7.8-03 狩人講座3
「……では、これから実務の訓練を始める」
食事を摂り終わった後、元の狩人装備に戻った狩人は、食堂に集まっていた勇者、賢者、剣士、そしてエネルギアを前に宣言した。
その瞬間、部屋の中の空気は2色に別れる。
『はいっ!』
「……かしこまりました」
と前向きな反応を見せるエネルギアとメイド勇者。
そして、
「……実務訓練?」
「既に始まっているのではないのか?」
あまり乗り気ではない様子の剣士と賢者である。
その際、エネルギアも勇者も、何をするのかについては知らなかったために、2人ともその内容については気になっていたようだ。
狩人も、訓練の具体的な内容ついては、まだ何も口にしていなかったので、彼女は4人の視線が自身に集中したのを確認すると、不敵な笑みを浮かべつつ、説明を始めた。
「これからしてもらう訓練は全部で3つのステップに別れている。これを、ワルツが私たちを迎えに来るまでの間、毎朝1回、続けて欲しい。それでまずはステップ1だが……この館からの脱出訓練だ」
『脱出……』
「……訓練?」
「あぁ。令嬢たるもの、護衛の兵士たちの監視の眼をくぐり抜けて、誰にも見つからずに館の外へと逃げ出せなくては、一人前とは言えないからな」
「は?」
「姉さん、何言って……いるのです?」
「そりゃもちろん、お前たちを一人前の令嬢に育てるためのカリキュラムの説明だが?」
「…………」
「…………」
『うん、分かった!』
「つまり、誰にも見つからずに、家から出れば良い、というわけでございますね?」
「そうだ。だが、単に館から出れば良いというわけではない。時間をかければ、誰にだって逃げ出すことは可能だからな。だから、目的地と制限時間を設定しようと思う」
そして狩人が指定したのは、彼女が小さい頃、頻繁に訪れていたという、サウスフォートレスの町から少し離れたところにある小川の畔だった。
そこは、町から歩いて1時間半ほどの距離だったようだが、この訓練では、館からの脱出を含めて、片道1時間以内に移動しなくてはならない、ということになったようである。
「難しいだろ……」
「む、むりですわ……」
「あ?何か言ったか?賢者と剣士?」
「……い、いや」
「……な、何も」
何かいいたげだったが、狩人の言い知れぬ圧力を前に、一瞬で屈する賢者と剣士。
それからも狩人の話は続いた。
「これはまだ序の口だ。次は……ステップ2だな」
『はいっ!』
「何でございますか?」
「その川の淵にある森で、なんでもいいから、自身よりも大きな魔物を狩ってくることだ」
「(それ、常人には無理だろ……)」
「(10km近く走った後で、狩りとか……無理ですわ)」
「そして最後のステップが、出発した時と同じく、誰にも見つからずに、その魔物をここへと持ってくること。思っている以上に、体力が付くぞ?」
「…………」
「…………」
「…………」
『…………』
狩人が口にした3つのステップが、あまりにも無理難題な内容だったためか、あまり乗り気ではなかった剣士と賢者だけでなく、やる気満々だったエネルギアや勇者すらも、言葉を失ってしまったようだ。
皆、特に、令嬢と体力の因果関係について、理解できなかったらしい。
とはいえ、狩人なら本当にやりかねない気がしていたためか、4人とも不可能であるとは思っていなかったようだが。
そんな彼らに対し、狩人は最後の確認をする。
「そうだな……これは無理強いではない。やりたくなければやらなくていい……それだけは言っておこう」
その言葉に、最初に反応したのは、
「……やらせていただきます!」
メイド姿の勇者であった。
彼女(?)の眼には、強敵と対面した際に見せるような闘志の炎が燃えていて、その決意に疑いの余地は残されていないようである。
続いて声を上げたのは、
『僕も頑張る!頑張って、ビクトールさんの良いお婿さんになるんだから!』
元気な声が特徴的な、少女の姿のエネルギアだ。
それは、直前の勇者の言葉に触発されたからなのか、それともワルツから狩人の下で勉強するように言われていたためか、あるいは剣士の婿(?)になることを心に誓っていたためか……。
彼女も狩人の試練を、途中で投げ出すわけにはいかなかったようである。
そして彼女の次に口を開いたのは、
「……仕方ないですわね。エネルギアがやるというのですから、わたくしも参加させていただきましょう」
あまり乗り気ではなかったはずの剣士であった。
果たしてエネルギアの態度だけが、彼にやる気を出させる原因だったのかは定かではないが、いずれにしても、何かが、彼のやる気に火を付けたようだ。
一方で……
「これ、断れない空気だろ……」
賢者だけは終始、乗り気ではなかったようである。
だが、彼は、狩人のこんな一言で、態度を一変させる。
「あぁ、そうそう。時間と課題を守るなら、手段は問わないぞ?つまり、賢者は『天使』になっても構わないってこったな」
「……そうか。なら、やろう」
と、納得したように首を縦に振る賢者。
どうやら彼は、エンデルシア国王から押し付けられた『天使』の力を使いこなすための丁度良い練習の機会を探していたようである。
すると、今度はエネルギアが声を上げた。
『じゃぁ、僕は?バラバラになってもいいの?』
ワルツが作った新しいマイクロマシンによって身体を構成していたエネルギアの場合、身体の形状を崩せば、建物から抜け出すなど、造作も無いことだったのである。
故に、少々ズルをしている感が否めず、彼女は狩人に対して問いかけたようだが、
「あぁ、もちろんだ。使えるものは、ぜひ活用して、この訓練を乗り切ってほしい」
狩人としては、特に問題はない、という認識だったようだ。
あるいはもしかすると、彼女のその判断は、エネルギアが剣士から離れて、一人で脱出することはありえないことを見越した上でのもの、だったのかもしれない。
「他には質問は無いか?」
『えっと、僕は無いかなぁ?』
「私もございません」
「わたくしもいいですわ」
「……いいだろう」
そして、全員が首肯したところで、
「……それでは、今日の訓練を開始する!」
狩人はそう口にすると、
パンパンッ!
