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7.7-06 黒い影6

煎餅屋や服屋があった西地区から離れ……。

そして、レストランが立ち並ぶ通りである東通りへとやって来たイブとコルテックス。

そこは平日でも混み合う、国一番の飲食店街……のはずだったのだが……。


「んあ?誰もいない?」


まだ煎餅を消化しきれていなかったイブは、少しだけ苦しそうに、お腹を擦りながら、町並みの感想を口にした。


……そう。

少し昼時を外れていたとは言え、本来なら人でごった返しているはずのレストラン街に、人が殆どいなかったのである。


「もしかして、みんなもお煎餅を食べて、お腹いっぱいになっちゃったのかな?」


「多分それ、イブちゃんか、鹿くらいのものだと思いますよ〜」


もしもここにルシアがいたなら、『お煎餅』がそのまま『稲荷寿司』に変わっているかもしれない、などと思いながら、苦笑を浮かべるコルテックス。

だが彼女は、小さくため息を吐くと、その直後……柔和な表情を浮かべたまま、鋭い視線を、当たりの町並みへと向けたようだ。

仕事モード……。

そう言っても差し支えは無いだろう。

あるいは、町や国を管理する立場にある彼女の職業病、とも言えるかもしない。


その結果……分かったことが一つ。

町を歩く人々の表情に特徴があったようだ。


「……両極端な人たちばかりですね〜」


「えっ?」


「怒っているような表情か、疲れ切ったような表情か〜……そのどちらかしか無い、っていう話ですよ〜?」


「……あー、そう言われればそうかもだね」


「この感じ、レストランで食べたランチの味が、余程(よっぽど)、酷かったのかもしれませんね〜。それも、少なくない数の店が、酷いことになっているのでしょう……」


一体、どれほどの味なら、激怒したり、悲壮に溢れたような表情になったりするのか……。

コルテックスには理解しがたい状況だったようである。


それから彼女が、知り合い3人のトンデモ料理の事を思い出しながら、レストラン街の再開発について考えていると……眉を顰めたイブが、首を振りながら口を開いた。


「それは……ちょっとおかしいかも」


「……?どうしてですか〜?」


「だって……そんな酷いものを食べさせられたなら、気持ち悪そうにしてる人がいてもおかしくないかもだけど、それっぽい人って、誰もいないかもじゃん?」


「そう言えば〜……そうですね〜」


2人が見る限り、人々の表情は、前述の通り、2極化していた。

もちろんそこには、それ以外の表情を浮かべていた者もいたのだが……そんな彼らの中にも、食事を食べて、気持ち悪そうにしていると思わしき者は、誰一人としていなかったのである。

イブがそれに気づけたのは……恐らく、今の彼女自身が、それに近い状況だったから、ということなのだろう……。

まぁ……好きなものを食べすぎたせいで、気持ち悪くなっていた、という但し書きは必要かもしれないが。


「コル様は……調べてくの?」


「コル様、ですか〜……まぁ、いいですけど〜。今日はイブちゃんのオフなので、仕事の話は無しですね〜」


「そう?……あ!あのパフェ食べたいかも!」


「……あれ、クッキーじゃなくて、お煎餅が乗っていませんか〜?」


「お煎餅、大好きだから、問題ないかも?」


通りから見えるように飾られていたメニュー(魔導カメラによる写真)の中に、煎餅パフェなるものを発見して、磁石に吸い寄せられるかのように、そこへと近寄っていったイブ。


「……そ、そうですか〜(お煎餅……まだ食べるんですか〜?せめて別のものにしませんか〜?)」


黄色い尻尾を左右に振りながら、駆け寄っていくイブに対して、コルテックスはその言葉を口にしようかどうかを悩んでいたようだが……結局彼女は、苦笑を浮かべただけで、何も言わなかったようである。

