7.8-05 狩人講座5
「……それでは、狩ry……姉様。脱出ミッションが初めての私たちでは、少々、荷が重いので、申し訳ないが、その道のプロとしてのお手本というものを、我々に教授してもらえないだろうか?」
と扉からの脱出方法でもなく、窓からの脱出でもない、3番目のプランを、教官である狩人自身が提示すべき、と暗に口にする賢者。
この試練自体、狩人によって用意されたものなのだから、彼女がそのやり方を教えてくれてもいいではないか、と彼は考えたようである。
あるいは、無理難題過ぎる、と考えて、半ばあきらめた可能性も否定はできないだろう。
そんな自身を試すような願いを口にした賢者に対して、狩人は、
「あぁ、いいだろう。それくらいは、教官として、必要なことだろうからな」
と、潔く承諾した。
やはり、彼女自身が脱出することは、不可能なことではないらしい。
だが、その後で、こんなことを口にする。
「それで……どのルートから脱出する方法のお手本が見たい?ちなみに、見せるのは、今回の1回限りだぞ?」
その言葉を聞いて、
「えっ……そんなにも脱出するプランがあったのですか?!」
と問いかける剣士。
すると狩人は、胸を張りながら、こう答えた。
「この新しい屋敷の構造を熟知しているわけではないから、選択肢は随分と絞られてしまうが……前の屋敷にいた頃は、両手で数え切れないくらい、誰にも見つからずに出入りする方法があったな」
「それ、伯爵家のセキュリティとして、いかがなものかと思いますわ……」
「だろ?だから、この屋敷を建てる時、父様に言ったんだ。このご時世、色々と危険なことがあるかもしれないから、変な抜け道を作らないで、真面目に建てろ、って」
「抜け道を作るように仰ったのって……伯爵だったのですわね……」
「まぁ、そりゃ、この屋敷の主だからな。それにしても……母様にはこの話は内緒だ、って言ってたのは、一体、どういう理由があったからなんだろうか……。あ、そういうわけだから、この話は母様には内緒な?」
『……あ、はい』
狩人の言葉に対して、微妙そうな表情を浮かべながら、余計なことは何も言わずに首肯する3人。
その際、剣士の鎧として彼に張り付いていたエネルギアも、特に何も言わなかったところを見ると、彼女にも伯爵家の暗闇(?)が薄っすらと見えていたようだ。
それから、勇者たちが狩人に見せてもらうことになった脱出の手本は、建物の構造が把握できていないために不確定要素の多かった窓や屋根裏からの脱出ではなく、すぐ近くで暴漢(?)が待機しているだろう、部屋の扉からのルート、ということになった。
これからの日々で、サウスフォートレスの騎士団副長に、いつ襲われるとも知れない恐怖に苛まれ続けるより、早い段階で彼の攻略方法を知っておきたかったことも、勇者たちがこのルートを選んだ理由の一つだったようである。
そしていよいよ、狩人のレクチャーが始まった。
彼女は影の薄い状態を解除して、普段通り(?)に皆に認識される状態になると、食堂の扉の前で勇者たちの方を振り返って説明を口にする。
「……お前たちが、一体何に恐怖しているのかは分からないが、まずはこの扉を開かないことには、物理的に脱出できない。それは分かるな?」
「えぇ、分かっていますわ」
「あぁ。幽霊じゃないんだからな」
「承知しております」
『僕ひとりだけなら、扉があっても何も問題はないけど……今回、それは無しだからね』
「そうだ。それで、早速、この扉を開かなくちゃならないんだが……副長が嫌なんだろ?」
扉の取手を握って、ドアを開ける素振りを見せた瞬間、勇者たちの表情が一気に険しくなった様子を見て、苦笑を浮かべる狩人。
それから彼女は、一旦、扉から手を離すと、まずは勇者たちの懸念を取り除くことにしたようである。
「……しかたない。手っ取り早い、副長への対処方法を、特別に伝授してやろう」
その瞬間、顔から憂いが抜けて、光り輝いた瞳を見せるメイド勇者たち。
そんな彼らの反応に満足したのか、狩人は細い尻尾を左右に揺らしながら、ドアの方を振り向いて、そして普段よりも低い、ドスの効いた声で、こんなことを口にしたのである。
「……おい!ガスト(副長)!貴様、先週末の賭けに負けた際の金は、何時になったら持ってくるんだ!」
その瞬間、
『ひ、ひぃっ?!お、奥様っ!?お、お、お待ちくださいぃぃぃ!!』
ダダダダダ……
扉の影に居ただろう副長の気配は、急激に遠ざかって、そして終いには完全に消えたようだ。
「……というわけだ。母様の声を真似して適当なことを言えば、あいつは母様が苦手だから、あとは自ずと勝手に消える、ってわけだな」
『…………』
伯爵の秘め事だけでなく、今度は伯爵夫人の恐ろしさを目の当たりにしたような気がして、言葉を失ってしまう3人+1人。
しかし、狩人までがその動きを止めてしまうようなことはなく、
ガチャッ……
「ほら、行くぞ?」
彼女は何事もなかったかのように扉を開くと、普通に外へと歩み始めたのであった。
「(これ……無理ですわよね?)」
「(おい、レオ。お前、夫人の声の真似、出来るか?)」
「(私には……いえ。訓練すればどうにか)」
『(勇者ちゃん、必死だね……)』
