7.8-19 黒い飛行艇1
修正:村→町
時間は数十分だけ遡る。
ミッドエデンの空には、マイクロマシンの動力源である大量の無線電力伝送装置と、そしてその先頭を飛行する人物の姿があった。
言うまでもなく、ワルツとルシアである。
彼女たちは、マギマウスを駆逐すべく、その大きなサイコロ状の装置をサウスフォートレスまで運んでいる最中だった。
より正確に言うなら、1周間前に散布したマイクロマシンの行動範囲を広げるための装置をサウスフォートレスまで運び、そして設置するまでが今回の彼女たちの目的だったのである。
つまり2人は、サウスフォートレス以南に広がってしまったマギマウスが原因で引き起こされている異常気象に終止符を打つために、移動中だったのだ。
ただ、彼女たちは飛びながら頭を抱えていた。
それは、コルテックスが作り出した魔法生物(?)によって、本来散布するつもりだったマイクロマシンの大半が破壊されてしまい、前述の目的が予定通りに達成できるか分からなかったから……という理由だけが原因ではない。
ゴゴゴゴゴ……
と、黒い飛行艇が、特に何をするでもなく、2人の後ろをずっと追いかけて来ていたからである。
その飛行艇は、ルシアが山を丸ごと溶かして作成した王都の外に立ち並ぶ『人工鉱山モノリス』を、マイクロマシンたちが暴走して作り上げた、謎の巨大戦艦だった。
黒っぽい色をしている以外は、エネルギアと瓜二つの見た目で、動力源ほか、その殆どのメカニズムが、科学でも魔法学でも説明することの出来ない飛行艇である。
それが突然現れたのが数日前で、今日まで大人しく工房ビル(?)に突き刺さっていたのだが、ワルツたちが王都を離れようとしたことを察したのか、再び動き出して、2人のことを追いかけてきたのだ。
その様子は……まるで、エネルギアが『僕も行く!』と言ってるような雰囲気に似ている、と言えるだろう。
それを何となく感じていたのか、前を見ずに後ろ向きに飛びながら、黒い飛行艇の観察をしていたルシアが、眉を顰めながら、おもむろに口を開いた。
「話しかけても返事は帰ってこないけど……なんか2人目のエネルギアちゃんみたいだよね?」
と、自身の重力制御魔法を使って、音もなく滑るように飛びながら、隣りにいた姉に対して言葉を投げかけるルシア。
すると、今日の気分なのか、それともいつもの姿に飽きたのか、今は白狐娘姿になっていたワルツが、コロコロと表情の変わる妹と、後ろを飛んでいる飛行艇を一瞥してから、大きなため息を吐いた後で、その口を開いた。
「単にエネルギアが増えただけならいいんだけどね……」
「何か困ることでもあったの?」
「そういうわけじゃないんだけど、なんというか……」
そう言って一旦、口を閉じるワルツ。
それから彼女は、腕を組んで、うーん、と唸った後で、こう言ったのである。
「なんか……テンポと同じ気配を感じるのよね……」
後ろから追ってくる飛行艇の気配の中に、ワルツは、彼女にしか分からない、妹のテンポが放つものに似た何とも言い難い雰囲気を感じ取っていたらしい。
ワルツの主観で言うなら、無表情で何を考えているか分からない怪しg……ミステリアスな雰囲気、といったところだろうか。
「うーん、それは考えすぎなんじゃないかなぁ……。私は何も感じないし、見た感じ、乗っているようには見えないけど……」
「そうよね……。きっと気のせいよね……」
とワルツがフラグを立てた、そんな時であった。
「……お姉さまー?」
ワルツたちの耳に、何処かで聞いたような、そんな声が聞こえてきたのである……。
「……空耳よね?」
「うん。私も聞こえた」
「空耳じゃないのね……」
明らかに聞こえたその声に、苦笑を浮かべるルシアと、疲れたような表情を浮かべるワルツ。
その直後、彼女たちの後ろから飛んできていた飛行艇の先端部分が、高速に飛行しているというのに、
ガコォンッ……
という重々しい音を上げ、割れて、そして開くと……その隙間から、取って付けたようなメカメカしい座席に座っていたテンポが、ゆっくりと姿を現したのである。
どうやら、この黒い飛行艇を操縦していたのは、テンポだったらしい。
「……貴女、何やってるのよ……」
「それはもちろん、ポテンティアの試験飛行ですよ?一目見れば分かるではないですか」
「分かるわけないじゃない……。っていうか、ポテンティアって何?」
ルシアと同じように後ろを振り向いて、そのままの体勢で飛行し、そして急に現れたテンポに対して怪訝な視線を向けるワルツ。
すると、戦闘機のイジェクションシートのような座席に座っていたテンポは、ワルツからその視線を向けられることに慣れきっていたいたためか、いつも通りの無表情を変えること無く、姉の言葉に返答した。
「エネルギアちゃんの弟みたいなものですからね。これ以上無い、適切な名前だと思うのですが?」
「つまり、貴女が名前を付けたわけね……」
「はい。いつまでも『名無し』じゃ呼びにくいですし、ストレラあたりに、『タマ』とか適当な名前をつけられたら、堪らないですからね」
「私としては……『ポテンティア』の名前をこの飛行艇に付けるつもりはなかったんだけど……」
と、『ポテンティア』という名前に特別な思い入れでもあったのか、そう口にしてから再び大きなため息を吐くワルツ。
だが、もう付けてしまったものは仕方がないので、彼女は話題を変えることにしたようである。
「で、何?さっき私の事、呼んだわよね?」