そしてコルテックスは、イブの後ろを追いかけた。




カランコロン……


表は石造り、内部の床は木造、といった、この世界では一般的な作りの店に入ると、2人の鼻孔をくすぐるように、甘い香りが漂ってきた。

雰囲気としてはモダンなカフェ、といった様子である。


そんな店の中に入った2人を待ち受けていたのは……どうやら匂いだけだったようだ。


「あれ?やっぱり誰もいない……」


「おかしいですね〜」


本来なら混んでいてもおかしくないはずの時間帯だと言うのに、店内には客どころか、店員の姿すらもなかったのである。

世界から急に人がいなくなってしまったかのように、と表現するのは極端な喩え話かもしれないが……そう喩えてもおかしくないくらいに異常な状況であったと言えるだろう。


「もしかして……ハズレな店?」


「いえ、それは無いと思いますよ〜?家賃などの経費を考えるなら、大通りに面したこのような場所で、ハズレな店を経営するというのは、大変なはずですからね〜」


「そっかー……(ん?ということは、もしもハズレな店だとするなら……むちゃくちゃ高いってこと?!)」


客が殆ど入ってこなくても、経営が続けられるほどに、高額な料金を請求する店なのではないか……。

イブには、固定資産税がどのようなものかは分からなかったようだが、経費という言葉が何を意味するのかは分かっていたようで……もしかすると、最悪な店にコルテックスを連れてきてしまったのではないか、などと考えてしまったらしい。

