7.8-21 黒い飛行艇3
チックタックチックタック……
再び応接室の中に流れる、異様な空気。
それは、少し前までこの部屋にいたメイドの少女と、ワルツたちの間に流れていた妙な雰囲気とは違い、居心地の悪い棘のような成分が含まれていたようである。
そして、その空気の出処は……
「……納得いかない……」
と呟くルシアだった。
自分に似ているのが、エネルギアのような、曲がりなりにも同じ性別の人物なら、彼女はそれほど不機嫌にはなっていなかったことだろう。
だが、自ら『ポテンティア』と名乗った彼は、その一線を越えた向こう側にいたのである。
自身にそっくりな人物が急に目の前に現れて、しかし性別が違うとしたら、反応は人それぞれ異なるはずだが、今回、ルシアの場合は、猛烈な違和感を感じ取っていたらしい。
『何が納得いかないのでしょう?ルシアちゃん』
自身に向かって不機嫌そうな視線を向けられていたことに気付いたのか、ルシアに対して、ハキハキとした口調で質問するポテンティア。
そんな彼に対して、ルシアは頬を膨らませると、
「納得いかないもん!」
そう口にしてから、泣きそうな表情を浮かべつつ、俯いてしまった。
それを見かねたのか、ルシアやワルツよりも比較的長い間ポテンティアと付き合いのあったらしいテンポが、空気が読めなかったために何かを口走ろうとしていたワルツの発言を、
「えっとー、単に男の子の女装s」
「お姉さまが出てくると、話がこじれるので、そこで黙って口を閉じていてください」
と、途中で無理やりに遮ってから、ルシアとポテンティアの間に入り込んで話し始める。
「……ルシアちゃん?この子には悪気があったわけではないんです。エネルギアちゃんにしても、そしてこの子にしても、大っきな魔力を使うルシアちゃんの影響を受けてしまって、どうしてもルシアちゃんに似てしまうんです。だから悪意があって、ルシアちゃんに姿を似せたわけではない……。それだけは知っておいていただけませんか?」
と諭すように、ルシアへと話しかけるテンポ。
その際、ワルツが、『私とも、今みたいな感じで喋りなさいよ』と、言っていたようだが、その言葉は誰にも届かなかったようだ。
一方、諭される対象にあったルシアの方は、その言葉を聞いても、眉の間にできたシワを緩める様子は無かった。
故に、テンポは問いかける。
「ポテンティアに、何か嫌なことでもされたのですか?」
するとルシアは、その表情のままで、事情を口にし始めた。
「……私のお寿司……食べられた……」
結果、
「あっ……」
「……なるほど」
と納得したような反応を見せるワルツとテンポ。
要するにルシアは、ポテンティアが自分に似ていたから不機嫌だった、という事情の他にも、マイクロマシンの集合体によって形作られているだろう彼が、この数日に渡って自分の稲荷寿司を横取りしていた元凶だと考えていたようである。
要するに、この町や、王都で蔓延っている黒光りする物体の親玉が、ポテンティアだ、と思っていたらしい。
そんなルシアの言動を見て、今度はポテンティア本人が口を開く。
『お寿司……ですか。僕はまだ食べたことがありませんね』
その瞬間、
ドンッ!!
「じゃぁ、何なの?!あなた以外に、誰が私のお寿司を横取りしたっていうの?!」ゴゴゴゴゴ
と机に両手を下ろして、逆に腰を上げながら、尻尾をパンパンに膨らませつつ、激怒の声を上げるルシア。
どうやら彼女が稲荷寿司に向ける愛情は、ポテンティアやその他2名が思っていたよりも、ずっと深いものだったらしい。
まぁ、それ以外にも、色々と言い換えようがあるのだが……諸事情によりこれ以上の言及は差し控えることにする。
『んー……困りましたー』
ルシアの超強力な魔力のことを知っている人物なら、その瞬間に命が縮まってしまうような感覚を抱くはずだが、ポテンティアは詳しい事情を知らなかったためか、憤怒の表情を浮かべる狐娘の前でも、悩ましげな表情を浮かべる以外に、特に変わった反応は見せていなかった。
それが幸いしたのか、彼はルシアの怒りを前にしても、怯むこと無く……ちょっとした爆弾発言と共に、事情の説明をすることに成功する。
『事情については、テンポお母様から、ある程度聞いていたのですが、街中の食べ物を横取りするような真似をしているのは、僕ではありませんよ?もしかすると信じてもらえないかもしれませんが……』
その言葉を聞いて、
「…………」
何も言わずに、ポテンティアに対して、ジーっと視線を向けるルシア。
それは、彼が嘘をついているかどうかを見極めようとしていたからなのか、それともつい1時間ほど前に自身も姉と同じようなやり取りをしていたためか、あるいは彼がテンポのことを『母』と言ったからなのか……。
ただ、いずれにしても、ルシアの怒りがそれで収まったわけではなかったので、彼女は事情を詳しく聞くために、ポテンティアへと疑問を投げかけた。
「じゃぁ、誰がやったの?」
すると彼は、こんなことを口にする。
