7.7-24 問題と対処9
「……というわけで、イブの部屋の扉を直してほしいかもなんだけど、アトラスさもがぁぁぁぁ!!」
「よーし、よーし!イブ。後のことは俺に任せておけ!」
王城の第7区画で作業していた自分のところへとやってきたイブの頭を、猛烈な勢いで撫で回すアトラス。
彼にとって、困ったようなイブの顔は、保護欲(?)をくすぐられる表情だったようである。
なお、ここには、ルシアとシラヌイはやって来ていない。
ルシアは、マイクロマシンたちに溶かされたことで失われてしまった人工鉱山モノリスを再生産するために、一人、山へと向かい……。
そしてシラヌイの方は、川へ洗濯……というわけではなく、アトラスに扉の修理を頼む、という話になった途端、顔を真っ赤にして、『用事を思い出しましたっ!』と口にすると、どこかへと姿を消してしまったのである。
先日、彼女とアトラスとの間で起きた出来事や、アトラス争奪戦(?)でイブに再び負けてしまったことなどから推測すると……どうやらシラヌイは、彼に対して、顔を見せ難くなってしまったようだ(?)。
「……で、何の話だ?」
「もがぁぁぁぁ!!」
撫でれば撫でるほど、激怒の度合いを増していくイブに気付いていないのか……いたずらに彼女の頭を撫で回しながら、少女たち2人へと、事の次第を問いかけるアトラス。
そんな彼の質問に答えたのは、自身の頭を撫でるアトラスの手に、今にも齧りつきそうだったイブ……ではなく、彼女の隣いた飛竜カリーナだった。
「実は……我らの部屋の扉を、黒く小さき者共に、食い破られてしまったのだ……。たぶん、だがな……」
「たぶん……?」
「うむ。我も主殿も、夢の中だった故、果たして本当に小さき者共が食い破ったのか……はたまた、主殿と一緒に寝ていたシラヌイ殿が突き破ったのか、はっきりとは分かっていないのだ。あるいはルシア殿が、ゆーどーばくらい、とかいう恐ろしげな魔法を使って、寝ぼけて穿った可能性も否定は出来ないだろう」
「……多分、それをやったら、扉どころじゃなくて、建物ごと吹き飛ぶだろうよ……」
「ぬ?何か申されたか?」
「いや、なんでもない……」
何かを想像しながら、ウンウン唸って、納得げに話している飛竜に対し、冷水を浴びせかけるような真似をするのもいかがなものかと思ったのか……アトラスはそれ以上、彼女の話の腰を折るようなことはしなかったようである。
「しかし、いったい、彼奴らは何故、我や主殿の部屋の扉を壊したのだろうか……。お陰で我らはコルテックス様に、お叱りを受けるところだったではないか」
「そうかそうか……飛竜も大変な目に遭ってたんだな……。よし!なら、俺が撫でてやろう!」
「もがぁぁぁぁ……え、えっ?」
アトラスが急に、飛竜の頭を撫でる、などと口にしたためか、それまで怒っていたはずのイブも、急に真顔に戻ってしまうほどに、驚いてしまったようだ。
一方、飛竜の方の反応は、イブとは少し異なっていたようである。
「……頭を……撫でる……?」
「あぁ。遠慮するな!撫でたところで減るもんでも増えるもんでもないからな!」
今回がアトラスに撫でられる初めての機会だったためか、飛竜は突然の展開に戸惑ってしまったようだ。
ただ、その戸惑いは、恥ずかしさが原因だったわけではなかったようである。
「……アトラス殿。少し待って欲しい。……主殿?一つ聞きたいのだが……頭を撫でられるときは、もがぁぁぁぁ!、と口にするのが、人のマナーというものなのだろうか?」
「えっ……いや、違うかもだけど……」
「ふむ……」
アトラスに頭を撫でられた瞬間に、イブが必ず上げていた奇声(?)を聞いていた飛竜は、人というものが何であるのかよく分かっていなかったこともあって、そういった特殊なルールがあるのか、と勘ぐってしまっていたようである。
しかし、そんな特別なルールが有るわけもなく……。
飛竜が師と仰ぐイブは、それを否定したわけだが、
