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7.7-13 黒い影13

「男の子……ですか?」


テンポの告白に、似たような言葉を以前、何処かで聞いたような気が……しなくもなかった様子のカタリナ。

一方でテンポは、特に思い出すようなこともなかったのか、小さな溜息を吐きながら、心中をゆっくりと吐露し始めた。


「はい……。姿は、靄がかかったようにはっきりと見えないのですが、それが男の子だとはっきりと分かるシルエットというか……。話しかけると、嬉しそうに(はしゃ)ぎ回るんです。言うことも聞いてくれますし……」


「(なるほど……。確かに、テンポの話を聞く限りでは、幻想や妄想の(たぐい)が発展して、意識の中に、架空の男の子が生じているように聞こえますね。テンポの視線を追う限り、おそらくこの部屋でも、少年の姿が見えているのでしょう……)」


「それに……さっきは、イブちゃんに取り付いて、アトラスと相撲をしていましたね」


「…………えっ?」


それ、幻想でも妄想でも、そもそも壊れたわけでもない、と言おうとして……しかし、どうにか口を(つぐ)むことに成功するカタリナ。

自分が壊れてしまったのではないか、と心配になっているテンポに対して、しっかりと言葉を考えてから、発言しようと思ったようだ。


故に……カタリナが言葉を考えている間も、テンポの説明は続いていく。


「そういえば、一昨日もそうでした。この子、お姉さまのマイクロマシン生産設備の中で遊んでいたらしく、クリーンルームを壊してしまったみたいなんですよ。お姉さま、ざまーみろ、って感じでしたね」


「えっと……あの、テンポ?」


「いやー、まさか私の妄想力が、少年の姿をした物理現象となって具現化するほどに高まってしまうことになるとは、思いもよりませんでした。ですが……どんなに頑張って、手からビームを放とうとしても……いつも通り出てこないんですよ。おかしいですよね?これって、絶対故障だと思います」


「いえ、おかしくありません。あと、多分、故障でもありません。それが普通です」


どうして、『少年が見える』という発言から、『手からビームが出ていく』という発言に繋がっていったのか……理解できなかった様子のカタリナ。

その上、テンポが故障していると主張した根拠が、誰にも見えない少年が見えること……ではなかったために、すっかりカタリナは呆れてしまったようだ。


それから彼女は、呆れたままの表情をテンポへと向けつつ、口を開いた。


「あのですね?テンポ。以前……ワルツ様が、それと同じような経験をされていたことを覚えていますか?手からビームが出る出ないの話ではないですよ?」


「同じようなことですか?お姉さまが……幻聴を聞いたとか、段差のない通路で足を引っ掛けて転びそうになったとか、揺れてないのに地面が揺れてるとか……毎日、故障を疑ってしまいそうな言動だらけで、一体どの話だったか、イマイチ思い出せません。具体的に、いつの話でしょう?」


「……エネルギアちゃんと初めて出会った時の話です(……ワルツさん、もしかして本当に壊れそうになっているのでしょうか?)」


テンポにそう答えつつ……頭の中で、ワルツの謎行動について思い出すカタリナ。

だが、思い返してみると、それは出会った当時からのことだったので……彼女はすぐに頭を切り替えて、テンポの対応に戻ることにしたようだ。


それに気付いたのか……テンポも、これまで通り無表情のまま、真面目(?)に話し始めた。


「エネルギアちゃん……あの破廉恥少女が、お姉さまにハッキングを仕掛けて、自分の姿を見せた……という話ですね?」


「はれん……えっと、はい。大体、そんな感じです」


「つまり……私も、この少年に、ハッキングを仕掛けられていると?」


「ハッキングなのかどうか……それは私には分かりません。なので、もしも会話できるなら……一度、試してみてはどうですか?」


「試す……?」


「はい。例えば、少年に対して、ワルツさんをハッキングするように伝えるとか。エネルギアちゃんの時のように、ワルツさんにもその姿が見れれば、その『少年』は、誰にも見えていないだけで、この世界に存在する、ということは証明できますよね?」


「…………」


カタリナのその言葉に……何故か、考え込んでしまう様子のテンポ。

彼女の言葉自体には特に変なところは無かったはずだが……テンポにとっては、考え込むほどに懸念すべきことがあったようである。


それからしばらく考えた彼女は、ようやく考えがまとまったのか、カタリナに対して首を振りながら、口を開いた。


「……いいえ。それは止めておきましょう。もしも、この子がエネルギアちゃんのような存在だったとして、お姉さまに関わってしまうと……エネルギアちゃんのように、破廉恥な性格になってしまうかもしれません。まったくもって、実の姉だというのに、嘆かわしいですね……」