ここでもコルテックスが料金を支払うことになっていたので、尚更、頭が痛かったのだろう。


それから彼女が、テーブルの上にあったメニューに気付いて、そこに書いてあった数字に眼を向けながら、カクカクと小さく肩を揺らしていると……


「……おや、お客さんかね?」


店の奥から、白い髭が特徴的な老齢の店主らしき人物が現れた。

彼が箒のようなものを手にしているところを見ると……もしかすると、人が来なさすぎて、店の奥で掃除でもしていたのかもしれない。


「い、いや、まだお客s……」


「はい。少し遅いですが、昼食(?)を頂きに来ました〜」


小刻みに震えていたイブが何か言いかけていたようだが……それよりも早くコルテックスがそんな言葉を口にする。

すると、その優しげな店主は、イブの懸念を代弁するかのように、銀色の髪の狐娘に問いかけた。


「随分とお若いお客のようだが、お代については大丈夫かね?メニューを見てもらえれば分かってもらえると思うが、この店はそれほど安くはないのだが……」


「え?」


言われて初めて気付いたのか、イブが無言のまま指を指していたメニューに対して、視線を向けるコルテックス。

そこに書かれている数字は、南大通りになるような屋台街の店に比べて、0の数が1〜2個ほど多かったようだ。


そのせいか……


「これは……手持ちが足りないかもしれませんね〜」


と口にするコルテックス。


その様子を見て、イブは残念そう……ではなく、どちらかと言うと安堵に近い表情を浮かべていたようだが……それも、そこまでの話だったようである。


「ちょっと店主さん、いいですか〜?」


「どうしたんだい?お嬢さん」


「お代なのですが〜……後でここに請求して下さい」


コルテックスはそう言いながら、何やら透明なカードのようなものを店主に提示した。

以前、サウスフォートレスの武具屋の店主に提示したものと同じカードのようである。


「…………え?」


「あ〜……もしかして、この店では、月末締めの掛売りには対応してなかったのですか〜?なら、仕方がありません。今から掛売りに対応して下さい」


『…………』


コルテックスの言葉に、愕然、といったような表情を浮かべる店主と……そしてイブ。

コルテックスが何を言っているのか分からなかったイブでも、彼女が何か横暴な事を言っていることは、伝わってきたようだ。


一方……店主の方は、愕然とするだけでは終われなかったらしい。

店に政府の要人……それも上から数えて1〜3番目の中に入る人物を、(もてな)さなくてはならないことを考えれば、そこで思考を停止するわけにはいかなかったのだろう。


「ま、まさか、貴女様は……」


「おっと〜。それ以上、言う必要はありません。今はオフですからね〜。まぁ、越後のちりめん問屋の娘とでも呼んでいただければいいでしょうか〜」


「…………」


コルテックスの言葉から、彼女の正体を確信したためか、これからの対応を難しい表情を浮かべながら、考え込んでいる様子の店主。

下手なことをすれば、どうなるのか……。

もしかすると彼は、コルテックスに関する風のうわさのようなものを耳にしていたのかもしれない……。


だが……店の様子や、その料金からすると、政府関係者を顧客に抱えている可能性は充分にありえることだった。

そう考えれば、普通どおりに接客すればいいはずなのだが……何らかの理由があって、彼にはそれができなかったようである。


故に、老齢の店主は、その雰囲気に似合わない、申し訳無さそうな表情を浮かべながら、コルテックスに対してこんなことを口にした。


「……申し訳ありません。誠に恐縮ながら、本日は議長様をおもてなしすることが出来ません」


そんな彼の対応に対し、コルテックスは眼を細めて、彼の言葉の意図と、それに対してどう対応すべきなのかを考えていると……その結果が出るよりも早く、彼女の隣りにいたメイド(?)が、その口を開いた。


「おじいさん、なんかあったかもなの?」


「それが……」


イブの問いかけに対し、彼がその理由を口にしようとした……そんな時である。


カサカサ……


「んあ?!」


イブの視界の中を、何やら黒い物体が、高速で移動していった。

どうやらそれは、店主にも見えていたようで……


「……原因はアレです。今朝から奇妙な虫が、王都中で発生しているようで……そのせいで、議長様方の気分を害してしまう恐れがございます」


と、このレストラン街にある店が共通して抱えているだろう問題を、彼は口にしたのである。

外を歩いている人々が、2極化した表情を浮かべていたのも、それが原因だったらしい。


そんな店主の言葉に対して……しかし、コルテックスは気分を害した様子無く、こう口にした。


「そうですか〜。別に気にしませんよ〜?」


『……えっ?』


「さっき、私も見かけましたが、アレは虫などではありません。そうですね……飛蚊症とでも言っておきましょうか〜。むしろ、それ以上、詮索しないほうがいいですよ〜?下手をすれば……私なんかよりも、もっと面倒くさい方が出てくるかもしれませんからね〜」


『…………』


コルテックスのその言葉を聞いて、2種類の表情を浮かべる店主とイブ。

店主の方は、顔を真っ青にしていたのは言うまでもないことだが……イブの方は、呆れたような表情を浮かべていたようだ。


つまり……


「まーた、ワルツ様が、何かしたかもなんだねー」


ということらしい。

どうやらワルツは、虫のような何かを街中に放って……王都の飲食店を全滅させようとしているようだ。

炭水化物……。

それが体内に取り込まれると、様々な酵素による分解を経て、最終的には『糖』へと分解されるのじゃ。

それらは主に小腸で血中に取り込まれる訳なのじゃが……その際、血液というのは、糖を運ぶ『トラック』のようなもので、大量に炭水化物を摂取すれば、その分だけトラックの数も必要になる、というわけなのじゃ。

もちろん、炭水化物だけでなく、脂質などの分解や吸収などにも大量の血液が必要になるのじゃがの?


ただ、糖の場合は少し特殊なのじゃ。

血液に取り込まれた後で、いわゆる『血糖値』を上げるわけじゃが……それが脳の、特に脳下垂体と呼ばれる部分において、特別な働きをするのじゃ。

……脳に満腹、と感じさせるのじゃ。


満腹と感じさせて、さらには、小腸に血液が集中して……。

要するに何が言いたいのかというと、頭に血液が足りなくて、ぼーっとして……眠いのじゃ……。


お腹いっぱいで、そして眠くて……。

食べ過ぎることは、脳の活動的にも、身体の負担的にも、何もプラスにならないのじゃ。

それが分かっていても、たくさん食べてしまいそうになる……いや、たくさん食べてしまう。

それだけで、実は人生の3〜5割ほどを、知らず知らずのうちに無駄にしておる……なんて話があるのじゃ?

……妾の中だけでじゃがの?

じゃが、強ち、間違いではないはずなのじゃ?


……え?あとがきはどうしたか、じゃと?

……眠いので勘弁なのじゃ……。

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