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7.8-28 勇者と魔王4

大振りだと言うのに、姿勢の乱れを生じさせず、箒をコルテックスへ向かって横から水平に叩きつける勇者。

するとコルテックスは、その身体に搭載された強力なアクチュエータと、魔法による体力強化を駆使して、人間には不可能な勢いで、踊るように身体をねじり、いとも簡単に勇者の攻撃を回避してしまう。


それが終わると、今度はコルテックスが攻撃する番である。

彼女は身体をねじった際の勢いをそのまま流用して、ブーツの踵を勇者へとお見舞した。


それを勇者は、自らの攻撃によって反動が付いてしまっていた箒を華麗に往なしながら、メイド服のスカートの裾を翻して跳び……結果、彼は事なきを得る。


「ほう〜。先程の動きとは、まるで違うではないですか〜?別人のようですよ〜?」


と高速で足技を掛けたために、すぐに止まれず、一周回りながら、勇者の見当を称えるコルテックス。

しかし、勇者の方は、限界ギリギリの状態で戦っていたためか、


「……っ!」ブォン


攻撃をする以外、彼に喋る余裕は残されていなかったようだ。


そんな彼の次なる攻撃は回転するコルテックスの身体の芯を狙ったものだった。

だがそれも、


「ん〜、困りましたね〜。勇者たるもの、こういうときでも余裕を見せておかないと、女の子に嫌われてしまいますよ〜。確かに、真面目であることも一つの魅力かもしれませんけど〜」


身体に当たる(すんで)の所で、指一本だけを使って止めてしまうコルテックス。

その結果、2人の円舞は、時間を止めたように停止した。


「……重粒子シールドは使わないのですか?」はぁはぁ


「あなたみたいな雑魚相手に、使うほどのことでもないですね〜」


「くっ!」


と、勇者が悔しそうな表情を見せた次の瞬間だった。


ドシャァァァァッ!!


彼は、一瞬の後に、握っていた箒ごと吹き飛ばされてしまったのである。


一体何が、彼の事を吹き飛ばしたのかというと……コルテックスのたった1本の指であった。

要するに、勇者が全体重を掛けて繰り出した突きを、コルテックスは指先だけで弾き返したのだ。


「ダメですよ〜?勇者〜。相手がどの程度の実力を持っているのか分かっていないのに、気を抜くなんてことをしたら〜」


それからコルテックスは、笑みを浮かべたままで、おもむろに片手を上げると……それを自身の後ろに向かって(かざ)し、


チュン……


()()()()()を行使した。


それは、対して大きくない魔力が形作る、()()()魔法であった。

しかし、単純な氷魔法とは違い、魔法を形作るすべての魔力的な構成要素が、まるでプログラムか芸術のように複雑に絡み合って作られた上位の魔法である。

それも最上級を大きく通り越して、最早、氷魔法と言っていいのかどうかすら分からない、異様な魔法になっていたようだ。


それが放たれた先は……先程、地面に崩れ落ちた後で、いつの間にか立ち上がっていた魔王ヌルだった。

どうやら彼女は、崩れ落ちた際に勇者と結託し、彼が作り出したコルテックスの隙を狙って攻撃する手筈になっていたようで……今まさに、コルテックスに向かって、魔法を行使しようとしていたのである。


そして……ヌルの手からも魔法は放たれた。

その魔法は、雪女の魔王たるヌルだけが使える、すべてのものを凍らせてしまうという究極の氷魔法である。

魔力の量で比較するなら、コルテックスの放ったものの、およそ1000倍程は違うだろうか。

例え、炎だったとしても、例外なく凍らせてしまう、お伽話に出てくるような魔法……。

『Absolute Null』……雪女である彼女が好きこんで使う魔法である。


それがコルテックスの放った魔法と、二人の中間あたりで交錯する。

その瞬間起こったのは、凍てつくような冷気の爆発……では無かった。


むしろ、


ドゴォォォォ!!


熱い爆炎を上げて、燃え上がったのだ。

それを見て、


「……?!」


と、唖然とするヌル。

コルテックスから自分めがけて飛んできた魔法は、確かに青い冷気を放った氷魔法だったのだが、実際起こった現象は、そのまったく逆のことだったので、彼女は目の前で炎が生じた原因が分からず、混乱していたようである。


そんなヌルに向かって、コルテックスは口を開いた。


「真の真空〜。ヌル様はそんな言葉を聞いたことがありますか〜?あなたの使う絶対零度の氷魔法は、飽くまでもこの自然界においての、単なる準安定状態でしか無いのです。例えるなら、太陽の中にある火の付いたマッチようなものかも知れませんね〜。そんなマッチを、太陽なんかよりもず〜っと冷たい、この惑星上に持ってきたらどうなるか分かりますか〜?まぁ、当然、燃えますよね〜?それと同じです。……つまり、あなたのその氷魔法は、ある観点から見たら、実はとても熱いものなのです。それも、まるで燃えているかのように〜……」