『僕以外に、小さな機械を操れるのは、ネズミさんたちだけですから、恐らくは、彼らが原因ではないでしょうか』
その瞬間、
「……?」
「…………」
と種類の表情を浮かべるルシアとワルツ。
ルシアは疑問の表情を浮かべ、そしてワルツは何か後ろめたいことでもあったのか、2人やり取りから、スーッと視線を逸していったようである。
そんな2人の様子を見ながら、ポテンティアは、詳しい説明を続けた。
『僕が何者で、どこから来たのか、それは僕自身にも分かりません。ただ、僕が『僕』であると気付いた時には、近くにテンポお母様がいて、そしてネズミさんたちがたくさんいたんです。って言っても、ネズミさんたちのことは、僕にしか見えないみたいですけどね。彼らはイタズラ好きで、良く街に出向いては、好き放題やってるみたいです。実は僕も、一緒に行かないか、と何度か誘われた事があったんですけど、食べ物なんかに興味ないですし、それくらいならエネルギアちゃんみたいな飛行艇を作って空を飛んでみたかったですし……まぁ、要するに、断ったんですよ』
と、よく喋るポテンティアのその言葉を聞いた後、彼にしか見えないという『ネズミ』の正体については、ある程度予想が付いていたためか、それについて突っ込むこと無く、
「……じゃぁ、ポテなんとかちゃんは、本当に私のお寿司を取ったりしてない、ってこと?」
と確認を取るルシア。
するとポテンティアは、どこかの白狐娘とは違い、彼女の眼をまっすぐに見て、
『はい。その通りです』
と、迷うこと無く言い切った。
結果、
「……そっかぁ……。ごめんね、ポテなんとかちゃん。疑ったりなんかして……」
と彼のことを許すことにした様子のルシア。
こうしてルシアの怒りは収まるように見えたわけだが……。
そんな折、メイドの少女が部屋へと戻ってくる。
コンコンコン……
「失礼致します……。これはテンポ様。ご無沙汰しております。それと、はじめまして、お客様」
と、敬々しく挨拶をした後で、その場に4人が座っていたソファーに挟まれるような配置で設置されていた机の上に、持ってきたクッキーのようなお菓子をそっと置くメイドの少女。
すると、自分に対して『ご無沙汰』と口にしたメイドが誰なのか分からず疑問の無表情を浮かべたテンポも含め、4人ともが昼食前で小腹がすいていたためか、出された菓子に対して手を伸ばそうとするのだが……
カサカサカサッ……
机の上にあったその菓子に向かって、誰よりも早く、一匹の黒い物体Gが真っ直ぐに突撃して、そして齧りつき始めたのだ。
その様子を見た瞬間、
「……!?」ゴゴゴゴ
と再び殺気を放ち始めるルシア。
そんな中、何も口にしていないはずなのに、咀嚼を始めたポテンティアが、火に油を注ぐような発言をする。
『んー、中々に美味しいバタークッキーです』
と、彼がまるで、物体Gが自身の身体の一部とも取れるような発言をした結果、
「やっぱり、私のお寿司横取りしたの、ポテなんとかちゃんじゃないの?!」
『いえ、これは、ワルツお姉さまのお食事マナーを真似をしt』
「おっと、ポテンティア?それ以上、私の秘密をバラすような事を言ったら、たとえテンポの庇護があったとしても、口封じせざるを得ないわよ?」
「ほう?お姉さま。中々に興味深いことを仰いますね?」ゴゴゴゴゴ
炎上なのか、混沌なのか、よく分からない雰囲気に包まれる新伯爵邸の来賓室。
そんな時、
コンコンコン……
再び来賓室の扉を叩く音が聞こえてくる。
「はい、どうぞー」
そしてワルツがやって来た人物に向かって声を掛けてから、間もなくして部屋の中に入ってきたのは……
ガチャッ
「おぉ!ワルツじゃないか!久しぶりだな!」
と、例え、1日でもワルツと会っていないと、久しぶり、という言葉を使う狩人だけだった。
「お久しぶり……ですかね?あれ?エネルギアとか、他のメンバーは?」
すると狩人は苦笑を浮かべると、まだ開いていた扉の向こう側に向かって声を投げかける。
「ほら、お前たちも恥ずかしがってないで入ってこい!グズグズするな!」
そして、その言葉を聞いて、エネルギアを始め、剣士と賢者も部屋の中へとやってくるのだが……その結果、部屋の中の空気が、再び色を変え、おかしな雰囲気に包まれてしまったことについては、言うまでもないだろう。
今日は少しだけ早く書き終えたのじゃ。
明日の朝は早いからのう。
とは言っても、狩人のやつに朝から狩りに付き合わされる……というわけではないがの?
というわけで、あとがきも、パッパッパッと終わらせるのじゃ。
それでは、寝るのじゃ!
……少し投げやりすぎかのう?
と言っても、補足すべきことは、今の段階では特に無いからのう。
ポテンティアが『ネズミさん』と言っていたモノたちが何なのかについても、特に説明せんでも良いじゃろう?
その周辺に関する説明については、物語の中で順次追って語っていく予定なのじゃ?
……予定なのじゃ?
また、忘れそうなのじゃ……。
というか、もう既に、あとがきで書くことを何か忘れておるような……。




