8.0-03 国産飛行艇3
カタリナの体細胞から作られたテンポという名のホムンクルス。
彼女のことを正しく表現するなら、もしかするとアンドロイドと言ったほうが的確かもしれない。
そんな魔法・錬金術の領域にも、そして科学の領域にも属さない彼女は、ワルツとルシアとカタリナが造った初めての人造人間でありながら……ある意味で、最高傑作とも言える存在であった。
一目見れば、10人の男たちが、10人とも振り向いてしまうほどの美貌……。
コルテックスにも、ストレラにも無い……テンポだけが持つ特徴である。
ただし、それ故か、真っ赤な薔薇のように、その内側には棘が隠されていたようだが。
「……もしかして、お二方は、ポテンティアを部屋に連れ込んで……誑かそうとしていたのではないですか?」
……要するに、その性格が、まるで棘の付いた蔓のように、ねじ曲がっていたのだ(ワルツ談)。
「い、いや、そんなことは無いですわよ!」
「おう、ビクトールの言う通り、誤解だぜ?」
テンポに絡まれるとどうなるのか、分かっていたためか、必死なって弁明しようとする剣士とブレーズ。
事実を言うなら、ポテンティアは、姉のエネルギアについて回っていただけで、剣士とブレーズに用は無かったのだが……。
それをテンポが素直に納得するわけもなく……
「そうですか……。では、出る所に出て、それを証言してもらいましょう。コルテックス辺りは、今日も暇だと思うので、彼女に裁判官を務めてもらうことにします」
悪乗りする癖のある妹を、裁判官に据えるという、誰も得しない弁明の場で、彼女は2人の話を聞くことにしたようである。
すると当然のごとく、
「そ、そんな……」
「ちょっと待ってくれよ、テンポさんよぉ……」
と困ったような表情を浮かべる男たち2人。
普段のテンポなら、一方的に相手を引きずり回して、疲弊させて……そしてトドメを刺す、というのがパターンになっていることを、今まさに、彼らは思い出しているようだ。
だが、今日に限り、どうやらテンポの考えは、少しだけ柔軟性を持っていたようである。
それは、相手が仲間内であることを加味したためか、それとも他に何か特別な理由でもあったからなのか……。
いずれにしても彼女は、騒ぎを大きくする前に、男たちに対してチャンスを与えることにしたようである。
「……分かりました。では、2人とも、ポテンティアや……それにエネルギアちゃんの精神的な成長に際して、自分たちの存在がマイナスの影響にはならないという証明をしてください」
その瞬間、
「しょ、証明……?」
「俺たちが嬢ちゃんたちのマイナスにならねぇっつう証明だぁ?」
と口にしつつ、腕を組みながら考え込んでしまう剣士とブレーズ。
その間、テンポがじっと待っていたのは、それもまた、彼らに対するサービスの意味を含んでいたためか……。
そんなテンポに対し、最初に口を開いたのは、彼女との付き合いが比較的長い剣士の方であった。
「わ、わたくしがポテンティアちゃんにしてあげられることは、見守ることしかできませんけれど……エネルギアには立派な大人になってもらいたいと、色々稽古を学ばせていますわよ?」
と、何とか言い訳を言おうと、最近、エネルギアと共に始めた剣の稽古の話を、その例として挙げようとする剣士。
すると、その言葉を聞く前に、テンポは右手の平を剣士に見せると……
「いえ、もう結構です。あなたの場合は、まずその喋り方からして、どうかと思いますので、あとは異端審問官に任せるとしましょう」
即、結論を言い渡した。
「えっ、ちょっ……」
『いたんしんもんかん?』
「はい。変な人を裁いて、矯正してくれる人ですよ?(主に、魂ごとですが……)」
言葉を失った剣士の代わりに、問いかけてきたエネルギアに対して返答するテンポ。
それを聞いたエネルギアは、剣士に対して危害が及ぶとなると、常に彼の味方になっていたというのに、今日に限っては、テンポの言葉に反対することは無かったようである。
『実は僕も考えてたんだー。ビクトールさん、このままの喋り方だと、なんか嫌だなーって。それを直してくれるって言うなら……仕方ないよね?ビクトールさんのためだもんね?』
「ちょっ、ちょっと待って下さならない?!今すぐに話し方を直しますですわ……!って、直らない……直らないですわ?!」
そして地面に膝を付き、項垂れてしまった様子の剣士。
やはり、一旦染み付いてしまった癖(?)は、すぐには抜けなかったようである……。
その後で、そんな友の戦死(?)を見送ったブレーズが、いつも通りに自信満々な様子で、口を開いた。
「俺は友人のビクトールの部屋に、偶然に来てただけなんだよ。今回は、巻き込まれた、って言ってもいいかも知れねぇ。テンポさんは、そんな一般人のことを、見逃さねぇってわけかい?」