と、2回手を叩いた。
すると、次の瞬間、
ガチャッ……
と、外から鍵が掛けられる食堂。
どうやらこの屋敷……新しい伯爵邸の中にいる警護の兵士たちが、令嬢たちの脱出(?)に備え、厳戒態勢を敷いたらしい。
「というわけで、まずは密室の脱出からだな。見つかったら、この部屋まで戻ってきてやり直しだ。制限時間は……まぁ、今日は初日だし、無しってことでいいだろう。ちなみに、私はオブザーバーだから、私に見つかっても問題は無い、って設定な?」
狩人はそう口にすると……空気に溶けるようにして、すーっ、といなくなってしまった。
『すごい!幽霊みたい?!』
「いや、ここにいるからな?」
とエネルギアの驚愕の声に反応して、部屋の中のどこからか聞こえてくる狩人の声。
どうやら彼女は、ワルツのように物理的に消えたわけではなく、いつも通り、単に影を薄くしているだけのようだ。
「さて、それでは、いかがいたしましょう?」
「なぁ、レオ。正直って、気持ちが悪いんだが……」
「……?一体何のことでございますか?」
「……いや、なんでもない……」
勇者がまったくの別人になってしまったかのように思えたのか、それ以上、追求できなかった様子の賢者。
彼が言葉を失った後、徐々にエンジン(?)が掛かり始めていた剣士が、勇者の言葉に返答する。
「そうですわね……。あねさ……お姉さまのように気配を消すようなことは、今のわたくしたちには叶わないでしょうね。ですから、いつも通りのわたくしたちのやり方で、脱出するというのはどうかしら?」
「つまり、強行突破、というわけでございますね?……旦那様?衛兵の方々との戦闘は許可されておられるのでしょうか?」
と、気配のない旦那様に対して問いかける勇者。
すると、影の薄い狩人から、声だけが返ってくる。
「あぁ。かまわない。だが……殺す気でヤらないと、逆に殺られるぞ?ウチの衛兵たちは、強者揃いだからな」
「……承知いたしました」
「ま、マジですの?!」
「(あぁ、サポート役でよかった……。危ない状況になったら大人しく投降しよう……)」
『窒息が良いかなぁ?それとも内出血が良いかなぁ?』にっこり
「ちょっ、エネルギア?!流石に殺人は良くないですわよ?!」
「腕がーーー鳴りますね」ニヤリ
そう口にすると、どこに隠していたのか、メイド服の中から、愛用の鉄パイプを取り出すメイド勇者。
こうして4人の血みどろ(?)の脱出劇が、始まったのである……。
一応誤解のないように言っておかねばならぬのじゃが、この世界の令嬢が皆マッチョ、というわけでは無いのじゃぞ?
というか、狩人殿も、別にマッチョ……いや、筋肉質ではあるかも知れぬのう。
じゃが、少なくとも妾は……いや、この話は止しておくのじゃ。
さて……明日の話をどうしようか、と考えておるところなのじゃ。
細かく書いていくか、それとも結果だけ書くか……。
まぁ、面白そうじゃから、過程を細かく書いていこうかのう。
というわけで、もうしばらく、駄文にお付き合いくださいなのじゃ。
……いや、すべて例外なく、駄文じゃがの?
他に書くことは……無いの。
というわけで、今日は日付が変わる前に、あとがきを書き終えてしまおうと思うのじゃ。
いつも通り、今日も眠いしのう。
その分、明日は、ちゃんと書ける……と良いのじゃがのー……zzz。