「……よ、よく分からぬ……」


「そうですよね〜……。インフレーション理論や、熱力学をカジッていないと、分かるわけないですよね〜……」


「一体、何を言って……」


「あー、動かないほうがいいですよ〜?それ以上、動くと、ヌル様は本当に死んでしまいますからね〜」


「えっ……」


そう言って、不意に自身の身体に目を向けるヌル。

そんな彼女の眼に映ったものは、


「こ、凍ってるだと……?!」


雪女だというのに、いつの間にか氷漬けにされていた、自分の身体だった。


「さすが雪女の頂点に君臨するお方〜。普通なら、凍傷で死んでいるところですね〜(実は、ユキ様の体細胞で、冷凍しても死なないことは確認済みですけど〜。実は雪女って、クマムシの獣人だったりするんでしょうか〜?)。……ですが、私の氷魔法が相殺されていないことに気づかず、それをもろに浴びてしまった今、動いたりしたら、あなたは崩れた雪像のように、木っ端微塵になってしまうことでしょう〜」


「くっ……万事休す……ですか……」


結果、完全に戦意を失ったためか、元の喋り方に戻って、大きなため息を吐くヌル。


一方、吹き飛ばされてしまった勇者の方は、まだ余裕があったようだ。

彼はヌルとの会話に集中している様子のコルテックスに、後ろから忍び寄ると、


「っ!」


ブォン!!


と、鉄パイプが仕込まれた箒を、思い切り叩き込んだのだ。


だが、それも……


「……なるほど、なるほど〜。後ろからレディーに襲いかかるとは、確かに勇者らしくない。本当にあなたは、勇者であることを捨てたのですね〜?」


コルテックスが1歩だけ横にズレただけで、回避されてしまった。


それからコルテックスは、勢い余って突っ込んできた勇者の首を、


グイッ……


と片手で軽々と持ち上げると、彼に対してこう言った。


「強さを求める者が、強くないというのは、生きながらにして死んでるも同然と言えるでしょう。強くないのなら、それを素直に受け入れて、強くないなりの工夫をして生きればいいと言うのに〜……」


「こ、コルテックス様に私の何が分かる……!」


「はい。何も分かりません。分かろうとも思いません。だって〜……」


そしてコルテックスは、その表情に優しげな笑みを浮かべると、


「だって私は、『強さ』など求めていないのですから〜」


と口にしたのであった。

と、そんな時である。


「……コルテックス?更年期?」


何もない空間から姿を現すように、どこからともなくワルツが現れたのだ。


「……この世界の獣人の生態については、十分に把握しているわけではありませんが、少なくとも私の身体を構成している妾の体細胞は、まだ若いはずですよ〜?」


「それにしては、随分と荒れてるじゃない?(あ、かなり遅い二次成長期か……)」


「そうですね〜……。確かに荒れていたかもしれません。大切にしていたハーブ畑を破壊された上、この世界の登場人物の代表格とも言える勇者と魔王のお二方が余りに弱すぎて、思わずイライラしてしまいました〜」


と言って、ようやく、握っていた勇者のこと思い出したのか、彼のことを放り投げるコルテックス。

その結果、


ドシャァァァァ!!


「ぐはっ!」


地面を吹き飛んでいった勇者メイドは、正真正銘、それっきり動かなくなってしまった。


「貴女って本当に横暴よね……」


「お姉さまには言われたくないですね〜。で、何の用ですか〜?」


「いやさー。実は、貴女じゃなくて、ヌルの方に用事があったのよ」


「えっ……?!」


その瞬間、ワルツの言葉に嬉しそうな表情を浮かべたヌルが、氷漬けの身体を動かそうとして……


ガシャンッ!!


と、砕け散ってしまった……。


「あっ……」


「あ〜……動かないほうがいいと言ったのに〜……」


「ちょっ……か、カタリナ!」


そして工房の上層階にいるだろうカタリナに向かって、声を投げかけるワルツ。


こうして、勇者と魔王ヌルが掲げた反旗(?)は、コルテックスのいつも通りの一方的な虐げによって、引きずり降ろされる事になったのである。

うむ。

今日の話のような書き方は嫌いではないのじゃ。

一体何が違うのか、なんとも言い難いところじゃが……書き方で、何かきっかけを掴みかけているような、かけていないような……。

あいでんてぃてぃーを見つけるには、まだ時間は掛かりそうじゃのう。


というわけで、ありきたりな展開で勇者とヌル殿は、地に伏せてしまったのじゃ。

それ以外の展開としては、他の者からの介入、あるいは自滅的な展開も考えて負ったのじゃが、たまには真面目に書いてみるというのも悪くないのかも知れぬのう。


……もう少しでコルの名言が思いつきそうだったのじゃが……妾には、少々難しかったのじゃ……。

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