8.0-02 国産飛行艇2
そんなテレサの言葉にいち早く反応したのは、事情を大体把握していたワルツでも、歩く溶鉱炉の異名(?)を持つルシアでもなく……その言葉を傍から聞いていたユキと勇者だった。
「それは本当ですか?!」
「遂にエンデルシア以外の国が、飛行艇技術を会得したのですね……」
と驚きの表情を浮かべるユキと、感慨深げな表情を浮かべるメイド勇者。
ミッドエデンには既に、2隻の巨大な空中戦艦がいるわけだが、それらは飽くまでもワルツ中心になって造った(?)ものなので、正確にはミッドエデン国家の所有物ではない、というのが、2人の見解であった。
だが今回、テレサが完成したと宣言した飛行艇は、ワルツやホムンクルスたちから、知識や助言以外の補助を受けない、人の力だけで作り上げたものだったので、飛行艇技術を持っていない国であるボレアス帝国の元トップと、飛行艇技術がどれだけ複雑なものなのか知っていた飛行艇大国エンデルシアの(元)勇者は、純粋に驚いてしまったようである。
そんな2人に対して、テレサは緩んでいた自身の顔を一旦引き締めると、真面目な表情を浮かべながら、こう口した。
「まだ完全には完成したわけではないのじゃ?組み上げられたそれぞれのパーツは、正常に動作しておることを確認しておるが、飛行艇たるもの、空に浮かばなくては、ガラクタ同然なのじゃ。それに……妾たちが造った飛行艇は、エンデルシアの飛行艇のように、安定的に空中に漂うタイプのものではない故、これからも多くの問題を解決していかなくてはならないのじゃ。そう言う意味では、今回完成した飛行艇……いや航空機は、まだ実験段階の領域を出ておらぬ、と言えるじゃろうのう……」
その言葉を聞いて、今度はユキが問いかける。
「では……まだ飛べないのですか?」
「初飛行をしておらぬ、と言う意味では、そう言っても間違いではないかも知れぬのじゃ。じゃが、組み上げ工程はすべて完了しておるのじゃ。あと残すは……初めてのテスト飛行と、調整用のテスト飛行と、長距離のテスト飛行が必要なのじゃ?」
「つ、つまり、テスト飛行が必要というわけですね……」
「うむ」
と納得げに頷くテレサ。
そんな彼女に対して、今度はワルツが問いかけた。
「じゃぁ、何?次回、ボレアスに物資を届ける際、一緒に行く、って言ったのは、その長距離飛行のテストをするためってこと?」
「うむ……。多分、そうなるじゃろうのう。できればそれまでにすべてのテストを終えて、完璧な状態で飛んでいきたいところじゃが……それは難しいじゃろうからのう。じゃから、恐らくはテストの一環として、ボレアス-ミッドエデン間を飛行することになるかのう」
「随分と長い距離だと思うけど……大丈夫かしらね?(それテスト飛行って言わないと思うんだけど……)」
と、直線距離でも2千キロ近くに及ぶ、ミッドエデン-ボレアス間の距離を考えて、首を傾げてしまうワルツ。
一方、テレサの方は、至って楽観的だったようだ。
「ダメじゃったら……その時は、きっと、ルシア嬢がどうにかしてくれるのじゃ!」
ただし、ルシアの方も同じ考え方、というわけではなかったようだが……。
「うん。面倒くさい」
「即答!?ひ、酷いのじゃ……。せめて墜落しそうになったときくらい、助けてくれても良いではないか……」
「だってこの前、テンポに脱出装置の実験をしてもらってたじゃん。それ使って、逃げればいいんじゃない?(あ、そういえばあの時、椅子ごと爆発してたね……)」
「う、うむ……」
そして微妙そうな表情を浮かべるテレサ。
どうやら彼女としては、あまり脱出装置を使いたくなかったようだ。
それからもルシアとテレサの不毛なやり取りが続くのだが……。
その様子を傍から静かに見たワルツとユキ、それにメイド勇者の3人が、
「(やっぱり仲いいじゃない……)」
「(ボクもこんな姉妹が欲しかったです……)」
「(2人が……仲間でよかったですね……)」
と、それぞれにそんなことを思い浮かべながら、優しげな笑みを浮かべていたことには、ルシアもテレサも気づかなかったようである。
彼女たちがそんな不毛なやり取り(?)をしていた頃、工房内にあった剣士の部屋の中には……カオスな光景が広がっていた。
「はぁ……そうか。男か……いや。なんとかなるか?」
「……あなた、何を言ってるのです?」
と会話していたのは、母のエルメスに似た茶色い翼が特徴的なブレーズと、普段通り格好ではあったが、喋り方が元に戻らなくなってしまった剣士である。
サウスフォートレスから王都へと戻ってきてから、1日が経過したわけだが、どうやら狩人の令嬢修行は、勇者だけでなく、剣士に対しても、大きな影響を与えてしまったようだ。
そんな2人が、剣士の部屋の中で雑談をするというのは、決して珍しいことではなかった。
メンバーの中に男性の割合が少なく、その上、年齢も近かったので、2人は腹を割って話せるような、親しい友人関係になっていたのである。
