7.8-14 狩人講座14
グォォォォォン!!
その硬そうな身体のどこに、重低音の咆哮を響かせるような器官が備わっているというのか。
突如として現れた地竜は、周囲の全てを文字通りに揺るがすような、けたたましい鳴き声を、身体の内側から吐き出した。
そんな急に現れた強敵を、ぽかーん、と眺めていた5人の内、最初に反応したのは、
「ム、ムォッ?!」
と、つい最近まで野良の魔物だったサーロイン……なのだが、彼について語っても仕方がないので、その次に反応した人物に視点を移すと、
『なんだ。山じゃなくて、ただの大っきなトカゲかー』
残り4人の中で、最も余裕のあった、エネルギアであった。
仮初の身体であるマイクロマシンに何か攻撃が加えられても、痛くも痒くもない彼女にとっては、ドラゴンが現れた程度では、問題にはならなかったのである。
とは言っても、まったく問題が無かったわけではない。
近くには相棒の剣士がいるので、彼女は自分の身を守ることと同じくらいに、大切な彼のことを守らなくてはならなかったのである。
結果、彼女は、賢者を背負ったままで唖然とした表情を地竜に向けていた剣士に抱きつくと、その身体の形状を変化させて、普段のように真っ黒な鎧へと姿を変えた。
すると、自身の身体の表面を、温かな液体のようなものが流れていった感触を覚えたためか、思わず背筋を伸ばしながら我に返る剣士。
それから彼は、その場にいて同じように固まっていたアンバーに向かって、声を上げた。
ただ、その際、彼女の面影を見て、彼が勘違いしてしまったのは、こういった危機的な場面を、何度も一緒に乗り越えてきた仲間のことを思い出してしまったから、だろうか。
「リア!やりますわよ!」
その声を聞いて、ようやく我を取り戻したのか、アンバーが眉を顰めながら返答する。
「アンバーです!勇者様にも、同じことを言われましたよ……」
「おっと、これは失礼。では、改めて……。アンバー?やりますわよ?あれだけの大物、真正面から戦う必要はありませんわ。倒そうだなんて思わないで、ここは安全を第一に考えて行動しましょう」
「なんか、無理やりはぐらかされた感じがして、納得いきませんが……分かりました。では、私の転移魔法で、あのドラゴンを何処か遠くへ……」
とアンバーが、白い花畑の中で、不気味に佇んでいた地竜に対して、転移魔法を行使しようとした……そんな時のことだった。
「……転移防止結界」
どこからともなく、不意にそんな男性の声が響いてきて、奇妙な気配が辺りを包み込んだのだ。
どうやら、その言葉通りに、転移魔法への対抗手段である『転移防止』用の結界魔法を、この周囲一体に展開されてしまったらしい。
それを感じて、転移魔法しか使えないアンバーは、ピクッ、と小さく震えると、申し訳無さそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「……すみません、剣士さん。私、普通の女の子になってしまったみたいです」
「あら、そうですの?……って、そんなこと言ってる場合じゃないですわ!いきなりピンチですわよ!?」
と、頼りにしようとしていた魔女が、単なる足かせに変わってしまったために、慌てた様子を見せる剣士。
すると、自分のことを完全に無視して、そんなやり取りをしていた剣士とアンバーの余裕そうな態度(?)に業を煮やしたのか、先程の転移防止結界を行使したと思わしき、全身黒甲冑姿の男性が、おもむろに地竜の背中へと現れて……そして剣士たちを見下しながら、声を上げた。
どうやら男性は、この地竜のテイマーらしい。
「おい、そこのオカマ共!」
その言葉を聞いて、
「オカマ?誰のことでしょう?」
「私、正真正銘の女なんですけど……」
「ムオッ……?!」
と、サーロイン以外は、冷静に対応する剣士たち。
そんな彼らの、挑発するような(?)態度が気に食わなかったのか、地竜の背中にいた男性は大きなため息を吐くと……しかし、やはり時間の無駄だと思ったのか、特に何か言い返すでもなく、いきなり本題に入ることにしたようだ。
「お前らにゃぁ、何か恨みがあるわけじゃないが、主から賜った命令の……犠牲になってもらおう」
そして、彼が空に手を掲げて、指を鳴らした瞬間……
パチンッ!
