7.8-12 狩人講座12
「それで、話って何です?」
と、並んでいる怪我人たちの様子を見ながら、手に持ったノートに何かを書き込みつつ、用事があると言ってきたエネルギアに対し、問いかけるアンバー。
一方、周囲にいる兵士たちに見つからないように、未だ黒い水溜りの状の姿をしていたままだったエネルギアは、アンバーの協力に、何となく嫌な予感がしていながらも、しかし、折角の機会だったこともあって、思い切って打ち明けることにした。
『前に、言ってたじゃん?狩人さんのお家から逃げ出す、っていう訓練』
「あー、確かに言ってましたね……。先日は失礼を働きまして、申し訳ありませんでした」
『ううん。いいのいいの。ゆーしゃとか、僕とビクトールさんとの仲を引き裂こうとする障害物でしか無かったから、むしろいなくなって清々したくらいだし』
「えっ……」
『まぁ、それは置いておいて……実は、今日も逃げ出す訓練してるんだけど、狩人さんが設定した制限時間に、間に合いそうに無いんだー。それで、もし良かったら、僕とビクトールさんと……あと一人、名前は忘れたけど、いつもムッツリしてる人を転移魔法で運んで欲しいと思ったの!』
「賢者さんですね……」
エネルギアの『ムッツリ』という言葉から、間髪入れずに、賢者へと辿りついたアンバー。
彼女の中でも、賢者ニコルとは、すなわちムッツリとした表情が特徴的な男性だったようだ。
『それで、どうかな?やっぱり難しいよね?』
言いたいことを言った後で、確認を取るエネルギア。
液状の彼女は、今、顔を形作ってはいないが、恐らくは周囲の傷ついた人々対して、申し訳無さそうな視線を向けていることだろう。
そんな彼女の感情が、その言葉にも籠もっていたのか、アンバーは苦笑を浮かべると、エネルギアに対してこう言った。
「いえ、別に構いませんよ?ここにいて私にできることなんて、ソフィーに怒られることくらいですからね」
『えっ……なら、アンバーさん、後で困るんじゃない?』
「んー……どうでしょうね。でも、もしも怒られたとしても、いつものことなので、気にしなくてもいいですよ?さっきだって、私のお尻を触った患者を2人、転移魔法で吹き飛ばして、怒られたばっかりなんですから。別にいいですよね?痴漢を働いた人間を、どこか遠くに消し飛ばしたくらい……」
『う、うん……そうだね……』
一体どれほどの粗相を積み上げれば、叱られることに慣れるのか。
あるいは言葉を裏返せば、相当数の犠牲者が出ているということになるので、その矛先が自分たちに向けられる可能性はないのか。
エネルギアはそんなことに頭を悩ませていたようだが、あまりに時間が無さすぎたためか、それ以上、深く考えるようなことはしなかったようである。
『じゃぁ……お願いできる?』
「えぇ。いいですよ」
そう口にして、ノートとペンをローブの中にしまい込むアンバー。
そして2人はその場を意気揚々と立ち去るのだが……アンバーの何処か嬉しそうな、その後ろ姿に対して、遠くから恨めしそうな視線が向けられていたことには、2人とも気付いていなかったようである。
「……アンバー。また、逃げたわね……。ちょっと、そこの武具屋の店主!私の代わりに、皆の診察を続けなさい!」ゴゴゴゴ
「えっ?お、俺、患者……ひぃっ?!」
こうして、エネルギアたちとは別に、アンバー自身も、この瞬間から、逃亡ミッションが始まったのだった。
「……なんか、薄ら寒い気配を感じるんですよね……。サーロインはどう思う?」
「ムォッ?」
施療院の近くにあった牛舎(?)から連れてきた相棒のミノタウロス(サーロイン)に対して、自分が感じていた気配を同じようにして感じていないか、と確認を取るアンバー。
だが、サーロインには特に違和感を感じるようなことはなかったようで、その結果、アンバーは、ある結論へと辿り着く。
「んー……マギマウスのせいで急に空気が冷えたから、風邪引いちゃったんですかね?カタリナ様のノートに書いてあった内容だと、細菌とかウイルスとかいう小さい魔物が、身体に住み着くと、風邪になるみたいですよ?」
