7.7-27 問題と対処12
テンポ以外の誰にも見えない『男の子』が、今回の事件とは無関係であることを、テンポ自身が断言してからも、
「おねえぢゃーーーん!私のお寿司、またとられたぁぁーーー!!」
「アトラス殿ーーーっ!また、我の部屋が無くなってしまったのだ!!我を撫でるのだ!!」
「なんか今日も部屋の扉が壊れてて……今度は知らない箱が置いてあるかもなんだけど……」
と落ち着く気配を一向に見せない、ワルツ製マイクロマシンの猛威(?)。
そんな中。
遂に、この人物の堪忍袋の緒が切れた。
「……どっかぁ〜〜〜ん!」
ドゴォォォォ!!
と、議長室の自分の机の上にあった書類を一切合財、天井近くまで吹き飛ばして、
ガタン!
椅子を倒しながら勢い良く立ち上がった、コルテックスである。
「ま〜た、私のラピッドプロトタイプ魔道具を破壊されてしまいました〜!あと少しで完成する、世紀の大発明だったのに〜……。もう、絶えられません!お姉さまを月送りにして、そこで幽閉してやりましょう!」
すると、彼女の趣味である魔道具作りに強制的に参加させられていて、人力バイスをやらされていたアトラスが反応する。
「……まぁ、3時間ってところだろうな」
「何がです〜?」
「姉貴を月送りにして、戻ってくるまでの時間」
「……でしょうね〜」
コルテックスはそう口にした後で、深くため息を吐くと、一時的に落ち着いたのか、再び椅子に腰を下ろした。
それから、表面に大きな虫食いのような穴が開いていた、ショッキングピンクが特徴的な小さな『ドア』のようなものに、残念そうな視線を向けると、それをテレサと共有している廃品ボックスへと放り込んだようである。
「本当にあと少しで、人類が切望している『どこでも転移(魔法)ドア』が完成するところだったのですよ〜?」
「でも多分、そのネタ知ってる人間って、この世界で俺たちくらいしかいないんじゃないか?っていうか、俺ら人類じゃないから、『どこでも○ア』の完成を切に願ってる人類は、実質的に存在しn」
「しゃらっぷ!騎士たるもの、レディーの夢(?)を台無しにするようなことを言うもんじゃありません!」
「はぁ……」
そして大きなため息を吐くアトラス。
しかし、彼のそんな言葉とは裏腹に、この世界で初めて(?)そのドアのことについて知った人類が誕生したようだ。
「む?何じゃ?その、聞いただけじゃと、特殊性癖者が持ち歩いていそうな、ぽーたぶるな感じに聞こえるドアは?」
コルテックスの机の横にあった、もう一つの机で、何やら作業を進めていたテレサである。
王都の工房へと外注に出していた部品が届いたので、テレサはそれを使って何かを組み立てていたようだが、ずっと同じ体勢のままでいたためか腰に負担が掛かっていたようで、彼女は気分転換を兼ねて、腰の運動をしながら、2人の会話に参加することにしたらしい。
ラジオ体操のような運動をしながら問いかけた彼女に対して、返答を口にしたのは、彼女から最も近い場所にいた、服と尻尾の数以外はまったく同じ姿をしていたコルテックスであった。
「頭で思い描いた場所へと、一瞬で移動できる、夢のような魔道具ですよ〜?」
「ふむ……。そうじゃったか」
そんな短い返答だけ口にして、特に大きな反応も見せず、腰と尻尾を同時に回し、身体中の筋をほぐすテレサ。
一方のコルテックスの方は、そんなテレサの反応が納得できなかったらしく、
「妾は、要らないのですか〜?そういった便利な魔道具は〜?」
彼女の意見を確かめるように、そんな質問を口にした。
あるいは、自身の説明がちゃんと伝わっていないのではないか、とコルテックスは思ったのかもしれない。
しかし、テレサから返ってきた答えは、彼女の予想とは異るものだったようだ。
「そうじゃのう……。どこかの国へ公務に出かけた際に、さっさと帰りたい場合などでは、重宝するかも知れぬのう。じゃが……私的には、要らぬかも知れぬ」
「えっ……」
「コルのやる気に傷を付ける言葉になってしまうやも知れぬが、妾は……旅をするのが好きな狐なのじゃ。こうして趣味で、航空機のエンジンを組立てておるところからも、それは分かるじゃろ?」
「……そうでしたね〜。妾が変人だってことを忘れていました〜」
「うむ。否定はせぬ。じゃから、妾は急ぐのではなく、ゆっくりと景色を楽しみながら、目的地まで歩いて行きたいのじゃ」
と、今日も晴れ渡っている空へと視線を向けながら、コルテックスに対して返答するテレサ。
コルテックスは、そんな彼女に対して苦笑を向けながら、もう一つ質問した。
「……ところで、今、設計されている飛行機の最高速度はいくらですか〜?」
「む?マッハ3じゃが?」
「それで良く、ゆっくりと歩きたいという言葉が出てきますね〜……」
