイドに近い何か、と言うべきか。
そんなイブに対して、彼女の兄役であったアトラスが、呆れたような表情を浮かべつつ、問いかけた。
「イブ。お前、いつの間に、メイド長なんかになってたんだよ……」
「この前、コルテックス様たちと戦って勝っちゃった時に、コルテックス様がくれたんだよね……このバッチ。肩書なんて単なる飾りですから〜、って。すっごく要らないかもなんだけど……」
「……そうか(そりゃ、メイド長にもなれるだろうな……)」
「…………?!(コルテックス様に勝った、だと?!)」
「あの時は我も負けたのだったな……」
「ほんと、メイド呼ばわりするの、やめてほしいかもなんだけど?ただ単に、メイドっぽい服を来て、王城中の掃除したり、みんなの分のお洗濯したり、狩人さんと代わりばんこでお料理作ったりしてるだけなのに……(証拠隠滅もかねてね……)」
『…………』
嫌なことを思い出したためか、立腹してしまったイブに対し、なんと返答していいものか、と言葉を失ってしまった様子の3人。
たとえ彼女が、メイドではない、と抗議の声を上げても、傍から見る限りはどう考えてもメイドにしか見えなかったことも相まって、3人の頭は余計に重くなってしまったようである。
……うむ。
今日はコルの真似をしながら、あとがきを書いてみようと思うのじゃ?
……愚民ども〜。
妾の前にひれ伏すのじゃ〜。
……あ、あれ?
何か違うような気がするのじゃ……。
そう言えば、前に書いたときも、うまく書けなかったのじゃ。
ちなみに上の文を、実際にコルが言うと、こんな感じなのじゃ?
「愚民ども〜。さっさと税金を収めるのです!さもなくば、挽肉の刑。そう、食肉工場送りにして、エンデルシア国王みたいに、挽肉にしますよ〜?そしてハンバーグにして、ペット(飛竜と水竜)の胃袋送りです!……なのじゃ〜?」
……うむ。
無理なのじゃ。
妾、頑張っても、暴君だけにはなれぬのじゃ……。
しかも、文字通り、取ってつけたような『なのじゃ』。
ねいてぃぶ『なのじゃ』の妾には、決して真似出来ぬのじゃ……。
……はぁ。
あとがきが本当に駄文で終わってしまったのじゃ……。




