7.8-30 勇者と魔王6
生理的嫌悪注意なのじゃ!
整った茶色い髪と、キメの細かい白い肌。
筋肉一筋だったはずの勇者が、どうやってここまでの大変身を遂げたのか……その理由については本人以外の誰にも分からなかったが、メイド服に身を包んでいた彼は、たとえボロボロになっていたとしても、やはりメイドの少女(?)のままだったようである。
「……また、カタリナ様には命を救われたようですね……」
眼を開けた際、天井に取り付けられたLEDライトを遮るように、自身の顔を覗き込んできた赤髪の狐娘に気付いて、気絶する前と変わらない様子で、淑やかにそう呟くメイド勇者。
そんな彼に対して、覗き込んだ狐娘……カタリナは、遠慮すること無くハッキリとこう言った。
「……失礼ですが、気持ち悪いです。勇者様」
数年の間、彼らと行動を共にしてきたカタリナの眼にも、勇者の変貌ぶりは、やはり異様だったようである。
いやむしろ、同じパーティーにいたからこそ、その違和感はより大きく感じられた、と言うべきか。
そんな、辛烈な言葉を受けた勇者は、しかし表情を崩すことも、そして顔色を変えることもなく、カタリナの言葉へと、静かに返答した。
「そうですね……。確かに気持ちのいいものには見えないかもしれません。ですが……今、私の心の中は晴れやかなのです。心を縛っていたものを捨て去った結果、心も身がとても軽くなったのですよ。……どうでしょう?カタリナもこの気持ちを一緒に体験してみませんか?」
「いえ、まだ人間でありたいので遠慮しておきます」
(なに言ってんの?この2人……)
人生を悟った僧侶のような勇者と、とうの昔に人間であることを辞めていそうなカタリナに対して、ワルツは何か言いたげな表情を浮かべた。
まぁ、表情を浮かべるだけで、何も口にすることはなかったようだが。
その後で勇者は上体を起こすと、ベッドから立ち上がろうとして、足元においてあった自身の靴へと足を通そうとした。
だがその際、
ポロッ……
前かがみになった勇者の頭から、何やら茶色い毛玉が地面へと落下してしまう。
どうやら、彼が女装するために装着していたウィッグが、その頭から外れて落ちてしまったようだ。
おそらく、コルテックスとの戦闘で、ウィッグの留め具が壊れてしまったのだろう。
……問題の出来事が起こったのは、その瞬間であった。
「くそっ!ズラが外れちまったじゃねぇか!恥ずかしい!」
『は?』
勇者の性格と喋り方が、突如として、元通りに戻ったのである。
その上、見た目も変わって、筋骨隆々な男性が、無理矢理にメイド服に身を押し込んでいるように見えるのは気のせいだろうか……。
そんな勇者の姿を見て、ワルツもカタリナも、唖然とした反応を見せたわけだが……勇者自身もそれ気にづいたのか、彼は必死になってウィッグをかぶり直すと……
「……これは見苦しいところをお見せいたしました」
再び、メイド勇者へと戻った。
そんな勇者の様子から推測すると、彼が淑やかなメイドの少女(?)になっていられるのは、ウィッグを被っている間だけのようである。
それを見て、ワルツが口を開く。
「いや、確かに、そういうのあるわよ?特定の道具を使って、精神的なスイッチを切り替えるっていう精神制御手法。だけどさー……どうして、筋肉までスリムになるわけ?(いや、それすらも精神でコントロールしちゃうっていう事例が無いわけではないけどさ?)」
と、科学の領域を越えた出来事を前に、首を傾げるワルツ。
その隣りにいたカタリナも、いつも通りに眉を顰めているところを見ると、彼女もワルツと同じようなことを考えているようである。
まぁ、カタリナに抱かれていたシュバルだけは、特に興味をもった様子は無かったようだが。
そんな2人(+1人)に対して、勇者はこう言った。
「心を無にして、自分がなりたい存在を思い浮かべれば、何にだってなれる……それが人間というものです」
「完全に悟ってるわね……」
「勇者様、この際なので、メイドをしながら僧侶と勇者を兼任されてはいかがですか?」
「いえ。まだまだ私は若輩者。カタリナ様のように悟りを開けるようになるのは、未だずっと先の話です」
「…………」
勇者の言葉に対して、思わず口を閉ざしてしまった様子のカタリナ。
恐らくは、悟りを開き始めた勇者に対応することが、面倒になってしまったのだろう。
一方、勇者の方も、何か言いたかったことがあったようである。
とは言え、その言葉の向け先は、カタリナではなく、その隣りにいたワルツの方だったが。
「……ワルツ様」
「え?何?そんな畏まっちゃったりして……」
「ご質問がございます……」
「ん?もしかして、カタリナのスリーサイズが知りたいの?」
