7.8-18 狩人講座18
一方的な(?)虐げ注意なのじゃ。
空から落ちてくる巨大なリンゴのように、ゆっくりと地面へと引き寄せられてくる赤熱した無数の巨石たち。
その真下にいた剣士は、
「お、お姉さま!?早く逃げないと……」
黒甲冑の男性と地竜が消えた場所を眺めながら、今なお、じーっと佇んでいた狩人に向かって、声を投げかけた。
「…………」
「……?お姉さま?狩人さん?」
話しかけているというのに、反応を返さなかった狩人に対して、怪訝な視線を向ける剣士。
返事をしないことも然ることながら、この危機的な状況下においても、心ここにあらずな彼女のことが、剣士は心配になってきていたようだ。
だが、狩人の様子がおかしかったのも、それほど長い時間の話ではなかった。
まもなくして彼女は、ハッとした表情を見せながら剣士の方を振り返ると、少々わざとらしかったが、こんな反応を見せたのである。
「……ん?!空から岩がっ?!」
「気付くの遅いですわ……遅すぎですわ……」
と狩人のその反応を見て、骨折していたために激痛が走っていた腕で、思わず頭を抱えそうになる剣士。
だが、どうやら、彼女(?)のその腕の痛みも、そして頭の痛みも、程なくして一切合財が消えてしまいそうである。
その原因については、空に浮かぶ岩石が刻一刻と地面に近づいていた、と言えば、大体察してもらえるのではないだろうか。
結果、一人の女性が声を上げた。
「ほらアンバー!逃げようとしてないで、あの岩石を転移魔法でどうにかしなさい!」
アンバーのルームメイトをしていたソフィアである。
他力本願にも聞こえる彼女の発言だが、現状を打開できる可能性を秘めていたのは、転移魔法を使えるアンバーだけだったので、ソフィアは彼女の尻に火をつけることにしたらしい。
一方、火をつけられる側にいたアンバーは、可能なら今すぐにこの場から逃げたかったようである。
「む、無理だよ、ソフィー!このままここにいたら、押しつぶされて、ぺしゃんこになっちゃうって!」
そんな及び腰なアンバーに対して……ソフィアは一言、こう言った。
「そう……。アンバーはここで逃げ出すわけね。『魔女』と蔑まれたままの人生で終わって構わない、と……」
その瞬間、眉間がピクリと動いて、表情が変わるアンバー。
どうやら彼女の心の中にあった、小さなロウソクに、火が灯ったようである。
いや、彼女の場合は、掛かりの悪いガスタービンエンジンが点火した、と言ったほうが妥当かも知れない……。
「……終わらせない」
歯を食いしばり、何か憎いものを眺めるようにして、空に視線を向けるアンバー。
それから彼女は、空に手を伸ばして、一旦そこで考え込むと、3秒ほど経過してから声を上げて、岩石に対して魔法を行使したのである。
「……お団子になっちゃえ!」
『えっ……』
ブゥン……
空に向かって突然、意味不明な言葉を上げ、そして空一面を真っ赤に染めていた岩石を転移魔法で消し去ったアンバーに対し、2つ以上の意味合いで、耳を疑ってしまった様子の一同。
だが、彼女のその行動結果、次の瞬間に生じた景色を見て、皆、納得したような表情を浮かべることになる。
ドゴッ、ドゴゴゴゴゴ!!
アンバーが転移魔法を行使した後、そんな何か巨大なモノ同士が連続して打つかるような音が聞こえてきたのは、この地に落下して狩人が大切にしていた森と小川を台無しにしてしまった岩石の、その横と上からだった。
つまり、アンバーが転移させたはずの岩石が、彼女たちの近くにあった岩の周囲に再び姿を見せたのである。
どうやら転移先は、どこか遠くではなく、殆ど離れていない目と鼻の先だったらしい。
それらは最初、横に並んで現れただけのように見えていた。
だが、12個ほどが横一列に並んだところで、今度は奥行き方向にも同じ数の岩石が並び……そして、1段目の土台部分(?)が完成したのか、暫くするとその上に2段目が生じたのだ。
そして同じように横方向、奥行方向と並び、もう1段増えて……を繰り返して、遂には、11段重ねになる。
その時点で、積み重ねられた岩石は、まるでピラミッドか、あるいは巨大なお月見団子のような形状になっていた。
とはいえ、現在の段数は、前述の通り11段。
つまり、あと1個、最後の12段目がなければ、きれいな三角形にはならかった。
そのためかアンバーは、エネルギアの本体を襲って、重粒子シールドに阻まれた後、近くで無造作に転がされていた最初の巨石に眼を向けると、
「最後っ!」
ブゥン、
ドゴォォォォン!!