「えぇ。ちょうど眼下にアルクの町があったので、酒場にお土産でもいかがかと思いまして。……どうですか?その装置をお送りするとか」
「……つまり、空から落とせってこと?」
「いいえ、違います。全力で投げつけてください」
「はいはい……」
ワルツは顔の前で適当に手を振って、酒場の店主のことが嫌いだったテンポの話を却下したようである。
ただし……。
その直後、彼女は空に浮かべていた1辺が1mほどのその装置を一つ手に取ると、地面に向かって、テンポの言葉通りに放り投げたようである。
「お姉さま……。けしかけたのは私ですが、実際に殺人を犯すというのは、いかがなものかと思います?」
「違うわよ!この地方も雪に覆われてるから、マギマウスがいると思って、装置を投下しただけよ!それも、人のいないところにね?」
とテンポに対して抗議の言葉を上げるワルツ。
その際、猛烈な勢いで地面に向かって落下していった装置が、低空を飛んでいた大きなドラゴンの尻尾に当たって、それを切断したのは……まぁ、たまにはそういうこともあるのだろう。
「それは……残念です」
「一体、何に残念がってるのよ……」
テンポの言動についていけなかったためか、ワルツは何度目かになる大きなため息を吐くのであった。
それから間もなくして、アルクの町からは歩いて3日ほどの距離にあるサウスフォートレスの景色が、流れていく地面と共に段々と近づいてきて……。
ワルツと不毛なやり取りをしながら、王都で買ってきたという稲荷寿司煎餅をルシアに食べさせていたテンポは、それに気付いたのか、不意に座席のベルトのチェックを始めた。
その様子を見て問いかけたのは、疲れた様子のワルツ……ではなく、貰った煎餅を、一口、また一口と、慎重に味わっていたルシアである。
「何してるの?テンポ」バリボリ
「それはもちろん、脱出装置の最終確認です」
「だっしゅつそうち?」
「はい。墜落しそうな飛行機や飛行艇から、安全に脱出するための装置です。テレサ様がお使いになりたいらしいのですが、今回、そのプロタイプの試験を任されまして、ちょうどいい機会なので、ポテンティアに取り付けた、というわけです」
「ふーん……。どんな風に動くの?」
「どんな風に……ですか。んー、そうですね……」
と悩ましげな無表情を浮かべてから、周囲の景色に眼を向けるテンポ。
その景色には、見かけない巨大なピラミッドのようなものがあったものの、半日ほどでサウスフォートレスへと歩いて行ける距離だと彼女は判断したようで、
「実際に動いているところを見るのが、一番わかりやすいかと思います」
そう口にしてから、足元のレバーに手を置いた。
「少々危険だと思いますので、ルシア様は後ろに下がってください」
「う、うん……(安全に脱出するためのものなのに、危険なの?)」
テンポの言葉がよく解らなかったようだが、とりあえず彼女の言葉通りに、先頭で飛んでいたワルツのところまで、移動するルシア。
するとワルツは、ルシアが脱出装置に向かって難しそうな表情を向けていたことに気付いたらしく、簡単な説明をするためにその口を開いた。
「脱出装置っていうのは……またの名をイジェクションシートとも言うんだけど、椅子の下で火薬が爆発して、その反動で操縦者が椅子ごと外に吹き飛んで、そして脱出した飛行機に巻き込まれないような場所でパラシュートを開いてゆっくりと地面に落ちていく、っていうものよ?」
「ふーん……。爆発するから、危険だ、って言ってたんだね?」
「そういうこと。特にプロタイプなんかだと、設計通りに爆発しなくて、一步間違うと椅子ごと」
ドゴォォォォン!!
「って、吹き飛ぶこともあるから、特に注意が必要なのよ。分かった?」
「うん……。よく分かった……」
テンポが座っていた椅子が、彼女ごと吹き飛んだ様子を眺めながら、納得したような表情を浮かべるルシア。
その際、空に投げ出されたテンポが、
「これだからコルテックス製はー……!」
と声を上げながら、地面へと落ちていったようだが、ワルツもルシアも、テンポが地面に落下したところで特に問題無いと思ったらしく、重力制御魔法や重力制御装置で彼女のことを回収することは無かったようである。
その数秒後には、サウスフォートレスの上空を通過して、そして普段のエネルギアが着陸する際と同じように、地面へと吸い込まれていくポテンティア。
そして地面に衝突した瞬間、エネルギアとは違い、
ドシャァァァァッ!!
と、まるで砂か泥で作った造形物のように、ポテンティアが形を崩してしまったのは、地上で狩人たちが見ていたものと同じ光景である。
とは言え、それを見ていたワルツたちに、狩人やエネルギアたちが見せていたような驚愕の色が無かったのは、ポテンティアが何で出来ていて、どうやって作られたのかを知っていたから、だろうか。
この3人の話は、書くのが楽なのじゃ……。
比較的キャラがはっきりしておるからのう。
とは言っても、勇者も剣士も、徐々に濃いキャラに代わりつつある故、この2人も書きやすくなりつつあるのじゃがの?
近々での問題は……ソフィアと賢者の2人かのう……。
さて。
何か他に書くことが無かったかを思い出そうとしておるのじゃが……現状、特に何も無いのじゃ。
特に動きのない(?)次回予告のことを書いても、仕方がないしのう。
なれば、明日のために、さっさと寝るしかないかのう。
あぁ……温泉に入りたいのじゃ……。