故に、そこには何ら変わったことはない、と言えるだろう。
では、一体、何がカオスだというのか……。
それは部屋の中に居た、彼ら以外の人物に、原因があったようである。
『ねぇねぇ、ビクトールさん?どうこれ?ポテンティアくんの真似ー』カサカサ
『…………』カサカサ
サウスフォートレスから帰ってきてからというもの、新しく出来た弟と共に行動していたエネルギアが、王都では人の姿になれない物体Gと共に、遊んでいたのである。
それも、何やら黒光りをする大量の昆虫の姿を、2人揃ってマイクロマシンで再現しながら……。
「……エネルギア?正直言って……あまり気持ちのいいものではないですわよ?」
『えっ……』
そんな彼女の行動を見て、剣士は思わず頭を抱えてしまったのだが、彼の一言を受けたエネルギアの心にも、グサッとくるものがあったようだ。
大好きな者から向けられたその言葉が、エネルギアにとってどのようなものだったのか……おそらくは、想像を絶するほどのダメージだったに違いない。
一方、剣士の方も、その一言を言えば、彼女が傷ついてしまうことは、分からなかったわけではなかった。
だが、それを差し引いたとしても、彼はどうしても、その言葉を口にしなくてはならなかったらしい。
何故なら、今、彼の部屋の中は、
カサカサカサ……
カサカサカサ……
という凄まじい量の黒い物体によって、覆い尽くされていたからである……。
そんな2人分のマイクロマシンに頭を抱える剣士だったが……一方で彼の友人の方は、あまり気にしてはいなかったようだ。
「エネルギアちゃんと同じくらい可愛いなら、この際、男でも……いや、やっぱり、その一線は越えるわけにはいかねぇ!」
と黒い物体に対して、複雑そうな、あるいは恋しそうな……なんとも言い難い視線を向けるブレーズ。
それから彼は、実際に両手で頭を抱えて、悶絶し始めたのだが……その後のことは、最早、精神疾患以外の何者でもないので、省略することにする。
そんなブレーズの様子にため息を吐いた剣士は、彼から視線を外すと、凍結系の殺虫剤を受けた物体Gのように動きが鈍っているマイクロマシンの群と、未だ活発に活動を続けていたマイクロマシン群に眼を向けて、おもむろに口を開いた。
「エネルギアもポテンティアも、わたくしの部屋の中で遊ぶのは構わないですが、程々しておかないと、隣の人から苦情が入りますわよ?」
と、集合住宅では起こりそうなありきたりな問題を口にする剣士。
しかしここは、ワルツとルシア製の特殊合金で作られている、最先端の技術が詰まった工房の中である。
一般的な生活の音が漏れるわけも、振動が伝わるわけでもなく、その上、隣人は目の前で悶絶している最中なので、彼らに苦情を言ってくる者は、いるはずがなかった。
しかし、実際には、彼らに対して文句を言いたい人物がいたようである。
それは例えるなら、何か理由がなくても、とりあえず人に突っかかっていきたい人物が、少なからずいるとの同じ、と言えるかもしれない……。
ガション!
剣士の部屋の扉が、セキュリティーを無視して勝手に開き、そしてやって来たのは……
「……まったく困ったものです。ポテンティア?付き合う人間は選ぶようにしなければいけませんよ?」
ポテンティアの保護者を自負する、不機嫌そうなテンポであった。
そもそも、ポテンティアとワルツが接触すること自体、あまり気乗りがしていなかったテンポにとっては、どこの馬の骨とも知れない男たちなど、言語道断だったようである。
その瞬間、
「げっ……」
「こ、これはテンポ様?わたくしの部屋に、何かご用でございますか?」
と口にしてから、顔を青くするブレーズと剣士。
一般的には絶世の美女として見られているテンポだったが、どうやら彼ら2人の眼には、違う何かのように映っていたようである……。
家に――――戻ってきたのじゃ。
長い道のりだったのじゃ……。
最寄りの駅から家まで、ものすごく遠いのじゃ?
最寄りとは……一体何なのじゃろう……。
さて。
今日の話じゃが……昨日書いた文じゃから、何を書いたのか、すっかり忘れてしまったのじゃ。
えーと、たしか……ブレーズと剣士が、テンポにイジメられるかもしれない……という話じゃったのう。
いや、イジメられるんじゃがの?
この話は、とある話を展開していくための序章なのじゃ?
書き終わるまで、一体、何ヶ月かかるかのう……。
まぁ、ストックが一定程度溜まったら、ブーストしてみようかのう。
あ、そうそう。
テンポが美女云々という話じゃが、これは酒場の店主などの話でチラホラと出てきておったから、詳しく言うまでもないことじゃろうかのう?
一応、次話で、その辺を簡単に語る予定なのじゃ。
といっても、そんな大それたことではなく、さらっとしか触れぬがのう。
そんなわけで……仮眠をとっておらぬ今の妾は、限界に近いのじゃ。
じゃから、今すぐ枕へと、
ドゴォォォォォンッ!!!
……zzz。




