7.7-09 黒い影9
頭が回らぬから、ダメかも知れぬ……。
消えていく足場を目の当たりにして……慌てふためく、情報局の3人組。
どうやらその背中にある立派な翼は、3人とも、ただの飾りだったようである。
「……なんか、騒がしいわね?3人して何やってるのよ?」
何やら慌てふためいている彼女たちの様子に気づいたらしく、ワルツは考え込むために組んでいた腕を解くと、代わりに眉を顰めて、3人の方を振り返った。
必死になってマイクロマシンをどうするのか考えているというのに、それを妨害されたためか……彼女は少しだけ不機嫌になっていたようである。
本来なら、そんなワルツの視線が向けられたなら、ユリアとシルビア辺りは、顔を真っ青にて恐慌状態に陥ってしまいそうなところだが、2人とも、そうなることはなく……というよりも、既に混乱状態に突入していたようで、新入りのサキュバスと同じように、プルプルと小刻みに振動しながら、それぞれに思い思いの方向を指差しつつ、こんな声を上げた。
「ちょっ、あれ見てください!」
「あっちもすごいことに!」
「あの……お姉さま方?重いんですけど……」
「……ごめん、ちょっと意味が分からない」
「……みんな、仲が良さそうだけど……ちょっと良すぎじゃないかなぁ……」
一番下の後輩を、文字通り下敷きにしながら、それぞれ別々の方向に指を差すユリアとシルビアに対して、より一層、怪訝な表情を向けるワルツとルシア。
それから2人は、言われた通りに、別々に左右を振り向いた。
『……あ』
そしてようやく、ワルツとルシアは、間近に迫っていた異常な事態に気付いたのである……。
消えていくモノリスに気付いたワルツたちが、全員、空が飛べるというのに、どこかのレトロなゲームに登場するキャラクターのように、狭まっていく足場の取り合いを始めた頃……。
「さて〜。世界滅亡の危機も過ぎ去ったことですし〜……これからどうしましょうか〜?」
モノリスから5km以上離れた場所にあった工房の上層階から、その様子を高性能カメラで観察していたコルテックスが、小さくため息を吐いて振り向きながら、おもむろにその口を開いた。
その言葉が向けられていた相手は、言うまでもなく……
「そうだねー……(正直、眠たいかも……)」
語尾を伸ばすコルテックスの口癖が移りそうになっていたイブである。
……そう。
コルテックスと共に過ごす彼女の短い休暇(?)は、まだ終わっていなかったのだ。
イブは、自身が眠たいことを隠そうとしていたようだが、まだ幼い彼女にとって、欠伸を我慢することは難しかったようである。
そのせいもあってか、あまり他人のことを気にしないコルテックスであっても、彼女が眠そうにしている様子には気づけたようだ。
故に、今日一日、イブのために付き添うことを決めていた彼女は、こんな提案を口にした。
「もしかして眠たいのですか〜?でしたら部屋まで送りますよ〜?」
その言葉に……
「えっ……いや、大丈夫かもだよ……?」ふぁ〜
と、口では否定しながらも、欠伸は隠さず、さらには黄色い尻尾を無造作に振り始めるイブ。
どうやら彼女の発言と行動と本音は、一致しないようである。
そんな彼女の反応に、コルテックスは一瞬だけ『眠いなら素直に眠いと言えばいいのに〜』とストレートな発言をしようと思ったようだが……それを実際に口から出すようなことはなく、その代わり言い方を変えて、こんなことを口にする。
「そうでしたか〜……。イブちゃんが休んでいる間、私も休ませてもらおう〜、と思っていたのですが〜……」
「えっ……もしかして、コル様も……疲れちゃってたかもなの?」
「少しだけですけどね〜」
暗に疲れていることを認めたイブの発言に対して、コルテックスはいつも通りの笑みと共にそんな言葉を返すと……それから続けて、先ほどと同じ質問を投げかけた。
「それで〜……どうします〜?仮眠を摂りますか〜?」
すると今度は、
「……うん。じゃぁ、お言葉に甘えて、イブも1時間くらい、休ませてもらおっかなー?」ふぁ〜
大きな欠伸と共に、首を縦に振るイブ。
眠いことを認めて気が抜けてしまったせいもあるはずだが……どうやら、イブが思っていた以上に、彼女の身体は睡眠を欲していたようである。
…………
そして、工房内にあるイブの寝室前へとやって来た2人。
するとその扉の前には……呼んでもいない先客が来ていたようだ。