と、それもわざわざピラミッドの上に乗せて、完全な三角形を作り上げたのだ。
そして、次の瞬間には、
「うわぁ〜……」バタリ
と、口にしながら、魔力切れのためか、その場の地面に倒れ込んでしまうアンバー。
その後、それっきり身動きしなくなった彼女の近くに、ソフィアはしゃがみ込むと、
「お疲れ様。アンバー」
と言って、空から降り注ぐ雪が直接当たらないように、彼女の帽子を、その顔に乗せたのである。
こうして一日の間に何度も起こったサウスフォートレス滅亡の危機は、ひとまず過ぎ去ったのだ。
そして皆が無事(?)にサウスフォートレスへと戻ってきた、次の日の朝。
この日も狩人の訓練は、脱出した際の目的地を失くしたと言うのに、休むこと無く続いていた。
ガタガタガタ!
『剣士ちゃん、賢者ちゃん、勇者ちゃん!出〜ていらっしゃい!』
と今日も新伯爵邸の食堂の扉を揺らしていたサウスフォートレスの騎士団の副長。
普段はそんなことは無いはずなのに、今が訓練の真っ最中だったためか、それともそれが彼の本性なのか……。
その異様な気配を前に、車椅子に乗った剣士と、普通モードの賢者は、いつも通り怯えていたようだが……どうやら今日に限っては、異なる展開になりそうである。
どこからどう見ても、メイドの少女にしか見えない勇者が、どこからともなく鉄パイプを取り出すと、食堂の扉に掛けられていた鍵を流れるように解除して……
「……失礼いたします」
まるで部屋の主に対して声を掛けるかのように口を開くと、戸惑うこと無く扉を開いたのである。
その様子を見て、
「あっ……」
「えっ……」
『ほー』
とそれぞれに声を上げる剣士、賢者、それに車椅子。
彼女たち(?)のその眼は、明らかに、お前、何してるんだ!、と語っていたが……どうやらそれは、扉の向こう側で、気持ちの悪い声を上げていた副長も同じだったらしい。
「……え」
急に扉を開いた勇者の姿を見て、副長も戸惑っていたのだ。
だが、その戸惑いも、一瞬で過去のものとなってしまう。
何故なら、扉を開いた勇者が、何の前置きも無しに、
ドゴォォォォン!!
と、いきなり殴りかかっていったからだ。
「んなっ?!」
ドゴォォォォン!!
ドゴォォォォン!!
ドゴォォォォン!!
容赦なく鉄パイプを振りかざしてくる勇者に対し、フル装備だったために、どうにか対応できた様子の副長。
だが、見る見るうちに、彼の盾は形を変えて、そして遂には、
バキンッ、ドゴォォォォン!!
と、勇者の鉄パイプの猛攻に絶えきれなくなって、取っ手の部分から壊れ、吹き飛んでいってしまう。
そこまで一方的に攻撃を加えられたなら、これまでの勇者なら、盾を破壊した時点で手を止めるはずなのだが……
ドゴォォォォン!
今、この時の彼は、どういうわけか、手を止めることは無かった。
結果、
ドゴォォォォン!
ドゴォォォォン!
ドゴォォォォン!
と、容赦なく鎧越しに殴られ、
「ひぃっ?!」
と怯えるような声を上げてうずくまりながら、勇者の一方的な攻撃が過ぎ去るのを、ただひたすらに待つだけしか行動の取りようが無かった様子の副長。
すると、そんな彼の様子にようやく気付いたのか、勇者はそこで手を止めると……しかし今度は、彼の被っていた鎧のマスクに手を掛けて、そして食堂の中へと引きずり始めた。
それから窓のどころまで来ると、おもむろにそれを開けて、
ドゴォォォォン!
