7.8-29 勇者と魔王5
コルテックスが忠告した通り、壊れた雪像のようにバラバラになってしまったヌルと、毎度のごとくボロ雑巾のようになってしまっていた勇者を連れて、工房にあるカタリナの診察室へとやってきたワルツたち。
そこにはこの部屋を活動の中心にしているテンポやユキはおらず、カタリナとシュバルの2人だけが待機していたようである。
もしもカタリナが居なかったとすれば、ヌルはここで長い人生に終止符を打っていたかもしれないが、
「ふぅ……死ぬかと思いました」
「うん、さっきまで死んでたわよ?貴女……」
幸いなことに、彼女はカタリナの手術魔法を受けて、元の姿に戻ることに成功したようだ。
手術を受けている間も、ヌルには意識があったようだが、痛みを感じた様子が無く、そして出血も無かったのは、コルテックスの氷魔法が余りに強力だったためか、それとも異次元の技術を持った医師が担当したためか……。
そんなヌルの執刀医は、彼女がバラバラ死体……のようなものになってしまった原因の魔法を繰り出した人物に向かって、不機嫌そうに問いかける。
「……コルテックス?ヌル様に何か言うことは無いですか?」
「あの〜……ごめんなさい……。やりすぎました〜……」
と、カタリナに言われて、素直にヌルに対して頭を下げるコルテックス。
その結果、
「……本当の『強さ』とは一体何なのでしょうか……」
ヌルの頭の中では音を立てて崩れていくモノがあったらしく、彼女はため息混じりに、カタリナに向かってチラッチラッと視線を向けながら、そう呟いた。
すると、先程の戦闘について、詳しい事情を知らなかったカタリナが、ヌルの視線に気付いて、首を傾げながら問いかける。
「……ヌル様?何かあったのですか?」
「い、いえ……なんでもありません……」
「…………そうですか(変なヌル様ですね……)」
問いかけた瞬間、視線を逸したヌルの反応を受けて、余計に表情を曇らせるカタリナ。
彼女は、ヌルからのその視線に、居心地の悪さをを感じていたようだ。
何か恐ろしいものを見ているような……そんな視線に見えていたらしい。
ところで。
ヌルから妙な視線を向けられたことで眉を顰めていたカタリナのその腕の中には、珍しいことに、トレジャーボックスから外に出されていたシュバルがいた。
彼(?)は日々成長しているらしく、どうやら、トレジャーボックスのサイズが、そろそろ身体のサイズに合わなくなってきているようだ。
カタリナはそれに気づいたのか、新しい大きなトレジャーボックスが用意できるまで、小さなトレジャーボックスにはできるだけシュバルを入れないようにして、普通の子どものように抱っこすることにしたらしい。
そんな少し大きくなったシュバルは、極めて大人しく、カタリナの胸の中で抱かれていた。
だが、ヌルのため息に反応したのか、不意に身体を動かし始める。
「…………」にゅるにゅる
「え?どうしたのですか?シュバルちゃん」
「…………」にゅるにゅる
「……なるほど。そうことらしいですよ?ヌル様」
「すみません、カタリナ様。シュバルちゃんが何を言っているのか、私にはさっぱり分からないのですが……」
「つまり、たまには私やテンポだけでなく、たまにはヌル様にも抱っこされたい、という話です」
「どうして私に……」
と言って頭を抱えながら、その黒い影のような物体に視線を向けるヌル。
どうやら彼女は、輪郭が朧げな黒い闇のようなシュバルのことが、苦手だったようである。
「ヌル様はシュバルのことが……嫌いなのですか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「では、どうぞ」
「ぐっ……!」
サッ、と真っ黒いシュバルを差し出してくるカタリナから、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、彼(?)を受け取る魔王……のはずのヌル。
「…………」にゅるにゅる
「か、かわいいですね……」
「……あの、気のせいでしょうか?ヌル様の笑みが、どこかぎこちないような気が……」
「そ、そんなことはありませn」
「……がぶっ!」にゅるにゅる
「あー、この子ったら、余程、ヌル様のことが気に入ったのですね。甘噛なんてして……」
「……あの、カタリナ様?腕の感覚が無いのですが……」
どうやらヌルは、先程、治療されたばかりだと言うのに、早速新しい傷(?)が出来てしまい、再びカタリナの手術を受けなくてはならなくなってしまったようだ。
そんな彼女の姿を見て、
(はぁ……。シュバルが興味を持ったのが、私の方じゃなく良かった……)
とワルツが心の中でフラグを立てた途端、シュバルが猛烈な勢いでワルツの方を、
ギュンッ!