グォォォォォン!!
一時的におとなしかった地竜の動きが、再び慌ただしくなった。
その様子を見て、アンバーは思い出したことを話し始めた。
「そういえば、あの人と、このドラゴンなんですが、前に見たことあります。確か、エネルギアちゃんが来る少し前、サウスフォートレスの町の中で暴れたドラゴンと、そのテイマーです」
「……?!初耳ですわよ?!」
「えっ?勇者様、報告してなかったんですか?」
「少なくても、わたくしは、レオからは聞いてないですわ……」
「じゃぁ、一緒に戦った騎士様方は?」
「……これ、きっと、誰かが報告するだろう、ってことで、放置されたパターンですわ……」
マギマウスの対応のせいで、皆があまりにも忙しかったためか、町中に地竜が現れて暴れた、という情報共有がされていなかったことを初めて知って、頭を抱える剣士。
一方、彼らがそんなやり取りをしている最中も、5人から50mほど離れた位置にいた地竜の方は、粛々と行動を続けていたようである。
地竜はその場から移動すること無く、身体を真っ直ぐにすると、急に大きく口を開けたのだ。
その中には、今まで口を閉じてチャージしていただろう光り輝く流体の塊……ドラゴンブレスがあって、それを間髪入れずに……
ドゴォォォォ!!
と、剣士たち目掛けて飛ばしてきたのである。
とはいえ、普段から夜な夜な空に向かって飛竜カリーナが放っていたブレスを眺めていた剣士たちにとっては、大きな問題には感じられていなかったようである。
まぁ……慣れてないアンバーやサーロインは、急に飛んできたドラゴンブレスに、顔面蒼白状態だったようだが。
「ムオッ…………」
自分たちに向かって急激に近づいてくる、青白く輝くブレスを前に、フッと意識が遠くなってしまったミノタウロスのサーロイン。
その瞬間、彼の脳裏では、自分たちが守っていたサウスフォートレス地下の伝説の物干しz……鉄パイプや、そこへとやってきたコルテックスから受けた筆舌に尽くしがたい暴虐、そして『ぎゅーしゃ』と呼ばれる収容所と、そこの中で出されるあまり美味しくない食事、更にはそれを食べている自分を嬉しそうに眺める恐ろしい魔女の笑みが浮かび上がってきていた。
要するに、彼は走馬灯を見ていたのである。
その走馬灯の中身は、前述の通り、あまり幸せとは言えないものだったようである。
思い出せば思い出すほど、サーロインの人生(?)は酷く悲しげなものだったらしく、未だドラゴンブレスとの距離は大きく開いていたはずだが、彼の瞳は既に死んだように輝きが失われていた。
自分の人生(?)、もう少し、違う生き方があったのではないか……。
彼はそう考えていたのかもしれない。
そんな彼に向かって、まるで死神が擡げた鎌のように、ドラゴンブレスが地面ごと花々を削り、高温で融解させ、一切合財を吹き飛ばしながら、まっすぐに飛んで来るのだが……どうやらこの窮地において、サーロインの人生(?)の転機が訪れたようである。
『んー、芸が無いけど、仕方ない。しょっくかのん!』
ドゴォォォォン!!
