7.7-16 問題と対処1
そして次の日の朝。
今日も空は青く澄み渡り、2つの太陽がサンサンと……冬の空から地上を照らしつけていた。
しかし、世の中、そんな太陽のような明るい笑みを浮かべながら、朝から稲荷寿司店の前で開店を待つ少女のように、明るい表情の者たちばかり……とは限らない。
例えば、テレサとコルテックスのいる議長室には……
「……げっそり」げっそり
と、口にしながら、実際、2日連続で、ゲッソリとした表情を浮かべていたイブの姿あったようだ……。
部屋に入ってきた途端、挨拶の代わりに自身の現状を口にしたイブに対して……コルテックスとテレサが、それぞれに口を開く。
「どうしたのですか〜?イブちゃん?朝から疲れきったサラリーマンみたいに、暗い表情を浮かべて〜。そんな顔をしていると、幸せが逃げていきますよ〜?定年までブラックですよ〜?」
「うむ。それは一理あるのじゃ。童なら童らしい表情を浮かべるべきなのじゃ!(あの感じ……また、コルが何かしたのじゃな?まったく、困ったものなのじゃ……)」
するとイブは、そのままの表情で……完全に普段着と化しているメイド服に袖を通すために、議長室の全自動洗濯機(コルテックス製)を開きながら、2人に対して言葉を返した。
「もう、子ども扱いしないでほしいかもだし……。イブ、大人の階段登ったかもなんだから……」
「なんっ、じゃとっ?!」ガタンッ
自分よりも一回りほど小さく、そして、半分ほどの年齢しか無い少女から飛んできたその言葉に、大きな椅子を倒しながら立ち上がって、ワナワナと震え始めるテレサ。
その際、『妾はまだ、ワルツと手を繋いだことすら無いのに……!』と、小さく嘆くような声が聞こえてきたのは……まぁ、気のせいだろう。
そんな2人の反応に呆れたのか……コルテックスが、口を挟んだ。
「妾〜?そんなことがあるわけ無いではないですか〜。イブちゃんは昨日、私と一緒にずっといたのですからね〜」
「えっ?!……まさか!」
「……何を考えているのか、何となく分かりますが〜……私は妾たちみたいに、異常な性癖をしているわけではないですからね〜?」
「……む?異常な性癖?何のことじゃ?」
「まぁ、それはともかく〜……イブちゃんは、アトラスに襲われたと、思い込んでいるのですよ〜」
と口にしてから、テレサに向けていた、その呆れたような視線を……今度はシルク・オリハルコン製のシャツに袖を通そうとしていたイブに対して向けたコルテックス。
それから彼女は、言葉を続けた。
「昨日も言いましたけど、アトラスはイブちゃんの事を守ろうとしていただけですよ〜?」
すると、今度はイブの方が、小さなネクタイを首元で結びながら、その口を開く。
「コル様の言葉を信じられないわけじゃないかもだけど……イマイチ、アトラス様のことは信じられないかもなんだよね……」
「……何かあったのですか〜?」
コルテックスが小さく首を傾げながら問いかけると、黄色いワンピースを頭から被ろうとしていたイブが……それをうまく着ることが出来なかったためか、ウンウンと唸りながら返答をした。
「あんねー……今ここで、耳を澄ませてみれば分かるかも?」
「耳を……澄ます〜?」
「どれ……」
そして、コルテックスとテレサは、それぞれに別々の方法で耳を澄まし始める。
テレサは、顔の横に付いていた人の耳を。
そしてコルテックスは、超高性能マイクロフォンが搭載されていたためか、テレサとは違い、獣耳の方に手を当てて、音を聞こうとしていたようである。
その結果……
『シクシク……』
議長室の扉の向こう側から、何やらそんな泣き声のような……なんとも言い難い音が聞こえてきたようだ。
「……死苦死苦?呪詛かのう?」