「そ、そうかのう?妾、ワルツに連れられて空を飛んだ際は、マッハ10と言われた故、そこから速度を下げてマッハ3に目標を接待したのじゃが……まだ足りなかったかのう?」
「あの〜……まぁ、頑張って下さい」
「う、うむ……」
コルテックスの微妙な表情の意味が理解できなかったのか、首を傾げるテレサ。
しかし、テレサに対して、航空工学を教えた本人であるコルテックスが頑張れと言っているので、彼女は表情を改めると、再び魔導エンジンの組み立てに戻ったようだ。
「さてと〜……どうしましょうかね〜?」
「ん?姉貴を月送りにするって話か?」
「それもいいですけど、まずその前に、マイクロマシンをどうするか〜、って話ですよ〜?頭の上に浮かんでる、あの真っ黒な戦艦もどきが、いつ落ちてくるとも限りませんしね〜」
「あぁ、そうだったな。最近、風景に溶け込んでるから、すっかり忘れてたぜ……。で、マイクロマシンをどうするかって……姉貴に文句を言うしか無いんじゃねぇの?」
アトラスがそう問いかけると、
「うーん……」
と唸りながら、顎に手を当てて考え始めるコルテックス。
どうやら彼女が考えているマイクロマシン対策案は、姉が動いてくれるまで何度も物申す、というものではないようだ。
それからしばらくの後、コルテックスは結論にたどり着いたのか、こんなことを言い始めた。
「……国益を考えるとやむを得ません。プランBで行きましょう」
「何だプランBって……」
「明日になったら分かると思いますよ〜?」
アトラスの問いかけに対して、詳しい返答をすること無く、席を立って……そして、議長室の隣りにあった、本格的な魔道具開発設備へと足を向けるコルテックス。
彼女が何を作ろうとしているのか、兄のアトラスには皆目見当がつかないようだったが、それとは別に気になることがあったようで、彼は妹に対し、続けざまに問いかけた。
「……ちなみに、プランAって何だ?」
「そんなもの、ありま〜……そうですね〜。アトラスが箒と塵取りを持って、街中を練り歩くというものでしょうか〜。もちろん、私を背中に背負って〜、ですよ〜?」
「うん。プランAについては、聞かなかったし、存在しないんだな。分かったよ。だから、こっちに期待を込めた視線を向けてないで、さっさと行けよ!頼むから……」
「そこまで言われたら、仕方ありませんね〜」
そう口にした後でコルテックスは、議長室の隣の部屋へと入っていった。
その際、アトラスが、いつまで同じ体勢で人力バイスを続けていなくてはいけないのかを聞き忘れて、大いに後悔した表情を浮かべていたようだが、本気モードで魔道具の開発を始めたコルテックスが篭もった部屋に、彼が入っていけるわけもなく……。
それからアトラスは明日の朝まで、同じ体勢を維持しながら、再び破壊されてしまった飛竜の部屋を修理したり、議員たちとの会議に出席したりしていたとか、していなかったとか。
そして明くる日の朝。
冬の空に、間もなく太陽がその姿を見せようとしていた頃。
「遂に……完成したわ……」
巨大な水槽のようなものに入った大量のマイクロマシンと、同じく大量に制作された無線給電設備が置かれていた工房のMEMS生産設備の前で、ワルツは満足げな表情を浮かべていた。
要するに、今から1週間前、サウスフォートレス以南にマイクロマシンを散布するための大規模な準備をする、と公言した彼女の準備が、ようやく整ったのだ。
「長かったわね……ここまでの道のり……」
そう呟いてから、後ろを振り返るワルツ。
そこにはエネルギアのような形状をした真っ黒な戦艦のようなものの、その先端部分が、今もなお、そのフロアに刺さっていて、応急処置はしているものの、戦艦(?)と壁の隙間から冷たい空気や雨が入ってくるという、新築の工房とは到底思えないような居住環境になっていたようである。
その他、作成したマイクロマシンたちの逃亡、シラヌイの暴走、魔王ヌルやエンデルシア国王の襲来(?)などなど。
1週間のあいだに起った、様々な問題に振り回されたワルツは、精神的に疲労してしまっていたようだ。
だが、彼女が本当にすべき作業は、まだ終わったわけではないのである。
むしろ、これから始まる、といっても過言ではないだろう。
(あとはこれを散布して、正常に動作するかのチェックね。この前、初期生産分の動作確認は出来たから、多分、問題なく動くとは思うんだけど……)
作ったマイクロマシンが、彼女の想定通りに動かなければ、この1週間の彼女の労力は、その殆どが無駄になってしまうのである。
故に、マイクロマシンたちを実際に動作させるその瞬間こそが、彼女にとっては、この1週間で最も大きなイベントだったのだ。
(……ま、悩んでもしゃーないわね)
