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7.8-11 狩人講座11

古くて、暗くて、ジメッと湿気ていた、そんな狭い路地の中を、息を顰めながら走り抜ける、女装した冒険者の男が2人。


「はぁ、はぁ……。も、もう……追ってこないだろ……。これ以上は……無理だ……」


「いえ、まだですわ……。まだ、走らないと……」


息も絶え絶えに、時折、後ろを振り向きながら、必死に足を動かし続ける賢者と剣士である。


彼らが身に付けていた鎧やその他の装備は、まるで裁断機か何かに巻き込まれそうになったかのように、ボロボロになっていた。

その上、鎧で隠せていない柔らかい部分から見え隠れしていた服や肌からは、薄っすらと血が滲んでおり、最早、訓練の枠を大きく越えて、実()中と言っても過言ではない姿である。


そんな現状が、当事者である剣士たちにも受け入れられなかったのか。

先頭を走っていた剣士は、一旦、呼吸を整えるために、通りからは影になるような場所を見つけて、そこへと身を隠すと、大きく肩を揺らしながら後ろから付いてきていたパーティーメンバーである賢者に対して、思わず愚痴を零した。


「どうして……どうして、こんなことになったのかしら……」


と、()()()言葉が板についた様子で、息が苦しくても話し方を変えずに、そのままの言葉で呟く剣士。


すると、普段は激しく身体を動かすことが無かったために、疲労困憊な状態だった賢者が、喉から定期的にヒューヒューという音を漏らしながら、剣士の言葉に短く返答する。


「……し、知らん……」


そして彼は、建物の壁に付けていた背中から、崩れ落ちるように地面に吸い込まれてしまった。


そんな彼は、自身の筋力を強化(ブースト)する魔法を行使することで、筋肉だけが取り柄の剣士に、ここまでどうにか付いてきていたのである。

だが、永久に魔法が続くわけでもなく……。

天使モードにもなっていない賢者の体力は、魔法が切れた瞬間、まるで、未来の自分から借りた体力を利子付きで一気に返済しなくてはならなくなったかのように、一気に底を突いてしまったのだ。


故に、一旦地面に腰を下ろしてしまった賢者には、既に立ち上がる元気は残っていなかった。

これが昨年までの冒険者生活の中なら、ここで僧侶のカタリナが彼に回復魔法を掛ける場面のはずだが、ここに彼女がいない以上、残念ながら賢者本人にも、そして剣を振るって敵の注意を引きつけるだけの剣士にも、体力を回復させる手段は残されていなかったのである。

万事休す……。

まさに、その言葉が、賢者の現状を的確に説明していると言えよう。


ちなみに、彼が天使モードになれば、自動的に回復魔法が掛かるので、その問題は一気に解決するはずだった。

だが彼には、天使モードになるわけにはいかない理由が、2つあったのである。


1つは、天使モードになった瞬間、その莫大な魔力を嗅ぎつけられて、一瞬で自分たちの居場所がバレてしまう、という理由からだ。

天使になるということは、『自分はここにいる!』と叫ぶようなものなのである。


そして、もう一つの方は、最悪の場合の保険だった。


「……あいつ、追ってきてないか?」


「えぇ……。一時は心臓が止まりそうになりましたけれど、どうにか振り切ることには成功したようですわね……」


という剣士の言葉通り、新伯爵邸にあった食堂の、その扉の向こう側から、2人に熱い視線(?)送っていた騎士団の副団長が、後ろから追ってきていたのだ。


2人が棘だらけの生け垣を越えようとした際、それを見つけた彼は、窓から迷わず飛び降りると、四つん這いになって地面に着地して、そしてそのままの格好で、カサカサと小刻みに身体を動かしながら2人へと急激に接近してきた。

その際、副長が向けてきた溶けるような笑みと、言い知れない視線……。

それを見て、命の危険を感じた2人は、生け垣でケガをすることなどお構いなしで、死に物狂いで逃亡し、そして現在に至る、というわけである。


もしも次回、彼と再び遭遇した際、変身していられる時間が決まっている天使モードが使えない状況に陥っていたなら、万事休すどころの話ではないのだ。

故に、どうしょうもなくなった時、生き残る(?)ための最後の方法として、彼は天使モードを温存していたのである。


「本当に……いないんだな……?……助かった……」


恐怖から開放されたことが余程嬉しかったのか、大きな息を吐くのと同時に、そう口にする賢者。


しかし、そんな彼の、そのまま昇天しそうな脱力感とは対照的に、まだ体力には余裕のあった剣士の方は、眉を顰めると、小さいながらも声を上げた。


「ニコル!まだ終わっていないですわ。わたくしたちの最終的な目標は、あの化け物(ふくちょう)から逃げることではないですのよ?もしかしたらエネルギアが、既に、わたくしたちのことを待っていてくれるかもしれないのですから、その合流地点まで、一刻も早く向かいますわよ!」


