1.2-32 町での出来事23
カタリナがワルツパーティー(?)に参加することになった結果、ワルツとルシアの2人は、新しく買った杖を使っての魔法の練習ができなくなってしまった。なにしろ、カタリナは、今にも倒れそうなほどに空腹な状態。そんな彼女のことをそのまま放置していたならどうなってしまうのか……。敢えて想像するまでも無いだろう。
「むしゃっ……んぐっ……ごくっ……」もぐもぐ
「うん。良い食べっぷりね」
「お姉ちゃんは食べないの?」もぐもぐ
「ん?う、うん……。さっき食べたばかりだから……」
サウスフォートレスの正門から入ってすぐの所にある噴水。そこまで戻ってきたワルツたちは、数時間前と同じようにして、噴水の縁に腰を下ろし、食事を摂っていた。
その際、ワルツは、先ほど昼食を食べたばかりなので、果実水を口にしていただけだったが、ルシアはどういうわけか、カタリナと一緒に、稲荷寿司を頬張っていたようである。今の時間は、およそ午後3時。どうやらルシアは、おやつ感覚で、稲荷寿司を食べているようだ。
そんな中。明日のことを考えていたワルツが、カタリナに対し問いかけた。
「そうそう。カタリナに言っておかなきゃならないことがあるのよ。実は私たち、明日、村に帰る予定なのよ。住んでるの、ここの町じゃ無いからさ?」
「では、旅の準備が必要になるのですか?それであれば、私が、必要な物をご用意しますが……」
「んー、多分、旅の準備をする必要は無いと思うのよ。多分、また、狩人さんが用意してくれるし(最悪、飛んで帰れば良いだけだし……)だけど、このまま村に戻ったら、貴女、必要な物が無かったりして、困ると思うのよ。だから、お金あげるから、貴女が必要だと思う物を揃えてきてもらおうかなーって思って?」
「い、いえ……町に入るための税金ばかりか、食事代までいただいてるのに、これ以上、恵んでいただくわけには……」
「あと、宿代もね?」
「?!」びくぅ
「いや、別に、同じ部屋に泊まれば、朝食とか夕食が出ないだけで、追加料金は払わずに止まれると思うわよ?(っていうか、狩人さん、食事してないと思うから、その分の食事をもらっちゃえば、タダで食べれると思うけど……)」
と、毎日、朝食が用意されるよりも早く出かけて、夕食の時間よりも遙かに遅い時間に戻ってくる狩人のことを思い出すワルツ。そんな彼女は、夜遅くに帰ってきた狩人に対し、どうやってカタリナを紹介しようか、と悩んでいたようだ。
なにしろ、カタリナは、”元”とはいえ、勇者パーティーのメンバー。そして狩人は、彼らに襲われて、唯一被害を受けた人物なのである。それを考慮すると、狩人がカタリナのことを、簡単に許すとは限らなかったのだ。
「(まぁ、狩人さんのことだから、すぐに納得してくれるとは思うけど……ねぇ?)」ちらっ
「うん?」もぐもぐ
「(ルシアの前例もあるし……)って、ルシア?それ、何箱目?」
「えっ?えっと……4箱?」
「ちょっ……食べ過ぎじゃ無い?それ……」
「んー……やっぱりそうかなぁ……。でも、不思議と、口の中に吸い込まれていくんだよ?このお寿司っていう料理……」
「そりゃ食べれば、吸い込まれていくでしょ……」
と、妹の無尽蔵な食欲(?)を前に、あきれたような表情を浮かべるワルツ。
すると、そんな時。不意に広場の周りが騒がしくなってくる。
もちろん、その場には、少なくない数の人々がいて、もともと広場全体が喧噪に包まれていたのだが、そんな中の一部の者たちが見せていた空気が、少し変化したのである。何かに気づいて、道を譲り始めた、といった様子だ。
「……ん?」
「どうしたんですか?」
「誰か……来た?」
カタリナに対し、ワルツがそう返答したタイミングで、町の奥の方から大通りを20名ほどの兵士たちが歩いてきた。それも、一般的な衛兵たちとは異なり、全員が銀色の甲冑を纏っていて、その先頭を大きな馬に跨がった人物が通過していく——そんな一団である。
彼らは、広場のすぐ近くにあった町の正門から外に出ると、そのままどこかへと立ち去っていった。その後ろ姿を衛兵たちが敬礼を以て見送っていたところを見ると——この町に駐屯する騎士たちの出撃、といったところだろうか。
その様子を見ていたカタリナが、こんなことを口にする。
「あれは確か……この地の領主のアレクサンドロス様です。他の人たちは、護衛の騎士の方だと思います。装備からすると……この近くで、大きな戦闘でもあるのでしょうか?」
と、勇者と共にこの町で持て成された際、顔を合わせたこの町のトップであるアレクサンドロスという名の男性ことを思い出すカタリナ。
……しかしである。
「あの……ワルツ様?どうかされたんですか?」
どういうわけか、ワルツは、カタリナの言葉に反応を返さなかった。
もちろんそれは、彼女の言葉に興味が無かったから、というわけではない。むしろその逆だった。
「おかしいわね……。あの一団の中に……狩人さんがいたんだけど……」
「……えっ?」
「ふぇっ?」もぐもぐ
「立派な馬に乗った人のすぐ真横よ?あの黒い尻尾と耳は……多分、見間違いじゃないと思う……」
そう言って、すでに騎士たちが姿を消してしまった方向へと、厳しそうな視線を向けるワルツ。
どうやら、身分の高い者に目を付けられたくない、という彼女の願いは、この世界に来てたったの3日目で、知らず知らずのうちに、儚くも崩れ去っていたようだ。




