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8.0-01 国産飛行艇1

昼なのか、それとも夜なのか、あるいはライトのようなもので照らされているだけなのか……。

それすら分からないような、定期的に明るくなったり暗くなったりする朧げな空間の中を、魔法使いのリアは、ただ何も出来ずに漂っていた。


「(…………)」


それが数年なのか、数ヶ月なのか、数日なのか、あるいは数秒なのか……。

リアの周囲には刺激と言えるものがあまりにも少なすぎて、彼女の時間感覚は次第に麻痺しつつあったようである。


そんな彼女の感覚器官に入ってくるのは、何も光だけではなかった。

まるで身体の中を通り抜けていくように感じられる、よく知った者の回復魔法の気配や、今この瞬間もどこからともなくゆっくりと漏れていく自分の魔力。

そして、


「リア……』


幼馴染の男性が投げかけてくる、自身の名を呼ぶ、その声もかろうじて聞こえていたようだ。

尤も、最近は、男性ではなく、女性の声が呼びかけてきていたようだが……。


「(…………)」


そんな身体の外の世界からやって来る刺激は、希薄で小さいながらも、確かに彼女の意識に届いていたようである。

だが、彼女の心は、それを感じて、何かを考えられるほどには、覚醒できていなかったらしい。

例えるなら、夢を見ている状態に限りなく近い、寝起きの微睡(まどろみ)みような状態……と言えるかもしれない。


そんな、これからもずっと続くと思われていた彼女の感覚に、ごく最近になって、何やら変化が訪れていたようである。

今までは、昼のような明るさが見えると、その次にはそれと同じくらいの長さの暗闇が来て……それが定期的に繰り返されていたはずなのに、近頃は、妙に昼が長かったり、逆にずっと夜が続く……といった変化が起こっていたのだ。


その原因が一体何なのか、思考が働かないリアには分からなかったようだが、一つだけそんな彼女にも分かることがあったようである。


「(…………終わ、る)」


間もなく、この夢が終わる……。

その先の夢に繋がっているだろう終着地が、一体どこへとつながっているのかまでは良く分からなかったようだが、そんな直感だけが、彼女の脳裏の何処かに、転がっていたようである。




「お姉ちゃん……リアさん、キレイだね……。電気でピカピカ光って……」


「誰よ……。リアのベッドに、LEDのモールを貼り付けたの……」


白単色ではあったが、まるでクリスマスツリーのように、LEDで飾り付けされているリア(のベッド)の姿を見て、頭を抱えるワルツ。

もしもこれが単に寝ているだけの人物に対して行ったとすれば、はた迷惑もいいところだろう。


「あの……私が飾りました。この国では、間もなく、一大イベントが催されるという話でしたので、リアにも飾付けを見せたいと思いまして……。それテンポ様に相談をしましたら、材料を分けて下さったのです」


「ってこれ、飾り付け用のモールじゃなくて、照明用のLEDじゃん……」


メイド勇者が、飾り付けたそのLEDモールが、実は施設内の天井などに設置する照明用の高輝度LEDアレイだった事に気づいて、なおさらに頭を抱えるワルツ。


そんな彼女たちがいたのは、リアが眠る集中治療室……には、簡単に入れないので、その前にあるカタリナの診察室である。

そこには、ワルツを始め、ルシア、メイド勇者、そして、


「へぇ……。ミッドエデンでも、冬にお祭りをするんですねー」


と関心したような表情を浮かべたユキがいた。

今日、カタリナは、王都へと回診に出かけているので、診察室での留守番はユキがすることになったようだ。


「え?ボレアスでも冬に何かお祭りするの?」


とユキの発言に意外そうな表情を浮かべながら、問いかけるワルツ。

するとユキは、姉のヌルとはまったく異なる、明るく嬉しそうな表情を見せながら、


「はい。だって、ボクたち、雪女ですから!」


冬に祭りを行う理由を端的に口にした。

つまり、ボレアスを治める皇帝が、雪女であるユキたちだったので、彼女たちに合わせて、冬に祭りをすることになったらしい。

まぁ、ユキが最初からボレアスの皇帝の座に就いていたなら、寒い冬ではなく、夏の最も暑い時期に祭りが開催されていた可能性も否定は出来ないが……。


「そういうことね。なら、今頃、ボレアスでも祭りが開かれてるんじゃない?」


「そのはず……なんですが……」


と今度は、打って変わって難しそうな表情を浮かべるユキ。

どうして彼女がそんな表情を浮かべてしまったのかについては、その場にいる全員が事情を知っていたのだが……それが分かっていても彼女は理由を口にし始めた。


「私に代わって皇帝の座を引き継いでくれるはずだったヌル姉様自身が、この国に来ているので……ボレアスが今頃どうなってるか、少し心配です……」


と口にしつつ、表情に深い影のようなものを浮かべるユキ。

祭りの主役たる皇帝(まおう)ヌルが、ミッドエデンに来ているので、本国で今頃催されているだろう祭りがどうなっているのかを考えて、ユキは頭が痛かったのだろう。


「話に聞く限りでは、貴女の妹たちが、本屋のおばあちゃんと一緒に、頑張ってやってるみたいよ?そんなに心配なら……そうね。次回、ルシアの転移魔法で送るはずだった支援物資を、直接私たちが届ける、っていうのもいいかもしれないわね」