と、振り返り、彼女にも興味を見せ始めたのは……最早、言うまでもないことだろう。
なお、コルテックスは、業務を言い訳にして、その場から颯爽と逃げたようである……。
「……なんかさー。ホログラムが削れてるんだけど……」
「えっ?ワルツさん、何か言いました?」
「ううん、なんでもないわ……」
ヌルのようにシュバルを無理矢理に抱っこさせられた後で、彼(?)のことをカタリナへと返してから、自身の脇腹に大きな穴が空いていることに気付いて、どう反応していいかを悩んでいる様子のワルツ。
とはいえ、彼女のホログラムシステムは、その程度のダメージなら、大きな問題にはならなかったらしく、標準搭載されているナノマシンによって、すぐに元の姿に修復されたようである。
そんな折、2度目の治療を終えたヌルが、ワルツに対しておもむろに問いかけた。
「そう言えば、ワルツ様?私に何かご用があるとか、あるとか……」
と言いながら、何かを期待するような視線をワルツへと向けるヌル。
「いやー、あるっちゃあるけど……貴女が考えているようなものではないと思うわよ?」
「え、えっとー……ワルツ様が何をおっしゃっているのか、私にはさっぱり……」
「あ、そう。ま、いいけど……」
それからワルツは、呆れたような表情を元に戻すと、ヌルに対して要件を伝え始めた。
「ヌルさ。前に、赤だか青だかよく分からない玉が、廊下に浮いてるって話をしてたじゃない?」
「はい。それが何か?」
「あれさー、私には見えないから、貴女が処分してくれない?」
「……えっ?!」
その瞬間、心底嬉しそうな表情を浮かべるヌル。
ワルツの話自体は、彼女にとって期待はずれのものだったはずだが、宙に浮かぶ赤い珠……紅玉が『好物』だと言っていた彼女にとっては、まったく異なる意味で、願ってもない話だったようである。
「た、食べてもいいのですか?!」
「えっ……う、うん。私としては全然構わないけど……もしかすると、ポテンティアのコア的なものも関係してるかもしれないから、できればテンポと相談しながら掃除してくれると助かるわ。それも今すぐに」
「テンポ様ですか……」
ワルツが『テンポ』と口にした瞬間、その名前を聞いて、表情を曇らせてしまうヌル。
そんな彼女の反応を見て、ワルツは心配するように問いかけた。
「もしかして……テンポのこと嫌いだったりする?」
「いえ……そういうわけでは無いのですが……。なんといいますか……テンポ様はいわば私の師のようなものです。目上の方に、私の食事に付き合うようにお願いするというのが、実は初めての経験で……」
500年間、常にトップにあり続けてきたヌルにとっては、同性同士ならなんてことはないはずのその一言が、とても大きな難題のように感じられていたようである。
「魔王って……そんなものかしらねぇ?」
「さぁ?」
と、ワルツのつぶやきに対して首を傾げながら、胸に抱いたシュバルのことをあやし続けるカタリナ。
ヌルやユキに、古代の魔王である『ビクセン』と良く間違えられている彼女だったが、中身は元勇者パーティーメンバーの僧侶であるカタリナ以外の何者でもないので、魔王の人生については知る由も無かったようである。
「ま、いいわ。テンポとは仲良くやってちょうだいね?ヌル」
「はい。かしこまりました。ワルツ様のお願いとあらば……全力でテンポ様を落として参ります!」
「う、うん……期待してるわ……(っていうか、私に話しかけるのと同じように、テンポに話しかければいいのに……)」
そしてヌルは意気揚々と診察室の外へと出ていくのだが……。
そんな時、タイミングを見計らったかのように、
「う……うぅ……」
今まで気を失っていた勇者が、意識を取り戻したようである。
んー……微妙なのじゃ……。
ナレーションとキャラのセリフの比率のせい、というわけではないようじゃのう。
基本的には、昨日と大差は無いはず……というか、昨日書いたものじゃからのう。
そうなると、頭の中にある言葉を外に出す際の手順に、何か問題があるのかも知れぬ……。
次回は言葉に出す前に、もう少し整理してから、書くことにするかのう……。
……妾の短期記憶は壊滅的に壊滅しておるのじゃが……もう頑張って脳内で整理するしかないのじゃ。
というわけで、この話は、ストック(1話だけ)なのじゃ。
今週末は、家に帰ってこれない予感がヒシヒシとしておるからのう。
故に、木曜日は、金曜日分も含めて、2話分投稿せねばならぬのじゃ。
じゃから、今日もストックを溜めるべく、今から明日の朝にかけて、駄文を書き連ねるのじゃ!