「……元気だな、ビクトール……」


心底疲れて、そして呆れたような表情を浮かべながら、彼の言葉通り立ち上がろうとする賢者。

だが、


「くっ…………。俺は、もう……無理だ……」


賢者の身体には、もう余力は残っていなかったらしく、糸の切れたマリオネットのように、彼は地面に吸い込まれてしまった。


「…………仕方ないですわね」


その様子を見て、何かを覚悟した表情の剣士。

すると彼は、


「……うっし!よっこらせ……」


と、普段の話し方で気合を入れると、力なく横たわっていた賢者を担ぎ上げ、


「最近ずっと、エネルギアを担いでいたおかげか、筋力がついたみたいですわ!」


と口にして、嬉しそうな表情を浮かべると、もう少しでたどり着きそうな目的地の噴水へと、再び走り始めたのである。




一方、その頃。


『……多分、ここが、施療院だね?』


大役を引き受けたというのに、町の中のどこに施療院があるのか分からなかったエネルギアは、スライムのような姿になって、一人、街の中を彷徨っていた。

だが、施療院の独特の雰囲気は、街の地理が分からない彼女にとっても、すぐに分かったようで、それほど迷うこと無く、目的の場所にたどり着くことに成功する。


では、何故、彼女に、施療院の場所がすぐに分かったのかというと、空から眺めた町並みを覚えていたから、というわけでも、カタリナが診察室の扉に掲げている赤十字と同じものを見つけたから、というわけでもない。

包帯まみれの怪我人が建物の中に入り切らず、外に飛び出していたり、順番待ちをしていたり、あるいは独特の消毒液の匂いが周囲に漂っていたことで、そこが施療院であると、すぐに分かったのだ。


だが、その目的を見つけたエネルギアは、その様子を見てから、何故か眉を顰めてしまう。


『(忙しそうだから、アンバーさんに協力をお願いするのは難しいかもしれないね……)』


自分たちは訓練をしているだけ。

だが、そこで並んでいる者たちは、訓練などではなく、マギマウスから街を守るために戦った結果、傷を負った者たちなのである。

エネルギアはそれを考えて、二の足を踏んでしまったのだ。


『(転移魔法……転移魔法か……。アンバーさん以外に、誰か使える人、いないかな……)』


と考えながら、獣耳と尻尾があること以外は、自身とそっくりな狐娘のことを思い出すエネルギア。

しかし、彼女はここにおらず、王都で姉の手伝いをしているはずだった。

そのため、人の当てがないエネルギアは、途方に暮れてしまいそうになるだが……。


そんなタイミングで、偶然彼女が眺めていた施療院の正門前に、魔女帽子を被ったアンバーが現れた。

結果、彼女を見つけたエネルギアは『悩んでいても仕方ない』と、それまでの懸念を振り払うと、人の形にはならずに液状のドロドロとした姿のまま、アンバーの足元へと近寄って、話しかけたのである。


『アンバーさん!ちょっと今、いいですか?』


すると、その角度で話しかけられるとは思っていなかったのか、驚いた様子のアンバーは、勇者を消し去ったときのように、その莫大な魔力を暴発させて、


「……ま、魔物?!け、消し飛b」


いつの間にか足元に出来ていた黒い水溜りに向かって転移魔法を行使し、そしてそれを何処かへと飛ばそうとした。

だが、間一髪のところで、


『え、エネルギアです!』


エネルギアのその声が、アンバーの耳に届いたおかげか、


「えっ、と……危ない危ない……。エネルギアちゃんでしたか」


彼女は、どうにか転移魔法の中断に成功する。


その様子を見て、エネルギアは、思ったことを問いかけた。


『もしかしてアンバーさんって、驚いた時、手当たり次第に転移魔法を使ってるの?』


するとアンバーは、どういうわけか苦々しい表情を浮かべると、遠い空に向かって視線を向けながら、悲しげに返答を口にする。


「私が、どうして魔女として捕らえられていたのか……バレてしまいましたね」


『つまり、驚かせたものを、どこかに飛ばそうとするんだね……』


「えぇ。それはもう、色々なものを消し飛ばしましたね……。弟とか、両親とか、村とか……」


『あっ……う、うん……そうなんだ……(えっ?村?)』


一体、何をどうすれば、村に驚く要素があるのか、理解できなかった様子のエネルギア。


それから彼女の脳裏は、自分たちの身の安全を考えて、アンバーに協力を頼むか否かで一杯になるのだが……。

その際、直前までエネルギアが悩んでいた、患者を蔑ろにしていいのか、という懸念が何処かへと消え去っていたことと、手当たり次第に何でもかんでも吹き飛ばそうとするアンバーの転移魔法が中断したこととの間に、何か関係があるのかどうかは、不明である。

どうでも良いことなんじゃが……最近、『ダメ』という言葉を文中でよく使っていることに気付いたのじゃ。

妾もアイデンティティ的なものが欲しくて、口癖を考えようと思ったら、本文にもその影響が出ておったのじゃ。

もう、○○かも知れぬ……。

まぁ、そんなアイデンティティを考えずとも、妾は妾なのじゃがの?


さて。

今日の分は、ダメという言葉を使っておらぬ以外にも、大きな『いのべーしょん』が適用されておるのじゃ?

何が違うのか、言わずとも分かるじゃろ?

……え?いつも通りの駄文?

まぁ、そりゃ、そうなのじゃがの。


で、具体的に何が変わったのか説明すると、『〜だろうか』『〜だろう』『〜のようである』『〜のようだ』等の、推測の言い回しを排除してみたのじゃ。

それに伴って、使用回数の多かった『どうやら』『恐らく』という言葉も無くなったのじゃ。


この改善(?)が読みやすさに繋がるかどうかは、まだ分かっておらぬが……ただ言えることは、三点リーダーを排除したときのように、文が書きにくくて、修正しにくい、ということかのう。

書き終わるまでに、普段の1.5倍は時間が掛かってしまったのじゃ。


この感じ……用法用量をなんとやら、というやつなのじゃろうのう。

何となく、食事の栄養素の偏りのようなものと同じ匂いを感じるのじゃ。


明日は……普段よりも推測の言葉を減らしつつ、普通に書いてみようかのう……zzz。

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