7.7-11 黒い影11
イブを乗っ取った(?)マイクロマシンたちが、彼女の身体を使ってアトラスに襲いかかってから数分が経った頃……。
「……こいつ、何がしたいんだろうな?」
両手を合わせて力比べをする以外に、特に何もしてこないイブ(?)に対して、彼女と真正面から取っ組み合いを続けていたアトラスは、首を傾げていた。
イブと組み合っている間、彼は殆ど身動きが取れないので、彼に対して攻撃を加えるなら、今がまさにチャンスのはずなのだが……イブに張り付いていたマイクロマシン達からは、彼と力比べをする以外に、何のアクションも無かったのである。
自由自在に集合の形状が変えられるマイクロマシンたちの特性を考えるなら……アトラスの両手を押さえている間に、その口から彼の体内に侵入して、脆い身体の内部から攻撃したり……あるいは、鋭い突起物のように変形して、彼の身体を貫いたりするなど、彼にダメージを負わせる手段は、いくらでもあるはずだった。
しかし……その気配がまったく無かったことに、アトラスは、ある意味で、拍子抜けしてしまったようだ。
「さぁ〜?どうしてでしょうかね〜?アトラスと相撲の真似事でもしたかったのではないですか〜?」
「そんなわけ……無いだろ?」
では、一体、イブを乗っ取ったマイクロマシンは、何がしたいというのか。
アトラスは考えうる可能性について、口を開いた。
「もしかして……時間稼ぎか?」
「何のためのですか〜?」
「どこかで別の個体が、こっそり何かやってるとか……」
「アトラスごときを一人、足止めしたところで、この王都において、一体、どれだけの価値があるんでしょうね〜?」
「その言い方……なんか、傷つくんだが……」
コルテックスの歯に衣着せぬ言葉に、自身の繊細な心(?)を踏みにじられる思いがしたのか……渋い表情を浮かべながら眼を細めるアトラス。
しかし、彼女の言葉にも一理あると思ったらしく、彼もその言葉には一応、納得していたようだ。
ワルツ、ルシア、カタリナ、テレサ……それにコルテックス。
王都には他にも化け物が揃っていたので、その内、アトラスだけを足止めしても意味が無いことは明らかだろう。
「まったく〜。困りましたね〜」
「実は、あんまり困ってないだろ?」
「はい」
「…………」
「それでは、早速ですが、マイクロマシンの除去に移りましょうか〜」
「えっ……何か手があったのかよ?!」
「それはもちろんですよ〜?EMPバーストをイブちゃんに浴びせかければ、マイクロマシンの制御回路は簡単に破壊できますから〜」
「EMPバーストって……姉貴の武器でも借りるのか?」
コルテックスの言葉を聞いて、姉の機動装甲に搭載されている電磁パルス照射器のことを思い出すアトラス。
彼が思い出したのは、この国に攻め入ってきたゴーレム族(?)の天使を一撃で葬り去った、ワルツに搭載されている電磁波兵器のことである。
ただ……その当時は、ありあわせの材料で作られていたために、強くなかったアトラスたちは、天使たちに呆気無く負けて破壊されてしまったので……ワルツがEMP照射器を使ったその瞬間を、彼らが実際に眼にしたことはなかった。
だが、それでも彼らがその存在を知っていたのは……ワルツから継承した、膨大な知識のデータベースから参照したから、ということなのだろう。
まぁ、それはさておいて。
ワルツに搭載されていたEMP照射器は、電子の衝撃波のようなものを空間中に放出し、それを対象の電気回路にぶつけることで、その回路上に大電流を作り出して、繊細な回路を焼き切る、というものであった。
故に、人の神経回路や、ホムンクルスたちに搭載されているニューロチップのように、電気に頼らない回路など……そもそも電流による信号処理を行っていないシステムには、大きな影響を及ぼすことは無いのである。
単なる少女であるはずのイブに取り付いただろう、文字通り精密機械のマイクロマシンたちを排除することを考えるなら、最適な兵器と言えるだろう。
尤も……この場所がワルツの作った精密機械が大量に置かれている工房の建物の中でなければ、という前提条件ありきの話なのだが……。
しかしそれでも、イブの身体に取り付いたマイクロマシンを、大事になる前に、何よりも優先して排除すべきであることは、言うまでもないことだった。
そのためかコルテックスは、工房の中にある機材を犠牲にすることを決めたようである。
「EMPバーストくらい、簡単に魔法で作り出せますよ〜?……別にいいですよね〜?お姉さまの機材が全部ダメになっても〜」
「流石にそれは拙いだろ……。俺たちの整備設備も無くなるはずだし……」
「それくらい良いのではないですか〜?どうせ、成長を抑えることができなくなって、妾よりも背が高くなるだけですし〜」
「それ……テレサの前で言うなよ?」
まるで呪われているかのように、まったく成長する気配の無いテレサのことを慮るアトラス。
しかしどうやら、テレサの体細胞を元にして作られたコルテックスの方は、成長途上にあるようだ……。
「さて〜……それでは、早速作業を始めるとしましょう〜。思い立ったがなんとやら〜、ってやつですね〜」
「……コルテックス。お前、もしかして、姉貴のこと恨んでないか?」
