7.7-05 黒い影5
そして服屋……それも古着屋の類へとやって来たイブとコルテックス。
ここでもコルテックスが、イブの服を買うことになっていたのだが……彼女の膨大な財産(?)から見れば、古着などではなく、オーダーメイドの服でも、まったく問題は無いはずであった。
それでも、2人が古着屋に来たのは、ルシアの時のように、これからの成長を考えたため……ではなく、イブに強い要望があったからのようである。
『質より……量かも?』
彼女曰く、高いオーダーメイドの服を1着2着と買ってもらうくらいなら、質の良い古着をたくさん買って欲しかったらしい。
まぁ……オーダーメイドの服の金額を考えて、遠慮した可能性も否定はできないのだが。
……そんなこんなで、2人は服屋へとやって来たわけだが、そこは平日だったこともあって、煎餅屋と同じく、人は混んでいないようであった。
そんな店の中に、2人は足を向ける……。
カランコロン……
奥行きがあったために、店員のいるだろうカウンターから見えにくくなっていた入り口には、王都の一般的な店と同じく、小さなベルが取り付けられていた。
直接、カウンターから見えなくとも、客が来たら音で分かる……。
赤外線の人感センサーが発達した現代世界では、既に、絶滅危惧種か、あるいは飾りのようなものにすぎないが、この世界では未だ現役のようである。
2人が、そんなベルの音を立てながら木製の扉を開けて、そして石造りの建物の中へと入ったところで……
「うわっ……。ふ、服の森かも?!」
そこで見えてきた光景に、イブは思わずそんな声を上げてしまった。
服屋に入って、服があるのは当たり前のはずだが……彼女にとって、その光景は、驚愕に値するものだったようである。
「服の森ですか〜。……確かに、その通りかも知れませんね〜」
どうやらコルテックスも、イブの言葉には同意見だったようだ。
そんな彼女たちが、服屋の中を森、と表現したのは……何も、彼女たちの身長が低すぎて、服を陳列するために並べられていた衣桁の向こう側が見えなかったから……という理由だけではない。
大小様々な服が天井まで、そして壁が見えないほど大量に、陳列されていたからである。
イブたちが着るような子供向け(?)の服。
いわゆる、一般的な人間が着る大人向けの服。
大柄なオークのような者たちが着るような、大きなサイズの服。
そして……誰が着るのかも分からないような、超巨大な服……。
そんな特Sサイズから、キングサイズを超えたその向こう側の桁違いなサイズまでが、所狭しと並べられた店内の様子は……まさに、服の宝庫、服の森だったのである。
「どうやって探せばいいと思う?」
そんな森を見て、思わず呆然と立ち尽くすイブ。
森の中に隠された葉っぱを見つけるにはどうすればいいか……。
恐らく彼女は、それに近い感覚にとらわれているのだろう。
そんな彼女に対して、コルテックスは助言を口にした。
「そうですね〜。まずは、イブちゃんが、どのようなお洋服をほしいのか、そのイメージを固めることが最初のステップですかね〜。それを教えてもらえれば、私も探すのを手伝いますよ〜?」
「どんな服が……ほしいか?」
そして、腕を組みながら、欲しい服のデザインを考え始めるイブ。
それが中々出てこないのか、首を傾げたり、服の裾を掴んだり、チラチラと周りを見回したり……。
彼女の目の前にいたコルテックスが、そんな犬娘の様子を眺めながら、いつも通りに柔和な表情を浮かべていると……暫く経って、欲しい服についての考えが纏まったのか、イブはようやくその口を開いた。
「んとねー、こんな感じの服が欲しいかも?」
そしてイブは、その詳細を、一緒に探してくれるというコルテックスに対して、話し始めたのである……。
……そして、30分後。
「どうしてなんだろ……」
「…………」
そこには、眉を顰めて頭を傾げるイブと、苦味の成分が9割ほどを占めそうな苦笑を浮かべた、青い顔のコルテックスの姿があった。
どうにもならない問題が起ってしまった……2人共そんな表情だが、何か事件が起った、というわけではない。
要するに、彼女たちの目の前にある、イブの選んだ服が、その原因だったのだが……それについては、彼女が説明した欲しい服の特徴から、推測できるのではないだろうか。
膝下まで隠すヒラヒラとしたスカート。
動きやすそうな袖。
ネクタイかリボンのようなものが首元についていて……。
そして、服を汚さないような取外し可能なエプロンのようなものがついていると、なお良い……。
つまり……
「なんでみんな、メイド服ってタグがついてるんだろ……」
