7.8-20 黒い飛行艇2
ソーラーパネル式の発電モジュールを搭載したそのキューブは、太陽の光さえ当たっていれば、半永久的に電力を電波として発信するため、ケーブルなどを使って周辺機器を接続しなければならない、などの煩わしい作業は一切必要が無かった。
それ故、ただ空から落とせばいいだけの簡単な設置作業だったために、ワルツとルシアは二手に分かれて、サウスフォートレス以南の広大な土地に、満遍なくその装置を投下していったようだ。
結果、必然的に予定のおよそ半分で設置が終わり、2人は待ち合わせ場所にしていたサウスフォートレスへと戻ってきたわけだが……そこからはどういうわけか、地面に着陸(?)した瞬間、まるで泥船のように崩れ去ってしまったはずのポテンティアの姿が、忽然と無くなっていた。
その様子に空から気付いて、隣を飛んでいた姉に対し、ルシアがおもむろに問いかける。
「あれ?テンポの言ってた、あのポテなんとかっていう飛行艇、どこ行っちゃったんだろ?」
と、周囲の景色に目を向けながら……高さ1kmほどの月見団子状に重なった岩については、努めて触れないようにしながら、そう口にするルシア。
一方、姉のワルツの方は、それを無視できなかったのか、そちらの方にチラッチラッと視線を向けつつも、難しそうな表情を浮かべながら、妹の言葉に返答した。
「マイクロマシンたちが形作った飛行艇だから……もしかすると本来の役割を思い出して、マギマウスたちを駆逐しに行ったのかもね(プログラムしてないけどさ?)」
「そっかぁ……。寂しくなるね……」
「う、うん……そうね……(寂しいことなんて何かあるのかしら?)」
と思いつつも、口には出さないワルツ。
それはルシアの純粋な発言に対し、突っ込むことが無粋だと思ったから……というわけではない。
前述の通り、何よりも気になる物体が、視界の中にあったからである。
故に彼女は、その光景が見えていても、特に反応を示していなかったルシアに対して、直接聞くことにしたようだ。
「ねぇ、ルシア?あの積み重なった団子みたいなやつのことなんだけど……」
「……信じてもらえるかどうかは分からないけど……あれやったの、私じゃないよ?」
「そりゃ、もちろん、疑ってないわよ?(ごめん、嘘)」
「……本当?」
「…………」
「やっぱり疑ってたんだ……」
本当?と問いかけた瞬間、姉の視線がゆっくりと横にズレていった様子を見て、悲しげな表情を浮かべるルシア。
そんな妹の表情が心にグサッと来たのか、その後でワルツは彼女の機嫌を取ろうとするのだが……。
その結果は、いつも通りに、行きつけの稲荷寿司屋のフルコース(?)で手を打つことになったようである。
そして地面に降りて、町の正門で入町手続きを済ませるワルツとルシア。
彼女たちの場合、最早、入町管理など必要ないほど、高い地位(?)にいたはずだが、その地を管理する伯爵や、その上ですべてを統轄しているコルテックスに対して迷惑を掛けまいと、彼女たちはわざわざ手続きをすることにしたようだ。
「世の中、おかしいわよね……コルテックスとアトラスだけに、特別な身分証明書があって、外を頻繁に出歩く私たちが、普通のやつとか……」
「あ、うん……そうだね……(あれ?お姉ちゃん、コルちゃんから新しい身分証もらってないのかなぁ?)」
と、そんな不毛なやり取りを交わしながら、地竜の襲撃によって再び破壊されてしまったために、正門に新しく設置されていた仮設の検問を通過していくワルツとルシア。
そして、正門跡地にかろうじて残っていた通用口から街の中に入ったところで……彼女たちは思わず足を止めた。
カサッ、カサカサカサカサ……
何やら黒光りする物体が、目の前を横切っていったのだ。
……それも、
カサカサカサカサ……
カサカサカサカサ……
カサカサカサカサ……