「妾〜?無理矢理にボケようとしても、笑えないですからね〜?あれは、新種のセミの声ですよ〜?今は冬ですけどね〜」
「……コル様?帰っていい?」
「はい、ごめんなさい。真面目に言います。あれは……アトラスの泣き声ですね〜……」
と、聞こえてくる泣き声に、獣耳を欹てながら、ようやくマトモなことを口にするコルテックス。
そんな彼女の言葉を聞いたイブは、溜息を吐くと、白いニーソックスを履きながら、自身の言葉を続けた。
「あの泣き声と謝罪の言葉が、夜な夜な部屋の扉の向こう側から聞こえてくるかもなんだよ?ごめんなー、ごめんなー……って。お陰で、まったく眠れなかったかもなんだけど……」
「まだ許してなかったのですね〜……」
「そ、そうだったのじゃな……(ある意味、コルよりも残酷かもしれぬのう……)」
コルテックスとテレサの2人は、悪気のない、どこまでも純粋に迷惑がっていたイブの話を聞いて、苦笑を浮かべてしまったようだ。
それから間もなくして、メイド服の着付けの最後に、フリルの付いた白いエプロンをつけようとしていたイブは、何も言わずに扉の方を振り向いた。
それは、コルテックスに対して、エプロンの紐を背中で結んで欲しい、といういつもの合図なのだが……コルテックスは、自分の椅子から立ち上がってイブの側へと歩いていくと、今日に限ってそれを結ばずに、そのままイブの肩に手を置いて、こう口にした。
「イブちゃん……?アトラスのことを許してあげてはくれませんか〜?兄は必死になって、マイクロマシンに飲み込まれるかも知れなかったイブちゃんのことを、助けようとしてくれていたんです。それだけは分かってあげて下さい」
流石に、コルテックスの真面目なお願いを無視するわけにはいかなかったのか……
「うん……分かった……」
イブは、渋々、といった様子で、承諾することにしたようだ。
彼女は、最初からアトラスが無実であることは分かっていたようだが……恐らく、これまでに彼から受けた、子ども扱いや妹扱い、それに理不尽な頭撫でが気に食わなくて、衝動的に許せなかったのだろう。
「じゃぁ……服を着たらアトラス様のところに行ってくるから、背中のリボンを縛ってほしいかも?」
それからイブは改めて、コルテックスに対して、エプロンの紐を両手で持ちながら、蝶結びをねだるのだが……。
それでもコルテックスは彼女のエプロンの紐を結ぶことはなく……その変わりに、一言、こう言った。
「……すごく言いにくいのですが〜……ワイシャツのボタンを掛け違えていますよ〜?」
「……え?」
そして、自身の胸元に眼を向けて……そしてそこで初めてボタンのことに気づくイブ。
こうして彼女は、本日2周目のメイド服の着付けに突入したのである……。
一方、その頃……。
議長室の外には……
「ごめんよ……ごめんよ……イブ……」しくしく
テレサ曰く、呪詛を唱えているアトラスの姿があったようだ。
イブ以上にゲッソリとして、地面に膝を付き、そして項垂れている……その彼の様子は、どちらかと言うと、呪詛を唱えているというよりも、受けているように見える、と言えるだろう。
一方。
そんなアトラスの姿を……廊下の先で、じーっと眺めている者がいたようだ。
もちろんそれは……今日が稲荷寿司店の定休日だということに気付いて、死んだ魚のように輝きのない瞳になりながら、王城の中を彷徨っていた狐娘……ではない。
「アトラス様……」
額から4cmほどの突起を、斜め45度ほどの角度で、2本ほど生やしていた鬼娘……シラヌイである。
彼女は、落ち込んでいるアトラスに対して、今すぐにでも駆け寄って、そして声をかけてあげたかったようだが……どうやら彼女には、それが出来ない理由があったようだ。