「あの、ワルツさん?私のスリーサイズは意味の無いただの参考の数値でしかありませんよ?身長もそうですけど、自由に体型を変えられますので……」
「そ、そう……(やっぱり、人間やめてるじゃない……)。……で、何かしら?勇者」
冗談交じりに言ったつもりが、あまり知りたくなかった真面目な一言が返ってきたためか、脱線してしまった話題を元に戻そうとするワルツ。
すると勇者は、それを聞かなかったことにしたらしく、自身が持っていた質問を、そのままワルツへと投げかけた。
「ワルツ様……『強さ』とは何ございましょう?」
「寝起きでその質問?重いわね……。もしかして悪夢でも見たわけ?」
「いえ、そういうわけではありません。戦闘中に、コルテックス様から言われたのです。『強くなければ、強くないなりの生き方をしろ』と。そして『私は強さなど求めていない』とも……。私から見れば、コルテックス様は圧倒的な強さを持っておられるように感じられるのですが、あの言葉は一体どのような意味を持っていたのでしょうか……」
(そんな細かいこと、気にしなくたっていいのに……。どーせ、思いつきで言ってるはずなんだし……)
とワルツは考えるのだが、勇者の方は至って真面目に問いかけていたようなので、彼女は彼女なりの回答を口にすることにしたようだ。
「ま、いいんじゃないの?そんな難しく考えなくても。必死になってる勇者なら、その内、何か見えるてくるんじゃないかしら。これからもずっと努力をしていれば……もしかすると、今のコルテックスには見えていなくて、貴方だけにしか見えないものが、見つかるかもしれないわよ?(分かんないけどさー)」
「えっ?最後の言葉が、よく聞き取れなかったのですが……」
「ううん。なんでもないわ」
「そ、そうですか……」
と、何か空耳のようなものが聞こえたような気がした様子の勇者だったが、その直前のワルツの言葉の方に思考のリソースを割いたためか、それからというもの彼は難しい表情を浮かべながら、考え込んでしまったようである。
「ま、丁度いいんじゃないの?これから私たちの仲間として、生活していけば、その内、少しずつ、問題も解決していくんじゃないかしら?(逆に増えるかもしれないけど……)」
「……?やっぱり、何か聞こえたような……」
勇者は再び首をかしげるのだが……その瞬間には、既にワルツはそこにおらず、勝手に開く診察室の扉だけがあったようだ。
その後で、その場に残された人物の内、黒い影を胸に抱いたカタリナが、おもむろに口を開く。
「ワルツさんはあんな方なので、諦めてください勇者様」
「そうですね……。まだ短い付き合いですけれど、それは薄々感じておりました……」
と言って苦笑を見せる勇者。
それから彼は、靴を履いてから、扉とは逆の方へと歩いていくと……そこにあった大きなガラスへと愛おしそうに両手を触れて、そしてその向こう側に向かって呟いた。
「リア……。必ず……必ず助かる方法を見つけ出してみせるから……」
そして、その透明な壁のようなガラスに、額をくっ付けるメイド勇者。
その姿を見たカタリナは、シュバルを連れて静かに部屋を抜け出し、短い時間の散歩へと出ることにしたのであった。
こうして勇者パーティーは、吸収されるような形で、ワルツメンバーの中に組み込まれることになったのである。
その原因となったのは勇者の幼馴染であり、魔法使いでもあるリアだった。
そんな彼女は数か月前に意識を失って、そして今までカタリナの治療やワルツの知識を使って延命されてきたわけだが……。
ここに来て、その小康状態に、何らかの異変が起こりつつあるようだ。
いつも修正する際は、口を閉じてその中で朗読するのじゃが……その音を聞いておる周りの者にとっては、どうやら妾がニャンニャン言ってるように聞こえるようなのじゃ。
逆を言えば、妾の文、特にナレータの部分は、ニャンニャンと言いながら読めば、もしかするとすんなり読めるのかも知れぬのう。
……いや、ルシア嬢が言っておった事ゆえ、適当である可能性も否定はできぬがの?
まぁ、恐らくは、妾のことをからかって言ったのじゃろう。
さて。
というわけで、長かった7章がようやく終わりを……いやむしろ、無理矢理に終わらせてもらったのじゃ。
つまり、完全には終わらなかったマギマウスへの対策は、まだ続く、というわけなのじゃ。
残念じゃが、頑張っても、終わらんかったのじゃ。
そもそも、規模からして、そう簡単に沈静化出来るものでもないからのう。
じゃが実は、そのことを最初から分かっておって……いや、なんでもないのじゃ。
とにかく、明後日の準備をすすめるべく、今日もこれから、ストックを溜める作業に入るのじゃ!