そして、使い終わった端末の電源を切って、ホログラムの身体で背伸びをするワルツ。
と、そんな時である。
『お姉さま〜?ちょっとご相談したいことがあるのですが〜』
彼女の無線通信システムへと、不意にコルテックスの声が飛んできた。
『珍しいわね?貴女がこんな時間に連絡を入れてくるなんて』
『それはまぁ、徹夜しましたからね〜。知ってます?妾の肌細胞は、徹夜をすると、直ぐにボロボロになるんですよ〜?』
『……大体の人がそうなんじゃないの?』
『いや〜、それはもう、言葉に言い表せないくらいボロボロなんですよ〜?角質どころでなく、表皮が剥離するんじゃないかと思うくらいボロボロになるんですよ〜?』
『それ、完全にゾンビじゃん……』
『……冗談ですけどね〜』
そんな取り留めの無い言葉を口にしてから、無線機の向こう側で大きな欠伸をするコルテックス。
恐らく彼女のテンションは、徹夜をした時のソレに近い状態になっているのだろう。
『で、何よ?』
『そうそう。忘れるところでした〜。実は、マイクロマシンたちに関するご相談なのですが〜』
『あー、つまり、王都の中で暴走してるマイクロマシンをどうにかしたいって話?』
『えぇ〜。大体、そんな感じです。まぁ〜……相談というよりは、事後報告なんですけどね〜?』
『……は?』
コルテックスの言葉を聞いた瞬間、なんとなく嫌な予感がしなくもなかったワルツ。
そんなワルツの予感は、彼女の目の前で、実体を伴って現れることになったようだ。
ベチャッ……
『……?!』
『おや〜?そちらにも姿を現したのですね〜?私の作った、魔導マイクロマシンキラーの『マクロファージ』ちゃんが〜』
『ちょっ……こ、この大きなナメクジみたいやつ、どこから入ってきたのよ?!っていうか、一体、なんてものを作ったのよ?!コルテックス!』
『……コノウラミハラサデオクベキカ〜』
『あっ……』
その瞬間、コルテックスが激怒していることを察するワルツ。
その具体的な理由までは、彼女には分からなかったようだが、これまでの経験から、コルテックスが大切にしていた何らかの魔道具をマイクロマシンに壊されてしまったのだろう、と推測できたようである。
『し、しかもこいつ、壁を通り抜けるの?!』
半透明のその身体が、クリーンルームと外とを隔てていた強化ガラスの窓を難なく通り抜けた姿を見て、ワルツは驚愕した。
彼女には、物理現象を完全に無視して移動する『マクロファージ』と呼ばれたその魔導生命体(?)の存在が、話でしか耳にしたことのない幽霊か何かのように見えていたのだろう。
『魔導生物〜、とまではいきませんが、半分が魔粒子、そして半分が素粒子で出来たゴーレムのようなものなので、壁があったとしても簡単にすり抜けて移動できますからね〜。……理論、聞きます〜?』
『そ、それどころじゃ……!』
クリーンルームの窓に張り付いた自身の視線の先で、床をゆっくりと移動しながら、マイクロマシンが入った水槽に向かって、一直線に移動するそのナメクジのようなマクロファージの姿を見て、
『い、今すぐ止めなさい!コルテックス!ほんとシャレにならないって!』
と声を挙げるワルツ。
マクロファージが何をしようとしているのか、もはや火を見るより明らかだったようだ。
だが、
『……え〜?』
姉の話を聞くつもりはないのか、聞こえないふりをするコルテックス。
恐らく彼女は、マイクロマシンを使ってマギマウス退治をすることなど、どうでも良くなるほどに、怒っているのだろう。
『え、じゃないわよ!って……』
そして……ワルツは気付いてしまった。
いつの間にか、数体に増えていたマクロファージが、マイクロマシンの入った水槽に侵入し、そして、
もちゃもちゃ……
『た、食べてる……』
この1週間に渡って、自身が丹精込めて作ってきたマイクロマシンたちを捕食していることに……。
ナレーターの方の3点リーダーは、量を少なめにして使うことにしたのじゃ。
表現の方法が制限されてしまうのは、流石に困るからのう。
まぁ、それは置いておいて。
あと1〜2話(?)で7.7章は終了する予定なのじゃ。
むしろ、さっさと終えたいのじゃ。
まだ後ろに7.8章が控えておるからのう。
……早く、8章に入りたいしのう。
それで……今日の文でも何か補足すべきことがあったと思うのじゃ。
じゃが、例によって例の如く……忘れてしまったのじゃ。
メモ帳の欄外に用意しておる補足リストにも、特に何も書かれておらぬしのう。
これは……補足することは無い、ということなのじゃろうのう。
……たぶん、の。
というわけで、明日は月曜日であるゆえ、今日はもう布団に衝突してみようと思うのじゃ。
そりゃもう、大気圏突入など比較にならぬ速度で、枕へと顔面から、
ドゴォォォォ!!
……zzz。