「あと1日……。あと1日我慢すれば、アトラス様を手に入れ……じゃなくて、開放してあげることができるのですね。今度こそは……!」ゴゴゴゴ
今からちょうど30日前に、コルテックスが主催したアトラスの所有権をめぐる少女たちの不毛な戦いに敗れたシラヌイ。
彼女は、この一ヶ月間、もどかしい思いをしながら、悶々とした日々を送っていたようである。
そして、次のアトラス争奪戦が行われる予定の日が明日に迫って……彼女は逸る気持ちを押さえきれなくなり、彼から20mほど離れた場所から、熱い視線を送っていたのだ。
ちなみに。
本来なら、彼女と同じく敗者であるはずのコルテックスが、アトラスに遠慮なく近づいているのは、体裁上、議長の守護者たる専属騎士に、本来の職務をこなしてもらうため、ということになっていたからだったりする。
その上、彼女がアトラスに近づいているところを、アトラスのことを煙たがっているイブ以外に見せていないこともあって……シラヌイや、飛竜からは、抗議の声が上がる事は無かったようだ。
……それはさておき。
それから暫くの間、シラヌイがアトラスに対して熱い視線を送っていると……議長室から、黄色い毛玉……ではなく、黄色いフリルの付いたメイド服を着込んだ、頭の癖毛が特徴的な犬娘が出てきて、扉の前で俯いていたアトラスの前にしゃがみ込むと、それから彼に対して、何やら話し始めたようだ。
幸いなことに(?)、廊下に誰もおらず、静まり返っていたので、シラヌイの耳にも、イブの言葉が届いたようだが……
「アトラス様……?イブが寝ている間に、イブの身体にいたずらしたかもって話、あれn……」
彼女にはそれが限界だったようだ。
「そ、そんな?!」
「……えっ?」
「あっ……」
廊下の先から、叫び声に近い声を上げるシラヌイに気づいたイブとアトラスが、同時に唖然とした表情を浮かべながら、彼女に視線を向けた。
それとほぼ同時に……話がおかしな方向へと進みつつあることに気付いたアトラスが、慌てた様子で、弁明の言葉を口にする。
「いや、待て!シラヌイ!俺は……俺はイブに何もしてない!」
だが、シラヌイには、アトラスの言葉は聞こえていなかったらしく……。
彼女は顔を蒼白にしながら、1步2歩と後ずさると、3歩目で足をもつれさせて体勢を崩しそうになった後……そのままの勢いで、通路を後ろに向かって走り去っていってしまった。
その際、彼女は、油揚げのような色をした、立派な尻尾が特徴的な狐娘と軽くぶつかったようだが……シラヌイが自身の足を止めなかったところを見ると、彼女には謝る余裕すら残されていなかったようである……。
眠くはないのじゃ?
……うそじゃ。
本当は眠いのじゃ?
普段よりは、マシ、といったところなのじゃ。
いやのー。
妾の話を自分で補足すのは気が引ける故、何も語らぬが……こうしてシラヌイの逃避行が始まったのじゃ?
って言っても、どこかへと行くわけではないのじゃがの?
8章への展開の準備、というやつなのじゃ?
7章を終える上で、まだ1点だけ悩んおる部分があるのじゃが……まぁ、どうにかなるじゃろう。
ってなわけで……恐らく、7章最後の話が始まったのじゃ?
……多分の。
このままのペースじゃと、7章で半年を費やす……おっと、計算すると、現時点で、既に186日(0.508年)も費やしておるのじゃ。
7章全体で200日以上……。
もうダメかもしれぬ……。
それはそうと今日の話は……実は、メイド服を通じて、イブ嬢のデザインを考える話だったのじゃ。
おかげで、大分固まってきたのじゃ。
あとはどうやって、癖毛を描くか、なのじゃが……一応言っておくのじゃが、一本毛の触手ではないのじゃぞ?
もうそれは癖毛の塊なのじゃ。
……いや、マリモでもないのじゃぞ?