最後の一発、と言わん限りの勢いで、うずくまる副長の背中に、鉄パイプをお見舞したのだ。
結果、
「ちょっ?!」
ドスン……
と、2階の窓から落下していく副長。
そんな彼のことを、終始、無表情で処理した勇者は、窓を締めると、そこで唖然としていた剣士たちの方を振り返って、一言こう口にした。
「……お待たせいたしました」
そして何事もなかったかのように、深々と礼をする勇者。
すると、彼のその無慈悲な行動に、今まで言葉を失っていた3人は、ここに来てようやく口を開く。
「あ、あなた……本当にレオなの?」
「なぁ、レオ……。行方不明になっていた間、お前に何があったのだ?」
『あー、すっきりした!』
すると、勇者は、再び扉の方へと歩いて行きながら、およそ2名の質問にこう答えた。
「……大自然の中、ただ一人だけで生き抜いていかなくてはならない状況。そんな状況を2人は経験したことがありますか?転移魔法で飛ばされて、気付くと、マギマウスの化け物だけでなく、ヨダレを垂らした魔物たちに囲まれていて……そして昼夜問わず、襲い掛かってくる彼らと戦わなくてはならない。そんな状況にさらされて、私は悟ったのです。……情け容赦は、いつか自分だけでなく、仲間たちの命をも奪う原因になってしまう、と」
その言葉を聞いて、再び言葉を失ってしまう剣士と賢者。
彼らには、何も言い返すことも、そして勇者に掛ける言葉も見つからなかったようである。
そんな中、勇者の行動と発言を、いつも通りに気配を消しながら見聞きしていた狩人は、2つの感情に挟まれていた。
まず一つ目は……
「(……素晴らしい!それこそ、狩人に必要不可欠な思考だ!)」
という感動に近いものだったようである。
彼女は、ここまで彼らに訓練を課してきた自分の行動が報われた(?)と、そう考えていたのかもしれない。
とはいえ、勇者は、昨日まで行方不明だったので、実質的に狩人の訓練は受けていないに等しいのだが。
そしてもう一つが、
「(このままだと、死人が出そうだな……)」
という懸念だった。
情け容赦をしないという勇者の発言は、先程、彼が副長を窓から突き落とした行動からも、疑う余地の無いもので、このまま放置しておくと、自分の部下たちが大変な目に遭う、と狩人は考えたようである。
「(さて……どうしたものか……)」
そして狩人が、成長しつつある勇者のやる気(?)を失わせないようにしながら、どうにかして訓練を中断する方法は無いか、と考えていた……そんな時である。
彼女の懸念を一気に解消する(?)出来事が起ったのだ。
ゴゴゴゴゴ!!
急に窓ガラスを大きく揺らすような振動が、辺りに響き渡ってきたのである。
「敵襲?!」
その振動を感じて、間髪入れずに、そう口にする狩人。
外の景色が急激に暗くなっていったことも、彼女にそう思わせた要因かもしれない。
だがそれは、どうやら敵襲ではなかったようである。
空を暗くしていた原因に気付いた狩人が……その様子を見て、おもむろに呟いた。
「黒い……エネルギア?」
その際、他の者たちも、窓から空に眼を向けて、彼女と同じように疑問まじりの表情を浮かべていたことについては、言うまでもないだろう。
その中でも、エネルギア本人は、特に驚いていたようである。
『もしかして……あれが、僕の2番艦?』
まるで自分の影のような姿の飛行艇を、マイクロマシンで車椅子を形作ったまま、眺めて呟くエネルギア。
その声には、期待と困惑、そして疑問の色が含まれていたのだが……それはまもなくして、驚愕の一色に埋め尽くされてしまう。
何故なら……
……ドゴォォォォン……
サウスフォートレスの上空を通過していったエネルギア似のその飛行艇が、普段彼女が着陸するときのように、鈍角で地面に衝突したかと思うと……
サァーーーーッ……
と砂で作った城が崩れるようにして、一気に形を崩してしまったからだ。
どうやら、飛んできた真っ黒な飛行艇は、元となったエネルギアとは違い、とても脆い作りになっていたようである……。
もう……絶望なのじゃ。
今日になって、昨日何を書いたのか確認しておったら……それがあまりにも酷い駄文だったのじゃ。
仮眠したのが拙かったかのう……。
それとも、疲れ切っておって、頭が回っておらんかったのう……。
いずれにしても、もう、どうにもならない気しかしないのじゃ……。
これまでの文……見直すのが怖いのじゃ……。
(なお、少しだけ言い回しを整理した模様)
さて、そんなわけで、オーバーランもいいところな狩人講座は、今話で終了なのじゃ。
次回からは、7章フィナーレになる……そのはずなのじゃ。
また、妾が変な思いつきをしない限りは、じゃがの。
はぁ……。
半月に渡ってワルツが出てこない話が……ようやく終わったのじゃ。
実のところ、今回の話で、アンバー殿に活躍してもらうか、それともワルツがやってくるかで悩んでおったのじゃ。
じゃが、日数を考えると、ワルツがやってくる日は、サウスフォートレスが黒甲冑の男に襲われた次の日のはずじゃから、ワルツとルシア嬢が介入して、問題解決……というわけにはいかなかったのじゃ。
あるいは、ソフィア殿がどうこうする、というのも選択の一つだったのじゃが、あまりに唐突過ぎた故、ボツにしたのじゃ。
ただ、アンバー殿が活躍したせいで、一つだけ転移魔法に矛盾が生じてしまったのじゃが……まぁ、それについては既に合理的な言い訳を考えておる故、取り上げずともよいかのう……。
さて。
寝るのじゃ……。
今朝起きると、時計を見間違えて、
『寝坊した……じゃと?!』
と、大変なことになったせいで、今日一日、疲れてしまったのじゃ。
やはり、一日のすべては、朝で決まると言っても過言ではないと思うのじゃ……zzz。