大量に……。
「……?!」チュウィィィィン
「だ、ダメよ!ルシア!こんなところで魔法使ったりなんかしたら!」
「くっ!」シュゥゥゥン
と、あやうく黒光りするソレと共に、サウスフォートレスごと吹き飛ばしそうになるのを、どうにか我慢することに成功するルシア。
それから彼女は泣きそうな顔をしながら、声を上げた。
「な、なんでこんな所にもいるの?!」
「うん……多分だけど、ポテンティアが崩れて……Gになっちゃったんでしょうね。きっと。それ以外に原因は考えられないわ(前にバラ撒いたマイクロマシンは暴走してないはずだし……)」
「なんなのGって?!私のお寿司を横取りして、何が嬉しいの?!」
「う、うん……。多分、嬉しいからっていう理由でルシアの稲荷寿司を取ってるわけじゃないと思う……」
数日間連続で稲荷寿司を横取りされていることを思い出して激怒するルシアを前に、為す術が何も無かったのか、思わず頭を抱えるワルツ。
それから彼女は、思い出したことがあったのか、困った表情を浮かべたままで、妹に対してこう言った。
「『ポテンティア』って名付けて、操縦してたくらいだし、テンポなら何か知ってるんじゃないかしら?」
「あー、言われてみれば、確かにそうかもしれないね……。でも、テンポ、どっかに落ちてっちゃったよ?」
「そんなに遠くには行ってないはずだから、ここで待ってればその内、来るんじゃないかしら?」
「んー……ならいいんだけど……」
と、テンポの心配をしているのか、それとも魔法のポシェットの中身を心配しているのか、姉の言葉を聞いて、複雑そうな表情を浮かべるルシア。
そんなやり取りをした後、大量の真っ黒な物体に覆い尽くされそうになっていた街の中を、何度か魔法を暴発させそうになりながら、2人は高台へと歩いていった。
そして大通りを数分ほど歩いて、ワルツたちは目的地である新伯爵邸へと辿り着く。
そこではどういうわけか、ルシアが嫌う、その物体Gたちは、鳴りを潜めていた。
どうして彼らがいないのか、ワルツたちにはまったく見当が付かなかったようだが、ルシアにとっては無条件に幸いなことだったようだ。
彼女は姉の前に出ると、何故か鎧ごとボコボコになっていた顔見知りの兵士に挨拶をしてから、新伯爵邸の敷地に入り、そして迷うこと無く扉をノックした。
その際、彼女の尻尾が左右に揺れていたのは、ここ1週間会っていなかった狩人やエネルギアに会えると思っていたからなのか、それとも、朝食に必ず稲荷寿司を作ってくれる料理人が遂に帰ってくると安堵していたからなのか……。
嬉しそうにルシアが待っていると、間もなくして、ゆっくりと扉が開く。
ガチャ……
その結果、中から出てきたのは……
「……ご無沙汰しておりますルシア様。それにワルツ様。ようこそ伯爵邸へ」
何処かで見たことのあるメイドの少女だった。
チックタックチックタック……
来賓室の中に響き渡る、定期的な時計の音。
むしろ、それ以外に何も音が生じていなかった、と言うべきか。
ワルツとルシアは、狩人たちのことを、この部屋で待つことになったのだが、部屋の中にはメイドの姿もあるというのに、何故か3人ともが口を噤んだままで、喋ろうとしてなかったのである。
一見すると、重苦しい空気のように見えるのだが……そういうわけではないらしい。
「(誰だったっけ?この人……)」
と、最近のアンバーの例にもあるように、物忘れが激しいのか、んー、と考え込むワルツ。
要するに、彼女は、『ご無沙汰』と発言したメイドが誰なのかを思い出せなかったようなのだ。
前回、ここに来た時は、アンバーの事を覚えていたルシアも、
「(この人、どこかで見た気がするんだけど……)」
と、姉と同じ体勢で考え込んでいたようである。
