1.2-30 町での出来事21
それからワルツたちは、僧侶のことを宙に浮かべて、町の正門前まで運んでいった。ただ、彼女のことを完全に宙に浮かべたままの状態で移動すると、他の者たちに見られる可能性があったので、ワルツは僧侶のことを背負うような素振りを見せながら移動したようである。まぁ、途中で結局面倒になったのか、実際に背負っていたようだが。
そして、町まで、あと2つほど丘を越えれば到着する、といった距離までやってきた時のことだった。
「……う、うぅん……」
ワルツの背中にいた僧侶の意識が、段々と浮かび上がってきたようである。
それに気付いたワルツは、僧侶の意識が完全に戻る前に、彼女のことをゆっくりと地面に降ろした。このまま背負っていたのでは、背中(?)で暴れられるかもしれないと考えたようである。
それからまもなくして。僧侶は目を開けた。
「…………」
背中から伝わってくる草の気配や、肌を撫でる風、それに眩しい太陽に刺激されて、徐々に意識がハッキリとしてきのか……。上体を起こして、辺りを見回す僧侶。ただ、その段階ではまだ寝ぼけていたのか、そこにいたワルツとルシアの姿を見ても、彼女はしばらく、ボーっとしていたようである。あるいは、空腹から極度の低血糖状態に陥っていて、頭が回っていない可能性も否定できないだろう。
ただ、それもまもなく終わりを迎え……。彼女の頭は、フル回転どころか、空回りを始めることになる。
「……っ!?」ズササッ
自身の顔をのぞき込んでいた2人の少女が何者なのか、ようやく理解したらしく、僧侶は、全力で、その場から後ずさろうと必死に身体を動かし始めたのだ。
とはいえ——
「あっ……」くらっ
——空腹のために身体がうまく動かなかったらしく、彼女は殆ど移動できずに、グッタリとしてしまったようだが。
その姿に痛々しさを感じたのか、ワルツが心配そうに問いかける。
「……貴女、大丈夫?」
「…………」
しかし、ワルツに問いかけられても、僧侶が返答することは無かった。返答できないほどに衰弱しているわけでも、朦朧としているわけでも無く……。彼女にしか分からない理由で口を噤んでいる様子である。
その様子を見て、今度は、ルシアが怪訝そうに口を開く。
「……お姉ちゃん。この人、話す気が無いみたいだよ?」
「……そうみたいね」
「もう放っておいても良いんじゃ無いかなぁ?」
「まぁ、町も近いし、ここからなら歩いて帰れるでしょ」
「じゃぁ……いよいよ、魔法の練習、行っちゃう?」
「そうね……行きましょっか?」
「うん!」
姉とやり取りを始めてからというもの、僧侶に対して一瞥すらせず、ワルツの腕に抱きつくルシア。そんな彼女は、やはり、以前襲ってきた勇者たちのことを、嫌っていたようである。
ワルツとしても、それは似たようなもので、勇者の関係者とはあまり関係を持ちたくなかったようだ。結果、彼女も、僧侶に背を向けると、来た道を戻ることにしたのだった。
◇
……しかしである。
「……あの人、まだ付いてくるよ?」
「んー……困ったわねぇ……」
町の近くに置いてきたはずの僧侶が、ワルツたちから一定の距離を開けて、ずっと付いてきていたようだ。それも、いつ倒れてもおかしくないような、ふらふらとした様子で……。
そんな彼女のことが無視できなくなってきたのか、ワルツたちは、再びを止めて対応することにしたようだ。
「……ちょっと貴女。黙って付いてくるんじゃなくて、何か言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさいよ!」
「……仲間にしてください」
「まったく……黙り込んでたら、何を考えてるのか……えっ?」
「えっ?」
「仲間にしてください……!」
ここまでやってくる間に頭の整理が付いていたのか、ワルツに問いかけられて、即答した僧侶。どうやら彼女は、最初からその言葉を口にしようとして、ワルツたちに近づいてきたようである。
先ほどは、それを口にする前に、意識を失ってしまい。目覚めたら目覚めたで、ワルツたちの顔が目の前にあったので……。思わず混乱してしまい、言いたいことを言えなかったのだろう。
「仲間にしてって……貴女、勇者はどうしたのよ?殺したつもりは無いんだけど?」
「勇者様方ですか…………捨てられました」
「「えっ……」」
「私の回復魔法なんか、ゴミ以下の存在だって……。足手まといは目障りだから消えろって……貶されて……」ずーん
「「うわぁ……」」
想像よりも重苦しい言葉が飛んできたためか、2人そろって苦々しい表情を浮かべる姉妹。
ただ、それが本当のことだとしても、ワルツもルシアも、勇者パーティーの一人だった僧侶のことを仲間として迎えるつもりは無かったらしく……。断っても付いてきそうな僧侶から、2人そろって逃げようか、などと考えていたようだ。
そんなとき。僧侶が不意にこんな行動に出た。
上半身に羽織っていた青いローブを脱ぎ捨てて、頭に被っていた円筒状の帽子を外したのである。
その姿を見て、最初に反応したのは——
「……えっ?!」
——どういうわけかルシアだった。
何しろ、僧侶の頭を腰にあったのは——自分そっくりの尖った狐耳と尻尾だったのだから……。
前の話で、尻尾のこと、書かぬ方がよかったかのう……。