「いや、だがしかし、ここは徒弟らしく、主殿の発言を真似るべきだろう」
何をどう考えたのか、彼女は結局、イブのことを真似ることにしたようだ。
その際、イブが、何かを口にしようとして……しかし、何も言わずにそれを飲み込み、そして何故か満足げな笑みを浮かべていたところを見ると……彼女としては、飛竜が自分と同じ反応をすることに、否やは無かったようである。
「よし。では、アトラス殿。我の頭を撫でよ!」
「お、おう……」
自分よりも2周りほど小さい少女から差し出されたその頭を見て、思わず手を引っ込めてしまいそうになるアトラス。
彼女の頭を撫でることで、どのような展開が待ち受けているのか予想が付いていたことも然ることながら……どこか高圧的なその態度を前に、彼の手は押し返されそうになっていたようである。
あるいは、彼女の本当の姿が、幼気な少女などではなく、翼を伸ばせば20mにも及ぶ巨大な飛竜であることを、彼は思い出したのかもしれない……。
だが、そこはミッドエデン最強の騎士。
飛竜が、上から目線(?)で、上目遣い(?)をしながら、頭を傾けてきた程度のことで、彼が手を引くようなことは無かったようである。
……いや、むしろ、それはできなかったようである。
なぜなら……ここは、王城の第7区画。
幾つか平行に進んでいるプロジェクトのテクニカルアドバイザーを務める彼にとって、王城職員たちに格好悪い姿を見せるという選択肢は、存在しなかったのだ。
故に、彼は、表面上は至って冷静を装いつつ、内心では戸惑いを感じながら、飛竜のその灰色の長い髪へと、その手を伸ばして……そして、
ワシワシワシ!
と普段、イブを撫でるように、彼女の髪を乱したのである。
……その瞬間、
「も、もがっ……」
事前の発言通り、イブの真似をして、嫌がる素振りを見せる飛竜。
……だが、それも一瞬のことだった。
「く、くぅぅぅん〜〜〜」
『……え?』
「〜〜〜〜〜〜」
心底、気持ちよさそうな表情を浮かべながら、アトラスに身体を寄せてくる飛竜に対して、驚きを隠せなかったイブと……そしてアトラス本人。
「お、おい……飛竜、何やってんだ?」
「そ、そうかもだよ、ドラゴンちゃん……」
アトラスが手を止めて、イブが戸惑いの視線を飛竜に向けると……
「……む?遠慮せず、もっと撫でるのだ!アトラス殿!」
彼女は自身の頭をアトラスの胸板へとこすり付けて、撫でを要求するという……暴走を始めた。
「お、おう……」ワシワシワシ
「くぅぅぅん〜〜〜」
「ちょっと……理解できないかもなんだけど……」
腰から生えた太い尻尾を左右に振りながら、嬉しそうな表情を見せる飛竜に対して、内心で頭を抱えるアトラスと、首を傾げるイブ。
ただ、その際、イブに眉間にシワが寄っていた理由については……彼女本人にもよく分かっていなかったようだ……。
それからひとしきりアトラスに頭を撫で回されたせいで、飛竜の灰色の長い髪が、台風か何かに吹き飛ばされたように、ぐしゃぐしゃになった後。
どこかのホラー映画に出てくる女性のような髪型になっていた飛竜は、満足げな表情を浮かべながら……何故かアトラスの腕に両腕で抱きつき、そして彼のところへとやって来た目的を再び口にするのだが……
「では、アトラス殿?早速、我らの部屋の扉を直してもらえないだろうか?」にっこり
「……お前、さっきと比べて、随分と態度が違うよな……」
彼女からは、完全に高圧的な雰囲気が消えて……どことなく、シラヌイがアトラスに見せるような態度へと変わっていたようである。
「もう……ドラゴンちゃんもダメかもだね……」
「む?どうしたのだ?主殿?」
「ううん。なんでもないかもだよ……。うん、なんでもない……」
まるで、大切な仲間を目の前で失って、絶望に打ちひしがれながらも、それを表に出さないようにしている勇者(?)のような表情を浮かべながら……(一方的に)仲が良さげな2人に背を向けて、スタスタと歩いて行くイブ。