と、尤もらしい事情を口にするブレーズ。
そんな彼に対して……この部屋にやってきた理由が、実は剣士を撃沈させることなどではなかったテンポが、本来の目的を達成すべく話し始めた。
「なるほど……。確かにそうかもしれません。これは失礼しました。では、ブレーズ様は、お帰りになっても構いませんよ?」
「そうか……それはすまねぇな。じゃぁ、ビクトール?頑張れよ?」
ブレーズはそう言うと、真っ白になっていた戦友をその場に放置して、逃げようとした……そんな時。
テンポが、ニッコリと無表情を浮かべて、おもむろに口を開く。
「あぁ、そう言えば、テレサ様やあなた方がお作りになった飛行艇ですが……早速、魂のようなものが宿ったらしいですよ?今回は、エネルギアちゃんのような、少女の姿のマイクロマシン集合体のようですね」
その瞬間、
「ま、マジか?!よっしゃぁっ!今日は酒盛りでぇ!」
と、嬉しそうな声を上げるブレーズ。
それと同時に、彼のリアル異端審問官送りが決定したようだ。
……むしろ、衛兵送りと言うべきか。
「冗談です」
「…………えっ?」
ブレーズが、冗談、と聞いた瞬間に、どのような表情を浮かべていたのか……。
鳩……ならぬ、フクロウが豆鉄砲を食らったような顔、と表現すれば分かってもらえるだろうか……。
それから剣士とブレーズの2人が、工房の中を、濡衣(?)を着せようとしてくるテンポとエネルギアから逃げるために、必死に走り始めた頃……。
「よーし、よーし!」ワシワシ
「もがぁぁぁぁ!!」イラッ
「くぅ〜ん……」ブンブン
と、いつも通りのスキンシップ(?)をしていたアトラス他2名の姿が、最近頻繁に壊れてしまう飛竜の部屋の中にあった。
アトラスが作業着を身に着けていて、様々な工具を腰からぶら下げているところを見ると、どうやら彼は、ちょうど飛竜の部屋の修理を終えたところのようだ。
他2名……すなわち、イブと飛竜の姿がここにあるのは、おそらく飛竜の部屋に、イブが遊びにきていたから、ということなのだろう。
「……カリーナ。これで修理は完了だ。これからは、できるだけ壊さないように、大事に使ってくれよ?」
「う、うむ。面目ない……。しかし……我にはまったく記憶が無いのだが……」
「ドラゴンちゃん。世の中、そーゆーものかもだよ?イブも、大抵の場合、記憶ないかもだし……」
と、自分のおねしょと、飛竜の夜鳴き(?)を同一視している様子のイブ。
アトラスは、そんな彼女の発言を聞いて、しかし余計な事は何も言わずにただ苦笑だけを浮かべると、それから周囲にある材料や道具を片付けながら、元気の無さそうな飛竜に向かって、質問を投げかけた。
「なぁ、カリーナ?もしかして……お前、夜が怖かったりするのか?」
どうやら彼は、環境の変化についていけなくて夜泣きする子どもと、年齢不詳の飛竜が、重なって見えたらしい。
すると、飛竜は、首を小さく振りながら、残念そうに返答する。
「そんなことはない……はずだ。これまでだって、我は一人で生活してきたのだ。いまさら、怖かったり、怖かったり……」
「……?」
「……?どうしたの?ドラゴンちゃん?」
「……やっぱり怖いのだ」ぷるぷる
最初は否定するかのように見えたものの、やはり何か怖いものがあった様子の飛竜。
それから、顔を青くしながら、周囲を見渡し始めた彼女に対し、アトラスは再び質問した。
「何が怖いんだ?」
「う、うむ……。それが……」
そして彼女がそう言い淀んでから、何かを口にしようとした瞬間である。
コンコンコン……ガション!
直したばかりの飛竜の部屋の扉が、急に開いて、来客がやってきたのだ。
そして、その人物……メイド姿の魔王ヌルは、飛竜の部屋に入るや否や……
「て、テンポ様……この階の紅玉をすべて食べていいって……む、無理です……」ぐふっ
バタリ……
急に倒れて、それっきり動かなくなってしまったようだ。
どうやら、この工事現場で、人身事故(?)が発生したようである……。
あー、大福の食べ過ぎで、お腹が一杯、頭もいっぱいなのじゃ……。
最近、イブ嬢が、煎餅だけでなく、大福にも目覚めてしまったせいで、妾たちも付き合って食べてしまったのじゃ……。
まぁ、美味しかったがの。
さて。
そんな、小学生の日記みたいな話は、空になったビニール袋の中にでも置いておいて。
何を書くのかというと……何も書くことが無いのじゃ……。
ストックをためて書くようにすると、リアルタイムで何を考えておったのかを忘れてしまうのじゃ。
まさか、そんな問題が発生するとは思わなかったのじゃ。
前にストックがあった頃は……あとがきを書いておらんかったからのう。
まぁ、書くことなんぞ、駄文しか無い故、大した問題ではないのじゃがの?
それでも、何を考えておったかくらいは……今度からメモに書き留めておこうかのう……。