「い、イブ!大丈夫か?!」
血相を変えたアトラスである。
「うわぁ……アトラス様……」
そんな彼に対して、心底疲れたような表情を浮かべるイブ。
やはり彼女にとっては、アトラスのことがあまり得意ではなかったのだろう……。
しかし、アトラスの方は、何も得意や不得意、あるいは主従関係が云々といった理由で、イブのところへとやって来たわけではなかったようだ。
「テンポ姉からお前の話を聞いたぞ?コルテックスに扱き使われて、死にそうになってるって……」
そう言いながら、やって来たイブに駆け寄るアトラス。
その表情は……妹の身体を本当に心配している兄のソレであった。
「……え?い、いや……そんなことはないかもだけど……」
そんなアトラスの姿に、イブは少しだけ顔を赤くして、口を尖らせ……そして眼を伏せるのだが……。
自分の後ろにいて怪しげな気配を醸し出している人物のことが気になっていたせいか、アトラスのことは、イブの脳裏から一瞬で吹き飛んでいったようだ。
故に、その気配を無視できなかったイブが、後ろにいた人物の方を恐る恐る振り向くと……
「そうですかそうですか〜……。後でテンポお姉さまとは、じっくりと話し合う必要がありそうですね〜。拳が良いでしょうか〜?それとも魔法の撃ち合いが良いでしょうか〜?いずれにしても、今から腕が鳴りますね〜」バキバキ
案の定、と言うべきか……。
アトラスの話を聞いていたコルテックスが、その拳を握りながら……どこまでも透き通ったような微笑みを浮かべていたようである。
恐らく、憤りのレベルが、上限を超えてオーバーフローして、逆に0へと戻ってきたのだろう……。
だが、アトラスの方は、それが分かっていても、普段のように身を引くことは無かった。
ふざけている場合ではない、そんな様子である。
「あまり感心できないぞ?コルテックス。少しはイブのことをそっとしておいたらどうなんだ?」
「(……その言葉、アトラス様に言いたい、イブの言葉かもだけど?)」
「では逆に聞きましょう〜。イブちゃんをそっとしておいてあげたとして〜……寂しさのあまり、ストレスで病気になったりしたらどうするつもりですか〜?」
「(……2人とも、そっとしておいてほしいかもなんだけど……)」
それからも言い合いを続ける2人の会話が、自分のことを誤解したような内容だったために、いい加減、どうでも良くなってきた様子のイブ。
それから彼女は、口論がヒートアップして、自分のことが見えなくなっていた2人を背にすると……人知れず自身の部屋へと、欠伸を噛み締めながら、入っていたのであった。
傍から見ると、メイドが主人のことを無視して去っていったようにも見えなくなかったが……イブとコルテックスと、そしてアトラスの間にある関係が、単なる主従関係ではないことを考えるなら……むしろ、ごく自然なことである、と言えるのではないだろうか……。
「アトラスのくせに、生意気ですね〜」にっこり
「いやいや。今日、ここで俺が後ろに引いたら、イブのこれからの未来は……って、あれ?イブは?」
「部屋の中に戻っていったのではないですか〜?そんなことより、問題は、アトラスが生意気なことですよ〜?」ゴゴゴゴ
「ちょっ、待っ……」
「問答無用〜」
ドゴォォォォン!!
その瞬間、コルテックスの拳から放たれた莫大な運動エネルギーが、アトラス越しに施設の内壁へと伝わり、振動となって工房全体を揺さぶろうとしていたようだが……
「…………zzz」
ワルツによって設計された制震設備満載の施設が揺れて、イブの眠りを妨げてしまうようなことは無かったようである……。
まぁ……眠りを妨げるものが、何も物理的な振動だけとは限らないのだが……。
カサカサ……
……。
いやの?
今日は夕食で摂取する炭水化物の量を減らして、血中糖度のコントロールをしたのじゃ?
そのおかげで、多少はマシになる……と思っておったのじゃ。
じゃが、本文を見てもらえれば分かる通り、結局、頭が回らなくて……片言な文が多い感じの文になってしまったのじゃ。
そもそも、昨日から、寝不足じゃったからのう……。
……え?いつも通りの駄文にしか見えない?
……もう、ダメかも知れぬ……。
じゃから……今日はさっさと寝て、明日に備えようと思うのじゃ。
って言っても、孤高な狐(?)である妾に、秋分の日などという休日は関係無いのじゃがの?




