7.8-08 狩人講座8
それから、エネルギアが道路に穴を開けたことを黙っておく、という共通見解を、5人の間で共有した後。
雪の中に潜んでいるかもしれないマギマウスに注意しながら、アルクの町の中を歩いて行く、勇者のいない新生勇者パーティー(?)。
だが、流石に、街の中で2匹目のマギマウスに遭うようなことはなく、5人はいよいよ酒場へとたどり着いたようだ。
するとそこでは、こんな音が響いていた。
コォォォォン……
コォォォォン……
コォォォォン……
木を何かに叩きつけるような、一定間隔の音である。
それが、人の歩いていない街の中に木霊して、独特な雰囲気を醸し出していたのだ。
目を瞑ってその音を聞いたなら、もしかすると、ここが木こりの住む森の中のように思えてしまうのではないだろうか。
実際、その音源は、木を斧で叩き割ったことで生じた音だったようだ。
そして、その斧を持っていた人物を見た狩人は、小走りに走り寄って、声を掛けた。
「村長さん!お久しぶりです!」
防寒着を身に着けて、一心不乱に斧を薪へと叩き付けていた男性……酒場の店主である。
彼は、自身に向かって飛んできた声を聞いた途端、どこかわざとらしく額の汗を拭うような仕草を見せてから、彼女の挨拶に対して返答した。
「ん?おぉ!久しぶりだな!狩人の嬢ちゃん。ちなみに言っておくが、俺は今、町長だぜ?」
「おっと、コレは失礼。お元気そうで何よりです、町長」
「ふっはっは!お前さんも元気そうだな!」
と言いながら、斧をその場へと置いて、一息つく様子を見せるアルクの町の町長、もとい酒場の店主。
マギマウスが街の中を跋扈している状況下でも、彼が取り乱して、酒場の中に引きこもってしまうようなことは無かったようである。
それから彼は、狩人の後ろにいた一風変わったメンバーに視線を向けると、苦笑を浮かべながら問いかけた。
「アンバーちゃんは良いとして……こう言っちゃ何だが、変な格好をしたパーティーだな?」
すると、店主と何度か面識のあった剣士が、赤面しながら手を振って、事情を説明し始めた。
「こ、これは、お姉さまがわたくしたちに課した、試練ですわ?!」
「ん?お姉さま?」
「えっと……」
店主に問いかけられた結果、狩人のことを何と呼べばいいのか、混乱してしまう剣士。
これまで狩人のことを、『姉さん』や『お姉さま』と呼んできたためか、『狩人さん』や『リーゼ』という本来の名前(?)がすぐに口から出てこなかったようだ。
……なお余談だが、彼女の本名は、エリザベス、である。
それを察したのか、それとも見かねたのか。
今度は同じく女装していた賢者が口を開いた。
「……狩人殿が私たちのため用意した試練です。最初は、エネルギアちゃんが女の子らしくなるために狩人殿が用意したカリキュラムでしたが、いつの間にか私たちも巻き込まれて……。その結果、女装して今に至る、というわけです」
「ふむ。なるほど……」
と今度は納得したような表情を見せる店主。
だが、一点だけ、どうしても理解できない言葉(?)があったようだ。
「ところで……その『えねるぎあちゃん』というのは、いったい何だ?聞いた限りだと、誰かの名前のようだが……」
その言葉を聞いて、しばらく黙り込む5人。
それは言うまでもなく、エネルギアが自ら話し始めるのを待っていただけなのだが……どういうわけか、何時まで経っても、剣士の鎧に変身していた彼女が話し始める気配は無かったようだ。
なので、彼女の相棒である剣士が、代わりに説明を始める。
「エネルギアは、わたくしの大切な相棒ですわ?今は鎧に化けていますけど、この子にも意思はちゃんとありますのよ?……ほら、エネルギア?町長さんにご挨拶なさい?」
と、自身が身に付けていた黒い鎧に手を触れながら、それ向かって話しかける剣士。
事情を知らない者が、物言わぬ鎧に対して話しかける男性と、その鎧の下から見え隠れしている女性物の格好を見たなら、居た堪れない気持ちになるか、不気味に思うか、あるいは残念な気持ちになってしまうことだろう。
実際、剣士に視線を向けていた店主の表情が険しくなっていったところを見ると、彼はまさに、どう反応して良いのかを悩んでいたに違いない。
しかし、それでもやはりエネルギアは、中々話し出そうとはしなかった。
普段の彼女のことを考えるなら、人見知りなどあまり考えられないはずなのだが、人それぞれ得意不得意があることを考えるなら、もしかするとエネルギアは、一見して柔和そうに見える酒場の店主のことが、特別に苦手だったのかもしれない。
剣士たちはそんなことを考えて、このまま彼女の言葉を待っていても仕方がないので、話題を変えようとした……そんな時、ようやくエネルギアに反応が生じる。
サラサラサラ……
と、剣士の鎧を構成していたマイクロマシンを解いて、地面に落ち、そして一塊になると、少女の姿になって……。
だが、人の姿になった彼女は、何故かそそくさと、剣士の背中に隠れてしまった。