「そ、そうですか……(それは無いと思いますけど……)」


「それに……これからエネルギアちゃんのような存在になるというのなら、大切に育てていきたいですから……」


「…………そうですね」


優しげな視線を、誰もいないはずの扉の方へと向けるテンポに対して……カタリナはそう口にしながら、近くにあったトレジャーボックスに手を触れつつ、笑みを返した。

ワルツやエネルギアのことについては、とりあえず置いておいて、テンポの『大切に育てたい』という言葉には共感できたようである。

もしかすると彼女は、今はまだ姿の見えないその『少年』が、幼いシュバルの友達になるような存在になってくれればいいのに……そう思っているのかもしれない。




「さて……。それでは、言いたいことも言ったことですし……私は持ち場に戻ることにします」


「えっ……いいんですか?まだ何も解決……って、もしかして……」


……実は最初から、その原因が分かっていて、少年のことを告げるためだけに、やって来たのか。

カタリナがそれを口にする前に、テンポは彼女に背中を向けると……扉の近くにいるだろう少年の肩に手を当てるような仕草をしてから、部屋の外へと出て行こうとした。

そんなテンポの後ろ姿と、その仕草を見れば……わざわざ質問せずとも、彼女の意図については察することが出来るのではないだろうか。


……と、そんな時である。


プルルルル……


この世界では、あまり耳にすることのないはずのそんな音が、2箇所から鳴り響く。

音源は……カタリナの白衣の内側と、テンポのスカートのポケットにあった、ワルツ製の無線機である。


本来、その無線機からは、着信音のような音が聞こえてくることは無いはずだった。

何の前触れもなく単に声が聞こえてくるだけの、正真正銘、単なる無線機だったのである。

……とは言え最近は、1対多のブロードキャスト通信だけでなく、プライバシー通信に対応した1対1の通信もできるようになっていたので、どちらかと言えば無線機というよりも、着信音の()()()携帯電話のようなものになっていたようだが。


では、その着信音のような音は、一体何を意味する音なのか……。


「……何の音でしょう?」


少なくてもカタリナには、その音の意味は解らなかったらしく……彼女は、まだ部屋の中にいたテンポに対して問いかけた。


するとテンポは、眼を細めながら、ポケットから無線機を取り出して、カタリナの質問に返答する。


「この音は……お姉さまが、何か緊急の出来事があったときに鳴らす、と言っていた音です」


「その割に……随分と間の抜けた音ですね」


「音は設定で変えられますよ?あまり精神的によろしくない音にすると、皆が驚くから、ということで、初期設定ではこのような感じの無難な音になるように……させました」


「そうなんですか……(設定なんてしたことがないのですが……どうやって操作するんでしょう?)」


金属の板に、ボタンが2つと、通信先を表示するモニターを付けただけの、シンプルなデザインの銀色の無線機を、今までしっかりとチェックしたことが無かったためか……緊急事態だというのに、シゲシゲと無線機の観察を始めた様子のカタリナ。

しかし、緊急のコールが鳴ったということは……つまりその直後には、具体的な要件が聞こえてくるわけで……。

カタリナが始めた無線機(ケータイ)観察は、すぐに中断することになったようだ。


要するに……ワルツの声が、聞こえてきたのである。


『ちょっ……皆、ヤバい!』


「みんなヤバい……。言い得て妙ですね……」


「カタリナ?それを言ってて、悲しくなりませんか?」


無線機から視線を上げて、カタリナの方にジト目を向けるテンポ。

なおそのジト目の意味は、呆れ、ではなく、苦笑である。


それからカタリナが、一人でクスクスと笑い始めた頃……焦り気味(?)のワルツから続きの声が飛んできた。


『……えーと、敵襲?』


「どうして疑問形なんですか?」


「いつものことなので気にしたら負けですよ?それにしても……緊急なら、さっさと要件を言えばいいんです。お姉さまは一体何を考えていらっしゃるのか……」


と今度は、無線機に対してジト目を向け始めるテンポ。

なお、その視線の意味は……言わずもがなである。


それからようやく、緊急コールを使用したワルツは、その要件の核心部分を告げ始めた。


『……なんかよく分かんないけど、エネルギアっぽい真っ黒な戦艦が急に現れて、新しい工房に衝突しそうになってるわ!』


「……え?」


「……決めました。後でお姉さまにラリアットを食らわせておきm」


ドゴォォォォン!!


そして、新しい王城兼工房は、大きな振動に包まれたのである……。

んー……。

章が終盤になってくると、文が思い付かなくなってくるのじゃ。

アレを忘れておる、コレを忘れておる……と、回収すべき伏線のことを、忘れておることがよくあるのじゃ。

それ自体は仕方がない故、タイミングを見つけて語っていくしか無いのじゃが……重要なことについては忘れるわけにはいかないからのう。


ちなみに……今、忘れかかっているのは、サウスフォートレスに残してきた、エネルギア嬢と狩人殿の事なのじゃ?

王都にはいないはずなのに、うっかりと出してしまいそうで……それだけが気がかりなのじゃ。

まぁ、気がかりな内は大丈夫だと思うのじゃが……気がかりなことすら忘れた時が一番問題なのじゃ……。


……え?シラヌイ殿と水竜と飛竜、それにストレラとカノープスとポチはどうしたか?

いや、忘れてはおらぬぞ?

まぁ、後者3人についてはとりあえず置いておくとして、問題は前者3人なのじゃ。

特に、水竜……。

奴は……いや、なんでもないのじゃ。

ちゃんと役割がある、とだけ言っておこうかのう?


さて……。

そういえば、昨日の話について、1点だけ補足……というか、修正があった、という話をしておくのじゃ。

テンポが少年を見始めたのは、『昨日』ではなく、『一昨日』なのじゃ。

つまり、今話であったように、ワルツのMEMS生産設備で、マイクロマシンが暴走した日からの話、ということなのじゃ。

頭の中では一昨日と考えておったのじゃが、本文では血迷って昨日と書いてしまったのじゃ。

今更かもしれぬが、ご了承下さい、なのじゃ。


というわけで……今日はここいらでお暇させて頂くのじゃ。

昨日今日と、休日のはずなのに、やたらめったらと大変じゃったから、さっさと寝てしまいたいのじゃ。

しかも、明日も忙しくて、明後日は更に忙しいとか……もうダメかも知れぬ……。

まぁ……自分の首を締めておるのは他人などではなくて……常に、自分なのじゃがの?

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