7.7-07 黒い影7
「ワルツ様ってさー……本人は否定してるかもだけど、魔神そのものかもだよねー」
「それは〜……多分、イブちゃんが、自分のことを、メイドじゃないって否定しているのと、同じことだと思いますよ〜?」
「んなっ!?い、イブは、メイドじゃないかもだし!」
コルテックスの指摘に、自分の場合は良くなくても、ワルツの場合は良い……と、ある意味、自己中心的な発言をするメイド姿のイブ。
なお、彼女たちがどんなに否定しても、周囲の者たちからは、2人ともそれぞれ魔神とメイドにしか見えていなかったりする……。
やはり、彼女たちの普段の行動が、その言葉以上に、2人が何者であるかを物語っているのだろう……。
そんなやり取りをするイブとコルテックスは、煎餅パフェを扱っていた店で、時折、視界の隅に映る黒い影に目を向けながら、ゆっくりと昼食(?)を摂っていた。
その黒い物体が虫ではなく、ワルツが放った何かであることを知って、2人とも、あまり気にならなくなったらしい……。
まぁ、そんな2人とは対照的に、カフェの店主の方は、何か問題が起こるのではないか、と冷や汗を掻いていたようだが……。
「んー。中々の絶品かもだねー、これ」
と言いながら、イブが突っついていたのは、瓦のように硬くて分厚い煎餅が乗ったパフェだった。
とはいえ、そこに使われていたクリームは、現代世界にあるような乳製品を原料としたものではなく、大豆のような植物からから抽出した、生クリームの代替品だったようである。
どうやらこの世界では、チーズやヨーグルトといった発酵食品はあっても、生クリームは無いらしい。
そんな、原材料のほぼ100%が植物由来であるパフェを見て……コルテックスがイブに問いかけた。
「塩辛くはないのですか〜?そのお煎餅〜……」
「んー、しょっぱいよ?だけど……この塩味と、クリームの甘さが……なんとも言えない感じかも!」
「そうですか〜……(いや、イブちゃんが良いというのなら、私には否やは無いのですが〜……)」
一体どれだけ、煎餅が好きなのか……。
イブの嬉しそうな表情を見て、彼女のことを放っておくと、もしかして、どこかの稲荷寿司フリークのように、煎餅ばかりを偏食し続けるのではないか……と考えるコルテックス。
そんな彼女の前にも、もちろんのこと、昼食が用意されていたのだが……言うまでもなくそれは、煎餅でもなければ、稲荷寿司でもなかった。
それは、彼女の好物、というわけではないようだが……少々特殊なものだったようである。
故に、直前に質問されたイブは、コルテックスが口にしているその料理について、逆に質問を返した。
「ねぇ、コル様?それ……美味しいの?」
その……真っ黒な料理は、イブにとって、美味しそうには見えなかったようである。
そんなどこか苦々しい表情を浮かべたイブから質問を向けられたコルテックスは、自身も苦笑を浮かべると、その料理の感想を口にし始めた。
「そうですね〜……。何故、イカスミをパスタに掛けようと思ったのか、一番最初にイカスミパスタを考案した人物の感性が、正気かどうかについては疑ってしまいそうなところですが〜……少なくとも、味は悪くないですよ〜?変な臭みが残っていないところを見ると、素材が新鮮なのか、それとも料理をした方の腕が一流だったのか〜……」
そして店主に視線を向けるコルテックス。
その際、店主は、何も口にすること無く、うやうやしく頭だけを下げた。
恐らく彼にとってコルテックスの言葉は、特別な意味を持っていたのだろう……。
それからも2人の食事は、所々に少女らしい会話を挟みながら、続いていった。
……しかし、である。
イブが煎餅を食べ尽くして、遂に、パフェのクリームに埋まっていたフルーツに手をつけようとした……あるいは、コルテックスが、最後まで残していた、イカリング(?)に手をつけようとした……そんな時である。