剣士と呼ばれた男性の身体に、溶け込むように纏わりついていた少女の声が聞こえたかと思うと、どこからともなく飛んできた光の粒子が自分たちの目前で爆散し、その衝撃で、ドラゴンブレスごと、地竜の身体を横方向に大きく吹き飛ばしたのだ。
それも、まるで、魔法のように。
その結果、本来の射線からズレたドラゴンブレスは、剣士たちの横方向、少し離れた着弾するのだが、その際の爆風が剣士に当たり……
「うおっ?!」ぐらっ
体勢を崩した彼が、同じく爆風を受けていても、筋力でどうにか凌いでいたサーロインの、その腕の中へと
ドサッ……
と、倒れ込んだ。
「おっと……助かりましたわ。サーロイン」
いつの間にか、主人であるアンバーのことも無意識の内に守っていたサーロインに対して、感謝の言葉を口にする剣士。
だが、剣士を受け止めたサーロインの様子は、明らかに何処かおかしかった。
「…………」
「……?」
その様子を見て、何となく嫌な感覚に囚われる剣士。
すると見る見るうちに、サーロインの鼻息は荒くなって、頬は紅潮し……
「ムォ〜……」
終いには、なにやら嬉しそうな声を上げ始めたのである。
剣士は当初、その様子を見て、この数日間の間、幾度も体感してきた命の危険のようなものを、改めて感じていたようだが……よく見るとサーロインの視線が、自分には向けられてないことに気付いて、彼は安堵した。
そして、続けざまに口を開く。
「……わたくしの代わりに賢者を背負います?」
その瞬間、
「ムオッ!」
と元気よく頷くサーロイン。
サーロインが何を考えたのか、剣士は深く考えないようにして、意識の無かった賢者を肩からそっと降ろすと、サーロインに対し彼を差し出した。
そして、剣士は努めてサーロインと賢者の方を見ないようにして、身軽になった身体のストレッチをすると……。
未だ健在だった地竜と、その背中にしがみついていた男性に向かって、声を向けたのである。
「さて……それじゃあ、そろそろ本気で戦いますですわ!行きますわよ?エネルギア!」
『うん!れーるがん!』
ドゴォォォォン!!
こうして、高い防御力が特徴の地竜と、高い攻撃力が特徴の剣士・エネルギアコンビの戦いが、幕を開けたのである。
……なお、
「……ん?何だ……?剣士とは違う、随分と逞しい背中に背負われている感触だが……」
「ムォッ!」
「?!」
「ムォ〜」
「?!!?」
と、目覚めた賢者が、何やら大混乱状態に陥っていたようだが……サーロインの鳴き声が、まるで『心配するな』といったような色を含んでいたことと、彼がジーっと視線を向けていたのは、背負っていた賢者でも、そして剣士でもアンバーでもなく、別の存在だったことについては、念のためここで断っておこうと思う。
……ある日、妾はコーヒを飲むことを止めたのじゃ。
コーヒーに含まれるカフェインが、頭の覚醒に繋がることは言うまでもないじゃろう。
それ故にコーヒーは、現代社会で戦う人々における、必要不可欠なドリンクであることも……。
故に、少し前までの妾は、コーヒーを服用して、オーバークロックしておったのじゃ。
じゃがのう。
正直、コーヒーが嫌いなのじゃ……。
香り、味、苦味、コク、そしてそれらの余韻……。
一応、好みのバランスはあるのじゃが、それはまるで針に糸を通すかのごとく、厳しい条件じゃったようで、中々、好みのコーヒーにたどり着けなかったのじゃ。
では、普段はどんなコーヒーを飲んでおったのか、というと、某脱脂粉乳や砂糖たっぷりの、見るからに身体の悪そうな添加物を追加して、ごまかしながら飲んでおったのじゃ?
……で、思ってしまったのじゃ。
果たして、口の中にネットリとしたクリーミーなコーヒーの成分を残す、という嫌な思いをしながら、無理矢理にコーヒーを飲むことに、価値はあるのか、と。
その結果、そこまでして飲むコーヒーにも申し訳ないし、代替になる飲み物もあった故、乗り換えることにしたのじゃ。
それで、飲み始めたのが、ほうじ茶、なのじゃ。
とはいえ、コーヒーと大きく異なる飲み物、というわけではないのじゃがの?
でも、ほうじ茶なら、とりあえず、好き嫌い無く飲めるのじゃ。
むしろ、好き、というべきかのう。
……じゃがしかし、なのじゃ。
好きである故、気付くと相当な量を飲んでしまっておるのじゃ。
もう、そりゃ、タプタプな狐になってしまうのじゃ。
これ、どうしたものかのう……。
……まぁ、よいか。
おっと、もうこんな時間なのじゃ。
というわけで、明日も早い故、駄文はこの辺で切り上げるのじゃ!




