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1.2-34 町での出来事25

 ワルツが騎士たちを見つけてからというもの、黙々と丘を歩く一行。そんな中でカタリナは、一人、難しそうな表情を浮かべていたようだ。


「大丈夫?カタリナ。なんか辛そうな表情を浮かべてるみたいだけど……」


「えっ?いえ……身体の方は大丈夫です。ただ、このペースで歩いて追いつけるのかな、と思いまして……」


「相手は身体強化の魔法で、高速移動しているのに、私たちはゆっくり進んでて、追いつけるはずないじゃない、って?」


「えっと……はい……」


 と、ワルツの問いかけに対して、どこか申し訳なさそうな表情を見せながら頷くカタリナ。

 対して、ワルツは、周囲を見渡し、自分たち以外に誰もいないことを確認すると、こんなことを言い始めた。


「まぁ、確かに、カタリナの言葉も一理あるわね。それじゃぁ……飛ばしましょっか?」


「うん!」


 姉のその言葉を聞いた瞬間、どういうわけか嬉しそうに彼女の腕へとしがみつくルシア。この先、何が起こるのか、どうやら彼女は予想できていたようだ。


 ただ、今日になって初めてワルツたちと共に行動することになったカタリナには、2人が何をしようとしているのか、まるで分からなかったようだ。何しろ、魔法を使って移動する者たちを追いかけるのに、魔法も何も使わずに、体力勝負だけで走って追い付けるわけもなく……。さらに言えば、馬車や馬などの乗り物があるわけでもなかったのである。にも関わらず、どうやって飛ばそうというのか、分からなくて当然と言えるだろう。


 それもそのはず。ワルツのその後の行動は、カタリナの想像を大きく超えたものだったのだから。


ぎゅっ……


「うひゃん?!い、一体何を……」


「ほら、飛ばすって言ったでしょ?」


「と、飛ばすからって、くっつく必要は……」


「あー、ごめん。説明が足りなかったわね。飛ばすっていうのは……こういうことよ?」


「……はい?」


 突然、ワルツが、カタリナの腰に手を回して、自身よりも背の高い彼女のことを抱え上げた、その瞬間——


フワッ……


——彼女たちの身体を浮遊感が包み込んで、その足が地面から離れたのだ。


「?!」


「一瞬、落ちるような感覚があるかもしれないけど、奇声を上げちゃダメよ?周りに冒険者とかがいて、飛んでるところ気づかれたくないし……」


「と、飛んでる……?!」


「うん!お姉ちゃん、空、飛べるからねー」


「貴女も早くルシアのことを見習って、飛行に慣れた方がいいわよ?多分、この先、飛びまくることになると思うから」


「す、すごい……」


 3人が会話をしている間も、真下を猛烈な速度で後ろへと流れていく景色。

 風に流れる草原、走り回る魔物、太陽の光を反射する小川……。

 そのすべてが、カタリナにとっては初めて見る光景だったらしく、彼女は言葉を失って、目の前に広がる世界の姿に見入っていたようだ。


 ただそれも、ごく短い時間のこと。騎士たちまであと300m程度の距離まで近づいたワルツたちは、そこにあった丘の陰に着陸すると……。そこから騎士たちの様子を眺めることにしたようである。どうやら騎士たちは、すでに足を止めており、そこで何かをするつもりだったらしい。


「(ほら!カタリナもルシアも伏せて!見つかっちゃうわよ?)」


「(う、うん!)」ズサッ


「(わ、分かりました……)」サッ


 まだ飛行の余韻が抜け切れていなかったのか、着陸したその場でふらふらとしていた様子の2人。そんな彼女たちも、ワルツの言葉を受けてからすぐ、先に伏せていたワルツと同じように、地面へと腹ばいになったようである。

 ただまぁ、気分までは、そう簡単には切り替えることができなかったらしく……。カタリナは、ワルツに対して、キラキラとした視線を向けながら質問した。


「(さっきの”魔法”は……もしや、太古の昔に失われたという重力を操る魔法ですか?)」


「(へぇ……そんなのがあったんだ……)」


「(えっ……違うのですか?)」


「(お姉ちゃんの魔法はねぇ……かがく?)」


「(……うん。まぁ、大体そんな感じ。科学って言葉で表現するのが一番手っ取り早いと思うわね……)」


 詳しく説明できないわけではなかったものの、それを話しても2人が納得するとは思えなかったのか、ワルツは苦笑して原理を誤魔化すことにしたようである。まさか、科学の”か”の字も知らない異世界人に、量子力学の話をするわけにもいかないのだから。


 それから、3人は、気分を切り替えて、丘の下の方——より詳しく言うなら、少し大きめの森と草原の境あたりに陣取っていた騎士たちの行動を観察することにしたようだ。


「(……何やってるのかしら?)」


「「(さぁ?)」」


 まだ距離があったためか、ワルツたちからは、騎士たちの姿が、米粒のような姿にしか見えなかった。そのせいで、彼らが一体何をしているのか、普通の人間と同等の視力しか持たないルシアにもカタリナにも、分からなかったらしい。

 ただ、ある程度、戦闘に対する知識があったカタリナには、一人一人の行動は見えないとはいえ、その陣形から、彼らが何をしようとしているのかについては、おおよその見当が付いたようだ。


「(……全員で何かと戦おうとしているみたいですね)」


「(模擬戦とかじゃ無くて?)」


「(えぇ……。森に何かが潜んでいるって雰囲気ですが……ここからじゃ、何と戦おうとしているかまでは分かりません……)」


「(まぁ……狩人さんがいるってことは、やっぱり……ドラゴンじゃない?)」


「(ドラゴン……いえ。彼らはあんな小さな森で身を隠せるほど小さくないので、それは無いと思います)」


「(……どんだけ大きいのよ……ドラゴン……)」


 と、大きな爬虫類の代表とも言える今は無き恐竜たちの姿を思い浮かべながら、森から何が出てくるのか、どこかワクワクとした様子で待つワルツ。


 ……しかし、彼女の期待は、次の瞬間、裏切られることになる。


「(身構えたようですね……。森から何か出てきたみたいです)」


「(…………いやー……)」


「(……?何かあったのですか?ワルツさん)」


「(何かあったって言うか……あんなのと、騎士たちが戦うっていうの?ちょっとどうかと思うわね……)」


「「(…………?)」」


 ワルツは何を見たというのか……。心底、残念そうな表情を浮かべていた彼女の様子を見る限り、少なくとも身体の大きなドラゴンではなかったようである。さらに言えば、3つの首が生えた犬でも、ライオンの顔を持った鳥でもなかったようだ。


——ちゅう


「(……何十人がかりでネズミと戦うつもりよ……)」


 機動装甲に搭載された超望遠レンズ越しに浮かび上がってきたのは、灰色の小さな動物の姿。


 そう。たった1匹のネズミだったのである。

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