そんな会話を交わしながら、狩人を先頭に、一列に並びながら、彼女が足をつけた場所と同じ場所を歩いて行く勇者たち一行。
通路の中で一列になって歩くのは、ダンジョンの中で罠を踏まないようにするための対処方法であることを考えると、どうやら勇者たちの中では、この館が、罠だらけのダンジョンか何かのように感じられているようだ。
そんな折、廊下の角を曲がった先から、何やら足音が聞こえてくる。
その結果、足音の音源が、まだ充分に遠かったことを確かめてから、狩人は自身の足を止めて、そして話し始めた。
「……さて。廊下から歩いてくる人物が誰なのかによっては、わざわざ身を隠さなくてもいいことがある。下男下女、あるいは料理人や客人など……自分が大人しく習い事をしていなければならないことを知らない人々だ」
「お姉さま……ちゃんと習い事を受けてなかったのですわね……」
「ん?何だ剣士?よく聞こえなかったが……」
「……いえ、なんでもないですわ」
「それで、本来なら、相手によって対応を変えなくてはならないところなんだが……お前たちには朗報だ。ここには敵しか居ない」
「それ朗報じゃないですわよね?!」
「いやそうでもないぞ?令嬢たるもの、いつ何時、政治的厄介事に巻き込まれるとも限らないから、客への丁寧な対応や、下男下女の中に刺客がいるかも知れないことに対しても、色々と気を配らなくてはならないからな」
「た、大変ですわね……。それで……どうするのです?あの廊下の角からやって来ている人物への対処は……」
「そうだな……。私だったら、気配を消して、素通りするだけなんだが……折角の機会だ。遠慮なく張り倒してこい!」
その言葉に、勇者たちの表情は2種類に別れた。
1つは、剣士と賢者が浮かべた困惑の表情である。
狩人は『敵』という言葉を使ってはいるが、相手は身内なわけで、屋敷の中にいると言うのに、いきなり斬りかかるという展開はどうなのか、と2人は考えたようだ。
なお、さきほど襲ってきた騎士団の副団長については、彼の特殊な性癖のためか、2人とも例外として扱うことにしたようである。
一方で、
「……承知いたしました」にっこり
メイド勇者は、待ってました、と言わんばかりの満面の笑みを浮かべながら……再び鉄パイプを取り出した。
「勇者……。その反応は嫌いじゃないぞ?応援している。頑張れよ?」
「恐悦至極に存じます。それでは今回は、私が前衛を務めさせていただきます。剣士様と賢者様とエネルギア様は、後方からのサポートをお願いできますでしょうか?」
「やたらめったら畏まってますわね……。もちろん構いませんことよ?」
「あぁ、構わん……(くそっ!剣士はともかく、勇者が男に見えない……)」
『いいよ?勇者ちゃんに何かあった時は、僕が守ってあげる!物理的なものだけだけどね』
「ありがとうございます」
そして、鉄パイプを手首だけで軽々と振り回しながら、速やかに持ち場へと移動する勇者。
すなわち、足音が聞こえてくる廊下に繋がる曲がり角、である。
彼はそこに着くと、右手で鉄パイプを構え、そして左手で体術の構えを取った。
どうやら彼女(?)は、相手の行動によって、臨機応変に戦術を変えるつもりらしい。
それから間もなくして、遂にその相手が姿を現した。
だがその人物は、勇者にとっても、狩人にとっても、その他、そこに居たすべての者たちにとっても、意外な人物だったようである。
特に、武器を構えていた勇者にとっては、最悪な相手だ、と言えるだろう。
まぁ、行動範囲が制限されているエネルギアと、彼女を纏っている剣士が対応しなかったことは、不幸中の幸いだったのだが。
そして勇者が、相手を完全に敵であると思い込んで、鉄パイプを持った右手を振りかざそうとした……そんな時、相手から驚いたような声が上がった。
「きゃっ!消えてっ!」
「えっ?」
ブゥン……
そしてその場から、忽然と姿を消す勇者。
それと同時に、唖然とした表情を浮かべる他のメンバーたち。
なぜなら、通路の角から姿を見せた人物が、
「こ、この屋敷は、危ないメイドさんが潜んでいるのですか?!それなら、こちらだって、それ相応の対処をさせていただきますよ?!」ゴゴゴゴ
転移魔法しか使えないが、少し前のルシア並みの魔力を保有しているアンバーだったからである。
どうやら勇者は、転移魔法により、一足先に屋敷からの脱出に成功したらしい。
まぁ……どこへと飛ばされて、そしてここへと戻ってくるまでに何日かかるのかは、完全に不明だが。
うーむ……。
塩昆布の食べ過ぎと、お茶の飲み過ぎで、逆に眠くなってしまったのじゃ。
お茶に含まれるカフェイン成分では、足りぬのじゃろうかのう。
あるいはもしかすると、パブロフの犬のように、あとがきを書こうとすると、眠くなる習慣が身についてしまったのかも知れぬがのー。
そんなわけで、今日も1日が終わってしまったのじゃ。
まったくもって、1日が終わるのが早すぎるのじゃ……。
本当なら、今日1日で2話くらい書きたかったのじゃが……この分じゃと、明日は2万〜3万文字ほど書かねば、ダメかも知れぬのう……。
まぁ、試しに、1日で何文字書けるかやってみる、というのも悪くはないかも知れぬがの?
あー……休日がもう一日欲しいのじゃ……zzz。