「ムォー……」
あたかも、へー、と言わんばかりの様子で、主人に空返事を返すサーロイン。
だが、2人と一緒に歩いていたエネルギアの方は、納得できなかったようである。
とはいえ、細かいことを気にしなそうなアンバーが風邪を引いたことに理解できなかった、というわけではなかったようだが。
『ねぇ、アンバーさん?』
「ん?何ですか?」
『そのミノタウロスの名前……どうかと思うんだけど』
「えっ?ロインという名前ですか?」
『えっ……さっきは、サーロインって呼んでなかった?』
「あぁ……。男性につける敬称として、サー○○ってあるじゃないですか?騎士さんたちもたまに呼ばれてますよね?それと一緒です。この子の名前は『ロイン』が正しくって、敬称が『サー』。だから、サーロインです」
『へぇ……』
「ムォー……」
「……実は、先にサーロインって名前を付けた後で、適当に考えたんですけどねー」ボソッ
『…………』
「…………」
アンバーの呟きに対し、何か言いたげな表情を向けていたエネルギアとサーロイン。
なお、『サーロイン』の語源として、Knightと腰肉を足し合わせたものである、という俗説が無いわけではない。
それはさておいて。
それからしばらく歩き、剣士たちとの合流場所として決めていた噴水前へと辿り着くエネルギアたち。
そこには剣士たちの姿は未だ無く、そして、街人の姿もまた、疎らだった。
噴水を取り囲むように大小様々な屋台が立ち並んでいる通り、普段ここは、サウスフォートレスの台所として、多くの人々で溢れているはずなのだが、朝食の時間には遅すぎて、そして昼食の時間には早すぎたためか、今はちょうど人がいない時間帯だったようである。
その結果、噴水の縁には誰も座っていなかったので、そこへと腰を降ろすことに難なく成功するアンバー。
その際、彼女の座っていた場所から少し離れた場所に、『魔神専用席』と書かれた大理石製のパネルが敷かれていたのは、恐らく誰かのイタズラだろう。
『何かな?これ?』
「さぁ?……魔神って、書いてありますね?どんな方なんでしょうね?魔神って……」
「ムォ?」
と、その席に目を向けながら、魔神を空想する3人組。
そして、エネルギアが人の姿に戻り、その大理石の上に遠慮なく座って……そして数分が経過した頃。
急に街の中が騒がしくなってきた。
ドゴォォォォン……
『何の音だろ?』
「また、街の中にマギマウスが紛れ込んだのではないですか?」
『なんか、慣れてるって感じだね?』
「えぇ、ワルツさんが来てから、マギマウスの化け物の方は、街の近くから消え去りましたからね。なので、今、この町の中にいるのは、普通のマギマウスだけのはずなのですが、みんなヒステリックになっているというか……」
『一見しただけだと、見分けがつかないからねー』
「はい。なのでみんな、マギマウスを見ると、怖がって攻撃するんですよ。昨日の話については、まだ私の耳に入ってきてないので分かりませんけど、一昨日は普通のマギマウスを退治しようとして、家ごと破壊した人が5人もいたらしいですよ?それも新築の……」
『ふーん。大変だねー』
どうしてアンバーが『新築』と口にしたのか分からなかったのか、あるいは家を立てることが一体どれだけ大変なことなのか知らなかったためか、その一言で感想を片付けてしまうエネルギア。
この街に起った災難は、エネルギアがこの世界に誕生するよりも前の話だったので、彼女は詳しい事情を知らなかったようである。
その後も立て続けに、
ドゴォォォォン……
ドゴォォォォン!
と爆発音のような大きな音が響き渡ってくるのだが。
それでもエネルギアとアンバーは、
『街の中に、たくさんネズミさんたちがいるんだねー』
「そう……かもしれませんね……(私はそんなに頻繁に見かけたことはないのですが……)」
などという会話をしながら、どこかのんびりと剣士たちを待っていたようである。
だが、次第に
ドゴォォォォン!