……ということだったのである。
メイド服ではない普段着を探しているつもりが、結局メイド服を選ぶことになって、自分はメイドではない、と否定しているイブにとっては、頭が痛い状況だったようだ。
一方で。
コルテックスの表情が優れないのは、イブとは別の理由があったからだったようだ。
イブがたとえどんな服を着ようとも、コルテックスにそれを否定するつもりは無かったのである。
今日はプライベートなのだから、自由に服を選べばいい……彼女はそう思っていたようだ。
……但し、一つだけ例外を除いて、である。
……それがメイド服だった。
傍から見れば、イブが普段着としてメイド服を着ていようとも、単なる『変わり者』程度にしか思われないはずだが……コルテックスにとっては、違う意味を持っていたのである。
イブがメイド服を選んでしまったのは……即ち、自分に責任があるのではないか、と。
もしも、自分がイブにメイド服を着せなければ、彼女は今頃、普通の少女らしい服を選んでいたのではないか。
今までの自分の横暴な行動が、一人の少女の好み……ひいては、彼女の人生すらも変えてしまったのではないか。
そして、本来あるべき彼女の未来をも、奪ってしまったのではないか……。
その可能性を考えて……普段は横暴なコルテックスでも、居た堪れない気持ちになってしまったようだ。
「……申し訳ありません。イブちゃん……」
「……えっ?まさか、財布の中、お煎餅のせいで空になっちゃったかもなの?!」
突然、謝り始めたコルテックスに対して、その意図が分からず……そんな適当な予測を立てるイブ。
そんな彼女に対して、コルテックスは、事情を説明し始めた。
「私が今まで、無理矢理にメイド服を着せてきたせいで、イブちゃんに変な癖がついてしまった〜……と思いまして〜……」
「え?癖?いや、この髪は生まれつきかもだけど?」
「いや、そうではなくて〜……」
イブに何と説明していいのか……。
コルテックスが戸惑っていると……彼女が何を言わんとしていたのか、ちゃんと分かっていたイブは、小さく笑みを浮かべながら、その口を開いた。
「あんねー、イブがこの服を選んだのは……これがイブの趣味みたいなものだからだよ?昔から、とーちゃんにこんな感じの服を着せられてたし、機能を考えると、これ以外の服を着ようとは思えないかもだしねー。……メイド服ってタグが着いてるのは、気に食わないかもだけどさー」
「そ、そうですか〜……。イブちゃんのお父様の影響でしたか〜……(もっとダメなやつだったんですね〜……)」
そんなイブの言葉に救われたのか、表情を変えるコルテックス。
ただし、根本的に大きな問題があることが発覚して、どこかやりきれないような表情だったが……。
それから、5セット分の……メイド服を購入して、魔法のバッグの中に収納するイブ。
そして、表情が凍っている店員とコルテックスに気づかず、満足げな表情を浮かべながら、彼女が入り口の方を振り向いた……そんな時のことだった。
カサカサ……
不意に現れた黒い影が、彼女の足元を、猛スピードで通過していったのである……。
「……あ、Gがいるかも……」
カウンターで番をしていた店員の女性は、イブのその言葉を聞いた瞬間、
「!?」
近くにあった箒を持って、戦闘モードに移行した。
その姿が様になっているところを見ると……どうやら彼女は以前、冒険者をしていたようだ。
まぁ、それは置いておくとして……やはり、この異世界であっても、G……即ち、触覚が長くて、黒光りして、高速に移動する昆虫は、嫌われる存在にあるらしい。
そんな店員の様子を横目に見ながら……イブは直前の事を思い出して、追加で口を開く。
「でも……何か違ったような……」
「どうしたのですか〜?イブちゃん〜?」
「んー、なんか、さっき見たGが、見慣れてるヤツじゃなかったような気がしたかもなんだよね……」
「……見て分かるのですか〜?」
「うん……。ビクセンにいた頃に見かけたやつは、小さかったからね。でもさっき見たやつは……手のひらくらいのサイズだったような気がするかも……」
「……それ、Gじゃないのでは?」
「うん。だから、Gじゃないかも、って思ったんだー」
「たぶん、それ、もっと嫌なヤツですね〜」
今もなお、服の森の中で、索敵を続ける店員のそのうしろ姿に視線を送りながら、そんな会話を交わすイブとコルテックス。
それから彼女たちは、忙しそうな店員に別れを告げると……それから遅めの昼食へと行くことにしたようだ。
『どんな服がーーーーーー欲しいか?』
……実は最初の案だと、ふざけてそう書いておったのじゃ?