カサカサ……ベチャッ……
『……あ』
何か黒い物体が、2人の食事に付着……というよりは、その中へと突入したのだ。
その様子は、そこに食べ物があることが分かった『G』そのもの、といったところだろう……。
だが……事態はそれで終わらなかったようだ。
ズズズズズ……
急激に料理の量が減って……そして終いには、
「……無く……なっちゃった……」
そんなイブの言葉通り、物理法則を無視するかのように、2人の前から料理を消し去ったのである。
どうやら、ワルツの作った(?)その真っ黒な物体は、食べ物を分解する性質があるらしい……。
そんな光景を目の当たりにしたせいか、イブは泣きそうな表情を浮かべながら、完全に空になった容器を前に、スプーンを構えたままで固まっていた。
それを見ていた店主は、そうなることが予想できていたのか……イブとコルテックスに対して、料理の代わりに飲み物を出そうとしていたようだが……残念ながら、彼のそのサービス精神が、2人の荒んだ心を救うことは叶わなそうである。
なぜなら……
「……申し訳ございません、店主さん。急用を思い出しましたので、お会計をお願いできますでしょうか〜?それも、直ちに〜」ゴゴゴゴ
黒いオーラを放ったコルテックスが、いつも通りの柔和な表情の中に……ニッコリと粘着くような笑みを浮かべたからである……。
「は、はぃぃぃっ!」
その言い知れない圧倒的な気配を前に、急いで精算用のサイン用紙を用意する店主。
彼にまったく罪は無かったが……こうなってしまっては、誰にも手が付けられないので、仕方がない、としか言いようが無いだろう……。
それから、店を出て来たイブとコルテックスは、迷うこと無く、王城へと足を向けることになった。
もちろん、行き先は、ワルツが作業を行っているだろう、王城上部の彼女専用の工房があるフロアである。
その際、通りを歩くイブとコルテックスの表情が、周りを歩く人々と同じように、憤怒と悲愴に満ちた表情になっていたというのは……つまり、他の人々も、同じ状況になっていたから、ということなのだろう。
まぁ……流石に、一周回って笑みを浮かべるほどに激怒している者は、コルテックス以外にはいなかったようだが……。
「この食べ物の恨み〜……晴らさでおくべきか〜……」ゴゴゴゴ
「はぁ……。でも、お煎餅は食べられたから、まぁいっか……ってか私、今日一日、お煎餅しか食べてないかもじゃん!」
と、それぞれに独り言を口にしながら、街の中を大股で歩いて行くコルテックスとイブ。
それから、王城にたどり着いて、入り口のある第1区画を経てから、中央の第7区画を通過して……。
そしてエレベーターに乗って、王城上にある工房の、そのさらにその上層階にある妙に見晴らしのいいフロアへと、2人はやって来たのだが……
「……あれ?どうしたの?2人とも。そんな怖い顔して……」
イブとコルテックスから食の恨みをぶつけられたワルツは……しかし、原因が分からずに、首を傾げていたようだ。
「……お姉さま〜?今すぐに、黒い虫のようなものを散布するのを止めてくれませんか〜?さもなくば、ミッドエデンの全国民を代表して、宣戦布告しますよ〜?」ゴゴゴゴ
「は?」
「ワルツ様、酷いかも……。イブの大切な食事を台無しにして、知らんぷりとか……」ぐすっ
「な、何よ……一体……」
それから2人は、黒い虫のようなモノについて簡単に説明するのだが……やはり、ワルツには何のことか分からなかったようである。
それ故に……
「えっと〜……あれ〜?もしかして、私の勘違いだったでしょうか〜?」
コルテックスは、自分が言い始めた言葉に、自信が無くなってきたらしく、発言にも勢いが無くなってきてしまったようだ。
「何よ、一体……。もう……今、忙しんだから邪魔しないでよね?」