ワルツがそう口にした瞬間、


「えっ?!いいのですか?!」


と、眼をキラキラと輝かせながら問いかけるユキ。

棚からぼた餅、とはこの事を言うのかもしれない。


そんな彼女に対して、ワルツが苦笑を浮かべながら、肯定の言葉を返そうとした……そんな時であった。

少女たちの談話室と化していた診察室の扉が、


ガション!


と突然開き、


「話は聞かせてもらったのじゃ!次回は妾も出撃するのじゃ!」


銀色の長い髪をたなびかせつつ、立派な3本の尻尾をまるで直列3気筒エンジンのように左右に振りながら、この国の政治家のトップであるテレサが、意気揚々と診察室へと入ってきたのである。

その姿を見て……


「コルテ……いや、テレサね……」

「コルちゃ……じゃなくて、テレサちゃんか……」

「コルテックス様……ではなく、テレサ様でしたか……」

「本当に似てますよね……」


と、それぞれに感想を口にする4人。

どうやらそこに居た全員が、話への介入の仕方と、その姿を見て、テレサとそっくりなコルテックスの方を先に連想してしまったようである。


「わ、分かるじゃろ?妾とコルの違いくらい……」


「うん、分かるよ?テレサちゃん。その尻尾の(気持ち悪い)動かし方を見たら……」


「ん?今、何か言ったかのう?ルシア嬢?」


「ううん。なにも」


「2人とも随分と仲が良いわね……」


とテレサとルシアのやり取りを聞いて、そんな感想を口にするワルツ。


しかし、2人の仲は、単純に『良い』という言葉だけでは、説明できなかったようである。


「いや、そういうわけではないのじゃ。なんというか、お互いを認めておる間柄というか……。喧嘩しても、ルシア嬢だけには勝てぬ気がするのじゃ」


「んー……テレサちゃんに言霊魔法を使われたら、私も勝てないかな……」


「まぁ、正面から勝負しても、勝ちを譲る気はないがの?」ゴゴゴゴ


「勝負になったら、どっちが最初に魔法を使うかの問題だから……私も負ける気はしないね」ゴゴゴゴ


と、身長が同じで、行使する魔法が特殊であるという点においても、同じ関係にあるルシアとテレサ。

どうやら2人の間にある関係は、『友情』というよりは、『ライバル』と言ったほうが、適切な関係のようである。


(うん、仲いいわねぇ。こういうの重要だと思うのよ。ま、少し間違ったら、星が滅びそうだけど……)


と、2人に対して、暖かい視線を向けながら、そんなことを頭の中で考えるワルツ。


その際、彼女が何を考えているのか、大体分かっていたらしいルシアとテレサが、ワルツに向かって怪訝な表情を向けるのだが……。

空気の読めないワルツでも、自身に向けられるそんな居心地の悪い視線の意味くらいは分かっていたようで、彼女は話題を変えて、誤魔化すことにしたようである。


「それで、テレサが出撃するってどういうこと?」


その言葉を口にした瞬間、テレサの表情がガラッと変わり……そして彼女は、こんなことを口にしたのである。


「ミッドエデンの国産飛行艇が……完成したのじゃ!」


そう言いつつ、3本の尻尾を、文字通りブンブンと振り回すテレサ。

どうやらこのミッドエデンは、新しい時代へと、突入しつつあるようである。

……え?リアさんはどうしたか?

空気になりました!

……冗談です。


さて、ここからはテレサちゃんでも、ルシアちゃんでも、イブちゃんでもない、僕ポテンティアが、お送りいたします。

いやー、あとがきにちらっと登場して、こうして堂々と書けるようになるまでおよそ1年……長かったです。

絶対、テレサちゃん、僕のことが嫌いなんだと思います。

……やっぱり、自宅でゴキブr……いえ。

これ以上は、品性を疑われるので、書かないでおきます。

それに、今この瞬間も、隣で監視……じゃなくて、様子を見てますからね、テレサちゃん。


というわけで、ここからは新章が始まるわけですが……ようやく、冒頭にあった通り、リアさんの話が進むわけです。

どんな風に進んでいくのかは……え?なんですかテレサちゃん?まだ考えてない?

……考えてないらしいです。


ともあれ、今章からは、僕が活躍するらしいので、皆様、乞うご期待でお願いいたします!

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