じゃが、それじゃと、大きく意味が変わってしまう故、仕方なく三点リーダーに変えたのじゃ。
まったくと言っていいほど、意味が通じなくなるからのう……。
……まぁ、今更じゃがの……。
というわけで、今日もあとがきを書いていこうと思うのじゃ。
……やはり、休日は、あまり眠くない故、書くのが大変ではないのじゃ。
とは言っても、簡単でもないのじゃがの?
じゃがまぁ、眠くないというのは、大きなあどばんてーじなのじゃ!
でじゃ。
早速じゃが……昨日書けなかった分の話について、補足しようと思うのじゃ。
昨日のあとがきで、燃え尽きつつあった妾が、逝き際に『書きたいことが書けなかったのじゃ』といった話について、述べておくのじゃ?
要するに……Gの話なのじゃ。
本当は、煎餅屋を出たところで、Gを見かけた、という話に持って行きたかったのじゃ。
じゃが……限界ギリギリじゃった妾が、目の前にあった一日のゴールの誘惑に勝てるわけもなく……結局、今日の話に回してしまった、というわけなのじゃ。
……まさか、飲食店たる煎餅屋の中にGが出たなんて書くわけにもいかなかったからのう?
もしもそうなったら……イブ嬢の心の拠り所(?)は、次の日あたりに、保健所の職員(?)からの調査が入って、営業停止処分にされるじゃろうからのう……。
で、次。
これは補足ではないのじゃが、
『キングサイズを超えたその向こう側の桁違いなサイズまでが』
という文言について、なのじゃ。
少々、くどい感じがする、と分かっておって……じゃが、あえてそう書いたのじゃ?
ちなみに、プランBじゃと、
『キングサイズを超えたサイズまでが』
てな感じになるのじゃ?
これでもいいのじゃが、『サイズ』が連続する上、元の文に比べて、ちょっとしょんぼりな感じがしてしまっての……。
で、プランCじゃと、
『キングサイズを超えた桁違いなサイズまでが』
になるのじゃ。
じゃが、これは、日本語としてどうかと思うのじゃ。
今更、日本語がどうこうというのは、手遅れな感じしかせぬが……少なくとも、プランCの場合は、読んでおって引っかかってしまうのじゃ。
それがなぜかと思って、分析してみると……『超えた』と『桁違いな』は、両方とも連体詞だったのじゃ。
つまり、連体詞が2コ連続して、『サイズ』に対して2重に掛かっていた故、読みにくくなってしまった、というわけなのじゃ?
……多分の。
というわけで、今日の気づきは……連体詞の使用は程々に、ということなのじゃ。
今日になって、それに気付いたわけじゃが……これまでの文……見直したくないのう……。
まぁ、今度、読みにくい、と思ったときは、連体詞が重複していないか、疑ってみようかのう。
おっと。
もうこんな時間なのじゃ。
というわけで、そこに転がっておる枕に突g……次の仕事に移ろうかのう……。