やって来た2人に、威勢が無くなったところで……ワルツは元の作業に戻ることにしたようである。
そんな彼女に対して、イブがおもむろに問いかけた。
「ワルツ様……何してるの?」
「え?何って……サウスフォートレスにバラ撒く、マイクロマシンの増産だけど?」
「あ、そっかー。ネズミさんたちのこと、まだ殺し尽くしてないかもだったねー」
「う、うん……。私が悪いのは分かってるけど、殺し尽くす、っていう言葉はあまり聞きたくないわね……」
まだ8歳児でしかないイブから、過激な言葉が飛んできたことに、眉を顰めるワルツだったが……彼女は本当に忙しかったようで、2人に背を向けて、MEMS生産設備の端末の方を振り向いた。
それから再び、端末を操作し始めた彼女は……何故か首を傾げながら、口を開く。
「でもさー……なんかおかしいのよね。作ったマイクロマシンの量と、実際に保管してる量の合計が合わないっていうか、思ったより少ないっていうか……」
それを聞いて……
「(絶対、原因、それじゃん!)」
「(もうだめかもしれませんね〜。お姉さま〜……)」
と、ワルツが作ったマイクロマシンが、作った側から建物の外へと逃げ出していることを確信するイブとコルテックス。
それから彼女たちが、ワルツにそれを指摘しようか……と考えた時のことだった。
ピカッ……ドゴォォォォン……!!
……景色の良い窓の外に見えていた遠くの山が1つ、真っ白な輝きと共に、不意に蒸発して消え去ったのである……。
その様子を見て……
「……そういえばさー、コル様?ルシアちゃんのことについて、何か言ってなかったっけ?」
と思い出したかのように、そんな言葉を口にするイブ。
するとコルテックスの方も、ルシアについて、何かを思い出したのか……その口を開いた。
「……今頃、美味しそうに、大量の稲荷寿司を食べている〜……はずですが〜……つまり、そういうことなのでしょうね〜……」
しかし、ワルツは、やはり事情を理解していなかったらしく……
「え?何の話?」
この期に及んでも、首を傾げているようであった。
故にコルテックスは……何が起ったのかを、端的に口にした。
「……多分、ルシアちゃんが、稲荷寿司中毒(?)で壊れた〜、っていう話ですよ〜?」
「……え?」
それを聞いた瞬間、ようやく端末を叩く手を止めて、焦った様子で外の方を振り向くワルツ。
どうやら彼女は、この瞬間まで、自分がもう少しで国を滅ぼしそうになっていたことに、気付いていなかったようだ。
……まぁ、直接的に国を滅ぼそうとしているのは、彼女の妹の方なのだが……。
稲荷寿司中毒……。
それは、稲荷寿司を取りすぎたことによる依存症から生じた、様々な種類の禁断症状を総称する言葉なのじゃ。
現代科学でも、その詳しい発生メカニズムは分かっておらぬが、稲荷寿司を心からこよなく愛するものだけが発症するという不治の病なのじゃ。
……多分の。
実際はどうじゃろうの……。
某所で売っておる、あの山椒の粒がたっぷり入った稲荷ずしは、確かに癖になるし……あるいはワサビや具が大量に入った、かの稲荷ずしも、気付いたらたくさん食べてしまっておるのじゃ。
ルシア嬢の気持ちは、おそらく妾の理解の範疇を超えた場所にあるはずじゃが……目の前で大好きな食べ物が消え去ってしまったときの感情については、理解できなくはないかもしれぬのう。
……これ、ルシア嬢。物欲しそうに、こっちを見るでない。
まぁ、それはさておいて、なのじゃ。
今日も、とんでもない時間になってしまったゆえ、あとがきは省略させてもらうのじゃ?
じゃがのう……一応、今話の後悔だけ書いておくと……もう少し丁寧に、王城までの道のりを書きたかったのじゃ。
じゃが、いつまでもイブ嬢とコルの話だけを書くわけにもいかぬから、次に進めさせてもらうのじゃ?
とは言っても……イブ嬢とコルが話からいなくなるわけではないがの?