その際、彼女の後ろ姿には、何やら深い陰のようなものが差していたようだが……まぁ、恐らくは気のせいなのだろう……。
…………それから場面は、工房にある飛竜の居室へと変わる。
自身の腕に絡みついてくる飛竜を、体術だけでどうにかやんわりと回避しながらここまでやって来たアトラスは、飛竜の部屋と廊下を隔てているべきその扉を見て……くっついてくる彼女を避けることも忘れ、頭を抱えてしまった。
その結果、彼は、確認するように飛竜へと問いかける。
「……なぁ、飛竜?一つ聞いてもいいか?」
「ぬ?すりーさいずとかいう、身体の寸法だろうか?しかし、カタリナ殿からは『他人には簡単に教えていけない』と言われているのだが……アトラス殿なら……」
「いや、そうじゃない」
「……え?」
「確かさっき、飛竜は……部屋の扉が壊された、って言ってたよな?」
「ふむ……確かにそう言ったが?」
「だけどな……これはどう見ても、扉が壊れてる……だけには見えないんだが……」
そして、飛竜から視線を動かし、再び彼女の部屋の扉の方へと眼を向けるアトラス。
一方、飛竜自身も、彼が何を言いたいのか分からなかったようで、その視線を追いかけるように、扉の方を向くのだが……
「…………あ」
……そこに広がっていた光景を目の当たりにした途端、彼女はその表情ごと固まってしまったようだ。
それは、ここまで一緒に付いてきていたイブも例外ではなかったらしく……彼女も眼を点にしながら、その光景を見て、おもむろに口を開いた。
「うん……。これ、扉が壊れてるんじゃなくて……部屋ごと無くなってるかもだね……」
ビュォォォォ!!
巨大な本来の姿に戻った飛竜が、何かあったときに窓から飛び立てるようにと、高層階に用意されていた彼女の部屋……があったはずの場所から吹き込んでくる冷たい強風に、眼を細めるイブとアトラスと、そして飛竜。
どうやら、そこにあった飛竜の部屋は、修復云々以前に……一部の扉の残骸を残して、跡形なく消え去っていたようだ……。
最初は……まぁ、いい感じのハイペースで書いておったのじゃ。
この分じゃと、いつもより早く書き終るかも知れぬ、と思いながら、の。
じゃがのう……世の中、そんなに甘くはなかったのじゃ。
見返して……何度も見返して……そして、ゲシュタルト崩壊を起こして……今に至る……。
……もうダメかも知れぬ……。
これは集中力云々ではないと思うのじゃ……。
まぁ、毎日のことじゃから、いまさらなのじゃがの?
そうそう。
飛竜の言葉を書いておって、思ったことがあるのじゃ?
以前にも何度か書いたことがあると思うのじゃが……『だ』を『じゃ』に変えると妾の発言に近くなる気がする、という問題についてなのじゃ。
これは……もう、意識して書き分けるしかない、という結論にたどり着いたのじゃ?
とは言っても、性格は全く異なる故、まったく同じ、というわけではないのじゃがの?
例えばのう……飛竜がこんなことを言ったとするのじゃ。
『我はグリンピースが嫌いだ!』
これと同じことを妾が言うと……
『誰じゃ!妾の食事にグリンピースを混入したのは!?……え?ルシア嬢?』
になるはずなのじゃ。
決して……
『妾はグリンピースが嫌いなのじゃ!』
などという、平坦な言い方はしないはず……なのじゃ。
疲れておったら……言うかも知れぬがの?
というわけで、書き分けるのは、飛竜の言葉だけでなく、妾の言葉もまた、その対象になっておる、というわけなのじゃ。
こうして、妾の言葉も、飛竜の言葉も……回を重ねるごとに、徐々に変化していくのじゃろうのう……。
……おっと。
もうこんな時間なのじゃ。
明日は特別、早い故、今日もここいらで御暇させてもらうのじゃ。
今日も……睡眠導入剤として、吾猫でも読もうかのう……。
じゃがのう……あの話は、読んでおると、いつしか引き込まれておって……結局、眠れなくなるのじゃ。
そういう話を、いつしか妾も、書けるようになりたいものじゃのう……zzz。