それから彼女は、剣士の後ろに隠れたままで、こんな爆弾発言を口にしたのである。
『この人、臭い……』
「ちょっ……?!」
「…………?!」
「えっ……?!」
「初対面の人に……すごい発言だな……」
周囲にあった雪へと余計な環境音が吸収されていたためか、それほど大きくなかったにも関わらず意外にも透き通って聞こえてきたエネルギアの言葉に、思わず耳を疑ってしまうその場の人々。
特に彼女を背中に隠している剣士は、鎧が無くなっていたこともあってか、店主から痛い視線が飛んで来るような気がして、気が気では無かったようである。
しかし、店主は、剣士越しに、エネルギアを睨みつけるようなことはしなかった。
むしろ、彼は、彼女の言葉を聞いて、動揺すらしていたようである。
「い、いや、そんなはずは……ちゃんと臭いは消したはず……はっ?!な、なんでもない……」
以前、この町に住んでいた狐娘とそっくりな彼女から向けられたその暴言を聞いて、なんでもないと言いつつも、自身の体臭を嗅ぎ始める酒場の店主。
そして、その場にいた者たちの間に、言い知れない静寂が訪れた……。
それからしばらくして、皆の頭の上に、随分な量の雪が積った頃。
いい加減、寒くなってきたのか、一同は話し合いの場所を、酒場の中へと移した。
先程、エネルギアは店主に対して失礼極まりない発言をしたわけだが、店主にそれを気にした様子は無く、やって来た客人たち全員に対して、彼は蜂蜜たっぷりのホットのレモンティーを提供したようだ。
そして狩人は、その熱々のレモンティーに、ちびちびと口をつけると、店主の所へとやって来た目的を果たことにしたようである。
すなわち、勇者を見ていないか、という問いかけだ。
まぁ、ここまでの店主の反応を見る限り、彼が何かを知っている可能性は限りなくゼロに近いようだが。
「なぁ、町長。勇者見なかったか?」
「勇者?エンデルシアの坊主か?」
「んー……まぁ、そう言っちゃそうなんだが、今はメイドの姿をしていて、全く男には見えないはずだ」
「なんだそれ……。まぁいい。俺は見てないぜ?ずっとここにいたからな」
と、狩人の予想通りの言葉を口にする店主。
その言葉を聞いて、狩人を始め、その場にいたエネルギア以外の者たちが、皆、残念そうな表情を浮かべていたようだが……いくら問いかけたところで、店主から勇者に関する情報が出てくるわけでもなかったためか、全員、口を閉ざしていた。
そんな中で、狩人の真似をしながらレモンティーの入ったマグカップを傾けていたエネルギアが、もう今では慣れてしまったのか、彼に対して問いかける。
『ねぇ、町長さん?どうしてこの町の人たちは、みんな、家の中から出てこないの?さっき、路地で大きな音……ううん、なんでもない』
すると、やはり見えない場所に大きな傷を負っていたのか、どんよりとした表情を浮かべた店主が、エネルギアの質問に対して答え始める。
「そりゃぁ、みんな怖がってるからだ。マギマウスの化け物が、雪の下から何時襲い掛かってくるとも分からねぇから、不用意に外には出たくないんだよ。みんな備蓄はあるから、しばらくは大人しく様子を見て、ほとぼりが冷めるのを待ってるのさ」
と、目を細めて語る店主。
彼のその晴れない表情は、どうやらエネルギアの言葉に傷ついていただけが原因ではなかったようだ。
その苦々しい表情を見て、今度は狩人が、努めて明るい表情を浮かべながら、店主に対して言葉をかけた。
「あと1週間だ。ワルツがどうにかしてくれるだろうから、もう少し辛抱してくれ」
「あの嬢ちゃんか……。彼女、一体、何するつもりだ?」
「さぁ?私にも詳しいことは分からない。ただ、ワルツならどうにかしてくれるって、私は信じてるんだ」
「流石の騎士様でも、お手上げって感じだな。……まぁ、あの嬢ちゃんに任せとけば、どうにかしてくれるだろう」
と言ってから、ため息を吐き、そして苦笑を浮かべる店主。
それでも、先程の彼の表情よりは、幾分、暗い色が晴れていたので、狩人の言葉はある程度、店主の心に対して、余裕を齎したようである。
眠い……。
いつも通りに、眠いのじゃ……。
それに今は、自宅におらぬしのう……。
ここは妙に湿度が高いせいか、尻尾の毛がしんなりしてきて、妾のやる気も萎々なのじゃ……。
そういえば、エネルギア嬢と酒場の店主が顔を合わせたのは今回が初めて……かどうかを、確かめるのに、少し前の話を読み返しておったのじゃ?
具体的には半年までいかないくらい前の話かのう。
そこで……愕然としたのじゃ。
今と書き方が大きく違っておる……。
もうダメかも知れぬ……。
やっぱり、数ヶ月も経てば、書き方も変わってしまうのじゃな……。
……っていう発言を、半年前にしていたのじゃ?
実際、その通りになってしまったのじゃ。
これ修正する時、どの段階での書き方で書けばよいのじゃろうか。
場合によっては、プロットだけ簡単に見直して、新しく書き直したほうが早いかも知れぬのう。