そんな折、2人が部屋に入って、ソファーに腰を下ろしてからと言うもの、涼し気な表情を浮かべながら入り口の扉横でジーっと立っていたメイドは、その場の妙な空気にいよいよ耐えられなくなったらしく、
「……菓子を持ってまいります」
と口にしてから、部屋を出て行った。
そしてメイドがいなくなったところで……ワルツとルシアは、持っていた疑問を、それぞれ口に出し始める。
「……あの人……宿屋のお孫さん?」
「……誰それ?」
「アルクの町にある宿屋って、この町の宿屋の娘さんが経営してるらしいよ?それで、その娘さんの娘さんが、この町のおじいちゃんのところに来て、修行してるみたいなんだけど……」
「あー、アルクがまだ小さな村だった頃に、ルシアの服が無くて、娘さんの服を譲って貰った……あの時の宿屋の関係者ってことね」
「うん、そういうこと。でも、こんなところにいるわけないし……」
「んー……私は直接会ったこと無いから、違うんじゃないかしら。でも最近だと、自分は知らなくも、相手は知ってるってケースも増えてきてるから、なんとも言い切れないのよね……」
「でも、お姉ちゃん、今、変装してるから、相手が知ってるってことは無いんじゃない?」
「あ、そう言えば、変装してたわね……」
「……(お姉ちゃん、本当に物忘れが激しくなってるんじゃないかなぁ……)」
と、ワルツとルシアが、メイドが何者なのかを推論していると、
ガチャッ……
不意に扉が開いた。
その音を聞いて、姿勢を正す姉妹2人。
出ていったメイドが帰ってきたかもしれない……彼女たちはそう考えたようだが、どうやら違ったらしい。
あるいは、この部屋で待たされている理由が、狩人やエネルギアたちを待つことだったので、ようやく彼女たちがやって来たかもしれない、とも考えたようだが、そういうわけでもなかったようだ。
では誰が来たのか、と言うと……
「おや?こんな所で顔を合わせるとは、奇遇ですね?お姉様とルシア様」
「……なんでここにテンポがいるわけ?」
「テンポ、先に来てたんだね……」
という3人のやり取りの通り、さきほど空から落下していったテンポだったようである。
……だが、どうやらテンポだけではならしい。
彼女が入ってきた後ろから……
「……えっ?」
「…………え?」
一人の人物(?)が入ってきたのである。
そして彼は、その場で愕然とした表情を浮かべていた2人に対して深々と頭を下げながら、こう言った。
『お二人とも、お初にお目にかかります。僕の名前は……ポテンティアです!』
エネルギアよりも鋭い視線をした、彼女にそっくりな少年の姿を目の当たりにして、頭を抱えるルシアとワルツ。
つまり……
「なんで、みんな、私に似てるのかなぁ……。なんか悪いことしたかなぁ……」
その少年は、ルシアともそっくりだったのである。
うーん……眠い……眠いのじゃ……。
毎週休日は身体を動かす、と決めたのじゃが、最近まで外が暑くて運動しておらんかったから、めっきりと体力が落ちておって、ガクガクな狐になってしまったのじゃ。
これは本格的に身体を動かさねば拙いのう。
いっその事、執筆活動に入るに、散歩でもしてみようかのう?
その結果、散歩の途中でユリアたちに妨害されて、時間までに家に帰れぬ可能性も否定はできぬがの。
あ、そうそう。
一つ補足するのを忘れておったのじゃ。
以前、テンポが、誰にも見えない少年に対して『ポテンティア』という名前を付けたのじゃが、それが前話で、飛行艇の名前に変わっておった理由について、述べておらんかったのじゃ。
とは言っても、前話の段階でそれを話すと、ネタバレ感が無くもないのじゃがの?
要するに、少年=飛行艇なのじゃ。
エネルギア嬢の前例もある故、言わずもがな、かもしれぬがの。
ただのう……いや、詳しいことを言うのはやめておくのじゃ。
その但し書きについては……近いうちに明らかになるはずじゃからの。