ドゴォォォォン!!
と、徐々に近づいてくる爆発音に対して、段々と表情を曇らせていく。
「これ……拙いんじゃないですか?」
『うん……そんな気がする。ねぇ、アンバーさん?僕の本体……えっと、町の外に突き刺さってる飛行艇に転移する準備をお願いできる?』
「えぇ、そうですね。その準備を……って、エネルギアちゃん、あの飛行艇が本体だったんですか?!ってきり、頭のいいスライムだとばかり……」
『そんなわけ無いじゃん!』
そして、エネルギアが失礼なアンバーに対して、頬を膨らませた……その瞬間であった。
「え、エネルギア!アンバーさん!今すぐ転移をお願いしますわ!!」
「…………」ぐったり
広場に繋がる路地の隙間から、賢者を背負った傷だらけの剣士が、不意に現れたのだ。
『どうしたの?!ビクトールさん!その身体の傷……』
「こ、これは、後で説明しますわ!そんなことより、後ろからあいつが……」
と口にしつつ、剣士が2周り以上背の低いエネルギアの陰に身を隠すと同時に、路地の方からまだ姿を現していたわけではなかったが、こんな声が飛んでくる。
『剣士ちゅわ〜ん?賢者ちゅわ〜ん?この町を知り尽くした俺達から、逃げ切れるとでも思っているのでちゅか〜?』
「拙い!拙いですわ!変態がやって来ましたわよ?!アンバーさん!早く転移魔法を!」
あまりの恐怖に震えながら、アンバーに対して声を上げる剣士。
だが、アンバーもまた、どいうわけか、
「…………?!」
凍りついたような表情を浮かべていた。
そんなアンバーの視線の先には、彼女と同じような格好をした一人の魔女が、黒いオーラを纏いながら、ゆらり、ゆらりと、ゆっくり歩きながら、自分たちに向かってくる姿があって……その異様な姿を見た結果、アンバーは怒られることに慣れているにも関わらず、思わず恐慌状態に陥ってしまったらしい。
『……もうこの際、町ごと吹き飛ばせば、すべて解決するかな?』
「……それだけは止めろよ?エネルギア?」
と、町の危機を察したのか、気配と姿を消したままで口にする教師役の狩人。
どうやらこのまま放っておくと、変態と魔女が云々どころの話ではなく、身内であるエネルギアに、この町は吹き飛ばされてしまいそうである。
……んーむ。
細かい書き方を考えながら書いておると、いつの間にか時間だけが経過しておったのじゃ。
昨日の推測の言葉について、用法と用量を考えておった、ということもあったからのう。
ちなみに、修正前の第1稿目を書き終わるのに使う時間はそんなにかかっておらぬのじゃ?
時間がかかるのは、修正の方なのじゃ。
原案を書き終わる時間の2倍は掛かるかのう……。
しかも、同じ文を見て、考えれば考えるほど、頭がぼーっとしてきて……その内に、そのままの文でも良いか、と思ってしまうのじゃ。
……大抵の場合、それで良いわけは無いのじゃがの?
この修正の作業が、どうにか短くなってくれると、日々の執筆にも幾分余裕が出るのじゃ。
しかし、世の中は無情なのじゃ。
手を抜いた瞬間に、ただでさえ難解な妾の文は、自分ですら理解できない、未知の言語と化してしまうのじゃ?
いつかはこの辺も効率化を図りたいところじゃが……きっと、そんなに甘い話は無いのじゃろうのう……。
まぁ、それは置いておいたとしても、妾の書き方のパターンは、ほぼ定まりつつあるのじゃ。
それが良いか悪いかについては、まだ現時点では評価出来ぬのじゃが、不器用な妾にとっては、とりあえずの書き方、ということで良いじゃろう。
というわけで、そろそろ、修正の方も進めていこうと思うのじゃ?
……いつも通り、やるやる詐欺かもしれぬがの?