「いいえ〜?そんなことはないですよ〜?昼食で食べたパスタに入っていたイカリングを、最後に食べようと思って残していたら、お姉さまの作ったマイクロマシンに横取りされてしまった程度のこと……そんな根に持つようなことではありませんからね〜」ゴゴゴゴ
「思いっきり根にもってるじゃねぇか……」
「しゃらっぷ!それではいきますよ〜?」
そう口にすると、自身の頭の上に手をかざして、空気をかき混ぜるかのような仕草を始めるコルテックス。
「……何やってんだ?」
「何って〜……魔力を触媒にして、電子を加速しているだけですよ〜?」
コルテックスがそう口にする間にも、彼女の手の先の空間がドーナツ状に歪んでいき……そしてしばらくすると、
「青白い光……チェレンコフ放射か?!」
そんなアトラスの言葉通り、青白い光の輪が、コルテックスの腕を中心に発生したようだ。
「はい〜。亜光速まで加速した電子が、リングの中で曲がりきれなくなって発生したのでしょうね〜」
「それを使って何をするつもりだ?確かに、その電子をマイクロマシンにぶつけても、破壊は出来るだろうけど……多分、イブも一緒に、酷いことになると思うぞ?」
「もちろん、直接ぶつけたりなんかしませんよ〜?EMPバーストのパルスを作るだけなら〜……高速で回り続ける電子を、同じく亜光速で発生させた結界魔法の壁にぶつけて、超高速の状態から、一気に止めれば良いんです。そうすれば、コイルに流した電流を一気に止めたときのように、莫大な逆起電圧が発生して、それが電磁パルスになりますからね〜」
と、魔法なのか、科学なのか、どちらに属するとも言えない現象について、熱弁を振るうコルテックス。
そんな妹と、ほぼ同じデータベースをもつアトラスには、彼女の言葉が理解できなくなかったようだが……それ故に、大きな疑問が生じたようだ。
「……ところで一つ良いか?」
「え?なんですか〜?」
「それ……コルテックスは今まで、一度でも試したことはあるのか?いや、もちろんあるから、やろうとしてるんだと思うけどな?」
「え?無いですよ〜?今回が初めてです。なので、この技(?)に、厨二っぽい名前をつけようと思っていたのですが〜……」
「いや、ちょっと待て!じゃぁ、もしかすると俺たちにも、悪影響があるかもしれないってことじゃねぇか?!」
「まぁ……良いんじゃないですか〜?立体角を考えるなら、距離が離れたところから使う私には、あまり影響は無いはずですからね〜」
「ちょっ……い、イブはどうすんだよ?!」
「あ〜……そうですね〜。すっかり忘れてました〜。じゃぁ、出力を少し絞ることにしましょう」
「絞っても嫌な予感しかしないんだが……」
今もなお、イブと取っ組み合っているために、動けなかったアトラスは、そう口にしたものの……近くに、守るべきイブがいることと、なんだかんだ言って、単に横暴なだけではない妹のことを考えて、仕方なく彼女のEMPバースト魔法(?)を受けることにしたようだ。
「……それではいきますよ〜?」
そう口にしながら、手にしたリングの大きさを少しだけ小さくしつつ、廊下の先にあったエレベーターの扉近くまで後退するコルテックス。
そんな彼女の行動に……アトラスは異変を感じ取って、その首を傾げた。
「……あれ?お前さっき、俺たちの近くで魔法を使う、って言ってなかったか?」
本来なら、そのリングは自分やイブの近くに置くべきで……しかし、リングを手にもったまま離れていっては、それができないのではないか。
アトラスの中にはそんな疑問が生じたようだが……その問いかけに対してコルテックスは、
……にっこり
と眼を細めて、微笑みだけを返したのである……。
「お前……まさか……!?」
「運が良ければ、何も問題はありませんよ〜?それでは、いきますね〜……お兄様?」
「ま、待て!コルテックス!」
そして彼女は……初めて名付けた、その魔法の名前を、ゆっくりと口にしたのである。
「……インパルs」
……と、そんな時であった。
キンコーン
コルテックスの真後ろにあったエレベータの扉が開いて……
「おや、コルテックス。何をしているかと思えば……魔法の実験ですか?邪魔です。遊んでないで、そこをどきなさい」
彼女などよりも、遥かに横暴な人物が現れ……そして、魔法を行使しようとしていたコルテックスの頭に、
ドゴォォォォン!!
と、容赦なくゲンコツをお見舞いしたのである……。
どうやらコルテックスの一大決心は、ホムンクルスたちの中で、最も横暴な姉……テンポによって、無残にも、木っ端微塵に吹き飛ばされてしまったようだ……。
眠い……。
それ故に、妾が成長せぬとか、ルシア嬢よりも身長が低いとか……そんな余計な言葉は耳に入ってこないのじゃ?
……たぶんの。
まぁ、それについては諦めておるから、もう良いのじゃ……。
これが世界の真理なのじゃろう……。
もうダメかもしれぬ……。
さて……今日の話も、特に大きな補足は無い故、さっさと寝てしまおうかのう……。
今日の朝、間違えて変な時間にタイマーをセットしてしまった故、微妙に寝不足気味なのじゃ……。
しかも、2度寝した際、タイマーを掛けるのを忘れて、もう少しで寝坊するところじゃったしのう。
よくあるパターン、というやつなのじゃ?
明日も……忙しいのじゃ……。




